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とあるバカップルの恋愛事情
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「さあ、不純異性交遊の現場をばっちり押さえたわよ! 覚悟しなさいバカ会長!」
放課後の生徒会室、書類の紙で切れてしまった指を江美里に手当てしてもらっていると、カメラを片手に脳内年中花咲き女が意味の分からん事を言いながら突入してきた。
「バカかねキミは?」
別に『バカと言った方がバカなんだ』なんていう子供理論をぶちかますほど若くはないつもりだが、それでもあえて口にしておく。
「何よ、バカって言った方がバカなんだからね!」
………ああ、ほんとガキだな、こいつ。
カメラを持っていない方の手で引きずってこられたであろう、傍から見るとどう考えても彼氏にしか見えないキョンとかいう名の男子生徒が溜息をつく。
気持ちは察するがこのバカ女がその溜息をこっちに伝播させるような真似をしようとしたら止めて欲しいんだがな。感染症を国外に持ち出すんじゃねーよって事だ。
「私は喜緑くんに切った指を手当てしてもらっているだけなんだがね」
とりあえず冷静に対処するとするか。病気も怪我も早期治療が大切だからな。
「ふんだ、どうせ治療にかこつけてお医者さんごっこでもしてたんでしょ!」
………ちっ、随分悪性度の高いウイルス様だな。どこかに特効薬はないもんかね。
「とりあえずキミの幸せそうな脳内での不純異性交遊の定義を教えてくれないかね?」
まあ、出来れば何もせずにそのままお帰り願えるとありがたいのだが。
「あんた、生徒会長なのにそんな事も知らないの? あきれたわね。じゃ、あたしが詳しく教えたげるからよく見てなさいよ」
もの凄い勢いで余計なお世話メーターが上昇する。大丈夫、まだ自制内だ。
「まず、こんな感じで抱きつくとか」
………隣の彼氏に抱きつくバカ。
「ん………、ってな感じでキスしたりとか。あ、………ん」
………そのままディープキスに移行。
「あ、そうそう、今のキョンみたいに押し倒したりだとか」
そのまま机の上に押し倒されるバカ。………ここはどういった異次元ですか?
「ちょっと! 人の話を聞いてるの!」
「………とりあえず、今の自分を見つめなおす事をお勧めするよ」
俺の言葉にキョトンとした顔を浮かべた後で、生徒会室のど真ん中で彼氏に押し倒されているという自分の状況を認識し、
「え、ちょ、何やってんのよ、キョン!」
………どうやら今までの行為は全部無意識だったらしい。時代遅れかもしれんがあえてこう表現しよう、どんだけー。
「や、ちょ、キョン! 放しなさいってば!」
「いや、なんつーか、アリだろ」
「ない! これっぽっちもカケラほども砂粒ほどもありえないわよ! アンダスタン!」
「あふがにすたーん」
「ちょ、斬新的すぎる答え返しながら服脱がせるなー!」
ああ、なるほど、これは確かに不純異性交遊だな。
「見てないで助けなさいよ! この役立たず!」
「ふむ、確かに生徒を助けるのは会長の役目だからね。任せたまえ」
そう言ってスプレー缶を取り出し、机の上に置く。
「………何、これ?」
「超強力消臭スプレーだ。煙草の臭いも1発で消えるほどの一品だからね。アレの臭いも何とかなるだろう」
「アレって何だー!」
答えたいのは山々なのだが、その前にブラジャーが外されたので回れ右、江美里と一緒に生徒会室から退散する事にする。ピーピングの趣味はないからな。
「ちなみに防音はばっちりだ。扉には鍵をかけて使用中の札をかけておくよ。見回りの教師にだけ注意したまえ。ではな」
扉を閉める時に喜びいっぱい嬌声いっぱいの罵詈雑言が飛んできた。うん、我ながらナイスアシストだな。
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さて、生徒会室が使えなくても仕事は出来るのだが、バカップルの放つ空気に当てられてどうにもそんな気分になれない。
「本当に、無自覚なバカップルほど対処に困るものはないね。キミもそう思うだろう、喜緑くん」
「ん、ひょうでひゅね」
「ああ、すまない。もういいよ」
俺の言葉に反応し、江美里はずっと舐め続けていた俺の指から口を放した。
「えと、もう傷は残ってないみたいですよ」
「うん、ありがとう。助かったよ」
「いえいえ、生徒会書記として当然の事を行ったまでです」
にこやかな笑顔で真面目に答える江美里。職務に忠実な書記を持って大助かりな会長の俺である。
「しかし、涼宮くん達の事とは別件なのだが、それよりさらに困った事に、どうやら最近私達が付き合っているという根も葉もない噂が飛び交っているそうだよ」
「まあ、失礼な話ですね! わたし達はただの会長と書記でしかないというのに」
「本当だね」
実際、行動も会長と書記っぽい事しかしてないと思うんだがなあ。
「ところで会長、駅前に美味しいケーキを出す喫茶店ができたので一緒にいきませんか?」
「ああ、いいよ」
「ちなみにわたしのバイト先ですのである程度なら値引きしてもらえますよ」
「何と! バイトかね!」
服装は普通のウェイトレスで是非! まんまメイドさんというのもそれはそれで素晴らしいのだが、アレは自分の家の中で着てもらうものなんだよ、………私見だけどな。
「………あー、その、普通のウェイトレスの服だと思うのですけれど」
よし、と思わずガッツポーズしてしまった俺を誰が責められようか!
「今確実にわたしが着ているところを想像しましたよね?」
「いや、私の妄想力では半脱ぎが限界のようだよ」
「いきなりトップギアですね!」
「無念だ」
「わたしは残念ですよ」
はあ、と二人同時に溜息をつく。
………いや、待てよ? ………そうか!
「よし、生徒会の仕事の一環としてその服を持ち帰ろう!」
「いや、いきなりどこへ羽ばたいてますか、あなたは?」
いきなりスコールに降られた観光客のような戸惑いを見せる江美里に、俺は赤道直下の炎天下じみた笑顔で告げた。………なんとなくだが。
「気が付いたんだよ!」
「何に気が付いたんですか?」
「妄想できないのであったら自分で現実にすればいいのだよ!」
「何を」
「ウェイトレスだよ!」
ああ、今の俺の目は白鳥座α星くらいの輝きは見せているに違いない。………これまたなんとなくだが。
そんな俺をまじまじと見つつ、溜息交じりで江美里は言った。
「まあ、そんな会長の変態さを受け止めるのも書記の役目ですからね」
こうして受け止めてくれる彼女に心からの感謝を捧げつつ、我が生徒会は駅前のウェイトレスに向けてノリノリで舵を取るのであった。………ひゃっほーい!
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夜遅くに家に帰って一息つく。
古泉から『桃色閉鎖空間』という題名で『恨みますよ』という一文だけのメールが入っていたが華麗に無視し、必要以上に頑張りすぎてヘトヘトな体を休めるために早めに眠る事にした。………とはいえ、もう12時は過ぎていたりするのだが。
眠りにつく前に今日の事を少しだけ回想する。
………しかし、放課後の会話内容を吟味してもらえれば分かると思うが、本当に会長と書記という関係でしかないのに、どうして俺達が校内一のバカップル扱いされているのかね?
本当、世間ってのは見る目の無いやつらばっかりだよ。
あ、あと、ウェイトレスの件なのだが、まあ、なんだ。一言で表すと、だ。
とてもおいしかったです、いじょう。