「これは…いや…珍しい事もあるものですね」
古泉が部室のドアを開くと何時も必ずと言って良いほど居る長門の姿もなく、SOS団のマスコット役である朝比奈の姿も見受けられない。居るのは団長席でうつ向きながら座るハルヒの姿のみ。
「………んっ」
古泉の言葉を聴いてハルヒは瞳に貯まった涙を手の甲で拭き取る。決して泣いていた事がバレてはいないと思っているハルヒと努めて自然に振る舞う古泉。
「初めてですか?ハルヒさんと部室で二人っきりになるのは」
「そっ…そうね。いつもは有希がいるし」
そして沈黙。
古泉は肩を少し上げて、しかし顔には普段の微笑を浮かべ部室から出ようとする。その時、後ろから呟く声が聴こえる
「古泉くん…。似合ってないかな」
ハルヒの格好はメイド姿に髪型は少し短いポニーテール。普段、朝比奈に強要している格好を今日はハルヒがしていた。
「いえ。素晴らしく似合っていますよ。個人的には、朝比奈さんよりも」
「本当!」
今まで表情を暗くしていたハルヒは古泉の言葉で大輪の花が咲いたように笑顔を輝かせる。
ハルヒは席から立ち上がり部室から退出するのをハルヒとの会話が始まってから放棄している古泉へと駆け寄る。
「そうよね。私に似合わないはずないわよね」
「えぇ、勿論。僕の知り合いのメイドよりメイドらしい姿にただ驚くばかりで…」
「流石、古泉くん。それなのに…あのバカキョンは…。人が折角…」
ハルヒが古泉のブレザーの袖口を握りながら、少し前に起きた出来事を話始めた。
ハルヒがメイドの格好で部室に来ていたキョンにお湯を出した事。
その事について散々文句を言われた後、朝比奈さんはどうだった、朝比奈さんはこうしてくれた、朝比奈さんなら…
気が付いたらキョンの顔面にパンチを入れていた自分とその後直ぐにキョンが部室を出ていった事。
「何よ…みくるちゃんの事ばっかり…私は…」
「僕なら今のハルヒさんを永久保存版のラインナップに加えますけどね」
「えっ?」
古泉は自分用のノートパソコンを取り出すと秘密のパスワードを入力する。パソコン画面に現れた画像は色々なハルヒの姿。一体いつ撮ったのか様々なシチュエーションが画面を飾る。
「団員たるもの団長の秘密を知ったらそれなりの秘密をこちらとしても暴露しなければと…いや、お恥ずかしい」
「古泉くん…」
「申し訳ありません。ハルヒさん多少隠し録りじみた…」
「…さない」
古泉はハルヒの呟きが聴こえなかったのか、言い訳じみた自己擁護を更に展開し始める。
「しかし、一般的な高校生は好き女の子の写真の一枚や二千枚…」
「許さない!」
古泉の永遠と続くかと思われた言い訳を大音量で遮り、言葉を続けるハルヒ。
「私の許可なく写真を撮るなんて罰が必要ね」
「了解です。甘んじて受けましょう、駅前の喫茶店でパフェを奢りますか?それとも…」
「私にキスしなさい。これは命令よ」
固まる古泉に顔を真っ赤に染めて古泉を指差すハルヒ。言ったは良いが冗談として受けてくれるとハルヒはこの時思っていた。
たださっき古泉の言い訳にあった『好きな人の写真』が思いっきりハルヒには気になっている。
「…わかりました。団長の命令には逆らえませんから」
そう言って古泉は微妙に距離を取ったハルヒを手元に抱き寄せる。身体を震わせ瞳を力一杯瞑るハルヒ。
普段アヒル口にする少し肉厚で形の良い唇に古泉の唇が重なる。
最初は重ねるだけの稚拙な愛撫。しかし古泉は段々と唇を吸い上げ舌で刺激し、ハルヒの舌と絡ませていく。
「んっ…んふっ………うぅ…」
ハルヒが現実と認識している『初めて』のキス。お互いの唇が離れると、ハルヒは強く握りしめた両手を解き古泉の背中に腕を回す。
「私の事…好き?」
「好きでもない人とキスをするほど僕は歪んでませんので」
ハルヒは古泉の胸に顔を埋めながら古泉にすら聴こえるか微妙な呟きで
「私と…付き合う?」
「それも罰に入ってるんですか?」
「バカ」
「恐れ入ります」
部室を夕陽の明かりが紅く染め上げていた。
壁に映る二つの影が寄り添うのを残して
【終わり】