Prologue.  
 
「では、今回は『世界の話』をしましょう」  
「開口一番、何とち狂った事を言ってるんだ、お前は」  
 返答の代わりに、どむっ、とニブめな音を立てつつマイ鳩尾に食い込む握り拳。  
 ああなるほど、これは『反論は許さない』というエネルギッシュなボディーランゲージというわけですね、………チクショウめ。  
「んじゃ、言いなおすわよ。さて、今回は『ちょっとウルッときた話』をしましょう」  
「待て、その二つはどう考えてもイコールじゃないぞ」  
「残念でした。あたしの中じゃあこれ以上ないってくらいイコールなの」  
 溜息しか出ない、そんなお前こそが本当に残念だよ、俺は。  
 
 というか、………だな。そんなピカソが叫びを上げるくらい前衛的すぎる思考飛躍にゃあ誰もついていけないだろうし、なにより………、  
「ようするに、迷子になったっていう事からの現実逃避だろ、それ」  
「ふふふふふ、甘いわね。最近の携帯にはちゃんと地図ってやつが付いてるのよ! あたしと同じ万能戦士ってやつね」  
「あー、そうかい」  
 『別に胸を張っていうことでもないぞ』とか、『突撃しか知らない戦士は早死にするだけだぞ』などというツッコミは封印しておこう。突撃対象に設定されちゃかなわんからな。  
 
 あー、でもそうか。地図、………ね。  
 俺の携帯にはそんな局所的な便利機能はついていないと思うのだが、一応確認のため自分のをポケットから取り出す。  
「あ、圏外だ」  
「あらまあ、貧弱な携帯ねえ。やっぱり持ち物は持ち主に似るのかしら」  
 やかましい。そういうお前のはどうなんだ。  
「何よ! このあたしの携帯よ。宇宙空間にいても使えるに決まってるでしょ! ………あ」  
「どうした?」  
「………電池切れ」  
「………」  
「………」  
 なるほど、持ち主に似て『問題外』なわけだな。   
「やんのか、コラー!」  
「俺は悪くないだろうがー!」  
 結局失言を止められず、突撃を食らう俺であった。  
 
 
 秋も終盤に入ってきた頃、夏休みの合宿から続いていた一連のなんやかんやに一通りの決着という名のお茶濁しをつけた後のある日、不思議探索中に迷子になって名も知らぬポニテ少女に攻撃される。  
 こう書くと、なかなかデンジャーな素敵生活を送っているように思われる方もいるかもしれないが、女性に襲撃されるのは比較的よくある事なので俺にしてみれば別に普通って感じである。………深くはつっこむなよ。  
 ただ、こいつがいきなり『世界』とか言い出した時は、何かに気付いているのかと思ってちょっとドキドキしたけどな。  
 
「あ、そうだ」  
 
 『秋の日はつるべ落とし』ということわざに花丸をあげたくなるほど急速に広がっていく夕焼けの中で、彼女は俺に、こんな『俺にとっては何の意味もない質問』を投げかけてきた。  
 
「そういやアンタ、名前は?」  
 
 
―――――――――――――――――――  
喜緑江美里の溜息〜The sigh of fake star〜  
―――――――――――――――――――  
 
 
1.  
 
「それでは、映画を撮りましょう」  
「………は?」  
 放課後、SOS団の部室で、いきなり江美里が前置きなしの意味不明提案をぶっこんできた。  
 ちなみに展開的にデジャブを感じるのはこれが『いつも通りの事』であるからであり、それはようするに、俺がいつもこんな風に事後承諾的に巻き込まれているという事を証明するものである、………そろそろ訴えたら勝てるんじゃないだろうか。  
 何? 『反対すればいいじゃないか』だって? 当然しているさ。………まあ、最近になって『例外』が出てきたけどな。  
 ただどっちにしろ、SOS団には積極的に江美里にたてつくやつが俺しかいないので、結局は多数決という名の数の暴力に押し負けてしまうのである。えみりん政権は磐石なのだ、………俺的にはとっとと退陣して欲しいのだが。  
 しかし、である。今回、部室には団員以外の存在が三名ほどいる。これは上手くいけば4対4のタイスコアくらいには持っていけるかもしれんな。………どちらにせよ『勝ち』はないのだが、これは気分の問題だ、許せ。  
 
 まあとりあえず、一人目。  
「あっははは、おもろそーだねっ、それ!」  
 この本当に天に昇ってるんじゃないかと思えるほど高らかな笑い声を上げる人は鶴屋さんといって、朝比奈さんのこの時代に来てからできた友人らしい。  
 彼女は夏休みの途中あたりからよく朝比奈さんと一緒にいるようになり、SOS団の活動にも何度か参加してもらっている常連さんだ。  
 
 そして、二人目。  
「ふむ、映画ですか。まあ私は執事役しかできませんが」  
 この人は新川さん。古泉が属しているらしい『機関』とやらの一員で見た目、性格ともにダンディーとしか言いようがない人である。一昔前の表現を用いるならば『ナイスガイ』とでも言うのであろうか。  
 ただし、常識人かどうかという事は校内に執事服で堂々と入り込んでいるという今の状況を見て察していただきたい。  
 
 ついでの三人目。  
「おい喜緑、お前放課後いきなり人を呼びつけておいて、いきなり何を言ってるんだ」  
 谷口だ、以下略。  
 
 まあ、こんな感じで何の統一性もない三人ではあるが、みんなおそらくは何も聞かされずに呼び出されたクチだろうし、反対役に回ってくれるのを期待するとしよう。三本の矢ってやつだな、毛利家バンザイ。  
 
 
 そんな感じで俺が見ず知らずの戦国武将に感謝の念を捧げていると、江美里が机の上に座ってぶーたれている谷口に、何故か一昔前のコメディーに出てくる外国人のようなカタコトで話しかけだした。  
「ヘーイ、ミスタータニグチ。リピートアフターミー、ギンマクデビューウッハウハ」  
「ん、ああ、ギンマクデビューウッハウハ」  
「ワンモアタイム」  
「ギンマクデビューウッハウハ」  
「ハラカラコエダセ!」  
「ギンマクデビューウッハウハ! ………おお、何だかやる気が出てきたぜ」  
 ああ、所詮谷口か。早速一本矢が折れた、と。  
 
 折れた矢をあっさり見捨てて、何とかして他の反対派を得ようと新川さんに話しかける。  
「新川さん、何かないんですか?」  
「いえ、私は執事役であるのならば、それで」  
「もし、執事役でなかったら?」  
「ミ・ナ・ゴ・ロ・シ・ダ!!!」  
 生物学的にありえない光り方をする目で、普通に口から出ているはずなのに何故か地の底から響いてくる感じの声で、暴走ワードを発射するダンディー新川。  
「駄目だ! 思考回路が意味不明ですよこの執事馬鹿!」  
「はっはっは、執事だなんて、照れますな」  
「後半の方を重視して欲しかった!」  
 あと、執事は褒め言葉ではありません。怖いので言いませんが。  
 かくして二本目の矢は『あさっての』どころか『来世紀の』方向に飛んでいくのであった。  
 
「にょろっ、あたしにゃーなんかないのかいっ?」  
「ははは、それでは『時間の無駄』、という言葉をさしあげましょう」  
「むー、そりゃちょっとひどくないっかなー?」  
 ちょっと睨みながらの笑顔という顔芸レベルに器用な表情でこっちを見る鶴屋さん。  
 すみません。でも最初から折れている矢に期待するほど楽天家にはなれないですから。  
「にょろー、んじゃあ仕方ないっさね!」  
 ………つーか、自分で言っといてなんですが、『折れている』っていう自覚はあるんですね。  
 
 
 と、いうわけで三本の矢は元就もびっくりなほどあっさり残骸と化し、『結局いつも通り俺が無駄な反対をする事になるのか』と、溜息を吐きながら無謀な決意を固めようとしたその時、  
「えっと、あの、それで、いい、ですか?」  
 親に怒られた子供のような上目遣いと捨てられた子猫のような弱弱しい声で、江美里が俺にそう聞いてきた。  
 これが演技なら、俺は『アホか、お前は』などと言って適当に流すのだが、残念ながら江美里は本気で聞いているのだ。  
 演技でない事くらいなら分かる。『どうして?』と聞かれても、『分かってしまうんだから仕方ないだろう』としか答えようがないのだが。  
「………それが、愛?」  
「長門、人のモノローグを勝手に読んだうえ、嫌なツッコミまでいれるんじゃありません」  
「………教えて、お兄ちゃん」  
「いやーん! お兄ちゃん、もう100%ラブですよー!」  
 ………取り乱した、すまん。  
 とにかく、このセリフは騙されたくなる演技じゃなく、騙しようのない本気を俺に感じさせるのだ。  
 
 7月終わりの、合宿の時から、もっと正確に言うと朝比奈さんが江美里の言う事に反対してから、たまにこいつはこんな風に、暴走しかけては、最後に思いとどまって俺に確認を取ってくるようになった。  
 だから、ここで俺が首を横に振れば、映画撮影はおそらく制作発表前に中止とあいなるだろうし、そうなればみんな何事もなくラブアンドピースな文化祭を迎えられるのだろうけれど、  
 
「おう、いいと思うぞ」  
 
 江美里にこんな風にされると、何故だか俺は必ず頷いてしまうのだ。  
 これが、俺が反対しない『例外』であり、  
 
「そ、………ですか」  
 
 そして江美里はといえば、俺がその『例外』を行うと、何故だか必ず泣きそうな顔を浮かべるのだ。  
 
 
 そんな微妙な空気を周りに振りまきつつ、  
 周囲の仲間に気を使わせながら、  
 多分、お互いに相手を気遣いながら、  
 それでも、どこかボタンを掛け違えたままで、  
 
 こうして、俺達の映画撮影が他走者完全無視でスタートしたのである。  
 はてさて、一体どうなるんだろうかねえ、いろいろと。………やれやれ。  
 
 
2.  
 
