両袖、その少し後の話  
 
 
「……」  
「……」  
「……」  
 いや…別に有希が三人いるとかじゃないわよ。  
 あたし達三人、有希とみくるちゃんは一着のさえないコートを中心に三すくみで、何故か丁寧に正座していた。  
 まるで三国同盟ね。  
 Gacktは最初どうかと思ったけど、みんな演技が大仰だから馴染んでいたのがすごかった。  
 で、場所は有希の家。  
 時間は馬鹿キョンからコートを貰った帰り。  
 パンツ? あんなの今だけなんだから、コンビニで十分よコンビニで。時間がもったいないわ。  
「で、二人とも、もう一度言っておくけど、そもそもこれはキョンがあ・た・し、に自ら着させてくれたコートなのよ。つまり、あたしに  
主権があるわ」  
「で、ですから! そっ! それだけじゃ、独り占めの理由にはにゃりません!」  
 珍しくみくるちゃんがまた反論する。  
 可愛いけど生意気だわ。上級生だけど。  
「それは貴女の思いこみ。私が転んでも彼は同じ事をしてくれた。それどころか、私だったら彼は更に、体を心配して家まで負ぶってくれた筈。  
そして彼の広くて心地よい背中のおおらかさについ眠ってしまった私を彼は合い鍵を使って部屋まで運び、そっと布団に眠らせてからおやすみの  
優しく、そして長いキスをして静かに帰る。私は目覚めた時に独りの寂しさについ涙を零してしまうが、ふと枕元を見るとそこには指輪の入った  
小さな箱がおいてあり、手紙には結…」  
 ちょっと待ちなさいよ! むきー! 有希まで反論? て言うか人の発言を思い込みとか言ってあんたの後半文章も激しく思いこみじゃない!  
 合い鍵なんて渡してないでしょ! そもそもここオートロックだし! 安っぽい携帯小説サイトにでも投稿する気? 語る気? キョンは  
確かにみんなに優しいけど、あたしに他の人が越えられない壁十枚分は優しいのよ!  
『>』が百個は並ぶわよ!  
「とにかく! こんなさえない地味コートが手元にあってもどうにもならないでしょ? だからあたしが回収してあげようって言っているの!」  
「なら、そんなさえないコートは貴女の手元にあるのは似合わない。地味な私にこそそれは似合う。朝比奈みくる、あなたにもこのコートは  
体型的にも絶対に合わない。私の体型なら問題ない」  
 あたしに口撃した後、返す刀でみくるちゃんにも口撃とはやるわね。しかも所々に自虐が入っている辺りが、少し反論しづらい雰囲気を作って  
いるわ。流石本の虫。  
「う〜〜」  
 みくるちゃんはもう返す言葉が無いみたい。  
 …違うわね。反論したら怖いのと可哀想なのがごちゃ混ぜって表情だわ。  
 そんな押し倒したくなっちゃう涙目で有希を見ている。  
 …多分、睨んでいるつもりなんだろうな。  
「……」  
「……」  
「……」  
 はぁ。  
 結局、膠着状態に戻ってしまった。  
 仕方ないわね。  
 あたしの燃え尽きる程ヒートなハートには及ばないにしても、二人の気持ちも分かったわ。  
「山分けしましょ」  
「え?」  
「……」  
 みくるちゃんは頭に?を浮かべ、有希は珍しくぶん、と音が聞こえるくらいの勢いで頷いた。  
「え? やまわ…えぇえっ!? いいんですか?」  
 七秒掛かって理解したみたいね。  
 いいのよ、あたしも名誉あるSOS団の超団長。  
 広い心と隙あらば抜け駆けの精神で、謀反を企てようとした部員にも平等に権利をあげるわ。  
 …あんまり否定すると、分が悪くなりそうだし。  
「う、嬉しいんですけど…」  
 踏ん切りはすぱっと付けた方がいいわよ。三方一両損! ちょっと違うかもしれないけど気分はそんなもんよ。  
 あたしがここまで気持ちをあけっぴろげにしたんだから!  
「有希! 切るものある?」  
 
