「好きだ。付き合ってくれ」  
 
 春休みを一週間ほど後に控えた放課後。夕日に染められた教室で、俺は目の前に立つ  
少女に、生まれて初めての愛の告白というやつをした。いや、してしまったってのが正しい。  
なんとも締まらない話だが、意図した告白では無かった。その場の雰囲気というか、勢いと  
いうか、あるいは大いなる宇宙意志に──いや、それは無いな。すまん、正直混乱してる。  
ともあれ、たまたま二人っきりになったタイミングで、たまたま口元のファスナーと大事なネジ  
が緩んでしまったというだけの話だ。  
 一方、夕日で茜色に染まった少女は、こちらの動揺を知ってか知らずか、突然の告白にも  
動じた様子を見せず、いつも通りの表情で、真っ直ぐに俺の瞳を見詰め返している。  
 
 束の間の静寂の後、静かに彼女の唇が開いた──  
 
 
 ここで一ヶ月ほど話はさかのぼる。別にタイムリープしたわけじゃなく、単なる回想だ。  
 
「なぁキョン、正直に答えろ。……お前、長門有希と付き合ってんのか?」  
 昼休み、男三人で机を寄せ合って弁当を食べていると、アホな谷口がアホな口を開いて  
アホなことを訊いてきた。まったくもってアホである。飯を食べると血液が胃に集まり、脳が  
貧血気味になるというが、それを差し引いてもアホだ。  
「誤魔化すなよ。昨日、駅前でお前らが楽しそうにデートしてるのを見たんだからな」  
 昨日の駅前?……ああ、あれか。デートじゃなく、単なる付き合いだ。新歓用冊子を業者  
に頼むかどうかで、値段やら部数やらを相談しに印刷所を巡ったんだよ。それだけだ。  
 ……それに、だいたいだ。  
「三人いて、なんでそれがデートになるんだよ」  
 アホを見る目でアホを見てから、視線をすぐ後ろの席に移した。その席の主こそが、俺と  
長門の他のもう一人、すなわち“三人目”の席だが、学食にでも行っているのか今は空席だ。  
 
「何の話してるの?」  
 油断していたところで、突然真横からソプラノボイスが掛けられた。振り向くまでも無いが、  
社会的マナーに従って振り向くと、案の定、いま話題にしたばかりの席の主がいた。  
 右手には弁当の包み袋、左手は耳の脇に添え、腰下まである長い髪を掻き上げている。  
クラスの信頼される委員長で中心的人物。しかも頭脳明晰で、かつ容姿もいいという漫画並  
のスペックを持つこいつは、困ったことに、ことある事に俺に突っかかってくる。正直言って、  
俺はこいつのことが苦手である。  
 そんな感情を表に出さないように気を付けながら、脇に立つ少女に言う。  
              、 、  
「いや、何でも無いさ。朝倉」  
 
 
 さて、話はさらにさかのぼる。時系列的には、告白よりも三ヶ月ほど前。  
 クリスマスを間近に控え、クラスで風邪が蔓延していたころの話だ。  
 
『プログラム起動条件・鍵をそろえよ。最終期限・二日後』  
 栞の裏に書かれた一文を頼りに、文芸部の部室にかつてのSOS団のメンバーを集めたが、  
あと一歩──エンターキーを押すだけというとこで失敗した。  
 おそらくどこかでフラグを立て損ねたか、あるいは余計なフラグを立ててしまったのだろう。  
多くを語るつもりは無いが、キーワードとして『入部届』と『電源コード』とだけ言っておく。  
 
 さておき、元の世界に戻るための、おそらく唯一の手段を失った俺が、その後どうしたかと  
言えば、取り分けどうしたというわけでもない。元々周囲の状況に諾々と流されるってのが俺  
の処世術だが、自分でも驚くほどすんなりと、今の状況に順応してしまった。  
 
 もっとも、周りから助け──とりわけ長門の存在は大きかっただろう。  
 
 冬休み明けに入部届を正式に提出し直し、以後、俺はSOS団の団員その1から、文芸部  
の部員(有名無実の副部長だ)となった。別に文芸に興味があったわけでもないが、やって  
みると意外に面白く、とりわけ編集作業は俺の性に合っていたようだ。やはり表舞台よりも  
裏方が俺の仕事場に相応しいようだ。  
 
