「許可を」  
 今日も聞いちゃったわ。  
 この言葉、なんかいつもいつも聞く気がするんだけどどうしてかしら?  
 理由は簡単よね。  
 有希が本当に許可許可言っているからだわ。  
「…ああ、…だな。…で」  
 小声でキョンが耳打ちしている。  
 顔近付けすぎなのよ。  
 有希もピサの斜塔みたいに体を傾けてキョンの顔に耳を近付けようとしない。  
 今度ギネスに載るドイツの教会よりは斜めってないのは褒めてあげる。  
 うっかり…えーと…ほっぺにその…アレがくっついたらどうするのよ。  
 そうしたらあたしに言いなさい。て言うか言え。  
 エロキョンにはパンチ。  
 有希のほっぺには消毒液をあげるわ。  
 あのバカには、他の人と絶対に間違いを起こさせない様にちゃんとあたしがついていないとダメなんだから。  
 …まだ顔をくっつけているし。  
「何だって? 聞こえなかった?」  
「…そう」  
 有希が頷いてもう一度顔を近付けている。  
 逢瀬を重ねようってんじゃないんだからもっと堂々と話なさいよ。  
 …聞こえないじゃない。  
「了解」  
 有希はそう呟いて、ようやくキョンから顔を離す。  
 ほっとしたのは有希の危険が去ったからよ。  
 気のせいだと思うけど、有希はなんとなく頬を赤くしている。  
 耳にそっと手を添えてどことなく色っぽく見えるのは何故かしら?  
 パイプ椅子まで数メートルなのに有希の歩みが妙に遅く感じる。  
 ほんの一瞬、あたしを見て目を細めたように見えたのもきっと気のせい。  
「……」  
 なんか気分が悪いわね。  
 ん? 古泉君、青い顔してものすごい勢いでメールしているけど何かあったの? どうでもいいけど。  
 あら、古泉君もキョンに用事?  
 個人の趣味にケチ付けるつもりはないけど、そっちの趣味は公園のベンチとかでやってね。  
 キョンになんかしたら…風紀的な意味で死刑ね。マジで。  
 あ、一人で帰った。副団長なのに良くないわね。  
 え? ちゃんと断った?  
 別にいいや。  
 …そう言えば、サイトの更新してないわね。  
 昨日やったから、きっともう情報が古くなっているわね。そうに違いないわ。  
「キョ」「キョン君、ちょっといいですか?」  
「……」  
 何よ何よ。  
 今度はみくるちゃん?  
 キョンもハイなんですか? なんて背筋伸ばしてるんじゃないわよ。その素で嬉しそうな顔をちょっとはあたしに向けなさい。  
 別に人間、不快よりは楽しい顔の方がいいっていうだけよ。  
 で、何を話しているのかしら?  
「…紅茶……今日…終わっ…そっと…緒に…きりで…」  
 ばき。  
「キョンっ!」  
「ひゃにゅっ!」  
 あたしは思わず立ち上がる。  
 
 パイプ椅子が乾いた音を立てて転がった。  
 みくるちゃんは怯えた猫みたいに毛を逆立てている。  
 みくるちゃんにも色々あるけどとりあえず。とりあえずね。  
「何だ?」  
 何だじゃないわよこの浮気者。さっきは有希でこんどはみくるちゃんにちょっかい出そうなんてお天道様が許してもこのあたしが許さないわ。  
 あんたはあたしが監視していないとダメなんだからね!  
 で、あんたもあたしの傍にだけいればいいのよ。あんたもその方が色々と何かしら有意義に人生過ごせるわ。  
 あーもー! 何涼しい顔しているのよ!  
 さっきまでの微笑みはどこいったのよ!  
 たまにはあたしに見せなさいよ! て言うかあたしだけに見せなさいよ!  
 …キョンの監視はあたしの仕事だからその権利があるって言うだけよ。  
 別に見たいとか独り占めしたいなんてちっとも毛頭も1ミクロンだってタキオン程だって無いんだから。  
 ほら、昔のアニメにもあったじゃない。  
 あんまりそわそわしないでって。  
 よそ見をするのは止めてよ。  
 私が誰より…って違うわよ! 出だしだけ! 出だしだけの話なの!  
「だから何だ? パントマイムしたい訳じゃないだろう?」  
 え? パントマイム? 何のこと?  
「…いや、いい。それで?」  
「あ! えっと…これからみんなで出かけるわ!」  
「どこに?」  
 あたしは部室の棚にある紅茶の瓶をびしっと指さして言う。  
「そろそろ紅茶が切れる頃でしょ? だからみんなで紅茶を買いに行くの! たまにはみんなで行くのもいいわ!」  
「あぅ…」  
 みくるちゃん、あからさまに残念そうな顔しているわ。  
 ふふーんだ。  
 キョンを独り占めなんてさせな…じゃなくて、キョンと二人きりなんてあのケダモノが何するかわからないから助けてあげるわ。  
「有希もいいわね」  
 ってもうカーディガン着て本仕舞っているじゃない。  
 流石呑み込みが早いわ。  
 ほらほら、キョンも用意しなさい。  
 みくるちゃんも着替えてね。  
「は、はいっ!」  
 さてお出かけね。  
 あたしはコートを羽織った。  
 あら、なんでマウスが割れているのかしら?  
 