 さて、いきなりではあるが、ここでクエスチョンだ。  
 映画撮影に必要なものとは一体何だろうか?  
 
 俳優? 確かに。  
 カメラ? 必要だよな。  
 照明、その他小道具? うん、大事大事。  
 ただ、『これ』がないとそのどれもが弐千円札ばりに意味のないものになってしまう、という存在があるのだ。  
 で、それがない今の状況では到底撮影なんて開始出来ないと思うのであるが………、  
 
「そのへんどうなんだ、監督さん?」  
「問題ありませんよ、俳優をカメラの前に出してしまえば、物語なんてのは自然に動き出します」  
「なるほど! 『シナリオ』がないのは『アドリブ』でカバーしろ、とそういうわけだな! ………一つだけ言わせろ」  
「何ですか?」  
「全国の映画関係者に謝ってこい!」  
 そんな俺の優位に立った国会議員のような攻めの姿勢を崩さない追及に、江美里は守りを固めようとは微塵も思っていないような口調で、胸を張ってこう答えた。  
「わたしはわたし以外の存在を映画関係者だとは認めません!」  
 もの凄い大物アンサーが飛び出してきた。ええい、リコールはまだか。  
「わたしは生涯現役ですよ。この作品を撮り終わるまで、ですけどね」  
「一生かけて何を撮り続けるつもりだ、お前は!」  
 つーか他人を認めないのならまずその理由を言え、理由を。  
「それはわたしが超激スーパーウルトラデラックスレインボー監督、略して『えみりん』だからなのです!」  
「どう略したら『えみりん』になるんだよ! オーバーな形容詞付けすぎで逆にへぼそうだよ! それにそもそもそれってお前が他の人間を関係者と認めない理由になってねーよ!」  
 とりあえず今やもう習慣となっている三段突っ込みをかましつつ、仕事と配役だけは決めさせておく事にした。  
 
 こんな感じでなんかもう、撮影前からいきなりのグダグダ展開である。  
 『何とかせんとなあ』とは思うのだが、俺に出来る事といえば『ボロボロ』とか『スカスカ』といった他の言葉がつくのを防ぐ事くらいしかないのだ、………それももう、手遅れかもしれんが。  
 
 ///  
 
 とりあえず仕事と配役を、ジャンケンやアミダなど明らかにグダグダ臭がただよう方法で決めさせた結果、  
 江美里:超激スーパーウルトラデラックスレインボー監督、略して『えみりん』  
 俺:カメラ、照明、その他雑用  
 長門:俳優(正義の魔法使い)  
 朝比奈さん:俳優(悪の女幹部)  
 鶴屋さん:俳優(悪の大総統)  
 新川さん:俳優(謎の執事)  
 古泉:古泉  
 谷口:空気  
 と、なった。江美里の『えみりん』枠と俺のその他雑用枠は最初から決まっていたようだが………。つーかこれ、なんか俺だけ仕事多すぎねーか?  
 
「いえ、あの、それよりも僕の『古泉』というのは一体何なのでしょうか?」  
「ん、ああ、隅の方で古泉ってればいいんじゃないか」  
「ははは、これは手厳しい。………ところで実は僕、最近藁人形作りに凝ってまして」  
 ああ、なるほど。肩に付いてる藁くずはそれか。………ヤベえなあ、もう。  
「………とりあえず俺の手伝いをしておいてください」  
 目が病んでる人のそれになってる古泉に対し、思わず敬語でそう答える俺。  
「あー、じゃあ俺の『空気』って何すりゃいいんだよ」  
 張り詰めた空気を何とか破裂することなく抜ききれそうになったところで、『空気』がそんな空気読めてない質問をかましてきた。  
「………んなもん知らん。強く生きればいいんじゃないか」  
 藁人形に釘打たれない程度にな。  
「うおー! 何か俺、居る意味ナッシングって感じじゃねえかー!」  
 ようやく気付いたらしく頭を抱えて床を転がる谷口。なんか、いろいろすまん。マジで強く生きてくれ。  
 
 そんな感じでいろんな問題を適当に流しつつ、適当な川の近くの並木道に適当に移動して、適当に持ってきた衣装を適当に合わせてから、適当な物語の冒頭部分、テイク1、アドリブのまま適当にスタートである、………適当に溜息、やれやれ。  
 
 ///   
 
 長門ユキはどこにでもいる普通の高校生………のようには見えなくもないかもしれないと曖昧な表現になる程度には普通ではないのだが、それを言い出すと物語が始まらないので、ここでは普通の高校生である、という事にしておく、てかしておけ。  
 たがしかし、そんなユキには、一つだけ周囲に秘密にしている事があったのだ。  
 実はユキは宇宙から来た正義の魔法使い『魔法少女スペースゆきりん』だったのである。初っ端からネーミングセンスゼロな衝撃の展開だ。  
 ちなみに『どうして宇宙から来たのか』とか『どのようにして魔法使いになったのか』とかの、割と大事な原因っぽいなんやかんやはこの先、一切、出てくる事は、ない。  
 この作品を鑑賞するには、まるでその場で思いついたかのように突然出てくるトンデモ設定を『まあ、そんなもんか』と笑って受け流すだけの度量が必要となるのである、………そういう事になってしまった、すまん。  
 
 とにかく、物語はその長門ユキが学校へと向かう途中の、春になったら桜が満開になる並木道をゴスロリファッションに身を包みながら一人でテクテクと歩いている場面から始まる。  
 衣服につっこんではいけない。『可愛いだろう、ゴスロリ。ならそれでいいじゃないか!』と、これはそういう話なのである。  
「おや、長門様ではありませんか」  
 ユキに丁寧語で話しかけてきたこの男性は、アラカワという何故かいつも執事服で敬語を使う同級生の男子生徒である。見た目はダンディーな初老男性なのだがあくまでも彼は高校生なのである、………信じろ。  
 そんな彼を華麗にシカトするように歩を進めるユキに、アラカワはまるで人生の悲哀を知り尽くしたような顔で言った。  
「いよいよ、最後の戦いですな」  
 待て待て待て待てー!  
 
 ///  
 
「おや、どうなさいましたか?」  
 新川さんはどこが間違いなのか分からない、という顔でこっちを見ている。  
「これ冒頭のシーンですよね! いきなりラストバトルって早すぎますよねえ!」  
「展開はスピーディーな方が燃えるかと思いまして」  
 ダメだこの人、と思いながら監督の方を向く。  
「なるほど、それは確かに燃えますね!」  
「こっちもダメだー!」  
 というか、ダメなのはこの状況全部、か。ははははは、………帰りたい。  
 
 ///  
 
「緊張しますか?」  
「………別に」  
 アラカワの問いにそっけなく答えるユキ。  
 アラカワはユキの瞳を見つめながら言葉を続ける。  
「それは、愛、という事なのですかな?」  
「………別に」  
 あくまでそっけないユキ。  
「ふふふ、愛というものはこの老いぼれには少々こたえるもののようですな」  
「………そう」  
 アラカワの唐突かつまわりくどすぎるアプローチに対しあくまで自分を貫くユキ。素で気付いていない、という可能性のほうが大ではあるが。  
 あ、あと、老いぼれとか言っているがアラカワはあくまで現役男子高校生である。………なんか、そろそろフォローを入れるのも面倒くさくなってきたな。  
 とにかく、そんな二人の間を何とも言えない空気が、  
「何とも言えないー、何とも言えないー」  
 ………通り過ぎて行ったあと、  
「おい、俺の熱演はスルーかよ」  
 ………通り過ぎて、  
「『空気』でーす、俺は『空気』でーす」  
 ………通り、  
「だから主役の周りをカメラを塞ぐように蠢きまくっても、誰にも何にも言われませんー」  
 ………、  
「く、う、き! く、う、き!」  
 ………あひー!  
 