 かつてのSOS団のメンバーがどうなったかと言えば、こちらもあまり変わりない。  
 
 ハルヒの奴は坂の下の光陽園学院で『SOS超団』なるものを立ち上げて楽しくやっている。  
何が『超』なのかと訊けば、  
「あっちのわたしと同じ物を作っても仕方ないじゃない。それを超えなきゃ!」とのことだ。  
 その横では、もちろん古泉が笑顔を絶やさず付き添っている。まぁ、あれは好きでやってる  
のだから幸せなんだろう。惚れた男ってのは哀しいね。  
 なぜここまで詳しいかと言えば週一度は二人と会うからであり、その度に、やれエリート高  
はプライドが高くてつまらないとか、最近身の回りで変わったことが起きなかったか、などと  
訊かれたりしているせいだ。ちなみに余談だが文芸部は『SOS超団・北高支部』などという、  
大変ありがた迷惑な名前も頂戴している。  
 
 朝比奈さんや鶴屋さんとの交流も復活した。朝比奈さんは一連の事件の状況は掴めてな  
いようだが、持ち前の性格の良さで、最悪だった出会いも水に流してくれて、俺たちと仲良く  
してくれている。  
 鶴屋さんは逆にどこまで状況を掴んでいるのだろう。捉えどころのない先輩のことだから、  
すべてを理解していたとしても驚かない。しかし文芸部に入ってきたのにはさすがに驚いた。  
さらに出来上がった原稿について言えば、なぜ直木賞の最年少受賞記録が塗り替えられた  
たというニュースが流れないのかが不思議なほどだった。  
 
 あまり語りたくないが、朝倉はこっちの世界の長門の良き親友であり、しかも俺とクラスも  
同じなので、必然的に行動を供にする機会が増えた。時々、笑顔の下でナイフを隠し持って  
いるのではないかと不安になるが、幸いなことにまだ刺されていない。あと、どういうわけか、  
ことあるごとに俺と長門をくっ付けようとしている節があるのだが、止めて欲しい。  
 珍しいところでは喜緑さんも文芸部に入部してきたが、あくまで普通の先輩で、別にこれと  
言って語ることもない。  
 
 そんな感じで、すべてが円く収まっている。SFで世界改変などがあると、必ずどこかに綻び  
があり、それが原因で大惨劇が起きたりするのが相場だが、少なくとも俺の目の届く範囲で  
は、そのようなことは起きていない。この世界を創り変えた神様は、よほど完璧な存在だった  
のだろう……  
 
 ──さて、現実逃避はこの辺にして、いい加減に話を戻そう。  
 
 
「好きだ。付き合ってくれ」  
 いつかと同じようなオレンジ色の夕日に染まる教室での告白を、  
 
「うん、それ無理」                 、 、 、 、  
 いつかと同じセリフで、目の前の少女──朝倉涼子は笑顔で断った。  
 
 
 
                     『 長門有希の誤算 』  
           fatal critical serious unexpected ERROR has occurred!  
                        ЯОЯЯЭ  
                     『 算誤の子涼倉朝 』  
 
 
 
 
 あまりにも呆気ない失恋に落ち込む間もくれず、朝倉は更なる追い打ちをかけてきた。  
「それでどういうつもり? あまりこういう冗談は好きじゃないわ。罰ゲームか何か?」  
 かっと頬が熱くなった。夕日のお陰で気付かれないだろうことが幸いだ。  
 しかし参ったね。本気とも思ってもらえないとは。これが人徳ってやつか。  
 
「いや、罰ゲームじゃないが……すまん、忘れてくれ。ちょっとした気の迷いだ」  
「そう。ならいいけど……」  
 続きの言葉は聞かなくてもだいたい分かる。  
「こんなこと、冗談で長門さんに言ったらダメよ。いつも言ってるけど、長門さんは精神的に  
モロい娘なんだから」  
 長門、長門、長門……朝倉は俺と話すとき、二言目には必ず長門だ。  
「もちろん本気で考えた上で告白するのなら構わないわ。いい? 長門さんと付き合うんなら、  
まじめに考えないとダメよ。でないとわたしが許さないわ」  
 何度聞いたか分からないセリフ。まるで保護者か何かだ。  
「さ、そろそろ帰りましょう。下で長門さんが待ってるわ」  
 ……そうだな。急ぐとするか。  
「今日は長門さんの家に寄っていくの? 昨日一緒にロールキャベツを練習したから、たぶん  
食べさせてもらえるわよ」  
 朝倉は意識していないのだろうが、一言一言がまるでナイフのように突き刺さった。  
 苦笑するしかない。改めて痛感させられたが、俺はやっぱり朝倉が苦手だ。  
 