「…さむ」  
 あたしはいつもの様にいの一番で外に飛び出る。  
 超団長たる者常に団員を引っ張らなくちゃいけないわ。  
 でも寒かった。  
 うう…何よこの天気。  
 部室出るまで晴れてなかった?  
 なんで数十メートル歩いている間に鉛色の雲が空を覆い尽くしている訳?  
 ん? なんかキョンがあーあ、みたいな顔している。  
 あんたが悩んでも天気は変わらないでしょ。  
 雲の上の雷様にでも文句言いなさい。  
 ってなんであたしを見るのよ?  
 とにかく寒いわ。  
 えーと。  
「キョン!」  
「何だ?」  
「寒い」  
「そうだな」  
「手袋ある?」  
「持ってないよ」  
 
 キョンは濃いグレーのチェスターコート。  
 でも手は素だわ。  
「じゃ仕方ないわね」  
 あたしは単純な防寒対策としてキョンの手をぎゅっと握った。  
「…何よその顔は」  
「いや」  
「寒いからよ。それだけ! あんたはヒラ団員としてあたしに体温を提供しなさい」  
 …なんか自分で言ってちょっと恥ずかしいセリフがあったけど気にしない。  
 んー、意外に柔らかいし、それにあったか…有希、何で反対側でキョンの手を握っている訳?  
「寒い」  
 …暖かさが半分に減った気がする。  
「あ、あのあの…わ、わたしもさむ…あの…手がしゃむいでしゅ…」  
 みくるちゃんが手持ちぶさたに涙目で訴える。  
 可愛いんだけど…今日はダメ。  
「手は2つよ。早い者勝ち」  
「ふえ〜…」  
 さっきは抜け駆けしかけたんだから今日はゆずってなんかあげない。  
 どうやら有希も手を離す気はないみたいね。  
「…許可を」  
 何の?  
 有希がキョンの顔を見上げて呟いた。  
 あたしの眉がぴくり、と勝手に動いたのがわかる。  
 有希はキョンのコートのポケットを見ていた。  
「手?」  
 キョンの一言に有希はこくりと頷く。  
 なんかツーカーみたいじゃないのよそれじゃっ!  
「いいぜ」  
 何がよ! わからないじゃない!  
 と、有希はキョンの手を握ったまま、その手をポケットの中に入れた。  
「暖かい」  
 自然に体もキョンにくっつく。  
 キっキョン! あんた有希に変なこと吹き込んでないでしょうね! そのポケットにつっこんだ手はどうなっているのよ!  
 まさか指絡めたりなんかしてないでしょうね!  
 ポケットの中から体触れたりなんてしてないでしょうね! むきー!  
 違うわよ!  
 キョンのアホがやましい考えを起こしたりしないかって心配なだけよ!  
 ああもう! あたしも…じゃなくてええと…。  
「…マジか?」  
 失礼ね! あたしがそんないい加減な気持ち…え? 雪?  
 キョンが空を見上げていた。  
 いつの間にか、雪が降り始めている。  
「おいおい」  
 気むずかしい顔を見てちらっとあたしを見るキョン。  
 だからなんで天気の事なのにあたしを見るのよ!?  
 別の時に見てよね。  
「か、風まで出てきましたぁ…」  
 みくるちゃんが体を抱きしめながら訴える。  
 それだけおっきいカイロが胸にふたっつもあるんだから寒くないでしょ。  
「しぇ、しぇくはらでしゅー」  
 気のせいよ。  
 …でも、本当に寒くなってきたわ。  
 これは手を握るだけじゃダメね。  
 あーあ、やりたくないけど、仕方ないわ。  
「せいっ!」  
 あたしは勢いを付けてキョンの手ごと大きなポケットに手を突っ込んだ。  
「おっと」  
 