 有希は音も立てずに立ち上がり、台所へと向かった。  
 台所でなんか小声がぶつぶつ聞こえた気もするけど、あの子も独り言なんて言うのかしら?  
「…これ」  
 で、有希が戻ってきて…ってあんた、それ、もしかしてメスじゃないの? なんでそんなもんがある訳!?  
 有希が持ってきたのはカッターでもはさみでもなく、おそらくは手術用の本物のメス。  
「…これが一番綺麗に切れる」  
 それはそうだけど。  
 有希は元の位置に座り、メスを目線の高さに構える。  
 なんだか、果物とか切ってもくっつけたら元通りになりそうな輝き。  
 まさかお金燃やした炎で鍛えたとか言わないわよね?  
 有希は中央の不干渉地帯に鎮座していたキョンのコートを手に取り、真剣なまなざしでメスを構えた。  
 あ…自分で言ってなんだけど、ちょっとコートが可哀想…。  
「大丈夫。痛くはしない」  
 そう言い、コートの肩口にメスを滑り込ませた。  
 有希はバイオリンを弾く様な滑らかな動作でメスを滑らせる。  
 驚いたのは、あたしはてっきり縫い目から布を切り分けるだけかと思っていたけど、有希はそうじゃなくて、縫い目の糸のみを切っていた事。  
 数分後、コートはまるで縫製前の状態みたいに綺麗に分解されていた。  
 それは左右の腕と胴体、裏地、コート特有の大きな襟の合計五つに分けられた。  
「…縫ったら、元に戻りそうですぅ」  
 みくるちゃんが感嘆の声を上げる。  
 あたしは綺麗に切り分けられた、位にしか見えないけど、お裁縫が好きだから分かるんだろうな。  
 …って、なんで五つなのよ! 三つでいいじゃないの!  
「部分によりレアさが違う」  
「! レアさ! 確かにそうですぅ」  
 あ。  
 そうだわ! そうよ! 流石有希だわ!  
 部位によって残り香の量や質が違うのよ。  
 単純に面積では割りきれない黄金比を見失うところだったわ!  
 ダヴィンチも大あわてよ。  
 ちなみに、あたし的見地から言えば、キョンの髪のにおい、首筋のにおいを最も濃く残している襟が最も貴重な部位。  
 そこの香りをかげば、キョンのあったかい首筋にかじりついているのと同じ気持ちになれるし、ほんわりと残る髪の香りをかげば、この胸に  
キョンの頭を抱きしめている気分になれるもの。  
 魚で例えれば、本鰹のカマトロってところね。あたしの好みだけど。  
 次になんと言っても裏地よ。  
 胸、背中とキョンの胴体の香りを一心に受けた裏地は肌触りの良さを生かして抱きついてよしシーツにしてよしと大きさを生かした楽しみ方が  
出来るわ。  
 肉で例えるなら米沢牛のA-5かしら。ただ、個人的には霜降りの肉って油まみれで好きじゃないけど、価値的にね。  
 次は両腕。  
 言っておくけどこの順位はあくまでも順位を付けたらと言う意味であって、実際はどれも拮抗しているんだからね。  
 で、この筒に手を入れれば、まるでキョンの腕に抱かれている様な気分になれるし、アームウォーマーとしてそのまま外にも着ていけ…ないか。  
でも部屋でならOKね。  
 たくましい両腕に抱かれて眠るなんて中々無い贅沢よ。  
 次に裏地を抜いた胴体部分。  
 裏地程の魅力は無いけど、キョンの体を一番多く包み込んできた部分であり、それはつまりキョンの体に包まれているのと同じって事だわ。  
裏地よりもしっかりしている分抱擁されている気分が高まるし、外見的にも鏡に映して見ればまるでキョンのコートの中に入れて貰っている様な  
気分になれるわ…。  
 例えるなら…もういいわ、くどいし。  
 じゅる。  
 あたしじゃない涎の音がした。  
 桃色のトリップ空間から戻ると、みくるちゃんと有希がお預け中のわんこみたいな表情で涎を垂らしていたわ。  
 有希のこんな顔珍しいわねって、はっ!? あたし、もしかして声に出していた?  
「キョンの髪のにおい…から丸聞こえでした」  
「臨場感たっぷり」  
「……」  
 
