ベッドに腰掛け、俺は頭を抱えていた。どうしてこんなことになったのか。  
扉の向こうからは、水が滴る音が響いてくる。  
朝比奈さんが、シャワーを浴びているのだ。  
 
記憶を反芻する。それは4時間ほど前、みんなと駅前で別れたあとのことだ。  
 
 
 
…………。  
……。  
 
 
 
「じゃ、また来週ねーっ!」  
 
夕日を浴びながらハルヒの姿が雑踏の中に消えてゆく。  
毎週土曜恒例の市内探索を終えて、本日のSOS団の活動は解散の運びとなった。  
 
最近は探索とは名ばかりで完全に遊びでフラフラしてるだけに過ぎず、  
ハルヒもそのことについてあまり口うるさく言わなくなってきた。  
 
ハルヒの奇矯な言動や行動は相変わらずだが、どことなく昔に比べると大人しくなったような気もする。  
少し大人になったと言うことだろうかね。  
それが良いのか悪いのかはガキと大人の中間くらいにいる俺にはわからないことだがな。  
 
栓のないことを考えつつ、明日の休みをどう過ごそうかなどと考えながら  
自宅へと向かってをダラダラとチャリを進めていたら、  
ポケットのケータイが突然メロディを奏でた。チャリを漕ぐ足を止めて路肩に寄せ、ケータイを開いた。  
 
メールではなく、通話だった。『朝比奈みくる』の文字。  
朝比奈さんが何の用だろうか。さっきまで一緒にいたのに…いやいや、それより待たせてはまずい。  
 
「もしもし」  
『あ、キョンくん?』  
「確かにあなたのキョンくんですが」  
『あ、そうですよね、携帯電話ですもんね』  
 
スルーされた。  
 
「どうかしました? もしかしてデートの誘いですか? 明日なら暇ですが」  
 
無論、もし用事があっても朝比奈さんの誘いなら最優先させるがな。  
 
『――あ、えっとぉ、明日じゃなくて……その、今、お暇ですか?』  
 
心臓が鼻から飛び出してリンボーダンスを踊ったね。まさかの朝比奈さんからのお誘い。しかもこんな時間に。  
 
「む、無論暇です」  
 
つい声がうわずった。可能な限り平静を装うべく努める。  
 
『良かったぁ。じゃあ、さっきの駅前の集合場所にもう一度来てくれますか? 待ってますから』  
「全力で急行します」  
『うふ。事故にだけは遭わないでくださいね。赤信号で渡ったりしちゃダメですよ?』  
 
通話が切れると、チャリを反転、全力でペダルを漕いだ。  
おっと、交通法規は守ったし、事故にも充分注意したぜ。  
朝比奈さんの言いつけを破るようなことなどあるはずがないね。  
それでも5分と掛からず先ほど解散した駅前へ。  
いつもは団員全員が俺を待ち受けている場所に、朝比奈さんだけがぽつんと立っていた。駆け寄る。  
 
「わ、早い……」  
 
あなたのためなら光も越えましょう。  
 
「この時間になると家に帰る人で車どおりが多くなるから、危ないんですよ? めっ、です」  
 
ちっとも怖くない顔と仕草で俺を叱る朝比奈さん。目尻が下がるのも仕方の無いことだと思うね。  
 
「それで、俺に何の用ですか?」  
 
少しばかりの沈黙が流れた。朝比奈さんは何かを言い出そうとして言い出せない感じで、  
もじもじと足元を見つめながらスカートの端を握ったり放したりしていた。  
 
さて、まさか俺も本気で朝比奈さんが俺をデートに誘うなどと思っているわけではない。  
もし本当に俺とデートしたいと思うなら、朝比奈さんなら電話ではなくいつかのように直接誘いをかけるか  
ラブレターでも送ってくるだろうし、時間設定も明日のほうが適当と言える。  
 
