………………  
 
…………  
 
……  
 
 
「いらっしゃいませ、お一人様でしょうか?」  
 
 会社から徒歩5分と言った所にある、駅周辺のそこそこに有名なレストランに入るなり掛けられた声を右手で遮り、店の中に視線を配る。  
 洒落た内装の店内は時間的に稼ぎ時なため、他のチェーン店と比べると比較的広く席の多いこのレストランも混み合い、空いている席はほとんどない。  
 そういえば学生の頃よく利用していた喫茶店はこの時間でも存外空いていたな、そんなことを考えながら店内を周っていると、窓際の席から俺に手のひらを向ける似非紳士を発見した。  
 
「やあ、どうも」  
   
 無駄に爽やかな笑みを浮かべるその様子は、以前に顔をあわせた時となんら変わりがない。  
 その席に向かい軽く会釈をすると、持っていたビジネスバッグを右手に置き、スーツを椅子にかけネクタイを緩める。  
   
「ひさしぶりだな……とはいえ数ヶ月ぶりくらい、か?」  
「そうですね、以前お会いしたのはそれほど前でしたか。いや、お互い不自由になったものですね」  
 
 肩を竦める似非紳士―――古泉一樹。  
   
「言うほど前でもないだろう?」  
「……いえ、”学生時代”は毎日のように顔をあわせていましたからね、余計にそう感じるのかもしれません」  
「まあ確かに、な」  
 
 その言葉の意味するところに俺は深いため息を吐いた。  
 高校一年から”大学卒業までの7年間”、俺たちは飽きもせずに顔を会わせていた計算になるのか。もちろん俺たちと言うのはハルヒ、古泉はもちろん朝比奈さんや長門も含まれている。繰り返すようだがそう、”大学卒業”まで、だ。  
 
 これは高校卒業の折、進路を決めるという憂鬱な時期にさしかかった頃の話だが、進路調査票なるものが俺たちに配布されたその日の部室で、ハルヒはこれまたトンでもない事を言い出した。  
 はっきり言おう無茶苦茶な提案だった。何しろ団員全員で最高学府に受験するなんて言い出したんだからな。  
 まあ、話の流れで言うまでもないだろうが、結論から言おう。全員受かったのだ。あの時はさすがにあり得ないと思ったね。  
 ハルヒのトンデモパワーが炸裂した事は間違いないのだが、言い訳をさせてもらえるなら俺たちもそれなりに勉強はしていたと言う事だ。  
 地域探索は息抜き程度の頻度になったし、3年時で一番活動していた場所は部室に次いで図書館だっただろう。  
 成績は比例して上がってはいたし、試験当日のテストも、ヤマをはった部分が大当たりして手ごたえは十分だった。まあそれでも本当に受かった時には全員が目を丸くしたんだがね。  
 その後現れた朝比奈さん(大)がいうにはこの結果は規定事項なんだとか。朝比奈さん(小)にはなにも知らされてなかったことから意地の悪いことではあるが。  
 ちなみに朝比奈さんは最高学府に通っていたわけではないが、鶴屋さんと共に前年6大学の内の一番最寄な大学に受かっており、何かあるたびに共々召集を掛けられていたから変わらない様なものだ。  
 そんなこんなでそれぞれ学部は違うものの、晴れてめでたくSOS団は最高学府にまでその存在を残す事になり、無事卒業を果たし今に至るというわけだ。冗談のような本当の話って言うのはこのことなんだろう。  
 
「……どうしました?」  
「いや……考えてみるとお前との付き合いも既に腐れ縁と言ってもいいくらい長いんだな、と」  
「腐れ縁、ですか。確かに言いえて妙なのかもしれません。何せ”切ろうにも切れない”のですから」  
 
