「今日も元気に不思議探索っ…なんだけど、最近急に寒くなってきたわね」  
 まぁ、夏の暑さが異常なだけにその気持ちは分かる。  
 秋の空もそれらしくなってきたとある週末。  
 俺達は相も変わらず不思議探索という名の市内徘徊に精を出していた。  
「昨日の夜はちょっと降ったみたいだからどうなるかと思ったけど、晴れて良かったわ。…ちょっと涼しいけど」  
 俺は天気予報を見てきたのでコートを引っ張り出してきたが、ハルヒの奴は上こそ長袖だが下はミニスカートときた。  
 カーディガンも着ていないから流石に寒いだろう。  
 ちなみに長門はいつも通り。  
 朝比奈さんは胸の部分だけ編み目が多そうなセーターを着てらっしゃる。  
 あと古泉も服を着ているな。  
「これは地球に向けて宇宙人が密かに謀略を企てているって事だわ! なんとかしないと! 寒いし!」  
 何をだよ? とうとう妄想が地球規模になってきたぞ。てか最後の一言が主語だろお前。  
「とりあえずあそこの喫茶店でお茶しながら考えましょ。キョン、あたしミルクティーとハニートースト」  
 奢り確定。と言うかやっぱお前寒いんだろ。  
「あの、いつもすいません」  
「……」  
「光栄ですね」  
 うーん、君達もたまには遠慮というものを知ってくれ給え。  
 喫茶店でハルヒはハニートーストに顔をほころばせ、珍しく無防備なほのぼの顔で幸せそうにしていた。やっぱり寒かった  
だけだなこいつ。  
「キョン君、私のモンブランちょっと食べてみてくれませんか? 量が多くて…」  
 コーヒーだけだった俺に哀れみをかけてくれたのはやはり朝比奈さんである。  
 このケーキ半分の為なら華厳の滝で水ごりしたっていいね。  
「いいんですか?」  
「はい、ぜひ」  
 俺は殿様から褒美を貰う農民の気持ちでありがたくそれを頂く事とする。腐らなければ家宝にしたいね。  
「あ、でも一口でいけそうですね…。それじゃ」  
 そう言い、事もあろうに朝比奈さんは残りのケーキを、当然自分も口を付けたフォークに刺し…。  
「はい、あーん」  
 世界は見捨てたもんじゃないぜ!  
 俺は人生二回分の幸せをここで使った気分で甘露を味わった。  
「キョン! これあんまり美味しくないから食べなさい! あとあんた食べるの下手そうだから蜂蜜が落ちないように食べさせて  
あげるわ! 仕方なく! 仕方なくよ!」  
 そう言ってハルヒはさっきまで美味しいと言っていたトーストを俺の口に押し込む。  
 待て待て待て! せっかくのモンブランの後味が…。  
 嗚呼、もう蜂蜜の味しかしないし…。  
 そして綺麗に食わせると言った筈が口の周りを蜂蜜でべたべたにされ、その後更に長門のパフェをやはり俺の手を使わずに食わされる  
事になる。  
 だが、ポッキーを口にくわえて食べさせようとされたときは流石に驚いたぞ。  
 流石に二人の視線と古泉の凍り付いたスマイルが痛々しくて辞退させてもらったが。  
 …喫茶店ってこんなに疲れる場所だったか?  
 
 その後、体も温まった、と言うか空気が色々ヒートアップした俺達は、頭を冷やす為に公園の方へ足を運ぶ。  
 紅葉が目に優しく、舞い散る落ち葉はパステル調で石畳の遊歩道を染めていた。  
「落ち葉が舞い散る遊歩道って素敵ですよね」  
 朝比奈さんが何となく俺に近づきつつ、ロマンティックな事をおっしゃった。  
 Exactlyでございます!  
 もう一回言うぞ。  
 Exactlyでございます!  
「うふふ、こういう時、映画の恋人同士だと腕を組んで…」  
 心なしか潤んだ瞳の女神朝比奈みくる(属性ロリ顔巨乳・ドジメイドLv.99・俺マグネタイト消費量最大)はつつ、と俺の横に並び、  
何かを求めるように指を泳がせ、グッピーが水草をついばむ様に俺の指をつんつんとつつきながら、俺の瞳を見詰める。  
 