……まぁ、また任務の手伝いなんだろうなぁ……。こんどは何年後の偉人を助けるのか。  
それともまた過去に戻って『規定事項』の辻褄あわせか。  
 
ちなみにハルヒ関連だとは思っていない。そっち方面なら確実に古泉か長門からのアプローチがあるからな。  
 
余計なことを考えてたらつい朝比奈さんのお顔をじろじろ見つめてしまっていたらしく、  
白百合のごとく可憐な顔がスイートピーのように朱を差した。  
 
「あっ、あのっ、……そのぅ、今から時間取れますか?」  
 
先ほども聞いた質問。肯定の意を伝えると、朝比奈さんは「ぅー」とか唸って、キョロキョロと辺りを見回した。  
つられて俺も辺りを見回す。まさか、誰かに見張られてるのか?  
と思ったら、別にそういうわけでもないらしく、胸に手を当てて呼吸を整え始めた。なんなんだ、一体。  
 
やがて朝比奈さんは意を決したらしく、珍しく眉を凛々しく斜にすると、俺のほうに一歩踏み出して、こう言った。  
 
「も、もしよろしければ、私と一緒に食事でもどうですかっ!」  
 
…………。  
……なに?  
 
自失していたのは精々1秒か2秒程度だったと思ったが、俺にしては早い立ち直りだったと思うね。  
うん? つまり、なんだ? 結局、デートの誘いか、これ。まさか。朝比奈さんから?  
 
先ほどの朝比奈さんの誘いの声は結構なボリュームだったらしく、  
周囲を行きかう土曜日の夕方の独特の喧騒が若干弱まり、こちらに人々の視線が向いているのを感じた。  
 
朝比奈さんはスイートピーに留まらず、アネモネかサルビアかというほどに真っ赤に頬を染めていた。  
花には詳しくないが、スイートピーがピンクでアネモネが赤であってるよな?  
 
俺の返事がないことをどう受け取ったのか、アネモネの化身は瞳にうっすらと涙を湛え始めた。  
周囲の視線が揶揄するようなものに変わったのを敏感に感じた。まずい。  
 
「……あー、うー、……。えぇ、勿論、朝比奈さんの誘いとあらば」  
 
なんとか意味のある言葉を搾り出すと、朝比奈さんは目に見えてわかるほどにほっとした顔を見せた。  
 
「……よかったぁ」  
 
俺はポケットに入っていたハンカチを取り出すと、目尻に浮かんだ涙を拭きとって差し上げた。  
俺にだってこのくらいの甲斐性はあるのさ。  
 
しかし、頬に手が触れたのをどう解釈したのか、  
 
「……わ、きゃ、まだ、だめ、ですっ」  
 
ぴくんと背筋を伸ばし、一歩俺から離れた。しかし俺の手にハンカチが握られてるのを見ると、  
 
「……あ、ごめんなさい。キョンくんはそんなつもりじゃなかったのに……」  
「いえ、全然気にしてないです」  
 
どんなつもりだと思ったのか。まだ、の意味が気になったが、スルーすることにした。  
 
ようやく俺も頭が冷えてきた。食事の誘い。相手が朝比奈さんとあれば、是非もない。  
 
「それで、どこに行きますか?」  
 
この時間だと、予約もなしにどこかの店に行くのは少々厳しい。  
かと言って、折角のお誘いなのにファミレスなどに行くのも問題外だ。  
 
不安なのは財布の中身くらいだが、悲しいことに、いや、この場合幸運なことに、  
今日もパトロールでハルヒの命令によって散財させられることを予期していた俺は、  
予め結構な金額を財布の中に用意していたのだった。  
実際にハルヒのおかげで被弾した俺の財布ではあったが、未だ金額的にはかなりの余裕がある。  
 
備えあれば憂いなし。  
 
「実は、もうお店は予約してあるんです。もうすぐ予約の時間ですから、行きましょう」  
 
備えあれば……なるほど。  
 
 
 
…………。  
……。  
 
 
 
朝比奈さんに連れられて入ったその店は、小洒落たフレンチレストランだった。  
駅前から歩いて5分ほどのところにある、居酒屋や小料理屋などの看板が並ぶビルの3階で、立地条件としては上々。  
メインの客層は、ちょっと金のある大学生から社会人といったところだろうか。  
高級レストランというほどではないが、高校生が気軽に入るにはかなり敷居が高い、そんな店だった。  
 