 なぜ朝倉を好きになったのか。  
 なぜ朝倉なんかを好きになったのか。  
 そもそも「好きって何だ?」などという今時中学生でも考えるのを恥じらうような思索に耽る  
つもりは無いのだが、それでもやはり考えてしまう。  
 
 元々、俺が朝倉に持っていたのは苦手意識だけだったと断言できる。  
 そりゃそうだろう。何せ俺が朝倉を見て真っ先に連想するのは、凶悪なナイフだ。わけの  
分からん理由で殺され掛けたという強烈なトラウマの前では、『あっち』と『こっち』の違いなど、  
靴を右足から履くか左足から履くかという問題よりも些細なものだ。  
 
 そんな俺の気持ちなど知ったことじゃないとばかりに、朝倉は俺の生活圏を脅かした。  
 『長門』とうい中継点を通じて、何かにつけて行動が重なる。休日にすら顔を合わせる機会  
が出てくれば、否が応でも慣れてくる。トラウマも徐々に薄れ、『こっち』の朝倉という人物を  
直視できるようになった。  
 
 色眼鏡を外してみると、朝倉は実によくできた人物だった。  
 見てくれは良いし、頭も性格も素晴らしい。おまけに友達思いの優しい奴だ。親友の長門  
に対して、見方によっては過保護とも取れるぐらいに尽くしている。そこに打算など、まったく  
見られず、純粋に長門のことを案じていることが伝わってくる。  
 当然男子には、そんな朝倉に惚れている奴が大勢おり、俺がそのうちの一人になっても、  
何ら不思議ではない。  
 思い返してみても、取り分けこれと言って、切っ掛けとなった要因は見つからない。  
 気付いたらそうだったというのが、一番しっくりくる。元々、こういうことは、ぐだぐだ理由を  
付ける方が間違っているだろう。「恋愛は理屈じゃない」とかいう頭の悪い思想も、実はそれ  
ほど嫌いじゃない。  
 
 まぁついでに言えば、朝倉が俺なんかと釣り合わないことも、分かり切ったことだった。  
 
 ロールキャベツは美味かった。大きさが不揃いだったり、型くずれしているのがあったりも  
したが些細な問題だ。前日に作り置いてあったお陰か味も好く染みており、キャベツも程良く  
蕩けていた。  
 食事のお礼と嘘のない正直な味の感想を伝え、しばらく食後の会話を楽しみ、長門の家を  
出たのは八時を少し回った頃だった。  
「じゃあ、また明日、学校で」  
「…………」  
 無言のまま、少しはにかんだ様子を見せながら頷く長門。  
「それじゃあね、長門さん」  
 いつも通り、朝倉も一緒に家を出た。  
 
 エレベーターまでの短い区間で、朝倉が口を開いた。  
「それで、そろそろ頭は冷えた?」  
 四月も近いってのに、まだ寒いからな。早く帰ってコタツに入りたいぐらいだ。  
「そう。なら早く帰るといいわ。終業式間際に風邪で欠席すると、色々大変でしょ?」  
 ……すまん。  
「で、どうなの? クリスマスの時みたいに、また夢遊病にでもなった? それとも、」  
 エレベーターが1階から上がってくる。表示板の数字がゆっくりとカウントされていく。  
「俺自身、勘違いじゃないかと疑ったが、それこそ勘違いだった」  
 
 俺は朝倉が苦手だ。  
 そして、それを補ってなお余るほど、朝倉のことが好きだった。  
 
「そう。本気なのね」  
 その答えが予め分かっていたかのように、朝倉の反応はあっさりしていた。  
 間抜けな電子音とともに、エレベーターの扉が開く。  
「ああ、俺はお前のことが好きだ」  
 お互い横並びのまま、狭い密室に入る。  
 背後で扉が閉まる。下に向かうという音声案内に被って、朝倉が呟いた。  
「…………最悪ね」  
 一瞬の無重力を経て、エレベーターは下へと向かった。  
 
 
 がらんとした部屋だった。  
 部屋と言うよりも、もはや囲いというレベルだ。壁によって、空間が直方体に切り取られて  
いるだけに過ぎない。出会った当初の長門の部屋も相当だったが、ここはそれ以上に何も  
無い。人が生活するには、あり得ない空間。この世界には、あってはいけない空間──  
 
 それで唐突に理解してしまった。嘘を嘘と知ってしまった。  
 
 おいおい待ってくれよ。どんでん返しってのは、もっと徐々に盛り上げてから、ここぞという  
タイミングでするべきだろう。気が付いたら壁の中だなんて、理不尽にも程がある。  
 ……それとも何か? 俺が踏んでしまった地雷は、それほど拙い代物だったのか?  
 