 ///  
 
「じゃあ古泉、これ縛り終わったんで、そこの川に沈めてきてくれないか、あひー!」  
「はい、了解しました」  
「んー! んんー!」  
 空気の言葉は聞こえんなあ、あひー!  
 ま、そんな感じで撮影再開だ、あひー!  
 
 ///  
 
「にゃっはっは、よく来たねっ! スペースゆきりんとその仲間達よ! あたしが悪の大総統、その名もツルヤサンっさ!」  
 ………いきなり着物姿のラスボスが爆誕していた。  
 
 ///  
 
「はえーだろ! 何分で上映終わる気だよ!」  
 あまりの展開に逆に冷静にさせられつつも、敬語を忘れてつっこんでしまう程度にはパニクってしまう俺である。  
「にょろー、そこは監督さんと編集さんの腕の見せ所ってやつじゃあないっかなー?」  
「ふふふ、それはわたしへの挑戦ですね。よろしい、受けてたちましょう!」  
「………あれ、何でだろう? 俺が苦労する未来しか想像できないや」  
 おそらく想像ではなく確定の類なのであろうそれを、今は考えないよう頭の四つ角に分散させつつ追いやりながら、撮影を続ける事にする。………戦わない、現実と。  
 
 ///  
 
「おはようございます、ユキさん」  
 普通の人ならば呆然とするしかない一方的に圧倒的な急展開に平然とついていくユキ達の前に、彼女等のクラスメイトである朝比奈ミクルが話しかけてきた。  
 ちなみに彼女の服はバニーガールである。………しかし、考えても無駄な事だとは思うのだが、もしラストバトルがなかったらこいつ等はこのまま登校するつもりだったんだろうか。  
「実はわたしが悪の大幹部ワルワルミクルンだったんです」  
 そんな疑問を予想通り銀河系のどこかに置き去りにしつつ、ここで衝撃の新事実である。初見の人はもう何が何だか分からなくなっているだろうが、既に作ってる俺達にも分からなくなっているので安心して欲しい。あなたの脳は正常だ。  
 さて、こんな急展開にも程があるツッコミ放題な状況ではあるのだが、俺はもう早く終わって欲しいとしか思っていないので、サクッと全てを受け流し、場面を進める事にする。  
「あきらめなさい、どうせユキさんはあたし達には敵わないのです!」  
 自信満々にポーズをとりながらユキを指差すミクル。うん、実にノリノリである。  
「………何故?」  
「それは」  
 チラチラとこちらを見てくるミクル。カメラが気になるのだろうか。  
 
「それは、ユキさんがあたし達に作られた存在だから、なのです!」  
 
「おー、そうだったんだっ! そりゃすごいねっ!」  
 ………どうやら大総統も知らない超裏設定のようだった。  
 最後の戦い前だというのにマジグダグダのこの状況、果たしてユキとアラカワの、そして世界の、何よりこの無茶苦茶フィルムを編集しなきゃならんこの俺の、未来は一体どっちの方向なんだろうか! 続きたくない!  
 
 ///  
 
 グイッと袖が引っ張られ、俺は近い未来、具体的には文化祭前二、三日ほどの自分の惨状を、締め切り前に原稿のデータが全部トんだ作家のように嘆いていた状態から強制復帰させられた。  
 引っ張られた方を見ると、江美里がまるで絵の具で塗り潰したかのように蒼白な顔で俺の袖を掴んでいた。  
 
「おい、大丈夫か」  
「ええ、大丈夫です。………わたしは大丈夫、ですか?」  
 いや、俺に聞かれてもなあ。つーか多分、疑問詞出る時点でちょっとヤバ目だと思うぞ。  
 みんなも心配しているのか、演技を止めてこっちを見ている。  
「………ごめんなさい」  
 江美里は、誰に向けて言っているのかも何をさして言っているのかも分からない、そんな謝罪の言葉を口にして、  
「ちょっと気分が優れないので、今日は帰りますね」  
 送っていこうとする俺を『一人で帰れますから』と制しながら、本当に一人で帰っていった。  
 
 
「意気地なし」  
 江美里の姿が見えなくなってから、微風にすらかき消されそうなほど小さな声で、ボソリ、と長門がそう呟いた。どっちに向けた言葉なのかは分からない。  
「なあ、何の事なんだ」  
 なんつーか、あの合宿から俺の知らないところで良くない何かが進んでいるような気がするんだが。  
「それは、喜緑さんが自分であなたに伝えないといけない事、です」  
 『背中を押す事くらいならやりまくりですけどねー』と、のほほんと優しく、しかし反論を許さない、そんな口調で朝比奈さんが言う。  
「まあ、あなたなら大丈夫だと僕達は信じていますけどね」  
 いつもの胡散臭さマックスな笑みで古泉が言う。  
 やれやれ、と溜息を一つ。  
「ようするに、江美里がなんか言ってくるまで待ってろって事か?」  
 本当にやれやれだぞ。んなもん、朝に日が昇って夜に沈む事と同じくらいいつもの事だろうに。  
「だから、あなたなら大丈夫、なんですよ」  
 ………男がウィンクするな、キモい。  
 
 
 そして監督不在の元ではあるが、撮影は順調に迷走しながらも特に問題なく続けられる事になった。  
 ………もしかしたら一番存在意義がないのは『古泉』でも『空気』でもなく、あの超ナンタラ監督なんじゃないだろうかね。  
 
 ///  
 
 撮影を終え、川原で膝を抱えて拗ねていた谷口を慰めて(おだてあげて、とも言う)から家路に着く。  
 
 みんなと別れ、一人帰る家路の途中で、  
「にょろー、待つっさ!」  
「えっと、あの、待つの? 待ってもらうの?」  
 進行方向に鶴屋さんが弁慶のごとく仁王立ちしていた。  
 隣には桃太郎に理由も聞かされず無理矢理従者にさせられた犬のような戸惑いを全身で表現している朝比奈さんがいる。………ようするに凄いキョドってるって事なんだが。  
「なんですか、鶴屋さん、朝比奈さん」  
「え、えっと、ごめんなさい。あたしも鶴屋さんに引っ張ってこられただけでよく分からないの」  
 朝比奈さんの予想通りの言葉を受けて、主犯格であろう鶴屋さんのほうを向く。  
 鶴屋さんは彼女にしては珍しく真夏の太陽を思わせる笑顔以外の表情を浮かべて言った。  
「んー、どうしよっか迷ったんだけどねっ! やっぱりキミには一言断っておいたほーがいいかなって思ったんさ! ………何となくだけどねっ!」  
 と、言われましても俺にはこれっぽちも思い当たる節がないのですが、一体何に許可を出せばいいんでしょうかねえ?  
 彼女は笑顔0%の真面目フェイスを崩さないまま、俺に向かってこう言った。  
 
「みくるを、あたしにください!」  
 
「「えええー!」」  
 ………とっても的外れで温帯を中心に分布する多年草っぽい爆弾発言に俺と朝比奈さんの爆発音のような叫び声が夕焼け空に放散していくのであった。  
 
「いや、そんな人生踏み外しそうな許可を俺に求められても」  
 明らかに人違いというか、人選ミスである。早期退陣を求められる羽目になりますよ。  
「そ、そうですよ。あ、いえ、確かにそう言われるのは嬉しいですけど」  
 ………つっこむな、つっこむと泥沼だぞ、俺。  
「ごめんよっ! でも、キミの他に筋を通すべき相手ってのが居なかったのさ! 多分だけどねっ!」  
「いや、まあ「あたしは」  
 とりあえず『なあなあ方針』で誤魔化そうとした俺の言葉にかぶせるように、鶴屋さんははっきりと、自分の想いを宣言した。  
「あたしは言ったよっ! みくるの居場所になるって、あたしはあたしの意志で、あの時そういったんだっ!」  
「………鶴屋さん」  
 自分の発言には責任持たなきゃいけないって事だねっ、と表情を崩さずに続ける鶴屋さん。………どうやらマジのようである。  
 つーか、許可を求めているはずの俺を真っ先に置いてけぼりにして二人の世界に突入するのは、人としてどうかと思いますよ?  
 