今思えば、ただでさえ朝比奈さんとの食事だというのに、店の雰囲気に飲まれ、若干緊張していたんだろうな。  
こんな店に連れてこられるとは思いもしなかったし。  
 
メニューを渡されなかったのは、朝比奈さんが予めコースまで指定していたからだと気づいたのは、大分後になってからだった。  
こんな服でよかったのかななどと思いながら朝比奈さんと途切れがちの会話をしているうちに、  
 
「食前酒でございます」  
 
ウェイターがシャンパンを目の前で注いでくれる。夏の孤島で森メイドがワインを注ぐ姿がフラッシュバックする。  
いや俺たち未成年なんで、と言う前にウェイターは酒をグラスに注いでいたし、  
そういえば朝比奈さんは全然ダメなんじゃなかったかとか色々考えているうちに、  
 
「ごゆっくりどうぞ」  
 
ウェイターはいつの間にか去っていた。  
 
「乾杯しましょう、キョンくん」  
 
朝比奈さんは慣れない手つきでグラスを手に取った。まぁ、一杯くらいならいいか。  
 
「乾杯」  
「乾杯」  
 
あろうことか、朝比奈さんはグラスの中程まで注がれたシャンパンを一気に煽るように飲んだ。  
なにしてんですか、あなた。  
 
「……く、くふぅー。……いえ、あのぅ……実はお酒があまり得意ではないので」  
 
知ってます。  
 
「嫌なことは早めにやってしまおうかと……ちょっとずつ飲むより楽な気がしません?」  
 
理屈は分からないでもないですが、酒の場合は別です。  
一気飲みすると、悪酔いしますよ。  
 
「そうなんですか?」  
 
朝比奈さんはわかっていないようだった。今は平気そうな顔をしているけどな……。  
 
その後、俺自身も決して酒が得意ではなかったが、朝比奈さんはもっと極端で、目に見えて変調をきたしていった。  
はじめ途切れがちだった会話は次第に意味不明になり、夏のときと違って朝比奈さんは潰れることなく、妙に陽気になっていた。  
おかげで会話も弾んだから、まぁ良し。  
 
「メインディッシュでございます」  
 
何品目かもう忘れたが、お馴染みのウェイターがラム肉のなんとかかんとか(皿がやけにでかい!)を持ってきた頃には、  
朝比奈さんはらしくもなく調子に乗って、酒を追加注文するほどのテンションだった。  
勿論俺は全力で阻止し、食後酒も持ってこないでくれとウェイターに頼んだ。  
 
朝比奈さんは不満そうに唇を尖らせて俺を睨み付ける。赤みの差した顔でのその仕草は殺人的かわいさだった。  
 
 
すべての料理を終え、しばらく会話をしているうちに、朝比奈さんが眠そうにしだしたので、店を出ることにした。  
 
レジで表示された金額を見てぶったまげたね。財布に余裕があるとか言ったが、話にならない。  
二人分どころか、自分の分すら払えなかった。  
どうしようかと考えていると、朝比奈さんがカードを取り出し、あっさり払ってしまった。  
カードなんて持っていたんですか。  
 
「うふ」  
 
朝比奈さんは人差し指を唇に当てると、それ以上何も言わなかった。  
 
足元の危うい朝比奈さんを支えながら(細い腰だ)、駅までの道のりを歩く。  
家まで送りますよ、と言おうとして、そういえばこの人の家に行ったことないことに気づいた。  
というか、部活のメンバーだと長門以外の家に行ったことがない。  
 
「お金は必ず返します。今日明日中ってわけにはいきませんが。流石に」  
「全然きにしないでいいんですよー。誘ったのは私なんですからぁ」  
 
いつかのミヨキチとの会話を思い出す。女ってのはなんでこうも頑固なのかね。  
 
「じゃあ、代わりに何かプレゼントさせてください。そうじゃないと俺の気がすみません」  
 
ぴたり、と朝比奈さんの足が止まった。腰に手を回していた俺は、バランスを崩しそうになり、なんとか耐える。  
 
「朝比奈さん?」  
「…………」  
 
朝比奈さんは赤い顔を俯かせたまま足元を見つめ、なにやらぶつぶつと呟き始めた。  
「ぁぁ」とか「ぅぅ」とかしか聞こえないので、実際に意味のある言葉を発しているわけではないようだが。  
 