 世界から現実感が急速に消え失せていく。  
 この三ヶ月で必死に描き直した世界の地図が、呆気なく破り捨てられる。  
 目を閉じて耳を塞いで顔を背けて、決して触れないようにしていた物が晒け出された。  
 あまりの急展開に、脳がこれ以上考えることを拒否する。  
  、 、  
「取引しましょう」  
 
 俺を招き入れた部屋の主は、いつも通りの笑顔で話し掛けてくる。  
 作り物ではあり得ない華やかな笑顔が、無機的過ぎる空間にぽっかりと浮かんでいる。  
                  、 、 、 、 、  
「あなたと付き合ってあげる。その代わり、長門さんと付き合って」  
 
 音が右耳から左耳に通り抜けていく。何だこれは?  
 目の前のこいつは誰だ?  
 
 なぜ俺はこいつを好きになったんだ?  
 なぜ俺はこれを──になったんだ?  
 なぜ これ ── ?  
 混乱する頭を他所に、視覚や聴覚は義務的に情報を送り続けてくる。  
 
「色々と検討したんだけど、この方法が一番効率が良さそうだから」  
 重みのある音がして、足下へコートが無造作に脱ぎ捨てられる。  
 
「長門さんを傷つけることは許さない。もちろん肉体的にも精神的にも。分かる? あなたが  
わたしのこと好きだって知ったら、長門さんは哀しむわ」  
 
 カチャと僅かに金属が打ち合う音がしてベルトが外される。スカートはそのまま、すとんと  
床の上に落ち、花弁のように広がった。それまで隠れていた太腿が付け根まで露わになる。  
細くしなやかで、吸い込まれそうなほどきめ細かい。  
 
「あなたの脳をいじって長門さんを好きにさせるのが一番早いんだけど、それは許可されて  
ないの。なぜそんな非効率的な制限をかけたのかしら。あなた分かる?」  
 
 制服の上着が引き抜かれる。いつかテレビで見た、蝶の羽化の高速映像が思い出される。  
布が頭を通り過ぎると、しばらく遅れて絹糸のような黒髪が、砂時計のように滑らかな動きで  
広がった。  
 ぱさりという音は、制服が投げ捨てられた音だろう。しかし視界は目の前の完璧な身体に  
固定され、それ以外を映さない。細い首、滑らかな肩、くびれた腰、窪んだ鎖骨、うっすらと  
浮かぶ腹筋や、その中心の臍までもが艶めかしい。  
 
「あなたは自主的に長門さんを好きになって、長門さんと付き合わなければいけないわ」  
 
 両腕が背中に回り、何かの作業をする。両胸を覆っていた布地がはだけ、膨らみが露わ  
になる。掌にすっぽりと収まりそうな双丘は、支えが無くともしっかりと形を保っている。右手  
に纏わりついていた下着が、軽く振り払われて下に落ちた。  
 
「でもあなたはわたしのことが好きなんでしょ? だから取引。わたしを好きにしていいから、  
あなたは長門さんを好きになって」  
 
 両手を腰元の布地に差し込む。前屈みになりながら布地を下げる。長い髪が背中側から  
前に流れ落ちてきて、カーテンのように視界を塞ぐ。  
 一歩、一歩とこちらに近付きながら、器用に脚から下着を外していく。つい今まで下半身を  
覆っていた布は、足下に捨てられる。自由を取り戻した両手が、髪の毛を振り払う。隠すもの  
が無くなった身体が、俺の視界を支配する。  
 
 唯一布地に覆われたままの足が、そのまま音を立てることなく、俺との距離を詰めてくる。  
伸ばせば手が届く距離。蜘蛛が巣で藻掻く虫を獲えるかのような緩やかな動きで、両腕が  
俺の首筋に回される。スポンジ生地のような柔らかさと、ぬるま湯のような暖かさが触れた  
部分から伝わってくる。両腕を軸に俺を引き寄せる。目の前の身体が撓垂れ掛かってくる。  
しっかりとした重みと、嘘のような軽さ。  
 