 その勢いのせいか、もう積もり始めている雪でバランスを崩しそうになるキョン。  
 危ないじゃない。  
 あんたはどうでもいいけど、今転んだらあたしまで転ぶのよ。  
 ほんとうにしょうがないわね。  
 あたしはポケットの中で握っている手の力をちょっと緩めて、さっと指を全部絡めた。  
 これなら、簡単にバランス崩したりしないでしょ? それだけよ。こんな寒い雪の上でキョンなんかと一緒に転ぶのはゴメンだわ。  
 …ん。なんだか気持ち、風が弱くなってきた様な。  
「くちゅ!」  
 みくるちゃんがくしゃみとは思えないくしゃみをした。  
 ってコラ! キョン! なんでいきなり手を離すのよ!  
 有希もあきらかに非難の目で見ているわよ!  
 …そうじゃなくて、寒いから。  
 それだけよ。  
「朝比奈さん、大丈夫ですか?」  
 キョンはみくるちゃんの傍によって…ちょ! なんでほっぺに手を当てるのよ! みくるちゃんも拒否しなさい! 何で顔を手にすりすりして  
目閉じてんのよ!  
「ありがとう、キョン君。ちょっと今日は薄着だったから…」  
 あら、その皮下脂肪なら南極でビキニだってOKじゃないかしら。  
 喋ってないのに有希が頷いた。  
 心が通じたみたい。  
「こんなところで風邪なんてひいたらシャレになりませんよ」  
 ちょ! あんた! 何コート脱いでるのよ!  
 そして何みくるちゃんに羽織らせているのよ!  
 みくるちゃんも何で躊躇せず当たり前の様に羽織るの!?  
「…暖かいです。キョン君の温もりですね」  
 ……。  
 バカ。  
 …………。  
 キョンのバカ。  
 次の瞬間、周囲は吹雪になった。  
 
「し、死ぬかとおもいまひたぁ…」  
 雪だるまみたいになったみくるちゃんが息も絶え絶えにマンションのエントランスに転がり込む。  
「みんな無事か?」  
 最後に入ってきたキョンが扉を閉め、ようやく冷気が和らぐ。  
 とんでもない吹雪に見舞われたあの後、あたし達は一番近い有希のマンションに逃げる事にした。  
 すごい風であたしが転んだ時、キョンが真っ先に手を掴んで起こしてくれた時は嬉しかったけど、その後みくるちゃんはともかく有希まで  
豪快にすっころんで同じように助けられたのが何となく納得できなかったわ。  
「はぁ…まったく、なんなのこの天気! 異常気象どころじゃないわよ! 中国のオゾン破壊が原因かしら?」  
「不穏なこと言うな」  
「あり得るじゃない」  
「部屋へ」  
 有希が誘導する。  
 うん、そうしましょ。  
「おじゃましまーす」  
「お邪魔するぞ」  
「おじゃましまぁす」  
 エレベータで有希の部屋へたどり着いたその時、今度は電気が消えた。  
「ひゃうっ!」  
 みくるちゃんが驚いてキョンに抱きつこうとしたから、とっさに間に入る。  
 するとみくるちゃんはぴたりと動きを止めた。  
 …この子、思ったより食わせ者かもしれないわね。  
 みくるちゃんに対する認識がちょっと変わったわ。  
 て、それはそれとして何? 今度は停電!?  
 