「あ、あのっ!――ひゃぅぁぁ」  
 
朝比奈さんは不意に顔を上げ、俺と目が合って驚いて飛び退り、支えを失い、くたくたと座り込んでしまった。  
前述したとおり俺は足元の危うい朝比奈さんを腰で支えていたので、顔を上げたとき、俺の顔面が目の前にあったのだ。  
しかし結構ショックだ。その反応。  
 
「あっ、ごめんなさい、そんなつもりじゃ、その、びっくりして」  
「いえ、気にしていないのでいいのですが……」  
 
朝比奈さんを引っ張り起こす。  
 
「ごめんなさい……。あの、でしたら、お願いがあるんですけど」  
 
お願い? 朝比奈さんのお願いでしたら、例えエベレストに裸で登れと言われても実行しましょう。  
 
「付き合って欲しい場所があるんです」  
 
 
 
…………。  
……。  
 
 
 
そして、冒頭に戻る。  
一言で言えば、ここはラブホテルである。  
 
「あの、あ、あがりました。キョンくん次どうぞ」  
「はぁ……」  
 
石鹸の香り。バスローブ姿の朝比奈さんに見とれつつ、俺もシャワールームに入った。  
朝比奈さんは大分酒が抜けたみたいで、顔色も普通に戻ってきていた。  
 
俺はといえば、パニック状態から未だに回復できないために、かえって表情は平静を装えるほどであった。  
 
生ぬるいお湯を浴びながら、髪は濡らさないほうがいいのかななどとぼんやり考えた。  
 
(何故こんなところにいるのだろう?)  
いや、何故などと考えてはいくらなんでも朝比奈さんに失礼である。  
ラブホテルでの行為なんて、一つしかあるまい? 話がしたいなら、さっきの店でも、そこらの公園でも良いし、  
宿泊したいなら他に適した施設があるだろうし、朝比奈さんの家の場所は良く知らないが、帰れないほどの距離ではないだろう。  
 
――つまり、朝比奈さんは、俺と  
 
顔面に血が集まるのがわかる。こめかみの血管がどくどくと脈を打っている。  
 
うわ、まじか。どうしよう。  
 
シャワーの温度設定を「冷」に変え、頭からかぶる。ぎゃあ、つめてえ。  
しかし、いくら冷やしても心臓はどくどく言っているし、顔の火照りも治まらなかった。  
 
がぶがぶとシャワーの水を飲み、何かを勘違いしたか  
(いや、むしろ臨戦態勢に入った?)いきり立ってしまった股間にも冷水をあて、  
 
うおお  
 
いくらかマシになった。深呼吸。  
 
髪と身体を拭き(このタオルがやたらふわふわしてた)、バスローブを着て、ベッドルームへ。  
 
朝比奈さんは、ベッドの端にちょこんと腰掛け、そわそわしていた。  
 
「あ……」  
 
俺と目が合うと真っ赤になり、顔をそらした。かわいすぎるんですけど。  
 
どこに座ろうか一瞬迷ったが、俺は意を決して朝比奈さんの隣に座った。  
朝比奈さんはびくりと身を竦ませたが、  
 
「…………」  
 
無言で身を寄せてきた。  
 
「……ぁ……ぅ」  
 
先ほど冷やしたはずの頭も股間も、再び熱を持ち始めた。参った。だめだこりゃ。  
今にも襲い掛ってしまいそうな身体を理性で持ってなんとか制御していると、  
 
「少し……お話をしませんか?」  
 
朝比奈さんの声を援護に、理性が勝った。あぶねえ。  
 
「ええ、いくらでも」  
 
朝比奈さんは急に立ち上がると、備え付けの冷蔵庫に向かい、何かを取り出した。  
缶チューハイが2本。また酒か。  
俺に片方を渡すと、同じ場所にまた腰掛けた。  
 
「朝比奈さん、大丈夫なんですか? お酒弱いのに」  
「いいんです」  
 
やたら強い口調で言い切られた。  
 
「……一気飲みはもうしないでくださいね」  
 
まぁ、先ほども陽気になっただけで、気分が悪くなったりするわけではなかったようだし、  
弱いといっても夏のときのような飲み方をしなければ、そこまででもないのだろう。多分。  
 
二人で同時にプルタブをあけ、乾杯。  
 
くぴくぴくぴくぴ!  
 
