身体を起こし、腰を落ち着ける。朝比奈さんは俺にすがりついたまま、動かない。
俺は目を閉じた。
朝比奈さんはどんな思いで俺へ電話してきたのか。
正確に推し量ることはできないが、並大抵の覚悟でないことであることは、いくらなんでも俺にだって分かる。
だから――俺は、形容しがたい怒りがふつふつと湧いてくるのを感じた。誰に対する怒りかって?
そんな朝比奈さんに対し、中途半端で煮え切らない態度しか取れなかった、俺自身にさ。
冬のあの世界改変のあと、長門とその背後の宇宙人に向かって放った言葉を思い出す。「くそったれと伝えろ」
長門を失いたくない一心から出た言葉であった。長門のためなら、意味不明な宇宙人だろうが敵に回す覚悟から出た言葉だった。
ここで、朝比奈さんを拒絶することはできる。いや、正確には彼女のこの行為を、だ。
長門に言った様に、上司を敵に回してまででもこの時空に居続けろ、だからこんなことしなくても良いんだ、と言うのはたやすい。
だが、その場合朝比奈さんの覚悟はどこに行く?
昨日今日の思いつきでこんな行動に出れる人じゃない。きっと未来から帰還の通告があってから何日も悩んで、
色々な葛藤と戦いながら、苦しんで出した結論であり、覚悟なのだろう。
つまり、この行動は規定事項からは外れた行動であり、それは朝比奈さん自身の未来に対する裏切りに他ならない。
「禁則事項です」未来人の彼女の口癖。その言葉の重み。
彼女にとってどれほどの覚悟が必要だったのだろう。
どれほどの想いが、彼女をそうさせたのか。
……いつかの大人版朝比奈さんの言葉。
「あんまり私と仲良くしないで」
「キスまでなら許してあげます」
ぎりりと歯がなった。
規定事項も未来人の助言も、クソ食らえだ。
目の前にいる、小さな、震えている女の子を愛しいと思い、その心を救いたいと思うことが間違いであるはずがない。
目を開く。
出来る限り優しい声で、
「……わかりました。俺なんかが思い出になるなら」
ぴくんと朝比奈さんの身体が緊張する。
濡れた瞳。問いかけ。
いいんですか?
いいんです。
言葉を使わなくても俺には朝比奈さんの心が理解できたし、朝比奈さんも俺の心を理解してくれた、そう信じている。
俺は朝比奈さんの頬にそっと手を添え、口付けをした。
「ん……」
唇が触れ合うだけの、軽いキス。俺はむしゃぶりつきたい衝動をぐっと堪え、可能な限り優しく動くように努めた。
「――はっ」
唇が離れる。朝比奈さんが身をよじった。上目遣いで俺を見つめると、蚊の鳴くような声で、
「……も、もう一回、お願いします」
「は、はい」
再び触れ合う唇。
「んぅ……」
朝比奈さんは呼吸することも忘れたように、自分の唇を俺のそれに押し当て続けた。
「――はっ」
唇が離れていく。名残惜しそうな視線。
「も、もう一回」
「は、はい」
三度触れ合う唇。朝比奈さんは唇を動かし、自分から俺のそれを吸った。
「ちゅ……、ん、ちゅ、ちゅ……」
朝比奈さんの頬は紅潮し、息遣いも段々と荒くなっていた。
「――はぁ」
「もう一回?」
朝比奈さんは俺の質問に、行為を持って答えた。
「ん……ちゅ、ちゅ、ちぅ、ちゅ、ちゅぅ……」
「――んはっ、ちゅぷ、ん、ちゅ、ちゅちゅぅ……」
朝比奈さんの唇を吸う動きに俺も応えた。しばらくの間互いに唇を吸いあう音が、部屋の中に響いた。
「!」
口内に異変を感じたか、ばっ、と朝比奈さんが驚いた顔で顔を離した。俺が舌を差し込んだのだ。
「あ……す、すみません」
「――え、あ、いや、そのぅ……」
謝る俺に、もじもじと指を動かす朝比奈さん。何か言いたいが、言葉を選べないようで、口の中でなにやらもごもごしている。
「つ、続きをして」
「は、はい」
再び、触れ合うキスから、互いに唇を啄ばみあう。