 口元に笑みを浮かべながら肩を竦める古泉。何気なく行う気障な仕草も洗練されているようでなんとなく忌々しい。  
   
「しかし僕はそんな縁が今更にありがたく思えるのですがね。教師なんて仕事をしているとなおさらでして」  
「まあ、最近の教師は大変らしいからな」  
「全くです」  
 
 口元に笑みを浮かべながら肩を竦める古泉。何気なく行う気障な仕草も洗練されているようでなんとなく忌々しい。  
   
「しかし僕はそんな縁が今更にありがたく思えるのですがね。教師なんて仕事をしているとなおさらでして」  
「まあ、最近の教師は大変らしいからな」  
「全くです」  
 
 実感のこもった少々疲れた笑みを浮かべる古泉。  
 最高学府を卒業した後、俺はIT企業へ、古泉は教師へと人生の歩みを進めた。朝比奈さん、長門も都内の就職を無事済ませており、卒業後SOS団で唯一職を持ってないのが意外なことにハルヒだけだった。  
 意外というのも、ハルヒはキャリアで企業の第一線でバリバリ働くイメージが俺の中で先行していた為か、家庭に入ると言い出したときにはさすがに驚きを隠せなかったのを思い出す。  
 その理由が子供が出来た時兼業主婦でいたくないからだそうな。ハルヒの親は共働きで俗に言うハルヒは鍵っ子だ。その辺にも関係していることなんだろう。  
 未だに子供の出来る気配はないが、まあその内できるだろうからそこは臨機応変にと言うヤツだ。  
 と、そんな事考えているとウェイトレスが注文を聞きに現れた。注文を聞かれる中、古泉を見る。  
   
「なんだ、先に注文してなかったのか?」  
「ええ、貴方が来てから頼もうと思ってましたので」  
「そうかい」  
 
 ウェイトレスから手渡されたメニューを開き、適当に夕食をオーダーする。  
 古泉はそんな俺を見て、  
   
「おや、涼宮さんが家で待っていらっしゃるのでは?」  
「来る前に連絡してきた。ほら」  
「これはどうも」  
「会計は俺が持つから遠慮なく注文しろ」  
「……珍しいですね」  
「まあ、な。”昨日は迷惑を掛けた”んだろう?」  
「……お察しのとおりですよ。夕方から深夜に掛けて久しぶりに大規模な”閉鎖空間が発生”しました」   
 
 やはりな。あのハルヒの様子からそうじゃないかと思っていたんだが。  
 
「まあ、それも深夜過ぎに突然縮小の兆しを見せ、唐突に崩壊したんですがね。そのときあまりの縮小の速さは……おかげで朝刊に一面を飾るところでしたよ。まあ、何があったのかはお聞きしませんが」  
「……察しろ。だからこうやって誠意を見せたんだろうに」  
「それはもちろん」  
 
 物知り顔で飄々と言葉を返す目の前の男が異様に忌々しく感じられる。八つ当たりどころか逆切れもいいところなんだが、感情と言うものはいかんともしがたい。  
 
「まあ僕にしても機関の方々とはご無沙汰でしたので、いい機会ではありましたが」  
「機関ね……。そういえば森さん――いや、園生さん呼ぶべきか、は元気か?」  
「呼びにくいようでしたら森で構わないかと。”妻”はそんなことを気にするようなタイプではないのでね」  
 
 そう言った後、付け足すように元気ですよ、と一言口にした。  
 俺がハルヒと同棲し始めた頃、古泉は旧姓森園生さんと交際を始めたんだそうだ。森さんは朝比奈さんや鶴屋さんと同じ大学に進学していたらしく、SOS団が活動しない時はよく顔をあわせていたらしい。  
 機関――通称アルバイトでの事が多かったらしく、それがきっかけになったとか。いわゆる職場内恋愛と言うやつだ。  
 披露宴での仲人にハルヒを指名したのはなかなかに皮肉の効いたチョイスだったと思う。  
   
「そういえば朝比奈さんにこの前偶然会いましてね、貴方や涼宮さんにも会いたがっていましたよ」  
「俺は長門を見たな。相変わらずの様子で、ほっとしたのか不安に思ったのか分からん」  
   
 この二人も相変わらずのようだ。  
 長門と会ったのは、資料をレポートにまとめようと図書館へ行った時の事で、アイツはまるで高校の部室内にいるかのように貸し出しカウンターの椅子に座って本を読んでいた。  
 その様子を見て、ようやく長門は都内の司書になったと言うことを思い出す始末で、我ながらなんとも薄情な事だ。  
 一言二言交わしたが、相変わらず簡潔にコミュニケーションを図っているようでお互いの近況を話す程度で解散となった。  
 朝比奈さんは未来には帰らなかったようで、たびたび俺も目撃している。どうやら普通にOLをやっているらしいが、詳しいことは話したがらないので聞いてはいない。  
 この頃の朝比奈さんは朝比奈さん(大)と区別が付かなくなってきており、まあ、同一人物なので当然と言えば当然だが、ひょっとすると高校時代に顔を見せた朝比奈さん(大)は今の朝比奈さんなのかもな。  
 自分の事をあまり話したがらないし、話せない……なんて事情もあるのだろう。  
 と、そんなことを考えてると、なにやら古泉が軽く苦笑しているのに気付く。俺が視線を向けると、  
   
「いや、失礼。懐かしい……と感じるほど歳を取ったつもりはなかったのですが、どうにも」  
「気持ちは分かるが、な」  
「お互い苦労をしているようで――と、ああそれは僕です」  
 