 えーと、と、とりあえず、ローテーションって事でどうかしら?  
「かわりばんこって事ですか?」  
「悪くない」  
「そうそう、いいでしょ? 両腕、裏地、胴体をかわりばんこにして、一番香りがいい襟はその都度じゃんけんで占有って事でどう?」  
「が、頑張って勝ちます!」  
「正々堂々と」  
「よーし! それじゃー合意と見なしていいわね? せーの!」  
「「「じゃーんけーん」」」  
「あ」  
 みくるちゃんの声であたしは拳を振り上げたまま仰け反ってこけそうになった。  
「何? 今更ルール変更は無しよ!」  
「い、いえ…さっき言おうとして忘れて…それに今更遅い事なんですけど…」  
「だから何よ」  
「…このコート、キョン君からいただいたんでしたっけ?」  
「「あ」」  
 珍しく有希とハモったわ。  
「……」  
「……」  
「……」  
「じ、事後承諾って事でいいんじゃない?」  
「でで、でも…キョン君には…どうやってお詫びしたらいいんでしょう…?」  
「べ、別に、キョンになんて、あ…あやまらなくても…でも…もしも怒ったらどうしよう…? お前なんか嫌いだっていわれたら…きらわ…き…  
ひっく…うぅ…いや…うぐぅ…」  
「お、落ち着いてください! キョン君は非道い事なんて言いません! えっと、えっと…」  
「証拠隠滅」  
「「え?」」  
 …ぐす、今日は良くハモるわね。  
「やってしまった事は仕方がない。ある高名な哲学者も言っている。『バレなければ嘘ではない』と」  
 その言葉が哲学者かどうかはともかく、今となっては有希に全面賛成だわ。  
 でも…どうしよう。  
「彼には別のコートを買って渡す。このコートは汚れた等の理由を付けて渡さなければいい。それに、彼は許してくれる。間違いなく」  
 …普段の無垢なイメージからは考えられない冷徹な表情と判断ね。これならモリアーティ教授も逃げ出すんじゃないかしら?   
 みくるちゃん? そのちゃうねん、みたいな手の動きはなに?  
「で、でも…私、恥ずかしいんですけど…今、持ち合わせが…」  
「う…あ、あたしだってそうよ。無くはないけど、コート買う程のは…」  
「今回は任せて」  
 有希がどこからか、きらりと輝くゴールドカードを取り出した。  
 有希! あんた輝いているわ!  
「その代わり、最初に襟を得るのは私」  
 有希! あんたちゃっかりしているわ!  
 その後、次回不思議探索のペア優先くじ引き工作や、帰りに二人きりになる割合、使ったストローの割り当てとか様々な取引の後、今回の  
割り振りはあたしが裏地、みくるちゃんが両袖、有希が胴体と襟になった。  
 香りが逃げない様にジップロックに入れて、さぁ、これからコートの買い出しだわ!  
 そのあと解散して、心ゆくまでオナ…想いにふけるわよ!  
「「すーはーすーはー」」  
「…ってこら! みくるちゃん! こんなところでおっぱいいじりはじめないの! 有希も下着に手入れない!」  
「……」  
「もう、駄目です…」  
 み、みくるちゃん! 有希!  
 ああっ! みくるちゃん、そんな、女同士だからって、待って待って! セーター脱ぎ始めちゃだめ!  
 有希は…ああっ! もう下着脱いでるじゃない!  
 だ、駄目! だめよ、こんな、こんな、女の子同士だからって…その…男の子の…で、こんな風に乱れるなんて…。  
「貴女の想いはその程度?」  
 有希が呟いた。  
 あたしは息をのむ。  
 