朝比奈さんは俺の口内に舌を差し込んだ。
「!」
今度は俺が驚いたが、顔を離したりはせず、お返しとばかりに自分も朝比奈さんの口内に舌を侵入させる。
朝比奈さんも今度は受け入れた。
「ちゅぷ、ん、ちゅ、ちゅぱ、んぅ、れろ、はっ、ちゅる、ちう、ちう……」
「はっ、んふ、ちゅっ、んん、ちゅぷ、はぁ、ちゅっ、ちゅる……」
空中で互いの唇と舌が交差しあい、絡まり、吸い付き、離れ、また絡まる。
朝比奈さんは俺の胸に添えていた手を、俺の首に回した。
俺も、朝比奈さんの肩を支えていた手を朝比奈さんの背中と後頭部に移動させる。
俺たちは、好物を前にした犬のように、或いは飢えに耐え忍んだ直後のように、
我慢できないといった様子で、唇を押し付け合い、舌を絡め、吸い、食み、
息継ぎをする間も面倒になるほど互いにむさぼりあった。
朝比奈さんの視線が次第に泳ぎがちになり、力が失われていった。首に絡めた腕にも段々と力が通わなくなる。
互いの唇がようやく離れた。口元からあふれ出た唾液は顎を越えて首筋から胸元にまで達するかというほどであり、
唇が離れたいまでも架け橋のように互いの口元から垂れ下がっていた。
「キョンくぅん……」
艶っぽい声。俺の鼓動が早まる。
「朝比奈さん……」
「あ……」
俺が少し強く朝比奈さんの身体を抱きしめると、平衡感覚の鈍ったその身体は横に流れた。
俺もその動きに誘われるように、朝比奈さんと共に身体の力を抜いた。
ぼふ、とベッドの上に背中から着地した。しばらく互いの身体の感触と重みを堪能しつつ、
抱き合ったまま、ゴロゴロとベッドの端から端まで行ったり来たりする。
しばらくして、布団の上に仰向けになった朝比奈さんが、ぱくぱくと餌をねだる魚のように唇を求めた。
朝比奈さんの頬に手を添え、俺はそれに応えた。
「ちゅ……はむ、ちゅ、ちゅ……ん、――はっ、ちゅ……んふ、ちゅぷ、んん……」
俺が体勢を整えようと身をよじった瞬間、ぴくんと朝比奈さんの身体が跳ねた。
「?」
俺は結局気づくことはなかったが、俺の足が朝比奈さんの足と交互に絡み合っていたせいで、身体を動かした俺の太ももが朝比奈さんの敏感な部分を刺激していたのだ。
「くぅん……」
甘えるような声を漏らす朝比奈さん。俺の鼓動は早鐘のように鳴り続けていた。
「……キョンくん……すごくドキドキしてる……」
カーッ、と俺の顔が紅潮した。朝比奈さんに見透かされているのが、何故かたまらなく悔しく、恥ずかしかった。
「で、でも……ほら」
朝比奈さんが頬に当てられた俺の手をとり、自分の左胸に当てた。バスローブの柔らかい布の感触と、
「!!!!!」
「わ、私も……すごく、ドキドキしてる、でしょ……?」
朝比奈さんの言うとおり、朝比奈さんの心臓も俺に負けないほどの凄まじい勢いで鼓動を刻んでいた。朝比奈さんの顔を見るとこちらも俺に負けないほどに紅潮し、唇をわななかせていた。
「……じゃあ……おあいこ、ですね」
俺が手を動かした。朝比奈さんが反応する。
「あんっ!」
朝比奈さんは自分の出した声に驚き、思わず目を見開いて口を手で塞いだ。
俺も驚いていた。まさかこんな艶かしい声がでるとは思わなかった。
俺が引き続き胸に当てた手をまさぐらせた。
朝比奈さんの豊かな胸は俺の手の動きを如実に反映し、反動を残しつつ自在に形を変えた。
朝比奈さんは我慢しつつも、俺の動きがもたらす快楽と自然と漏れ出る声を抑えるのに必死だった。
「――ふ、くぅん、ん、あ、ふ、ぅん、ん、ふっ……」
「我慢しないで……」
俺は朝比奈さんの唇を塞いだ。耐えるように強張っていた朝比奈さんの身体がリラックスする。
「ちゅ……――はぁ、はぁ……だって、恥ずかしい、です」
もう一度キス。朝比奈さんの身体の緊張は除かれていた。