 話の間にウェイトレスが注文の品を運んできて、古泉の前に置かれる。  
 程なくして俺の注文も届き、冷める前に食おうと、自然と言葉少なになっていった。  
   
………………  
 
…………  
 
……  
 
「で?」  
 
 食事が終わり始め、話題も途切れ途切れになった頃を見計らって俺は切り出した。  
   
「で、とは?」  
「俺を呼び出した理由だ」  
 
 俺がそういうと古泉は意外だったのか、目を少し見開いた後口元に苦笑を浮かべる。  
   
「こうして顔をあわせて話をしたかった……では駄目でしょうか?」  
 
 やめろ気持ち悪い。真顔で言うな。  
 そんな負の感情を俺の視線から察したのかやれやれ、と古泉は肩を竦める。  
   
「貴方の会社は今、成長期と言っていいほど軌道に乗っているそうですね」  
「……? まあ、確かにそうだが」  
「では聞き方を変えましょう。”2年ほど前から”業績が伸び、株価も安定しながら上昇を続けているとか」  
「……何が言いたいんだ?」  
「貴方ならもうおわかりだと思うのですが」  
   
 確かに言われずとも分かっていた。ああ、分かっていたとも。  
 
「―――涼宮さんの能力は決して”失われたわけではない”」  
 
 そのとおりだ。  
   
「我々も最近は楽観視していましてね。現にここ2年の間、閉鎖空間が発生したのは片手で数えられる程度です。規模もきわめて小さかった。このまま緩やかに力を失っていくものだとばかり、ね」  
 
 そこで言葉を止め、古泉は手元のアイスティーを一口口に含む。  
   
「しかし昨日のことで機関はそれこそ大騒ぎでしたよ。此処に来て大規模な閉鎖空間の発生。つまり……」  
 
 そう、つまりのところ、  
―――ハルヒの能力は失われておらず、切っ掛けさえあればまた”以前のように不安定になる可能性を孕んでいる”。  
 
「……まあ、そういうことなのですよ。もちろん僕としては心配要らないものだと信じてはいますが、なにせ上はそう考えない。全く持って下世話な話です」  
「……ああ、全くだね」  
 
 皆が口をそろえて言う言葉。俺が”涼宮ハルヒに選ばれた”ということ。  
 皮肉なことに俺はハルヒの調律機(チューナー)よろしくだと思われていて、ハルヒに変調の兆しがあれば真っ先に俺が疑われ、そして俺が宛がわれるという図式が機関内にはあるんだそうだ。  
 
「やれやれだ」  
 
 結局のところ、昨日の閉鎖空間によって疑心暗鬼になった機関が、俺に釘を刺すために古泉をよこした……ということらしい。  
 古泉もそれについて遺憾なのだろう、言葉の端にそれを感じさせるものがある。まあ、一応は腐れ縁だ。俺も多少の信頼はしているし、古泉の性格から言ってそれは本当なのだろう。  
 俺は苛立ちを紛らわせるように残った食事にありつく。  
   
「話は終わりか?」  
「ええ、不快な思いをさせてしまったようで申し訳ないのですが、ね」  
「……ふん」  
 
 俺は食事を全部食べ終え、残った水を喉に流すと、席を立ち椅子に掛けたスーツを羽織る。俺の様子を古泉は苦笑しながら眺めている。どうやら本当に話は終わりのようだ。  
 帰宅の準備も終わり、後は立ち去るだけなんだが……最後に一言だけ言っておこう。  
 
「まあ、お前の言う機関とやらがどう思ってるかは知らんが」  
 
 そういって一言区切り、  
 
「俺は好きでもない女と結婚なんかしない」  
「―――」  
「って、伝えておいてくれ。ここの勘定は”お前持ち”だからな」  
 
 アイツも多少は気にしているようだからな。コレでチャラとしておこう。  
 古泉を見ると……ん? なんだ、笑ってるのかコイツは。  
   
「くっく……あ、ああ…いや失礼」  
 
 なんだというんだ失敬なヤツだな。  
 数十秒ほど体を揺らしていた古泉だが、落ち着いたのか顔を上げる。  
 
「……こういう話をご存知ですか?」  
「ん?」  
「――――持て余す力を手にした場合、男は発展のためにそれを使い、また女性は”安定のためにそれを使う”のだそうですよ?」  
「……なにがいいたいんだ?」  
「いえいえ、特に深い意味はないんですけどね」  
 
 古泉はその表情に悪戯めいたモノを浮かばせ、肩を竦めた。  
   
   
「まあ……”今夜は大変”でしょうが頑張ってください。と言うことです」  
   
 
 
ー※ー  
 
 
 
