【戯心本心】  
 
 
「今日は解散!」  
 ハルヒはそう言って団長席を立ち、さっさと帰っていった。  
 朝比奈さんも長門もその後に続き、俺と古泉はゲーム盤を片づけていたので最後になってしまった。  
 しょうがない。鍵を閉める位はしよう。  
「そう言えば、もう12月ですね」  
 古泉が呟く。確かにそうだな。  
 まぁ、そろそろまた1年が終わる訳だ。去年の冬休みは鶴屋さんの別荘にお世話になったな。  
 その前にハルヒが消失したつーか俺が一時的異世界人になったというか。まぁ、あまり思いだしたくないので置いておこう。  
「そう言えば古泉、最近のハルヒの様子を聞かないがどうなんだ?」  
「ええ、まぁ安定している……ようです」  
「そうか……何? 安定しているようって、なんだその自信の無さは」  
「つまり、いつ変になってもおかしくないという事です」  
 そりゃまた難儀な事……だが、今は12月だ。  
 イベントなど幾らでも思いつくだろうからそれで発散出来るんじゃないか?  
「いえ、そういう面でのストレスではないのですが」  
 ふむ?  
 それはまた難儀な事だな。  
 いや、待て。まさかとは思うが。  
「古泉、まさかとは思うが」  
「何か心当たりでも?」  
「下級生の中でハルヒに言い寄ろうとしているマヌケがいたからSOS団の一員として遠慮なく諦めさせたのが原因か?」  
「そんな事してたんですか、貴方は? まぁ多分違うとは思いますが」  
「安心しろ、ちゃんと納得して貰った。拳と拳の語り合いでな」  
「尚更ダメじゃないですかっ!?」  
 ふん、下級生如きがこの俺を倒そうなど1億と2千万年早い。  
「そうだ、1つ聞きたい事があるのですが」  
「ん? なんだ?」  
 その後、古泉の口から飛びだした言葉は予想だにしないものだった。  
 
「貴方は、涼宮さんの事をどの位好きなのでしょう?」  
 
 
 
「貴方は、涼宮さんの事をどの位好きなのでしょう?」  
 こう言った直後、彼の口は見事に開かれましたよ。あんぐりと。  
 ふぅ、ここまで驚かれるとは思いも寄りませんでした。  
「え、えーとだな、古泉。それは、どの範囲までだ? 友人としての好きという意味か、仲間としての好きという意味か、それとも……」  
「そのそれともの先の言葉まで入りますね」  
 すると、彼は少しだけ頭を抱えました。ある意味当然かも知れませんけれど。  
「うーむ、難しいな……」  
「では、そういう気持ちはあるんですか?」  
「ああ、勿論だ。俺はハルヒが好きだ」  
 思えば、この時点で少し訝しむべきだったかも知れません。  
 普段、あそこまで鈍い彼がこんなにストレートに物事を言い放つなんて。  
「朝比奈さんが好きだ。長門が好きだ」  
 ………アレ? 何でしょう、何か変ですよ。  
「お前にとっては悪いかも知れんが、表情をころころ変えていつも何か面白そうな事を考えつくハルヒが好きだ。  
 いつも俺達に癒しと微笑みを与え、未来の為に健気に頑張る朝比奈さんが好きだ。  
 最後に結局頼ってしまって苦労ばかりだけれど、時々女の子らしい所を見せる長門が好きだ」  
 あの、もしかして。質問の意味を取り違えているんじゃ……。  
「………こうして考えてみると俺はSOS団にいる限り、誰かに言い寄る事が出来る。まぁ、これは1年の頃から考えていたんだがな。  
 古泉、俺はどうしてそれをしなかったと思う?」  
 いえ、それは知りませんよ。と、いうか考えてたことあったんですか?  
「あった。だがその度に自分を思い止まらせるがな。まぁ、その方がハルヒにとっては良いのだろうが」  
 話が見えてこないのですが……キョン君。  
「いいか、古泉。ハルヒは恋愛は1種の精神病だと言いきるような奴だぞ。それに、普段の活動を考えてみろ。俺が何か言わなきゃ少し  
 ズレた状態で色んなイベントが始まるだろ。そんな俺が恋愛なんかしてみろ。それこそ世界改変どころじゃすまんぞ」  
 それならキョン君自身が言っていたように、涼宮さんに言ってしまえば良いではありませんか。  
「そうしたいのもある。だが、俺にそれは出来ん」  
 何でしょう、その理由って。  
「笑うなよ?」  
 彼はそう言って、口を開いた。  
 