 そんな経験上答えが出ない事が分かっている疑問は十二指腸あたりまで飲み込むとして、とりあえず鶴屋さんの言葉の意味を、目の前の二人の事を真面目に考えてみる。  
 あの夏合宿の間、江美里が告げた真実がショックだったのか、朝比奈さんは心ここにあらずといった感じで笑う事も泣く事もなく、ずっとボーとしていた。  
 そんな彼女がここまで立ち直ったのは、やっぱり鶴屋さんがそばにいてくれたおかげなのだろうと思う。  
 
 だったら、俺の答えは決まっている。  
 ただその前に確認はとっとかないと、一方通行の変愛ほど危ないものはないからな。  
「朝比奈さんは、それでいいんですか?」  
「あー、………ううー、………はい」  
 うん、通行可能、視界良好。まあ、何の問題もない、よな?  
「じゃ、俺もオーケーですよ」  
 心の疑問詞を見せないようにそう告げた後、見えたのは真っ赤な顔で俯く朝比奈さんと満開の花を思わせる笑顔を浮かべる鶴屋さんだった。  
 
 『何で俺なのか』は最後まで分からなかったけど、二人が幸せそうならそれでいい。  
 ―――うん、これは疑問詞なし、だな。  
 
 
3.  
 
「くそっ、何で俺が主役じゃないんだよ!」  
 翌日の放課後、クラスでの展示物『ふはははは、ゴミが人のようだくん1号』を作っている俺と江美里に、谷口がこんな勘違い発言とともに絡んできやがった。  
 ちなみに俺達のクラスはゴミのリサイクルをテーマとした真面目な展示会をするはずだったのだが、………もう展示物の名称からしてイロモノ感バリバリ状態である。  
 まあ、みんなで何かを作るという行為はそれなりに楽しいのか、誰もがそれなりの真剣さを持って制作に参加している。………もしかしたらうちのクラス自体イロモノ臭が強いってだけなのかもしれんがな。  
 
「んなこたどうでもいいから、今からでも俺を主役にしろって。絶対に後悔はさせないからよ」  
 ある意味うらやましい性格をしているな、こいつ。まあ、絶対こうはなりたくない性格でもあるのだけれど。  
「と、言われましても正直、あなたは主役というタイプではないと思うのですが」  
「能力値低そうだしなあ。必殺技ってやつもないし」  
 とりあえずこういうやつには正面からバッサリと、切り捨て御免が一番である。  
「ああん? よく見とけよ。これが俺の必殺技、『谷口パトラッシュ』だ!」  
 切り捨てられた谷口は、めげる事なく全世界のネロくんに土下座しに行かなきゃならんようなひどい名称を叫びながら、自分の近くにあった人型の何かに蹴りを入れる。  
 人型の何かは床に水平に吹っ飛んで教室の壁に激突、そのまま粉々になった。  
「ははは、どうだ! 『谷口パトラッシュ』の威力は!」  
「ああ、本当に見事に粉々ですね」  
「………俺達の血と汗と涙の結晶がな」  
「あ、あれ?」  
 ちなみに谷口が完膚なきまでに破壊したのは俺達が文化祭用に作っていた人型のゴミ『ふはははは、ゴミが人のようだくん1号』であり、  
「………み、みんな。何でそんなA級戦犯を見るような目でクラスメイトを見るんだい?」  
 現在、教室は一気に冷凍庫要らずの氷点下状態である。  
「さて、他人の振りをするか」  
「ちょ、おい、見捨てる気かよ! この状態を何とかしていけよ!」  
「完璧に自業自得だと思うのですが」  
 ああ、むしろクラスのみんなと一緒に氷点下の視線を向けなかっただけありがたいと思え。  
「そこを何とか、お慈悲をー」  
 足元にすがりつく谷口。今の自分が雑魚キャラを全身で表現している事には、どうやら気付いていないようである。  
 ………てかまあ、しゃーないか。見捨てても寝覚め悪いしな。  
 
「よし、みんな。提案がある」  
 凍りついた視線が次々と俺に突き刺さる。みんな怒ってるよなあ、当然だろうけど。  
「文化祭中には一号くんの代わりに谷口にここに立っていてもらう」  
 で、と言わんばかりの空気が流れる。とりあえずこの空気を何とかしよう。  
「それで名前欄を『WAWAWA、人がゴミのようだくん一号』に変更すれば万事解決だ」  
「それ、俺すげーイヤな奴じゃねえか!」  
「む、そうか。じゃあ『WAWAWA、ゴミのような人だくん一号』ならどうだ」  
「一気に底辺まで落とされてるよな、それ!」  
 注文の多い谷口だなあ。最期は猟犬にやられるのか?  
「みんなはどうする?」  
 とりあえずある程度場の空気をユルユルにしてから、最終判断は他のクラスメイトに任せる事にする。  
「丸投げする、とも言いますね」  
 ………やかましい。  
「そんなあなたが好きですよ」  
 ………さんきゅー。  
「ふふふ、ちょろいですね」  
 ………ふぁっきゅー。  
 
「別に名前を変更する必要なんてないんじゃないか」  
「それは既に俺イコールゴミという数式が成り立っているって事ですかねえ!」  
「じゃあ略して『ゴミ口くん一号』っていうのがいいと思うのね」  
「じゃあの意味も略する必要性も分かんねーよ!」  
 さて、周囲はいつの間にかグダグダでまったり温かないつもの俺達のクラスである。  
 
 
「ほら、谷口。言わなきゃならん事があるだろ」  
 このままでも別に喧嘩とかなく収まるだろうけれど、でもまあ、これだけは言わさんとな。  
「ああ、その、みんな、………ゴメン」  
 結局、みんなで頑張って修復する事になった、………やれやれ。  
 
 ///  
 
 谷口の馬鹿の尻拭いに時間を取られたため、帰る頃にはあたりがすっかり暗くなっていた。  
 男としては悲しい事に必要ないと確信出来てはいるのだが、俺は一応女性(つーか彼女)である江美里を家まで送ってから帰る事にした。  
「うふふ、最近は送られオオカミというのが流行のようですね」  
「いや、それすげー初耳だから! つーか俺食べられるほうかよ!」  
「うふふ」  
「否定しろよ、なあ!」  
 予定通りにいつも通りな、仲良くいたぶられる俺である、………はあ。  
 
「あ!」  
 俺がため息をつくと同時に、江美里はタイムカプセルを埋めようと地面を掘っていたら犯罪臭満載の拳銃が出てきてしまったような声をあげつつ、その場に一瞬で足が縫い付けられたかのように急停止した。  
 彼女の視線の先に目をやる。そこに一組の、どう見てもカップルにしか見えない光陽園学院の二人組みがいた。  
 ………つーか、うち一人は思いっきり顔見知りである。  
 カップル(推定)二人組みは痴話喧嘩ウェーブを全方向に放出しながら俺達の手前を歩いている。………あれはもう一種の天災かもしれんね。  
 
「だから、遅くなったから送ってやるってだけだ。それ以上の意味は砂漠の中の砂粒一粒分くらいしかねーよ」  
「一粒もあれば送りオオカミには十分じゃない! エロキョン!」  
「あーもう、じゃあ一人で帰るのか?」  
「そんなわけないでしょう。ちゃんと責任持って家まで送り届けなさいよ、バカキョン!」  
「どうしろってんだよ、お前は、………やれやれ」  
「まあ、だから………、ねえ、キョン。送ってくれるんならもう一つの方は許可してあげなくもないかもしれないわよって事も、その、あったりなかったり?」  
「あー、お前の言っている事はよく分からんが、まあこう見えて俺は紳士的なほうだ。大丈夫、お前にゃ、一切、手をださねーよ」  
「………」  
「どうした?」  
「あほんだらげー!」  
「何でだー!」  
 
 ああ、青い春だなー、などとかなりどうでもいい事を思いながら、知り合い(?)のポニテ少女とどうみてもその恋人にしか見えない俺と同じあだ名の少年のやり取りを眺める。  
「………あの」  
 そんな俺に江美里が話しかけてきた。  
「ん、何だ?」  
「………! ……、………」  
「???」  
 江美里は餌をねだる雛鳥のように口を必死で動かして何かを言おうとしているのだが、どうやらそれが言葉として出てこないようだ。  
「『彼女』はちゃんと『彼』を呼べるのに、何で、言えないのよう。わたし、こんなに………、こんなに………」  
 言いたい事が言えないっぽい状態のまま、それ以上言葉を発する事なく、うつむいたままの江美里。  
 いつの間にか俺達の周りには青い二人組みどころか、人っ子一人いなくなっていた。  
 
 
 二人っきりのはずなのに、  
 何故だか、『遠いな』と、  
 そう、感じた。  
 
 
 ///  
 
 どこか危うげな雰囲気を展開している江美里にどう声をかけていいか分からず、けれど放って置くわけにもいかず、ただ『ふたりぼっち』を続ける事しか出来ない俺。  
 秒針がトラックを規則正しく何周かした後、江美里は飛び立つ事を決めた若鳥のような顔で、そんな俺を見上げてきた。  
 
