機関誌を作る、などというハルヒのくだらない思いつきに振り回された青  
春にさよならを告げ、俺の日常はまた落ちつきを取り戻していた。平和って  
素晴らしいなあなどと頬を緩めつつも、知らず知らずのうちに俺の足は部  
室に向かっている。気が付いた時には俺は見慣れた扉をノックしドアノブ  
を回していた。  
「こんにちはキョン君。すぐにお茶入れますね」  
そう言って俺を迎えたのはどこぞの二足歩行するアライグマよりも1000倍  
愛らしい童顔の上級生だった。いつもキレイに洗濯されたメイド服が実にま  
ぶしい。あなたの入れるお茶なら例え雑草が混じっていても俺は喜んで飲  
み干しますよ。  
「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいです」  
タングステンでもとろけてしまいそうな魅惑の笑顔を浮かべる朝比奈さん。  
思わず俺もにっこり。そこ、気色悪いとか言うな。  
「今日はあったかいんで、冷茶にしてみました」  
トレイを持ってこちらに駆け寄ってくる朝比奈さんは可憐としか表現の仕様  
がない。生まれてきてよかった。ありがとう神様。もっとも、神様がハルヒだと  
いうのなら今言った感謝は取り消すが。  
「きゃっ」  
 その時だ。俺の目の前まで近づいていた朝比奈さんがバランスを崩し、  
そのまま俺に倒れこんできたのだ。俺の顔面には勢いよくお茶がぶちまけ  
られ、更に推定40キロの重量が俺の体にのしかかった。まったく予想して  
いなかった俺はそのまま後方に倒れてしまう。  
「いてて……」  
「ご、ごめんなさいキョン君! 今すぐふき取りますね!」  
 
朝比奈さんは俺の腰の上で馬乗りになったまま慌てふためく。そのためマ  
シュマロよりも柔らかい極上のお尻が俺の下半身を刺激することになった。  
まずいです朝比奈さん、反応してしまいます。  
「あの……朝比奈さん……」  
「はい?」  
俺は上半身を起こして朝比奈さんと向き合った。きらきらと輝く夜空の星の  
ような瞳が数センチの距離にまで迫る。  
「その……俺も男ですから……」  
「え……?」  
「こんな状況じゃ、マジで我慢できません」  
俺は真剣だ。真剣にこのままでは理性がヤバイ。部室だというのに、いつ  
他のメンバーがやってくるかもわからないのに、押し倒してしまうかもしれ  
ん。それもこれも朝比奈さんが可愛すぎるから悪い。美しいことが罪になる  
ならば全人類が陪審員になったとしても満場一致で極刑を求刑されるに違  
いない。  
「えと……キョン君、その……」  
子犬のように瞳をうるませて顔をそむける朝比奈さん。それ、火にガソリン  
を注ぐだけですから。もう無理です。俺、行きます。  
「長門さんが見てます……」  
「へ?」  
今まで全然注意していなかった教室の隅に恐る恐る目線を移す。そこにい  
たのは――液体ヘリウムより冷たい目でこちらをじっと観察する宇宙人  
だった。  
 
その日の俺がとんでもなく気まずかったのは言うまでもないだろう。たっ  
ぷり長門の視線の拷問を受け続け、心身ともに衰弱しきりハルヒや古泉に  
まで訝しがられる始末だ。いやもちろん長門は俺の彼女とかではないから  
非難されるいわれはないのだが――そういう問題ではない。どうも俺は長  
門を不用意に怒らせることが多いような気がする。宇宙人と未来人との間  
にいまだに雪解けが訪れていないというのも原因のひとつではあると思う  
が。  
 とぼとぼと家路につく途中、それにしても、と思う。最近長門の感情をず  
いぶん読めるようになってきた俺に言わせると、今日の長門の不機嫌っぷ  
りはちょっとありえないほどだった。いやそりゃ部室でTPOもわきまえずイ  
チャイチャされたら誰だって腹が立つとは思うが、なんというかそんなレベ  
ルじゃないっつーか……。  
 ――嫉妬、だったりして。  
 俺は即座に自分の頭を殴った。なんておめでたい思考回路だ。長門が  
嫉妬? 恋をしているとでも言うのかこの俺に。冗談も休み休み言いやが  
れ、あいにくこの世界はそんなに都合良くはできていないんだ。  
「世界、か――」  
 長門、そして世界とキーワードが揃えば思い出すのはあれだ。去年の年  
末。忘れもしない、長門の意志によって改変され、俺の選択によって消滅  
したあの世界。なんだかもう遥か遠い昔のように感じられる。もし俺があの  
世界を消すことを選択していなかったら、俺は文芸部員として長門と二人  
で活動していたのだろうか? それが長門の望んだ未来だったのだろう  
か? ……いや、それもどう考えたって思い上がりだろう。どうも最近の俺  
は自分をモテモテのイケメンとでも勘違いしているらしい。せめて古泉程度  
の顔があるならともかく、この俺がそんなに女性から好かれるわけがない。  
せいぜい妹やハルヒからたかられるぐらいだ。  
 
そんなことを考えているうちに愛しの我が家が見えてきた。なんか今日は  
いつもよりも腹が減っているな。飯ができていなかったら適当に冷蔵庫をあ  
さってやろう。  
 玄関のドアを開ける。  
 見慣れた光景。  
 いつもの我が家。  
 そうここは俺の家だおれのいえだオレノイエダ俺h。dsjふぁkんだふぃfはs  
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「おかえりなさい」  
 ぱたぱたと駆け寄って俺を迎えた天使のような笑顔。疲れもストレスも何  
もかもこの笑顔の前では無力だ。  
 宇宙でいちばん愛しい人――有希。  
「今日も綺麗だな」  
有希は林檎みたいに頬を染めてうつむいた。もう……などと消え入りそうな  
声でつぶやく。ちくしょう、なんでこんなに可愛いんだ。  
「ご飯、できてるから」  
それだけ言ってリビングに戻ろうとする有希の腕をつかむ。少し乱暴にす  
れば折れてしまいそうな細い腕。そんな有希の体を俺は力いっぱい抱きし  
めた。  
「愛してるよ、有希」  
「私も愛してるわ、あなた」  
 有希のぬくもり。  
 有希の声。  
 長門有希がここにいる。  
 今この宇宙で俺より幸せな奴なんてどこにもいないだろうね。  
   
 
                       おしまい   
 

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