連日騒いでいる日本シリーズのことをふと思い出し、  
無性に部屋いっぱいにバランスボールを広げヨガを極めたいという衝動に駆られ、携帯とトンカチを三つほど握り締め家から飛び出した。  
先ほど時計で時刻を確認したところ二時だったのだが、運悪く今は真夜中らしい。  
二分の一での博打にはずれ、嘆くようにひざをつくと見せかけ前転し、おれは駆け出した。  
目標は谷口の家、あいつならこの世界を救ってくれるだろう。  
今日中にバランスボールを集めないと世界がどうなってしまうかもわからない事態に直面していることに加え、  
おれの行動は邪魔なトンカチによって妨げられている。  
考えるよりも早く二つのトンカチをお隣に投げ込み、再び駆け出した。  
あいつの家まではかなりの距離があり、無駄な時間を省くため谷口に送るメールを一文100字以上で制作し、保存しておく。  
なに、時間がある限り続けてやるさ。  
途中、しゃぶしゃぶで満たされている人たちと仲良くなったので一緒に写メしておく。  
もちろんこの写メをメールに添付する。これ常識。  
谷口の家が見えてきたところで溜まりに溜まったメールを片っ端から送信していく。  
家の前に着いたら間髪入れずに呼び鈴を連打連打、もちろん谷口の家電へのコールも忘れない。  
そんな俺の視界を遮るように突然何かが降ってきた。  
バランスボール  
ふと見上げた窓には谷口が親指を立ててかっこつけている。  
決まってるぜ、谷口。  
そういう意図を込めてチョキで決めポーズをとる。満足げに引っ込んでいく谷口。  
ありがとよ、この恩は忘れないぜ。  
バランスボールのお返しにトンカチを谷口めがけて投げ込む。  
谷口の部屋から幻想的とも思える秋の夜長にふさわしい音色が響き渡っている。  
どこまでも演出家なやつだぜ。  
やっと目的のバランスボールを手に入れるも絶対的に数が足らない。  
ここから一番近くでどうにかなりそうな場所、あそこしかあるまい。  
おれは一人バランスボールを駆使し、東中を目指す。  
ところどころ寂しそうに建っている自販機を見つけては下をのぞくことは忘れない。  
そして七つ目の自販機を確認し終わったところで古泉がバランスボールを三つ操って現れた。  
こいつも狙っていたのか。  
「おや、あなたもでしたか。奇遇ですね。ボクシングタイトルマッチの影響ですか?」  
「おれは日本シリーズだ」  
「それはまた新たな理由付けですね、メモしておかねば」  
そう言いながらサインペンで地面に日本シリーズと書き出した。  
おれは何も持っていなかったので月にボクシングと書きなぐって後で清書することにする。  
「それよりそこをどけ、おれは東中に行かないといけないんだ」  
「東中のバランスボールは涼宮さんのものです。あなたが手を出そうものなら世界がどうなってしまうか考えただけでも目頭が熱くなります」  
「それじゃしょうがない、地元で集めるとするよ」  
「お供します、ムエタイを学ぼうとする同士ですからね」  
「ムエタイ、か……どうやらおまえは敵らしいな」  
「おや……まさかこのような勘違いがあるとは。どうです? お互いのバランスボールを賭けてじゃんけんで決着というのは」  
「ああいいぜ、短く最初はグー抜きでの一発勝負な」  
「ええ、いいですよ」  
お互い全身全霊を賭けての一発勝負  
「「じゃんけん、ぽん」」  
おれのチョキが古泉の目に炸裂した。のたうちまわる古泉から戦利品としてバランスボール三つをいただいた。  
いい試合だったぜ。  
どうにか四つまで増えたバランスボールを巧みに操る様はジャグリング選手権秋田代表は確定といったほどのものであろう。  
だが、スペイン代表レベルには遠く及ばない気がしたような気がするのでジャグリングの道は閉ざされた。  
 
 
そんな油断がおれの危機探知能力を著しく低下させていたのであろう。気が付けば目の前はコンクリート。  
頭には激痛が走っていて何も考えられないことにしておく。  
これは急進派の仕業に違いない。  
ここのところおれを洗脳しようとちょくちょく攻めてくる。  
二日前も夜中に右足が痛み出して突然起こされてしまった。  
不屈の根性でどうにか撃退したがこうも油断しているときではどうしようもない。  
だがこんなところで転がっているわけにはいかない。  
おれはヨガを極めないといけないんだ。  
それにここで諦めたら戦死していった猛者たちに失礼だろうがっ!   
そう自分に言い聞かせバランスボールを操り帰路に着く。  
長い道のりを乗り越え、我が家にたどり着いたところで妙な人影が目に付く。  
「やぁ、奇遇ですね」  
「おまえか」  
さわやかな笑顔で古泉が現れた。再びバランスボールを1つだけ携えて。  
「もう一度勝負していただきたくてですね、どうです? 再びシャンケンでも」  
「あぁ、かまわないぞ。最初はグーでいいよな?」  
「えぇもちろん。いきますよ」  
その瞬間古泉のチョキがおれめがけて飛んできた。  
が、たかが古泉程度の動き、秋田の星の前では止まって見える。  
懐に潜り込み驚く古泉にチョキを見せつけながら華麗に鼻フック。  
そのままお隣さんの家に放り込む。  
リベンジはスペイン代表になったら受け付けてやる。  
そう言い放ち、邪魔になった谷口ボールもお隣に放り込む。せめてもの情けだ。  
どうにか家に帰ってくることが出来たおれは、  
とりあえず疲れたし邪魔になったバランスボールを妹の部屋に押し込んで今日は寝ることにする。  
次の不思議探索はおごりたくないな。  
 
おやすみなさい  
 
 

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