 あー、天下の往来で人を押し倒すと罪になるんだっけ? でも同意の上ならいいかな?  
 乾いた砂で出来ている理性の門がみくるビームで木っ端微塵に崩されようとしていたその時、俺と朝比奈さんは背中から、地獄の  
業火が蝋燭の炎に思える灼熱の視線と、液体ヘリウムがいい湯加減に思える絶対零度を超えた冷気の視線を背中に突き刺された。  
 と言うか突き抜けた。  
 朝比奈さんは別の意味で涙目になり、血の気を引かせて俺からつつ、と離れる。  
 それでも最後まで目を離さないのが健気だ。  
「なにおしてゐるのョばかきょン」  
 言葉遣いが変になっていますよハルヒさん。  
「五月蠅い! あんたがみくるちゃんに変な色目使っていたから助けてあげただけよ! この晴天の変態男!」  
 晴天の霹靂ね。  
「しょ、しょんなことないで…す…」  
 決死の覚悟でフォローしようとした朝比奈さんだが、長門の一睨みでいよいよ縮こまり、声も出せなくなってしまう。  
 あーあ、泣いてる泣いてる。  
 長門、あんまりいじめちゃ駄目だ。  
 そしてさも当然のように長門が先ほどの朝比奈さんのポジションに流れ込んできた。  
 しかもあっさりと俺の腕に自分の手を回して。  
「ふえ…」  
 ずるい、と言う心の叫びが聞こえたが、もう一つの怒声にそれもかき消される。  
「キっっっっ…キキキキョンっっっっ!あんたっ! 今度は有希にまで迫ろうっての! この節操無しの極楽鳥っ!」  
 お前の目は体のどこに付いているのか、そしてその網膜には何が写っているのか、一度科学的に検査させてくれ。NASA呼ぶから。  
「有希! キョンになんかイヤイヤくっつく必要無いのよ! どこの女に手を出すか分からない節操なしなんだから! 汚れるから  
離れなさい!」  
 ハルヒは顔を真っ赤にしながら、俺を指さして怒りに打ち震えていた。  
 なんか指が折れそうなくらい反っているぞ。  
 長門は、そんなハルヒをちらりと見て、まるっきり冷静に言った。  
「だから、この人がそんな事をしないように私がずっとこうして見張ればいい。全て任せて。それなら、あなたは何もしなくていい」  
 しかも腕に頭をこつん、と寄りかからせる。  
 今の俺達、端からの見た目はもう、さっき朝比奈さんが言った映画に出てくるアレだよアレ。  
「な、な、な…」  
 うーん、ハルヒの背中からなんか非常に嫌な気が沸き上がっている様な気がするなぁ。  
 その後ろでは古泉が蒼白というか真っ白になってエクトプラズムを沸き上がらせている。  
 古泉、それ、切れたら死ぬぞ。  
「こここ、このエロキョ」  
 不条理で不名誉な事を言いつつのしのしと迫ってきたハルヒが、突然こけた。  
「きゃあっ!」  
 どうやら落ち葉の下に水たまりがあり、そこを踏んでしまったという事になる。  
 ハルヒはそのまま豪快に尻餅をついた。  
 ばちゃ、と音がする。  
「ひっ!」  
 ハルヒが短い悲鳴を上げた。  
「あ」  
 俺も思わず声を出す。  
「す、涼宮さん?」  
 朝比奈さんも分かった様だ。  
 水たまりに足を滑らせ、そしてこけた。  
 それはつまり…。  
「つ…冷たい…」  
 ハルヒは尻の痛さと冷たさに、思わず涙目で呟いた。  
 怒りがそのまま情けなさになったのか、今にも泣き出しそうな顔になっている。  
「立てるか?」  
「う、うん」  
 俺は手を差し伸べてハルヒを立たせる。  
 突然の事に動転しているのかずいぶんと素直なハルヒ。  
「…濡れた」  
 ハルヒは顔を赤くしてスカートの後ろを押さえていた。  
 