 
 
 そして俺は、  
 
「ねえ、fake star」  
 
 と、江美里に聞いた事のない自分の名称を呼ばれたので、  
 
「おう、何だ」  
 
 と、当たり前のように返事をした。  
 
 
 
 ………、  
 ………………、  
 ………………………あれ?  
 
 fake starって、………俺、なのか? いや、………俺、だ、よな。  
 聞き覚えのない、しかし自分のものであると確信出来る、そんな名称を聞かされ、脳内が疑問詞やら感嘆符やらで埋め尽くされる。  
 
「う、あ」  
 声が聞こえ、それにつられるように視線を上げる。  
 飛び立つ事に失敗したのだろうか?  
 江美里の目から涙が、ポロポロと、地面に零れ落ちていた。  
「ちょ、どうしたんだ!」  
 ごく自然に脳内の疑問詞や感嘆符をはじき飛ばしつつ、慌てて声をかける俺。  
 そして、その行動がどうやらスイッチ、しかも強ボタンだったようだ。  
「違う! それが、違うんです!」  
 いきなりの、魂から搾り出されたかのような、絶叫にも近い、そんな声。  
 突然の事態に呆然とする俺を尻目に、彼女の叫びは続く。  
「嬉しい、けどっ! わたしを見てくれるのは、嬉しいけど!」  
 そして嗚咽交じりのその声により、あまりにもあっさりと、残酷でどうしようもない、この世界の秘密が明かされた。  
 
 
「それは、あなたがそう作られたからじゃないですかっ! あっちの『わたし』が、あなたをそう作ったからじゃないですかっ!」  
 
 
 意外と泣き虫な彼女の叫びは、俺の心臓に風穴を開けつつ、最近ググッと冷たさを増してきた秋の空に響き渡って、そのまま消えた。  
 
 
4.  
 
 あるところに一つの世界があり、そしてその世界には神様のような力を持っている一人の『少女』がいた。  
 『少女』は続いていくつまらない日常というものに嫌気がさし、周囲の人が引くくらいの変な行動を取ったり、自分が面白いと思う人間を勝手に巻き込んで同好会のようなものを作ったりしていた。  
 そんなある日、ある些細な出来事をきっかけとして、彼女は自分の世界に絶望し、それを、自らの世界を創り替えようとした。  
 その騒動は『少女』が(自分でも気付いていなかったようではあるが)想いを寄せるある男性の手によって無事灰燼と帰したのではあるが、その時に彼女はこう願ってしまった。  
 
 この人と二人きりで、ずっと一緒にいられますように、と。  
 
 そして、一つの世界が、『俺達の世界』が、創られた。  
 自分の世界のコピー、ただしちょっとだけ彼女が思うような面白さをスパイスとして加えた、そんな世界を。  
 
 だが、ここで一つ、問題が生じた。  
 『少女』は、元の世界で彼女自身が作った同好会の存在を否定できなかったのである。  
 彼と二人きりでいたい。  
 でも、自分と彼がいないと同好会は作られない。  
 それが、『彼』以外の他者を求める行為が、『少女の成長』なのか『神様の退化』なのかは分からない。  
 ただ一つ確かなのは、この世界には最初から問題が、矛盾が、嘘があったという事である。  
 
「その矛盾に、あっちの世界の『わたし』が目をつけました」  
 
 向こうの江美里はその状況を思念体とかいう自分の親玉に報告し、情報収集の目的でこの世界に潜り込んだ。  
「といいますか、この世界では朝倉さんは死なずにすむと、無意識のうちにそう思っていたみたいですね。………結局はダメだったんですけれど」  
 そして江美里は持ち込んだ『長門有希』と『朝倉涼子』の情報因子のコピーを用いて二人を作り、サポート役を得た後、この世界での『少女』の位置に自分を置き、『彼』を思念体の協力の下で自分に都合のいいように作り上げた。  
「でも、どうやらそれは彼女の逆鱗に触れる行為だったようです」  
 『少女』は無意識のうちに、『彼』が自分以外の存在に都合のいいように作られるのを感じ取り、………そしてそうしてしまった存在に、これまた無意識のうちに、神としての鉄槌を下したのだ。  
「思念体は即座に元の世界に弾き飛ばされ、そしてわたしは、この世界の『わたし』とあっちの世界の『わたし』に分断されました」  
 それ以降、あっちの世界とは繋がる事が出来なくなり、この世界は独自のものとして存在するようになった、らしい。  
 
「これが、この世界の全てです」  
「………そうか」  
 何かを言おうとして、でも言いたい事も言うべき事も思いつかず、結局それだけを言った。  
 だってしょうがないだろう。いきなりこんな重い話を聞かされてとっさに気の利いたセリフが出てくるほどの人生経験なんて、一生かかっても積める自信なんてないぞ。  
「同好会の名は、SOS団」  
 それでも、俺の都合なんて関係なく、彼女の話は続いていく。重さはどんどん積み重ねられていく。  
「『少女』の位置についたのはわたし」  
「『彼』の位置についたのは、あなた」  
 
 そして彼女は、  
「あなたは、『わたし』が作りました。『『わたし』に都合のいい方向に考え、動くように』という設定で」  
 そう、自らを引き裂くような声で、最後の重りを俺に乗せた。  
 
「ああ、そうか」  
 理解したところで重さがなくなるわけじゃないけれど、理解してしまった。  
「ようするに、さっきの二人が本物で」  
 ポニテ少女と俺と同じ名の少年、あの二人が本物で、  
「俺達は『偽者』なんだな」  
 答えはなかったが、江美里の沈黙は何より雄弁にそれを肯定していた。  
 
 
「ねえ、fake star」  
 『偽者』の彼女からの呼びかけの言葉。  
 嘘の始まりである、俺だけが持つ固有名称。  
「神様の逆鱗に触れ、接頭語も接尾語も冠詞も形容詞もなく、ただfake starと、『わたし』が適当につけた名前でしか他者に固有名称を呼ばれる事が許されていない、あなた」  
 その上に、積み重なっていく、嘘、虚構、幻影。  
「『別の世界にいる存在』もしくは『この世界から消えていく存在』からしか、自分のちゃんとした名前を呼んでもらえない、この世界唯一のオリジナルであり、『彼』と認められていない『偽者』のあなた」  
 俺の上に積み重なっていく、積み重なっていた嘘の重みを、感じる。  
 
 
「あなたは、本当のあなたは、わたしの事をどう思っているんですか?」  
 
 だから、そんなの、答えられるはずがない。  
 
 
 だって元の世界の、この世界にもう一人いるであろう本物の俺がこいつの事をどう思っているのかなんて、そんなの『偽者』の俺に分かるわけがないんだから。  
 俺の『答えられないという答え』を感じ取ったらしく、  
「そ、ですか」  
 江美里は流れる涙を拭おうともせずに、俺から視線を外した。  
「………ごめんなさい」  
 そんな今最も聞きたくない言葉を残して立ち去っていく彼女を、俺はただ見送る事しか出来なかった。  
 
 ///  
 
 江美里がいなくなった後も、体中の運動神経が引き抜かれたかのように動く事が出来ず、ただその場に不恰好な石像のように立ち尽くす俺。  
『『神様』は『偽者』を許さない』  
 頭の中に、いつかの誰かの言葉が蘇る。  
『このまま続けても不幸になるだけよ』  
 がすっ、と近くにあった自販機を殴りつける。  
「いてぇ」  
 八つ当たりプラス自爆のコンボ、最悪だ。  
 でも、その痛みだけが自分の存在を証明させてくれるような気がして、そう痛む事で自分が背負ってるものが軽くなるような気がして、俺はしばらく無言で自販機を殴り続けた。  
 
 ………結局重みは消える事なく、ただ、それに痛みが加わっただけだった。  
 
 
5.  
 