 みくるちゃんも、普段あれだけ恥ずかしがり屋なのに今、目の前でとうとう胸をさらけ出している。  
 女のあたしが見ても目が離せないそれを恥ずかしげもなく揉みしだいていた。  
 それは…その布が…キョンのだから…す、好きな、人の…だから…。  
 好きな人。  
 好きな男の人。  
 大好きな、キョン。  
 だから、こんなにはしたない真似も出来る。  
 心臓が早鐘の様になり始める。  
 あたしは袋を手に取り、封を開ける。  
 そこからはキョンの体の香りがふんわりと流れはじめ、あたしの鼻腔をキョンで埋め尽くす。  
 体が震えた。  
 キョン…。  
 あたしは裏地に顔を埋め、思い切り深呼吸する。  
 肺にキョンが流れ込む。  
 ずくん、と下腹が、あたしの女がうずいた。  
 あたしはまるで馬鹿な不良がするやつみたいに、袋に顔をつっこんで深呼吸を繰り返している。  
 一呼吸する度に下腹が、子宮がうずく。  
 下着が湿り始めたのが分かる。  
 信じられない。  
 香りを嗅いでいるだけなのに。  
 みくるちゃんを見ると、既に上着は完全に脱ぎ、ズボンの方も足首まで下げて、体育座りみたいな姿勢でいた。  
 脱ぎかけのその姿は何て言うか、とってもエロい。  
 袖を胸の間に挟み、その先は顔に埋めて荒く呼吸。  
 そしてもう一本の袖は自分の腕に通して、あそこをいじっていた。  
 きっと、キョンの手でいじられているって思っているんだ…。  
 そう思うと羨ましかった。  
 袖もいいな…。  
 みくるちゃんの行為がまるで自分の行為の様に思えてくる。  
 あたしは裏地を手に取り、そのまま下着の中に手を入れる。  
 うぁ…。  
 裏地があたしの敏感な部分をこする。  
 キョンの体に触れていた布が、あたしを弄んでいるよぉ…。  
 どうしよう…すごく気持ちいい…。  
 不意にみくるちゃんと目が合った。  
 みくるちゃんは優しげに微笑む。  
 こんな時までかわいいんだから…。  
 有希を見ると、もっとすごい。  
 既に有希は全裸。  
 横臥してコートを抱き枕の様に手と足で抱きかかえ、襟をマスクの様に口に当てて荒い呼吸を繰り返している。  
 あれは…抱かれているんだ。  
 キョンが、有希を求めて獣の様に覆い被さり、唇を奪っている…。  
 いいな…いいな…キョンからあんなに求められて…。  
 あたしはうらやましさで目が潤むのが分かる。  
 無意識に裏地を体に巻き付け、あたしは裏地の上から全身をまさぐる。  
 そう、あたしも今、キョンに体中を触られている…。  
 キョンの香りが体中に染み込む。  
 手が、舌があたしの体をキョンに染める。  
 普段絶対出さない様な声が出る。  
 有希を見た時、やはり目が合った。  
 有希の瞳も何となく微笑んでいた。  
 ああ、そうだ。  
 あたし達は今、お互いがお互いを観察しあって、同じ人に抱かれているんだ。  
 お互いの痴態を見せ合い、見せつけながら、高めあっている。  
 自分の愛情の深さを、興奮の度合いを。  
 こんなに愛しているんだ、と。  
 
 …あっ。  
 いけない、もう、イキそう…。  
 駄目、駄目。  
 キョン…うしろなんて駄目…きたないよぉ…。  
 あ…そんな…両方いっぺんになんて駄目…。  
 許して…。怖い…。  
 逆らえないから…だから、駄目…本当に、すべて許しちゃうから…。  
 キスして…キスして…。  
 …は…あっ…キョン…キョン…キョーンっ!  
 …頭の中が真っ白になる瞬間、二人の声も重なった気がした。  
 
「……」  
「……」  
「……」  
 それから少しの後。  
 あたし達は裸のまま、またキョンのコートを目の前に悩んでいた。  
「どうしよう」  
「まさかこんな…」  
「うかつ」  
 うん、うかつだった。  
 あの後、三人が目を覚ましてから、互いに交換してもう1ラウンド、と言う事になったんだけど、いざ交換してみたら、なんとキョンの  
香りがしなかった!  
 そう、あたし達、あまりにも激しく乱れちゃったのか、キョンの香りをあたし達の香りで上書きしちゃったみたいなの。  
 むぅ、こんな事で消えちゃうなんて着込みが足りないわよ、キョン、と責任転嫁はさておいて…。  
「…どうします?」  
「どうって、洗っても全部落ちるだけだし…」  
「修復は不可能」  
「……」  
「……」  
「……」  
 三人の、大きなため息が重なった。  
 …いい機会だから、いっそ本物でやる?  
「えっ!?」  
「…!」  
 二人が流石に驚いた表情になる。  
 でも、見逃さないわよ。  
 あんた達の瞳がきらりと輝いたのを。  
 とりあえず、これはこれでまだ使えるんだから各自持ち帰って、早くコート買いに行きましょう。  
 次の計画は、その時に…ね。  
 
 
おわり  
 

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