「気持ち悪い…。どうしよう…」  
 濡れた下着の感触がどうにも気持ち悪いらしい。  
「ど、どうしましょうか? このあたりにランジェリー屋さんは…」  
「うう…そこまで穿いていくの嫌…」  
 更にだだっこモードだ。  
「で、でも、こんなところで…」  
 やれやれ。  
 俺はコートを脱ぎ、ハルヒの肩にそれをかけた。  
 突然の事にハルヒがえ? と呆けた顔をする。珍しい顔だな。  
「とりあえずそのままにしていろ」  
 俺はコートのボタンを止め、プールで首から被るタオルみたいにする。  
「これならコートで見えないから、そこの木の陰にでも行けばなんとか出来るだろ? 後はそのコートそのまま着てていいから、  
店に行って替えを買ってこい」  
「あ、うん…」  
 ハルヒにしてはずいぶん素直に頷く。  
「……」  
 が、中々向こうに行こうとせず、顔をコートに埋めて深呼吸している。  
「これが…キョンの…」  
 ん? なんだ?  
「な、なんでもない!」  
 ハルヒは赤い顔をしながら、慌てて木の向こうに行った。  
 細い木なので大して隠れていないし、コートで隠れて見えないとはいえやっている事はアレなので、マナーとして向こうを向いておく。  
「……」  
 遅い。  
 流石に遅い。  
 俺はそっと向こうを見ると、ハルヒは木の向こう側で立ちつくしている様だ。  
 なんかすごい勢いですーはーすーはーと鼻息が聞こえるのは気のせいか?  
 朝比奈さんと長門と見ると、何故か羨望のまなざしでハルヒを見ていた。  
 朝比奈さん?  
「え? あ! あ、あの…呼んできますね?」  
 朝比奈さんがそう言って木の向こうのハルヒに声をかけると、ハルヒもハルヒで何故か素っ頓狂な声を出して飛び上がる。  
 何やってんだ?  
 それからようやくあいつはこっちに戻り、店に行く事になった。  
「んじゃ今日は解散だな」  
「あの、キョン…」  
「ん? ああ、コートは今度でいいぞ」  
「そ、そう? ありがと…」  
 だぶだぶの袖を顔に寄せ、未だに赤い顔のハルヒは、珍しく申し訳なさそうな顔で礼を言った。  
「それじゃ、あたし店に…」  
「私もお付き合いします」  
「え? 別に…」  
「一緒に行く」  
「ゆ、有希? きゃ!」  
 二人はがっちりと両の腕、と言うかコートの袖を掴み、連行する様な形でハルヒを連れて行ってしまう。  
「ちょ、ちょっと! そんなに腕強くつかまないで…! か、顔くっつけ…い、痛い痛い! 二人とも、腕噛んでない? 噛んでない?」  
「……」  
 俺は、2つの鼻息を耳に残しつつその場を後にした。  
 …多分、あのコートは戻ってこない気がする。  
 それは予感、と言うか確信。  
 そしてそれは次の日、コートを汚してしまったから弁償する、と女性陣三人から渡される新品のコートで証明されるのであった。  
 JUNMENかよ。俺のコート確か丸井だぞ?  
 で、汚れててもいいから返せと言ってみたら、全員蜘蛛の子を散らす様にその場から消えてしまった。  
 
 なんか知らないが、やれやれだぜ。  
 さらば、俺のコートよ。  
 そしてようこそ、新品のコートよ。  
 願わくば、末永く…。  
 
おわり  
 

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