 何かを考えなきゃいけないけど、それが何なのかが分からない、という袋小路まっしぐらな状況で、頭の中はグチャグチャのドドメ色な状態で、でもじっとしてはいられなくて、ただ闇雲に、歩く。  
 気付くと、そこに希望を求めたのか単にいつもの習慣どおりに動いてしまったのかは分からないが、俺は部室の前に立っていた。  
 扉のわずかな隙間から光が漏れており、中からは誰かの話し声も聞こえてくる。  
 『偽者』という言葉に追い立てられるように、藁をも掴む感じでドアノブを握り、光に吸い寄せられる虫のようにフラフラと、俺はドアを開けた。  
 
 部室の中には江美里を除くSOS団の三人が、夜も遅いというのに集まっていた。  
 何故だろう? 会って何を話せばいいのか分からないというのに、ここに江美里がいない事が、寂しい。  
 そんな俺に三人が視線を向け、  
「あ、こんびゃひゃひゃあ!」  
 いきなり、朝比奈さんに怪鳥の鳴き声にも似た奇怪極まりない挨拶を食らわされた。………もしかしたら、これが未来流なのだろうか?  
「………いつもの事」  
「そうですね」  
 まあ、未来流というより、これはもう朝比奈流ってやつなんだろうな。  
「ひ、ひどいですよー。………じゃなくて、手、その手、血まみれじゃあないですか!」  
 言われてみて初めて気付いた。まあ、自販機素手で殴り続けていたらこうなるわなあ。あまり痛みを感じなかったのでたいした事ないと思っていたんだけど、………うわー、結構出てるな、これ。  
「痛み感じないって、それ、神経まで傷ついてるかもじゃないですかー!」  
「いや、ツバつけとけば治りますって、こんなの」  
「駄目ですー! あなたには不死身なんていうオモシロ属性は付いてないんですからねー!」  
 ああ、オモシロ属性という自覚はあったんですね、少し安心しました。  
 ………まあ、これも向こうの世界のあなたは持ってない属性なのかもしれませんが。  
『あなたは、本当のあなたは、わたしの事をどう思っているんですか?』  
 江美里のセリフが脳内レコーダーで勝手に再生され、少しだけ勝手に落ち込む。  
 それを吹き飛ばそうと、学級崩壊を食い止めようとする若手教師のように努めて明るく話を切り替えた。  
 空元気も元気である事にかわりはない、………と、いいなあ。  
「そういやみんな、こんな遅くになんで集まってるんだ?」  
「わたしが呼んだ」  
「………長門が?」  
 意外な人間が幹事を務めた会合のようだった。てかどうやって二人に連絡つけたんだ? 俺には電話の前で氷づけにされたマンモスのように無言を貫いているお前しか想像出来ないんだが。  
「こうやって、袖を掴んで」  
 ふんふん。  
「お願い、来て、お兄ちゃん」  
「いやーん! お兄ちゃん、どこへだって逝っちゃいますよー!」  
 破壊力抜群の萌えっぷりだった。  
「あたしの時は『お兄ちゃん』の部分が『お姉ちゃん』になってましたよ」  
 『それもアリですよねー』とよく分からない事を呟きながらクネクネと不気味に蠢く朝比奈さん。………正直、ちょっと怖いです。  
「………僕にはメールで『部室に来て』の一文だけでしたけどね」  
 『ふふ、ふふふふふ』と乾いた笑い声をあげながら夜にたそがれる古泉。………正直、かなり不憫である。  
 
 ///  
 
 とりあえず長門に手を治してもらいながら、集合をかけた理由を聞く。現実逃避と言われようが、今はとにかく何かをしていたい気分なんだ。  
「先程、喜緑江美里が泣いていた」  
 ………いや、その件から、逃げたいんだけどなあ。  
 逃避行ダッシュ早々の出会い頭での正面衝突に表情どころか全身が固まってしまう俺。  
 そんな俺をそのどこまでも深く黒い瞳で見上げるように見つめながら、長門は話を続けた。  
「………聞いた?」  
「何をだ」  
 
「この世界の話」  
 
 心臓が鷲掴みにされるような感覚。  
 治った手はもう痛くないのに、それでも確かにある痛み。  
 ああ、そうか。こいつ等があの夏合宿の夜から隠してたのは、これ、か。  
「………お前は、知っていたのか?」  
 確認にもならない、ただ発声しただけの意味しかない問いに、頷きという最小限の答えが返ってくる。  
「じゃあ、どうして」  
 『もっと早く教えてくれなかったんだ』と俺が言う前に、長門からはっきりとした答えが返って来た。  
「それは、あなたと、喜緑江美里の問題だから」  
「んなわけないだろう! 世界だぞ、世界!」  
「………違う」  
 そう、違う。それは分かっている。理解はしているつもりだ。  
「違うって何が!」  
 それでも、自分でも分かる八つ当たりの詰問が口から勝手に飛び出してくる。  
「上手く言語化出来ない。………責任はわたしにある」  
 すまなそうな無表情で、でも視線を俺から逸らさない長門。  
 『お前は悪くないよ』と言いたいのに何故かその言葉が出てこない俺。  
 上手く言語化出来てないのは俺の方だし、責任だって多分俺にあるのだろう。  
 だってのに、………あーもう、弱いな、俺。  
 
「あたしは」  
 そんな風に互いに自己嫌悪に突入している長門と俺の間に割り込むように、朝比奈さんが言葉を挟んできた。  
「あの夏合宿の夜、あたしはこの世界の真実と自分の正体について聞かされました」  
 『いきなり何を言っているんですか』と、また俺の意思に反して動こうとした口が、本当に切れそうなくらい真剣な、彼女の瞳に止められる。  
「あたしは自分の事を未来人と思い込んでいる、ただ不死身なだけの少女みたいです」  
 ややこしい属性ですよね、と彼女は笑う。  
 笑いながら、続ける。  
「だから、未来にいるはずのあたしの家族とか、友達とかは、みんながみんな、本当は存在しない『偽者』なんですよ」  
 そう、残酷な現実を告げる。  
 自分の信じていたものが全部砂上の楼閣に過ぎなかったと、それももう崩れてしまったと、そう、告げる。  
 そして、そんな残酷な世界の中でも救いがあると言わんばかりの笑みで、彼女は話を続けた。  
「居場所をなくしたあたしは、この世界で、鶴屋さんに居場所を作ってもらいました」  
 それは、彼女が見つけた『光』の話。  
「『あたしは、ここにいるよっ! 本物だよっ! んでんで、ほんもんのあたしがみくるの居場所になる。うん、決めた! みくるはあたしに帰ってくればいいのさっ!』って感じです。似てました?」  
 著作権侵害を訴えられてもネタもとの人が敗訴するほど似てない物まねを使いながら、自分の大事な『光』について話してくれた彼女は、俺にこんな問いを投げかけてきた。  
 
「あたしの問題は、居場所をなくした事でした」  
 まっすぐに、まっすぐに。  
 
「さて、あなたの問題は何ですか?」  
 
「………」  
 考える。彼女の瞳に同調するよう、まっすぐに。  
 問題なら、たくさんある。  
 俺の存在の意味だとか、  
 世界の不安定性だとか、  
 これからの自分の在り方だとか、  
 
 でも、一番の問題は、  
 俺の居場所ってやつは、  
 
「江美里が何を望んでいるか、わかんねーんだ」  
 
 結局、彼女に収束するのだ。  
 だから、まあ、俺の『光』は、江美里なのだろうな。  
 
 
「なら、大丈夫、ですよ。おねーさんが保証します」  
 笑顔で、胸を張って、はっきりと言い切る朝比奈さん。なんだか最近、鶴屋さんに影響されているようだ。  
 それはいいんですが、一つだけつっこませてもらいますと、『何が大丈夫なのか』がまず分かんねーっすから。  
 
「あなたは喜緑江美里の元に行くべき」  
 朝比奈さんの真似なのかささやかな胸を精一杯張ってそう俺に伝える長門、………うん、微笑ましい。  
「この世界のわたしには、未来を知る機能はない。でも、あなたは、そうするべきだと、わたしは、そう思う。………それと、その微笑ましいものを見るような目は、何?」  
 ………もろバレだった。さっきから俺、雑念入りまくりである。  
 まあそれはやっぱりそれとして、根拠なしのすすめに『はい、そうですか』ってのるのは、やっぱり、なあ。  
 
「長門さん、それじゃ伝わりませんよ」  
 今度は古泉が口を挟んでくる。………つーか、居たのかお前。  
「………さて、髪の毛を一本だけ頂けませんか」  
「謹んでお断りさせていただきます」  
 ポケットから聞こえる一端をとがらせた金属の細い棒っぽい金属音がリアルに怖いっす。  
「まあ、それは今後のお楽しみという事で」  
 今後の付き合い方を真剣に考えさせるような前ふりをかましつつ、古泉はいつもの底の読めない爽やかスマイルでこう言った。  
 
「僕からは、一つだけ質問を。あなたは喜緑さんのところに、行きたいですか?」  
 
 ストン、と心に一本、何かが打ち込まれる感覚。  
 ああ、そういう事か。  
 凄くシンプルなその質問に、凄くシンプルだったはずの見失っていた答えが導かれた。  
「行きたいに、決まってるだろ」  
 『偽者』だろうが『本物』だろうが、『俺』はただ、江美里のそばに居たい。  
 ああ、思い出した。  
 