「ブレーカーは正常。周囲一帯が停電になった」  
 嘘でしょ?  
 少しして目が慣れ始めた頃。  
「ラジオ」  
 有希がキョンにラジオを渡した。  
 キョンはそれを手に取り、NHKに合わせた。  
 その結果は…言いたくないわ。  
「暫くの間…少なくとも今夜一晩は外に出ない方がいい」  
 有希が冷静に言う。  
 その通りね。  
「…なんか、部屋も寒くなってきませんか?」  
 そうね、断熱しっかりしている筈なのになんとなく寒くなってきた気がするわ。  
「長門」  
 キョンが有希に耳打ちしようとしている。  
 こんな時まで何よぉ!  
「こらキョンっ!」  
「…何だよ」  
「こんな時に内緒話なんてしなくていいでしょ! 堂々と話なさいよ!」  
「いや、みんなで話す様な話じゃ…」  
「不許可! 今は団結が必要なのよ!」  
「……」  
 ため息をついてやれやれ、のポーズのキョン。  
 何でそんなあたしを仲間はずれにしたがるのよぉ…。  
 
 その後、まだ冷気の残る冷蔵庫から火を通さなくても食べられるものでお腹を満たしてから、あたし達は薄闇の中で横になる事にした。  
 でも、キョンはしきりに有希やみくるちゃんに何かを話そうとする。  
 あたしはそれが気に入らなくてとにかく妨害。  
 団結って言っているのになんで…。  
 正直、あたしは寂しさで胸がつぶれそうだった。  
 布団を敷く時、かなり下がってきた室温を考慮して、布団を固めて寄せ合って寝ることになる。  
 でも、あたしは何となくみんなとくっついて眠る気にならなかった。  
 確かに有希の言うとおり、布団を被っても一人じゃ寒い。  
 キョン達を見ると、ほとんど体を寄せ合っている。  
 当たり前の様にキョンが真ん中。  
 二人の頭はキョンの肩にぴったりくっついていた。  
 多分、体も…。  
 外の吹雪はますますひどくなっている。  
 まるで今のあたしの気分。  
 何で?  
 昼間っからそうだけど、何で天気があたしの気分みたいにどんどんひどくなるのよ。  
 子供みたいに体を丸めても、全然暖かくならない。  
 
 …寒い。  
 
 枕に涙が落ちた。  
 やだ。  
 どうして?  
 強く目を瞑っても、逆にどんどん涙がこぼれ続ける。  
「…う…」  
 声が出かけて咄嗟に口を塞ぐ。  
 聞かれちゃダメ。  
 とにかくダメ。  
「…ふ…う…」  
 あたしは必死に嗚咽を抑えながら、ぽろぽろと涙をこぼし続けた。  
「ハルヒ」  
 不意に声。  
 