「ん……――ふぅ。……恥ずかしいことじゃ、ない、と思いますよ。多分、自然なことだと思う」
朝比奈さんがキスをねだった。
「んぅ……――はっ。……でも……」
「……それに、さっきの朝比奈さん、可愛かったですよ」
朝比奈さんが目をむき、もじもじしはじめた。
「……ほ、ホント? ……えっちな子だって、はしたないって思わない?」
俺はキスをもって黙らせた。
「ちゅ……――は。全然思いませんよ。俺は……朝比奈さんの可愛い声を、もっと聞きたい」
「キョンくん……!」
舌をからめるキス。先程よりも遠慮なくちゅぱちゅぱと音を立て、互いに相手の味を堪能した。
朝比奈さんの唇から唇を離すと、俺は朝比奈さんの首筋にキスをした。
「あ!」
ちゅっ、ちゅっ、と何度もキスの雨を降らせる。
パジャマ越しに朝比奈さんの乳房に当てられた手を、まさぐる。
朝比奈さんの目がとろんとなった。
朝比奈さんのバスローブを、少しはだけさせる。
「あ、あん、ふぅ、ん、ん、ん、あぁ、あっ、はぁ……」
唇が肩に到着し、鎖骨に沿って舌を這わせた。バスローブ越しに、朝比奈さんの乳首が勃起してくるのが手のひらに伝わってきた。
バスローブの襟が、肩に到着した。
「あぁ、あ、くぅん……」
逆側の鎖骨に沿って舌は上っていき、逆側の首筋に到着、キス。硬くなってきた乳首を優しく擦る。
バスローブの襟は肩を越え、肘のあたりまで到達。
「ふぁ、あん、ん、ふぅ、あぁっ……」
朝比奈さんの息が段々と荒くなってきた。唇を塞ぎ、舌を絡める。乳首を摘む。
バスローブの帯を、外した。
「んむ――はぁ、ふぅ、ふぅ、は、は、あぁ……」
俺はバスローブの裾に手をかけ、めくった。朝比奈さんの上半身の肌が、鎖骨からへそまで、腕を除いて露わになった。
鼓動が早まった。視線は朝比奈さんの露わになった乳房に注がれ、目が離せなくなった。
朝比奈さんがとろんとしていた目を見開き、恥ずかしさのあまり、肌を額から胸の辺りまで紅く染めた。
「……ひゃっ……ぁっ……ゃっ……」
朝比奈さんは俺の背中に回していた手を解き、胸を隠した。抗議の視線。
バスローブをずらされていたことに気づいていなかったらしい。
「すみません……」
思わず謝る俺。はっとした朝比奈さんが、
「――あっ、ぅぅん、責めてるわけじゃなくって、……その、びっくりしただけだから」
「……良かった。……嫌だったのかと思った」
朝比奈さんが困った顔をした。
「嫌ってわけじゃないんだけど……やっぱり、恥ずかしいですよ」
「僕は朝比奈さんが見たい。朝比奈さんは、俺には見せたくはありませんか?」
朝比奈さんは驚いた顔をして、それから恥ずかしそうにもじもじしながらしばらく迷う素振りをしていたが、
「……うん。私も、……恥ずかしいけど、キョンくんに見て欲しい、かな……」
ゆっくりと、胸元を隠していた手を外し、声にならない声を漏らす朝比奈さん。
「……〜〜〜〜〜〜〜」
唾を飲む俺。ごくりという唾が喉を通る音が意外なほどに大きく鳴った気がした。
顔全体を越えて胸まで紅く染めて恥じらう朝比奈さんを見てるうちに、俺のほうが恥ずかしくなってきてしまい、
思考回路が段々と鈍ってきたのを感じた。
頬が熱い。
視線が揺れる。
もともと早鐘のようだった俺の鼓動は更に速まった。
思わず息を飲んで見つめてしまったせいで、朝比奈さんが居心地悪そうにもじもじした。
「……や、やっぱりダメっ!」
恥ずかしさに耐え切れず、また身体を隠す朝比奈さん。
「あ……」
俺は思わず本気で残念そうな声を漏らした。
悲しそうな顔をする俺を見て、朝比奈さんは、
「…………。……そんなに見たいの?」
「は、はい」
「…………」
いたずらな笑み。
「……じゃあ、もう10回、キスしてくれたら、許可しちゃいます」