『このまま続けても不幸になるだけよ』  
 と、俺に言ったいつかの彼女は、  
 
『それまで、喜緑さんをよろしくね』  
 そう、俺達を不器用に祝福していたじゃないか。  
 
 そして、そんな彼女を消した俺は、俺自身の意思で、あいつのそばにいると、そう、決めたんだった。  
「そういやそれが、俺の答えだったな」  
 分相応にアホな事やってたり、分不相応な重い話くらわされたりですっかり忘れてたんだけどな。  
「ははは、分かりましたよ。長門さん、喜緑さんは?」  
「以前撮影した桜並木の下」  
「はい、了解。では、校門で新川さんが車を用意していますので」  
 
 ………こいつらに言いたい事はたくさんあった。  
 でも、その前に江美里に伝えなきゃいけない事があるから、  
「すまん、ありがとう」  
 それだけ言って、俺は走り出した。  
 ………いろいろ迷いはしたけれど、どうやら後悔だけはせずにすみそうである。  
 
 ///  
 
「いやー! 新川さん、前! 前ー!」  
「男でしたらこの程度のスピードでお騒ぎになられませぬように」  
「200キロオーバーを公道で出しといてこの程度って何だー!」  
「本気で行くと普通に音速を超えてしまいますので」  
「普通の車なんですよねえ、この車!」  
「はい、と言いますか、………男なら惚れた女のとこにゃあ最速でつっぱしりゃあならんだろうが!」  
「いいから前見ろ、前ー!」  
 ………訂正、早速思い切り後悔する羽目になる俺であった。  
 
 
6.  
 
 以前撮影で使った桜並木、そこで一本だけ満開な桜の下にあるベンチに、江美里が本当に世界で一人ぼっちになった人間のような雰囲気をかもし出しながら座っていた。  
 
 近づいてくる俺の姿を見かけて、ゆがみそうな顔を正そうと努力しているのがバレバレな表情で、彼女は俺にこう言った。  
「今更、何をしに来たんですか」  
 そんな彼女に俺は、俺にしては珍しく、素直に出てきた言葉を告げた。  
「………あひー!」  
「って、大絶賛暴走中ですか!」  
 おっといかん。新川運転によってまた暴走しそうになってた。  
 とりあえず、落ち着くために『今日はいい天気ですね』ばりに無難な話題を振る。  
「何変な力使ってんだよ」  
「一本だけですよ」  
「本数の問題じゃねえだろ」  
「うーん、じゃあ開き直って日本中の桜を満開に」  
「悪化したー!」  
 
 
 いつも通りの会話が普通に出来る。  
 それが、少し嬉しかった。  
 ―――『それでいい』と、そう、思った。  
 
 
 余計な事を考える余裕は、新川さんの運転により吹き飛ばされている。………案外、それが彼の狙いだったのかもしれないな。  
『ちょ、前、前! おばあちゃんにぶつかるー! 誰かおばあちゃんを助けてー!』  
『執事なめんなー! とうっ、執事ジャンプ!』  
『すげー! 車って飛べるんだー! すげー!』  
『ちなみに、着地は運任せでございます』  
『誰か俺を助けてー!』  
 ………いや、ないな、うん。  
 ま、狙いはなかっただろうけど、結果オーライだったのであとでお礼でも言っておこうかね。  
 
 
 そんなどうでもいい回想を地平の彼方まで流しながら、深呼吸を、一つ。  
「答えを、告げに来たんだ」  
「………え?」  
「『俺』が、お前をどう思っているのか、その答えをな」  
「あ、あの………」  
「俺は………んぐ」  
 江美里が俺の口を塞いでくる。………手で、だ。………残念ながら。  
「あ、え、えと、その前に、ですね。わたしの答えを、聞いて、ください」  
 『あなたの答えがどちらであっても、伝えたいと思う』と、彼女はいつかそらした視線を、おどおどとではあるが、再び俺に向けながら、そう言った。  
 
 ///  
 
「この世界が始まったのは今から3年前、あっちの世界で『彼女』が力を持った時、からですね」  
 俺と同様に気を落ち着かせようとしたのか、深呼吸を一つした後で、ぽつぽつと江美里が話し始める。  
 
「あっちの世界のわたしは世界中の情報を感知出来ましたし、未来の自分と同期する事で未来を知る事も出来る存在でした」  
 どちらも今のわたしには出来ない事なんですけどね、と言いながらちょっとだけ笑う。  
「だから、わたしはこの世界が怖かったんです」  
 今年の初夏、向こうの世界で『少女』が世界を創り替えようとしたその日までしか未来が分からなかったし、その未来も変動する可能性があったから、と江美里は言う。  
 出会った頃のこいつの言動を思い出す。………いや、とても怖がっているようには見えなかったけどなあ。  
「だって、『彼女』はあっちの世界でそう振舞っていたんですから、嘘でもそう振舞うしかないじゃないですか、………確かに、最近は結構それがわたしの『地』になってきた感はありますけれど」  
 明らかに成長方向間違えてるぞ、それ。  
「いいんです。だって、あなたがいますから」  
 ………俺か?   
「はい、わたしがそう振舞う事が出来た理由。高校に入学してからは、あなたが側にいましたからね」  
 俺がした事といえば、お前の側でブツクサ文句言ってるだけだったような気がするんだが。  
「ええ、でもあなたは、結局はわたしの味方をしてくれる人、わたしのそばに居てくれる人、そういう風に作られた人、ですからね」  
 本当に言葉通りであるという事実があったとしても、なんか改めてそう言われると照れるよな。  
「『あなたがどんな人なのか』と、わたしはずっとそれを考えていました。『この怖さを消してください』と、わたしはずっとそう願っていました。そして、実際あなたがそばにいてくれるようになってから、世界は本当に楽しくなりました」  
 泣きそうな笑顔で、『楽しい』と彼女は言う。  
 
「3年間あなたを思い、そしてこの半年ほどあなたを、想いました」  
 ポロリ、と笑顔の端から涙が零れ出した。しかし本当、泣き虫だよな、こいつ。  
「わたしは、あなたの名前を呼べません。あなたを勝手に生み出して、勝手に放置して、勝手に巻き込んだ、そんな存在です。でも」  
 
 泣き虫の少女は『楽しい』と、笑いながら泣きつつ、  
 
「大好きです、ごめんなさい」  
 そう、  
 
「愛してます、ごめんなさい」  
 悲しい告白を行った。  
 
 ///  
 
 さて、今度は俺の番なのだろうが、その前にこの泣き虫宇宙人を泣き止ませないとなあ。  
 とりあえずポスッ、と頭に手を置く。  
「ふえ? あ、あの、うにー」  
 そのままぐしゃぐしゃとかき回すように撫でる。  
「にゃー」  
 
「楽しいぞ」  
 
 程よく猫化させたところで、俺の答えを返す。  
「え?」  
「作られた感情かもしれない。そうプログラミングされたからかもしれない」  
 泣こうが叫ぼうが、現実は変わらない。俺が『偽者』である事に変わりはない。  
「でも、俺は、今楽しい。楽しくて、楽しいから、お前のそばにいたいと思う」  
 でも、それでも、『楽しい』と、そう思う現実もまた、変わらないのだ。  
 俺が『俺』である事にも、変わりはないのだ。  
「俺は、作られた存在だ。名前だって変な英語名くらいしかない。でも」  
 
 告げる。  
「大好きだぞ、ありがとう」  
 
 想いを込めて。  
「愛してるぞ、ありがとう」  
 
 ジオラマの世界でのプログラムされた想いでも、俺達にとってそれが『真実』になるのなら、それでいい。つーかそれがいいんだ、と思う。  
 
 たとえ『偽者』の星だとしても、  
 光源を塞いだら消えてしまうような儚い『光』でも、  
 それでも、今、輝いている。  
 それだけは、きっと『真実』だろうからな。  
 
「そう、………ですか」  
「そうだよ」  
 江美里は黙って俺によりかかってくる。  
 
 ま、これが俺と江美里なのだろう。  
 俺達は、  
 違う世界の住人という関係なんかじゃなく、  
 製作者と制作物という関係なんかでもなく、  
 単なる恋人同士だった、と、  
 結局はそれだけの事なんだろうさ。  
 
 肩にもたれかかっている、世界創世に関わった宇宙人ではなく、俺の泣き虫な恋人の、その温もりを感じながらそんな事を考える俺であった。  
 
 
(あ、そういえば)  
 『偽者』の温もりに『本物』の幸福を感じながら、気付いた事がある。  
 
 ちゃんと言葉に出して『好きだ』って言ったのは、これが初めてかもしれないな。  
 
 
 
Epilogue.  
 