 頬に、しっとりとした髪の毛の感触。  
 耳元に、熱く濡れた吐息とともに、甘美な言葉が紡がれる。  
 
 
「長門さんを好きになって。それがこの世界を選んだあなたの義務よ」  
 
「その代わり、わたしの身体は好きにしていいわ」  
 
「わたしとセックスしたいんでしょ? 『好き』ってそういうことよね?」  
     、 、  
「さぁ、好きになりましょう」  
 
 ぬる、と耳の中に舌が差し込まれた。  
 そこから先は、覚えていない。  
 …………  
 ……  
 
 
 
……ん、これは痛いわね。あ、ちょっと待って。長門さんはあなたが好きだから、もっと……  
うん、エンドルフィンを増やしてみたけど、いいみたい。これなら痛みも和らぐし、ああそっか、  
これが好きってことなのね。あっ、んっ。……うん、そう。そんな感じで。これなら長門さんも  
喜ぶわ…………ん、……。長門さんとするときは、もっと時間を掛けて、雰囲気を作ってね。  
そうすれば……ぁ、もっと『好き』になって、もっと気持ちよく、なるはずだから。わたしの身体  
で、しっかりと勉強して、ね。それで、長門さんを、喜ばせて、あげ……ぁっ。んぅ……ダメよ。  
それだと痛いだけ。もっとゆっく……う、ぁ、ん、っ、…………仕方ないわね。一度射精する?  
そうす、ん、……そうすれ、ば……、多少、落ち着くでしょ? ……ん、……ん、、ん、ぅ、んん、  
………………っ、……っ、……っ、……はぁ、…………ん、んんっ、……、……っ、…………、  
……、……、……、……、……、……………………ぁ、  
 
 
 ……ねぇ、なぜ泣いてるの?  
 
 
 夢の中で、誰かが泣いていた……  
 
 
                     『 長門有希の誤算 』  
           fatal critical serious unexpected ERROR has occurred!  
                         no problem  
                     『         の     』  
 
               # >> "YUKI.N" has logged in  
               # YUKI.N> HELLO WORLD!  
               # YUKI.N>  
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               # YUKI.N>  
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               # _  
 
 
                              目を覚ました俺は、──から逃げ出した。  
 
 
 放課後の文芸部の部室。夕日を背に、古いパソコンに向かう。  
 カチリ、カチリ、カチリ、  
 右端の一際大きいキーを何度もクリックする。もちろん起動もしてない状態で押したとこで、  
何かが起きるはずもない。もっとも起動していたとこで、アプリケーションの実行や、文章の  
改行以上のことが起きるとは考えられないけどな。  
 カチリ、カチリ、カチ……  
 何度目か分からないクリックに重なって、部室のドアが開いた。  
 驚いて顔を上げると見慣れた顔があった。おそらく、いつまでも降りてこない俺を心配して  
迎えに来てくれたのだろう。  
 
「ああ、すまん。ちょっと確認したいことがあっただけだ。待たせて悪かったな、長門」  
 肩をすくめてから、脇に置いてあった鞄を拾い上げる。  
 長門はよほど待ちかねていたのか、わざわざ部屋の奥までやってきた。そして待たされた  
不平不満をマシンガンのように矢継ぎ早に──なんてことは、それこそ起こるはずはない。  
俺のすぐ目の前、手を伸ばせば届くところで立ち止まると、なぜか心配そうな顔をして、かと  
いって何を言うでもなく、ただじっと俺を見上げてくる。  
 
 思えば、長門の顔を真っ直ぐ覗き込んだのは、あれから初めてのことだ。  
 何てことはない。  
 俺が本当の意味で目を逸らし続けてきた物こそ、目の前の少女だった。  
 
 そのまましばらく見つめあった。放課後の部室に、束の間の静寂が訪れる。  
 ……先に唇を開いたのは俺だった。  
 
 その作り物のガラス玉のような穢れのない瞳に向かって、  
 
「好きだ。付き合ってくれ」  
 
 脈絡もなく、いつかと同じ言葉を口にした。  
 
 夕焼けに染まった少女は、一瞬驚いたような顔をし、それから、夕日に負けないくらい顔を  
真っ赤にして──小さく、だが、はっきりと頷いた。  
 

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