「なにしてんですか!」  
 
するなと言っているのに、またしても朝比奈さんは煽るように酒を飲んだ。  
 
「くぷ、ふひー。い、いいんです! 大丈夫ですから!」  
 
大丈夫とは思えない。酒を取り上げる。  
 
 
変だ。  
朝比奈さんは、明らかに様子がおかしかった。  
ヤケっぱちになっているというか……。  
 
「……酔っ払いでもしないと、こんなこと、言えませんよ。できませんよ」  
 
え?  
 
「何を……」  
 
 
あまりに唐突だった。  
 
朝比奈さんは身体ごとぶつかってくると、その勢いのまま俺をベッドに押し倒し、唇を重ねてきたのだ。  
 
「…………!」  
 
柔らかい唇の感触。  
圧し掛かられているのにまったく重さを感じないほど軽い身体。  
芳香。  
頭がくらくらする。  
 
狼狽した俺は拒絶することも優しく抱き寄せることも出来ず、  
ただ呆然と朝比奈さんのキスを受け入れることしか出来なかった。  
 
やがて唇が離れると、朝比奈さんは俺の胸に顔を押し当てて泣きはじめてしまった。  
 
「ひっく、う、うえぇ……」  
 
…………。  
 
そこにきてやっと、金縛りにあっていたような俺の腕は動き、朝比奈さんを優しく抱きしめることに成功した。  
 
「……話して……くれますか。どうして、こんな……」  
 
俺のバスローブを握る力が、少し弱まり、嗚咽も収束していく。  
 
やがて、朝比奈さんはぽつりと言葉を漏らした。  
 
「キョンくん……は、私のこと、どう思っていますか?」  
 
動揺を気取られないようにするのは、無理な話だね。  
かつてないほど脳細胞をフル回転させるが、パニック状態の脳細胞は碌なボキャブラリーを叩き出すことがなかった。  
(しかし、例え平静時であっても、この質問になんと答えるべきか、わかっているのか、俺は?)  
 
「……とても、魅力的な女性だと……思いますが」  
 
結局、無難なセリフしか出てこなかった。ペラペラと気の利いた言葉の出る古泉がこのときばかりは羨ましい。  
 
「……私は、キョンくんが好きです」  
 
どくんと胸が高鳴った。朝比奈さんのバスローブを握る手に再度力がこもる。  
多分、俺の心臓の音も筒抜けだよな。  
 
「……好きです……。好きなんです……もう、どうしようもないほど……  
 私だけを見てください……涼宮さんも……長門さんも……誰も見ないで……  
 おね、おねがい、します……」  
「…………」  
 
俺は、朝比奈さんの懇願に応える術を持たなかった。ただ、少し力を込めて抱き寄せるだけだ。  
 
「ごめんなさい、ごめんなさい……」  
 
誰に謝っているのか。それは俺には分からないし、彼女に聞くことも出来ない。  
 
「――私、もうすぐ未来に帰るんです……っ!」  
「…………っ!」  
 
目の前が真っ暗になると同時に、その一言で、なんとなく俺は合点が行った。  
ヤケのような行動。急すぎる展開。謝罪の意味。  
 
抱きしめる腕に力がこもる。そうしなければ、消えてしまうかと思った。  
 
 
やがて、ぽつ、ぽつと話しだした朝比奈さんの言葉をまとめると、こういうことだ。  
 
昨年以前に比べ、ハルヒの異能力は収束傾向にあり、朝比奈さんはお役御免、  
もろもろの処理は他の人に任せてこの時空での任務はひとまず終了、ということだ。  
もちろん、突然消えたんじゃハルヒが黙っているわけがない。  
そこで、高校卒業と同時に遠くの大学に進学し、そのまま行方をくらます手はずだという。  
 
「だから……あと1年くらいで、みんなと、……キョンくんとは、お別れなんです……だから!」  
 
朝比奈さんは、うっ、と唾と息を同時に飲み込んだ。俺は朝比奈さんの言葉を待つ。  
 
…………。  
 
 
だから、せめて。  
 
思い出を、ください。  
 
朝比奈さんは、蚊の鳴くような声でそう囁いた。  
 

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