「親友との約束なんでな」  
 
 
 な、なんか扉の向こうでキョン君が凄い事を言っています。  
 古泉君もきっと驚いているに違いないでしょうけれど……ああ、長門さんどうすれば良いのでしょう?  
「……………」  
 ダメです、長門さんは沈黙していますね。ああ、今すぐ部室に飛び込んでキョン君を問い質したいけど無理みたいです。  
「あの、その親友との約束って何でしょう?」  
 古泉君がようやく復活して口を開きました。古泉君、えらい。  
「昔の話だ。古泉……俺にも無邪気で地味に生意気で背伸びをしていたガキの頃があってな」  
「いや、それは誰にでもあるでしょう」  
 そうですよ、古泉君。ああ、でもキョン君の子供時代……ああ、ダメ。想像しただけで妄想が……!  
「その頃は俺も元気が有り余っていてな。何をするのも一緒だった親友を振り回していた訳だ」  
 きょ、キョン君にもそんな時期があったんですか。  
 ああ、でも元気が有り余っているってのは確かに今じゃ見そうに無いですね。  
「だけどな、その頃は背伸びもしていた俺はある時、恋愛なるものに現を抜かしてみた訳だ、一時期な。まぁ、中学生の頃だ」  
 キョン君の中学時代ってそう言えば私は聞いた事無いですね。  
 だけどその時期の間、私とキョン君は……別次元の私達は長門さんのお部屋で眠っていた訳で……3年位。  
 はうぁ、話がズレちゃいましたぁ。もっとしっかり聞かないと。  
「その親友の、姉の事を好きになった」  
「…………」  
 古泉君が絶句しています。そりゃそうですよね。  
 大親友の幼なじみのお姉さんを好きになるなんて早々在りえるけど気まずいものですし。  
「かくしてうら若きクソガキであった俺は勇気を出して告白し、玉砕する覚悟だったのだが何の因果かOKされちまってな。  
 半年ばかり、楽しい時期を過ごしていた。人生で2度、楽しい時期があるとすれば1度目は間違いなくこれだ」  
 キョン君、その2度目が気になるんですけど。  
「だけどな、そんな俺にそんな淡い夢を延々と見れる筈も無く、ある時な、恐ろしい事が起こったんだ」  
「………どんな?」  
「交通事故って奴だ」  
 その時、私は「ああ」と思いました。  
 もしかして、その事を思いだすのが辛いから、恋愛とかに手を出すのが怖いんじゃ―――――。  
「俺の目の前でな。あの時、前に飛びだしてなけりゃこんな事にはならなかったと今でも思う」  
 キョン君の口から後悔するような言葉が出る。  
 それはそうかも知れません。きっと、何度となく苦しんで……あれ、長門さん?  
「帰る」  
 長門さん、行っちゃいましたね……いったい、どうしたのでしょう?  
 
 
 正直、機関の力で調べられたのは彼の経歴であって、そんなプライベートな事までは踏み込んでいませんでした。  
 彼の過去が次から次へと飛びだしてくるのには驚きです。  
「よく勘違いされるが、佐々木とはそんな関係じゃない。あれは恋愛じゃない。ただの友人だ」  
 いや、それは解りましたが、それよりさっきの続きは?  
「ああ、悪かったな。永遠の眠りについた彼女共々、親友は引っ越していったんだが……何て言ったと思う?」  
「何ですか?」  
「『いつか目覚めたら、また会いに来て。姉さんが愛してるのは君だけだから』ってな」  
 目覚めるって……誰が?  
「彼女だ」  
 はい……?  
「誰が死んだと言った………もっとも、死の境界は曖昧らしいけどな。脳死でも心停止でもなくて昏睡状態だから少なくとも死んでないな」  
 そうですか、まだ生きてるのですか。  
 会いに行けば良いのでは無いですか?  
「いや、まだ目覚めたという頼りなんて無いしな。例え眠っていても、俺の事を恋人だと思っている限り俺は彼女の恋人だ」  
 なるほど、だから涼宮さんにそんな事を言ったり出来ないんですね……。  
「そうだ」  
 すいません、貴方の事をただの朴念仁だと思っていました。  
 おや……何をしているのですかキョン君?  
「テープレコーダーだ」  
 どうするんですか、それ。  
 
 その時、彼は悪戯っぽく微笑みながら。  
 
 「秘密だ」  
 
 と、答えてくれました。何なのでしょう、いったい?  
 
 
「本当に面倒くさいわね、何で今年も生徒会の命令でこんなのを発行しないといけないのよ」  
 ハルヒがぶつぶつ言いながら例の文芸部の機関誌を束ねる。  
 まぁ、それはしょうがない。仮にも形式上は文芸部の部室を間借りしているんだからな。  
「そもそもキョン! あれは恋愛小説って言うの?」  
「しょうがないだろう、それぐらいしか思い浮かばなかったんだ、許せ」  
 俺がそう言うと、ハルヒは渋々と言った顔で俺を見た。  
「こんなお涙頂戴のロマンスみたいな既存のものには飽き飽きよ!」  
「うむ、それは申し訳ない」  
 ハルヒはこういう既存のものが嫌いな事は知ってはいたがな。  
 それはそれでしょうがないのだよ。  
 ハルヒが機関誌を束ね、長門と共に持っていくのを眺めつつ、俺は視線を感じて横を見た。  
 
 勿論、朝比奈さんと古泉だ。  
「どうした、古泉? それに、朝比奈さん?」  
「いえ……この前のあれ、まさか……」  
「ネタが思いつかなかったからな。お前を騙す事が出来たら良いネタになるだろうなと思って」  
「あのテープレコーダーはその為だったんですか」  
 そうだ。あとで聞き直してそれをそのまま書き写せばいい。  
 勿論、古泉の機関云々はちゃんと違うものに置き換えたが。  
「いや、それは良いのですけど………じゃあ、本当は……」  
 ん? なんだ? 何か言いたげだな?  
「いえ、何も」  
 ふむ、そうか。  
 朝比奈さんがお茶を出し、俺がそれを受け取った時。  
 ちょうどメールが届いた。誰からだろうか。  
「…………………お」  
 懐かしいアドレス、懐かしい文面。  
 
 そしてメールに書かれた文書は、待ちわびた朗報。  
 
「……お帰り、ってな……」  
 俺は、携帯の画面を眺めながら、小さくそう呟いた。  
 
 

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