「――とまあ、これでよろしかったでしょうか?」  
 
 彼の去った後姿を窓越しに見つめながら、席に残ったもう一人の彼――古泉一樹はそう声を上げる。  
 
「…………」  
 
 その声に促されたのか、二人が座っていた窓際の席の後方席……角度的には古泉からしか見えず、だが声が届くであろう場所から、一人の女性が立ち上がった。  
 その女性は帽子を目深く被っており、ラフな格好とあいまって何処か変装をした芸能人といった雰囲気を醸し出している。  
 というよりも本人はまんま変装しているつもりなのだろう、と古泉はその格好を見てそう当たりをつけた。昨今、逆にその格好の方が衆目から注視を浴びるのでは、と心の中だけで突っ込んでおく。  
 
「……悪かったわね、手間を掛けさせて」  
 
 そう一言言って、女性は帽子を取り軽く頭を下げる。帽子を取った彼女の頬が赤いのはご愛嬌と言ったところか。  
   
「いえいえ、僕の役柄は”ニキビ治療薬”みたいなものですし、ニキビを発生させる前の”スキンケア”を兼ねたとしても、結局は同じ事ですからね」  
「貴方らしい例え方よね、それって」  
「彼には逆のことを言われましたよ」  
 
 そういって女性は彼の座る対面の椅子へ腰を下ろす。  
 
「お変わりないようで、”涼宮さん”」  
「……もう涼宮じゃないんだけど、ね」  
 
 
………………  
 
…………  
 
……  
 
 
「アイツはまだ私が能力を把握してることに気づいてないみたいね」  
「そのようですね……さて、どうするんですか?」  
「む〜……」  
 
 彼女――ハルヒは自前のアヒル口で唸る。  
   
「どうにも言い出しづらいのよね、こう切っ掛けを逃しちゃうと」  
「まあ気持ちはわかりますが」  
「……実際面倒なのよ、なにをやってもこんがらがっちゃうんだから。外に出て寒いって強く思ったら、急に暖かくなった時にはさすがに焦ったわよ」  
 
 おちおち外出もできやしない、そういってハルヒはため息をついた。  
 
「でも、そうね……まあ今回のことはきっかけにはなりそうかな」  
「と、いいますと?」  
「あんまりアイツ、その……好意を伝えてくれないから、ね。第三者的にアイツの事を見れたのはまあ、いい経験だったわ」  
 
 テレながらそう語るハルヒを見て、古泉はむなやけをおこしそうだ、と必死に胸に行きそうになる手を押さえた。  
   
「……さて」  
 
 言葉を区切ってハルヒは席を立つ。  
 彼女は一言告げ、テーブルの端に置いてあった伝票を手に取り、  
   
「帰るわ。今度会うときは有希やみくるちゃんも一緒だからね。風邪を引かないように、体に気をつけて」  
「注意します。ああ、それと――」  
 
 ”犬も食わない話の後始末”をさせられたのだ、これくらいの皮肉は構わないだろう。  
 古泉はハルヒの持った伝票をちらりと指差し、万感の意を込めこう一言だけ口にした。  
 
「――――どうも、”ご馳走様”でした」  
 
 
 
ー※ー  
 
 
………………  
 
…………  
 
……  
 
 
「ん……」  
「あ、起きた?」  
 
 目を覚ますと目の前には見慣れた顔がある。体を起こしてみると、俺はソファーの上で横になっていつの間にか眠っていたようだった。  
 中途半端に寝たせいで体がだるい。眠気でぼやける視界の中で声のしたほうへと顔を向け、  
 
「……ハルヒか」  
「私以外いないと思うんだけど?」  
 
 ハルヒはそういって笑う。  
 なんだ? 妙に機嫌がいいような気がするが……。  
 しかし眠い。少しばかりソファーで仮眠したからと言って、昨日今日と続く疲れとダルさは取れないらしい。  
 今日は早く寝よう、そう考えながら欠伸をかみ殺す。  
 
「ねえキョン」  
「ん?」  
 
 問いかけに視線をむけると、そこには久しく見ない”良い笑顔”のハルヒが居た。  
 ハルヒはその笑顔のまま俺にもたれかかるように甘え始め、首筋にマーキングのように口付けをおとした後、耳元でそっと囁いた。  
 
「子作りしよっか。なんか今日はバッチリ”出来そうな気がする”のよね」  
 
 その言葉を聞いたとき、俺が思った事は唯の一つである。  
 
 
―――ああ、今夜も寝不足か。  
 
 
 それでも、まあいいか……と、感じた辺り、やっぱり俺はハルヒの事を愛しているのだろうね。  
 
 
 
(完)  
 

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