ヒトメボレLOVERより
「残念だったか?」
「告白が間違いだったと解って、少しは残念だと思わなかったか?」
「…………」
「……少しだけ」
マンションの玄関が閉まる冷たい音を聞きながら、別れ際に交わしたあの人との会話を思い出す。
彼はどんな答えを期待して、わたしに質問したのだろう。
その時の彼の表情から、何らかの期待を込めた問いなのだということは読み取れた。
果たしてわたしの答えは、彼の期待に応えられたのだろうか。わからない。
わたしは引き出しから、しわしわになった1枚のルーズリーフを取り出した。
一昨日、彼がわたしに読み聞かせた、件の青年からの告白を記した紙片だ。
彼が窓から投げ捨てたこの紙片は、鈴宮ハルヒを介して、いまはわたしの管理下にある。
わたしはあれから、この紙片に書かれた言葉を何度となく読み返している。
記憶を遡れば、その回数も要した時間も判明するが、行為自体が重要なわけではなかった。
わたしにとって重要なのは、この紙片に書かれた言葉を読むことで得られる、奇妙な充足感にあった。
それはこれまで、どんな書物を読んでも得られることがなかった感覚だ。
紙片に書かれた彼の文字を読むと、わたしの脳裏に2日前の部室の光景がはっきり思い浮かぶ。
この紙片を手にわたしの前に立ったあの人が放つ、抑揚の乏しい声。
どこか心配げな視線をわたしに向けながら、感情の籠もらない声で告げる言葉。
それでも、あの人の口から発せられた言葉は、
まぎれもなくわたしへの愛の告白だった。
もちろんあの告白が、彼からのものでないことは完全に理解していた。
そもそも告白の前に彼が明言していたことだ。間違えようがない。
だが彼は想像しえただろうか。
その情景が。
あなたと共に過ごしたいと
いつかわたしが夢想した
理想の場面に酷似していたことに。
この文言がすべて彼の思いであったなら、わたしは10年どころか100年でも待ち続けるだろう。
あの人が3年前、この部屋でわたしに告げた言葉が思い出される。
そうだ。
彼に待てと言われれば、わたしは万難を排してその約束を果たすだけだ。
わたしは幾度目かの黙読を終え、沸き立つ充足感を胸に、ルーズリーフを引き出しにしまう。
明日の朝、目覚めてからまた読もう。
この行為は、わたしの基本行動に日課として組み込まれる。
あの充足感が得られる限り、わたしに蓄積するエラーも軽減されるはずだ。
紙片は時間凍結してあるから、わたしの命令がない限り、永遠にそこに有り続ける。
その事実に彼が気づいたら、紙片の消滅をわたしに願うに違いない。
あの人に請われたら、わたしはぜったいに抗えないだろう。
だから彼にも秘密にしておく。
これはわたしだけの秘密の楽しみ。
叶えられない願望を満たすための代替行為。
誰にも気づかれるわけにはいかない。
「でも、少しだけ残念」
わたしは、自分の理性と相反する感情を理解していた。
気づいてほしい。
あなたにだけは――――