あなたに逢えて、よかった  
 
【あなたに出逢えた奇跡】  
 
扉を叩き、応答を待つ。  
ノックに反応した声の持ち主は、『YES』や『NO』などではなく、驚愕と焦燥に満ちた声で返してきた。  
『ふぇ!? わ、きゃ…っ! ちょ、ちょっと待って下さあいっ!』  
……中にいる人など一発でわかる。  
未来から来た未来人・朝比奈みくるがメイド服にいそいそと着替えているところであろう。  
僕は扉を開けるのを断念し、なかなか扇情的な衣擦れの音に耳を傾ける。  
…すると衣擦れの音がかき消される叫び声が聞こえた。  
『ふわ、きゃあっ!』  
ばたーんと倒れる音を聴き、さしずめ朝比奈みくるがスカートの裾でも踏んで倒れたのだろうと推測する。  
そして彼女の呻き声。  
『うぅ…。い、いたい…』  
「だ、大丈夫ですか? 朝比奈さん…」  
開けるに開けられない僕。  
しかしそんな僕の声に反応して、扉の向こうの彼女は驚いたように声のトーンを上げた。  
『古泉くん…ですか?』  
「はい、そうです」  
『い、今開けますね』  
十数秒待ち、ぱたぱたと僕の方へ向かってくる足音のあと、がちゃりと扉のノブが動き朝比奈みくるの幼い  
顔がのぞいた。  
そして彼女は僕にぺこりと頭を下げる。  
「こ、古泉くん…。待たせちゃってごめんなさい」  
「いえ、だいじょうぶですよ」  
僕は口の端を上げ、目を細める。メイド装束の彼女も安心したように微笑んでくれた。  
「どうぞ」  
そう言われて僕は部室を見渡す。読書好きの無感動な宇宙人製アンドロイド、長門有希が定位置にいない。  
…珍しいな。すると彼女と二人きり、か。なかなかないチャンスだ。  
僕はそんな嬉しい気持ちを押さえ、とりあえず席に着いた。  
朝比奈みくるはポットへと足を向けてお茶の用意をしようとしたが、僕は「皆さんが来てからで構いません  
よ」と断った。  
彼女は「そうですか」と笑顔を見せ、席に着くと鞄から数学の問題集を開いてペンを走らせる。  
僕も何かやろうかと考え、彼女の真剣な顔を見るとなんだかその顔を見つめていたくなって、気付いたら釘  
付けになっていた。  
そして彼女の真剣な顔をたっぷり見つめた後、思っていたことを口に出した。  
「朝比奈さんは彼が好きなんですか?」  
朝比奈みくるは驚いて顔を上げ、僕を見て首を傾げる。  
「彼って…。あ、キョンくん? 好きって、恋愛感情で…?」  
僕が「はい」と頷くと、顔の内側で爆発したみたいに瞬間的に頬を真っ赤に染め小さな手をぶんぶん振りな  
がら必死に弁解する。  
 
「きょっ、キョンくんは、あの…。べ、別に…! あの、好きなんですけど、いやあの好きってそういう…その、  
恋愛感情じゃなくて、優しいし守ってくれるしいい人だけど、恋愛感情の好きとは違うんです…」  
それに、と彼女は続け、  
「あたしは、この時代の人を好きになっちゃいけないから」  
そして彼女は悲しそうな笑顔でこう言った。  
「古泉くんは、…涼宮さんですよね」  
…驚いた。彼女はそんなふうに思っていたのか。  
「涼宮さんですか…。魅力的な人だとは思いますが、ハズレです。それに僕が彼女を好きになったとしても、  
結ばれる恋ではないでしょう。…好きな人がいるというのは、合っていますが」  
僕は笑みを作り、首を振る。  
朝比奈みくるは首を傾げて小さな口から疑問をこぼす。  
「え…。じゃあ、長門さん?」  
「個性的で面白い方ですけど…彼女が好きなのは、彼でしょう」  
「じゃあ他の女の人は?」  
「僕に告白してくれる女性なら恐れ多くもいらっしゃいますが、SOS団の方々と比べたら、まだまだ魅力に  
は欠けますね」  
しばらく目を瞬かせたあと彼女は顎に手を当て考え込み、1分後にはっと顔を上げ僕の顔を凝視して言った。  
「…じゃあキョンくんが」  
「…何故そうなるんですか」  
女性でいないなら男性と考えましたか朝比奈さん。  
彼も十分面白い方ですが、男性に対しての恋愛感情をあいにく持ち合わせていなくてね。彼に対しての友情なら  
ありますが。  
「え…。じゃあ…」  
朝比奈さんはきょとんと目を丸くさせて口を開き、大きな目を丸くさせた。  
そして、頬を赤く染めながら涙をうっすらと浮かべる。  
「………あ…」  
「…いけませんか」  
僕は笑うことも忘れ、彼女を見つめながら絞られたようにつまる声を必死に吐き出す。  
久し振りに頬が熱くなるのを感じた。  
「あ、あたし…、ですか?」  
僕は恥を恐れずに彼女の大きな瞳を見据え頷く。  
彼女は俯いて浮かんだ涙を拭い、熟れすぎたトマトくらい真っ赤になりながら口を開く。  
「あ、あたしも…。こ、古泉くんが、」  
口をぱくぱくと動かした後、大きな目を見開く。そして涙を滲ませた。  
「……うそ……い、えない…? 禁則、事項…。なんで…! 古泉くん、あたし古泉くんが…!」  
ぽたぽたと涙を流しながら口を開く。  
しかし声を出そうとしても小さな口から漏れるのは嗚咽だけ。  
彼女は俯いて、唇を白くなるくらい噛みしめると、席から体を離して立ち上がっていた僕にタックルするよう  
に抱きつき、  
「やっぱり、だめ…! ……だめ、なんです…。あたしは、誰とも付き合っちゃいけないの!!」  
叫びながら涙を流した。僕の袖を強く掴んで離さない。  
「……古泉くん…!」  
 
未来にいつか帰らなければならない彼女の辛さは、未熟な僕には推し量ることができない。  
いや、推し量ってはいけないんだ。  
けれど辛い、寂しいとかいう感情くらいなら、わかりたくなくてもわかってしまう。  
僕にも、唯我独尊で傍若無人な団長も、そんな団長に振り回される彼も、無口な読書愛好家の宇宙人製アンド  
ロイドだってそう思うに違いない。  
だから僕はこう言おう。  
「こんなに、何十億と人がいる中で、朝比奈さんに出逢えて僕は光栄ですよ。たとえ、いつか別れるとしても  
逢えないよりは、出逢えてよかった」  
 
 
言えないんだったら…口で表現できないのなら、体で表現すればいい。  
僕は彼女を強く強く抱きしめた。  
 
せめて、今だけは  
あなたと、いたい  
 
あなたに出逢えた奇跡を、噛みしめるために  
 
 

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