「では、機関紙を作りましょう」  
「………は?」  
 確実なるデジャブを感じさせる一言である。まあ、以前の同じ状況を年月日まで正確に言えるのをデジャブと言っていいのかどうかは知らんけどな。  
   
 もう11月も残りわずか、いろいろあったという言葉だけでは言い表せないこの秋も、いよいよラストスパートである。  
 文化祭のついでに起こったゴタゴタも、終わってしまえば昔の事のように思えるから不思議なものだ。  
 そんなゴタゴタの中で、俺と江美里の関係も一段階前に進んでもよさそうではあったのだが、  
「機関誌というのは『ある団体や組織が、その主義・主張や活動の宣伝などのために発行する新聞、または雑誌』の事ですよ、勉強不足ですねえ」  
「言葉の意味に疑問詞をつけたわけじゃねーよ! 作るに到った経緯が『は?』なんだよ!」  
「むー、黙ってわたしについてくればいいんですよ」  
「時代が古いわ!」   
 こんな感じで結局は、あんまり進んでないわけである。まあ、変わらない方がいい事だってあるのだろう、………負け惜しみじゃないやい。  
「さあ、とりあえずみんな書きたいものを言っていって下さい。じゃ、朝比奈さんから」  
「分かりました。じゃああたしはSOS戦隊ラブレンジャーを書きますね」  
「ぬおおおおお!」  
「ウニャアアア!」  
 床を転がりまわるバカップル。  
 つーか、こういうところは本当に少しだけでいいから変わりたくはあるのだが。  
 
「で、長門は何を書くんだ?」  
「………恋愛小説」  
 おや、珍しい。どんな話なんだ。タコもどきとバッタもどきが愛を育むとかいうカオス感あふれる話じゃないだろうな。  
「秋に一本だけ満開になった桜の木の下で、僕らは愛を語り合った」  
 ………おい、待てや。  
「………何? これから感動的なセリフの応酬が」  
「何となくなんだが、俺が聞いた事あるような話になりそうな気がするぞ」  
 しかもつい最近だ。具体的な年月日時分秒まで言ってやってもいいぞ。  
「任せて」  
「何をだよ」  
「わたしは一言一句暗記しているから」  
「って、やっぱ盗み聞きしてたんかい!」  
「萌えた?」  
「萎えた!」  
 
 そんな俺の叫びにあわせるように『どごあっ』という破壊音を立てつつ、新川さんがロッカーから飛び出してくる。  
「なるほど! 機関紙といえば萌え! そして萌えといえば執事! ようするに、私の出番ですな!」  
「あんたは脈絡なくどっから飛び出してきてんだ! そしてそのセリフの脈絡のなさは何だ!」  
 
 これまた俺の叫びにあわせるように、ズパーン、と音を立てて部室のドアが開き、鶴屋さんが顔を出す。  
「じゃあ正面から、やっほほーい!」  
「あ、いらっしゃい、鶴屋さん。今お茶入れますね」  
「むー、なんかノリ悪いねっ! エビバリセイ、やっほほーい!」  
「や、やっほほーい」  
 引きつった笑顔で返す朝比奈さん。  
「………やっほほーい」  
 無表情に返す長門。  
「やっほほーい、です」  
 最近みんなの前でも見せるようになってきた自然な笑顔を浮かべながら返す江美里。  
「や「やっほほーい、ですな」  
 返そうとしたところで言葉をかぶせられる古泉と、ダンディズム全開のまま言葉をかぶす新川さん。  
 ああ、世界が『やっほほーい』に染まりかけている。  
「にょろー、キミはしないのかいっ! やっほほーい!」  
「しませんよ! というか鶴屋さん。あなたはいきなり登場してどこにみんなを連れて行く気ですか!」  
「ははは、まあいいじゃないですか」  
「何がだよ、古泉」  
「………最初からいたのに今までセリフが『や』しかない存在もこの部屋にはいるんですよ」  
「ああ、まあそんなキャラ付けなんじゃないか、お前」  
「ははは。………すみません、ちょっと髪の毛を一本いただけますか?」  
「正直、すまんかった」  
 右ポケットから飛び出している藁製の何かが不安をガシガシと掻き立てまくりだった。  
 
 そんな不安を煽り立てるかのように窓から谷口が入ってくる。………つーかここ、二階だよな。  
「そして満を持して俺、登場」  
「何だ馬鹿か」  
 とりあえず先制攻撃を食らわす。  
「ひどっ! 一言がひどっ! ちょっとみんなも何とか言ってやってくれよ」  
「あ、あのー、あんまり谷川くんにひどい事言っちゃダメですよー」  
「谷口っス! 俺、谷口!」  
 朝比奈さんの天然攻撃。  
「そうですよ、えっと、馬鹿川さん」  
「悪化すんなー! つーかお前は同じクラスだろうが!」  
 江美里の偽天然攻撃。  
 そして息も絶え絶えな谷口に止めとばかりに突き刺さる三連撃。  
「そもそも、………誰?」  
「ふむ、同意見ですな」  
「はっはっは、強く生きるにょろよ、名も知らぬキミよ」  
「ちくしょー! グレてやるー!」  
 言いながら窓から飛び降りる谷口。丈夫だねー、あいつも。………つーか、  
「古泉、お前あいつにキャラ食われてないか?」  
「いやいや、問題ありませんよ」  
 そうか?  
「彼の髪の毛ならもう手に入ってますからね」  
 不穏当極まりないセリフだったが全力でスルーさせてもらう事にする。………まあ、谷口なら大丈夫だろうしな、多分。  
 
 ///  
   
「楽しいですか?」  
 いつの間にか俺の隣に来ていた江美里が、俺にそう聞いてきた。  
 何とはなしに周囲を、自分が今存在している『世界』を、見る。  
 
 
「にょろろんジャンプ!」  
「ちょ、鶴屋さん。なんでいきなり飛び掛ってくるんですか!」  
「うーん、『遅れてきた発情期?』」  
「ふえー、何の前振りもなくあたしの貞操が大ピンチですよー! な、長門さん、助けてー!」  
「………にょろろんジャンプ」  
「はい大ピンチ、倍率ドンって、いやー!」  
 そう言いながらも満更でもなさそうな朝比奈さんであった。  
 
「………新川さん。僕も『にょろろんジャンプ』とか言えればキャラが立つんでしょうか?」  
「ふむ、失礼ですが、私には『後ろに手が回る』という結果しか想像出来ませんな。………と、言いますか」  
「言いますか?」  
「キャラは立つものじゃない、立たせるものなんだぜ!」  
 親指を立たせてそう断言する新川さん。あなたはキャラが立ちすぎです。  
「でも、僕は………」  
「受け入れられるかどうかというのは誰にも分かりません。最初は怖いのが当たり前だと存じます。しかし、それを乗り越えてこそ真のキャラ立ちと言えるのではないでしょうか」  
 その正しそうに聞こえるが明らかに間違えている言葉によって、火が灯されたかのように古泉の目が光り輝く。  
 そして古泉は、  
「これが、僕のキャラだー!」  
 と、叫びながら藁人形に釘を打ち付けだした。  
『うぎやーーー!!!』  
 遠くから谷口の断末魔の悲鳴が聞こえてくる。  
 何というかキャラが、その、立ったというか思い切り転んだような気がしてたまらないのだが、そう突っ込んだところで俺という名の屍が一つ増えるだけだろうからそっとしておいてやる事にしよう。………さらば谷口、お前の屍は越えていかない。  
 
 
 まあ、細かいところはとにかくとして、これが俺の『世界』である。  
「楽しいですか?」  
 繰り返される質問に、  
「決まってるだろ」  
 どっちなのかはあえて口にせず、ただ。そう答える。  
「そうですか」  
 江美里もあえて聞き直す事なく、わいわい騒ぐみんなの姿を、眩しそうに微笑ましそうに、ただ、見ていた。  
 
 今、こいつは何を考えているのだろうか?  
 それを、何とはなしに、考える。  
 
 目の前の騒ぎにまざりたいとでも思っているのかもしれない。  
 それとも、いつでもまざれるから今はいいと思っているのかもしれない。  
 あるいは、いつか消えた『友人』の事を思っているのかもしれない。  
 
 まあどうであれその中に、比率1%以下でもいいから俺の事が入っているのなら、それだけで俺は『幸福』なのだ。  
 それだけで、続いていく俺の『世界』に、『不幸』は、ない。  
 
「萌えますねー」  
 江美里が呟いたどうでもいい問いに、  
「萌えますなー」  
 どうでもよさそうに返しながら、  
 俺は『こんな日が永遠に続けばいいな』と、ただ、願うのだった。  
 
 
『終わりは必ず来るわ、それも近いうちに、ね』  
 ―――忘れちゃいけない誰かの言葉を、心の片隅に押し込めながら。    
 
   
 

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