 心臓が止まるかと思った。  
 なんでよりによって一番今のあたしを見られたくない奴が来るのよ!  
「こっちに来い」  
「……」  
 あたしは無視を決め込む。  
 声なんてまともに出せないし、夜目が慣れてきたからあたしが泣いているのも絶対にばれる。  
 なのに、キョンはいきなりあたしの布団をはぎとり、あっけなくあたしを抱っこで持ち上げる。  
「キョっ…キョン!?」  
 あたしは間抜けな声をあげてしまった。  
「おかしな事しないから、とにかく一緒に寝るぞ。分かったな」  
 ものすごく力強いどっしりとした声。  
 思わずはい、と言いそうになるその声。  
 でも。  
「ふ、不許可よ! そんなの勝手に…かって…」  
 キョンの胸の暖かさが急に離れ、あたしは息をのんだ。  
 一人に戻される。  
 そう思うと、寂しさより怖さが襲ってきた。  
 あやまりたい。  
 声が出かけた時、キョンが言った。  
「不許可が不許可だ」  
 キョンはあたしを抱き直し、抱き枕みたいにして布団に入ってしまう。  
「ひあ!」  
 みくるちゃんみたいな声を出すあたし。  
 背は小さくない筈なのに、あたしこんな簡単にキョンに抱っこされちゃうんだ…。  
 あたしは、自分がものすごく女の子なんだって意識してしまい、かーっと頭に血が上る。  
 無抵抗になったあたしは、子供を巣穴に戻す狐みたいにキョンの布団の中に入れられてしまった。  
 布団は、暖かい。  
 あたしはキョンの胸に顔を埋めたまま、恐る恐る手を背中に回す。  
 拒否、されなかった。  
 安堵が胸を満たす。  
 急に周囲が静かになった気がして、外の吹雪の音も消える。  
 あたしの耳には、キョンの胸から聞こえる心臓の音だけが響いた。  
「キョン…」  
 その声に、キョンが答える。  
 背中に回した腕を更に深く回してくれ、あたしの体は本当にキョンの腕の中に包まれてしまう。  
 怖いくらいの安心感が襲う。  
 あたしは背中に回した手に力を込め、胸の中でまた涙をこぼした。  
「安心していいから、寝ろよ」  
 キョンが優しい声で言ってくれた。  
 嬉しい。  
 素直に嬉しい。  
 やがて、キョンは寝てしまう。  
 ちょっとつまんないけど、でも、いい。  
 こんな風に一緒に眠れる。  
 それだけでいい。  
 ふと、背中に回した手が柔らかな感触に包まれる。  
 ちょっと驚いたけど、それはみくるちゃん。  
 みくるちゃんの性格をそのまま絵にした様な柔らかな感触。  
「一緒ですよ。」  
 小さな、でも優しい声。  
「みんな一緒です。仲間はずれなんて無いです」  
 あんまり柔らかくて悔しい気もするけど、あたしはその柔らかさと暖かさに心地よさを感じる。  
 そして背中には有希が寄り添ってくれた。  
「私達は仲間」  
 言葉が胸に響いた。  
「同じ位置にいる。だから安心して」  
 
 分かっているんだね。  
 みんな、気持ちは同じなんだ…。  
 
 あったかい…。  
 
「うん…うん…」  
 もう、言葉が思い浮かばない。  
 あたしはみんなに暖かさを貰いながら、心地よい眠りに落ちていった。  
 
「ん…」  
 朝日がまぶしくて目が覚めた。  
 少し顔を上げると、遮光カーテンの裾から光が差していた。  
 漏れる光は外が晴れていることを教えてくれる。  
 吹雪…止んだ。  
 まるで今のあたしの気分みたい。  
 そんな訳ないのに、おかしくなったあたしはキョンの胸に顔を戻してくすりと微笑む。  
 見上げるとキョンはまだ寝ている。  
 …まだ、寝ているよね。  
 あたしはそっと顔を近付けて…。  
 …ええと、きっとキライならこんな風に抱き合って寝たりしないし、いいわよね。  
 でも…やっぱり最初はお互いちゃんと向き合って…。  
 それに、有希もみくるちゃんもずるはしないって言ってくれた。  
 うん。  
 そうよね。  
 でも、ちょっとだけマーキングしとこっと。  
 あたしはシャツの胸元を開いて、そこにキスマークを付けることにする。  
 確か、強く吸えばいいのよね?  
 ちょっとだけ、ちょっとだけね。二人とも許してね。  
 ええと、どこがいいか…。  
 ナニコレ?  
 ふわふわしていた頭が急に冴えた。  
 ナニコレ?  
 キョンの胸の上にいくつもあるこの小さなアザみたいなのは何?  
 よく見ると首筋の後ろにもたくさんある。  
 ふーん。  
 同じ位置…一緒…ね。  
 ふーーーーん…。  
 
「おかーさーん、またふぶいてきたよー」  
「あらあら、まったくあのバカ息子はどこほっつき歩いているのかしらね」  
「キョンくんだいじょうぶかなー」  
「晴れたら帰ってくるわよ」  
 そのあと、ゆうがたごろにやっとかえってきたキョンくんのひろうこんぱいのすがたをあたしはわすれません。  
 あっちこっちにちいさなアザをつけて、しかもひっかききずだらけのキョンくんがいたそうでかわいそうでわたしはなきました。  
 でもおかあさんはすごくふくざつそうなかおをしていました。  
 キョンくん、きょうはいっしょにねてあげるね。  
 え? こわい?  
 なんで?  
 こわくないよ?  
 やさしくしてあげるからぁ。  
 あ、またふぶきが…。  
 
 
終わり  
 

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