健康には腹八分目が良いと云うが、百歳まで生きてやろうなどの気概など持ち合わせておらず、長生きなどせずにそこそこの年齢でくたばるぐらいがちょうど良いだろう。  
などと常日頃そう考えている俺は、晩飯を腹に九分目強ぐらいまで詰め込んで、小学生の遠足で行ったお昼下がりの動物園のコアラとまでとは行かずともパンダぐらいにはウダウダっとし、  
通称『ごはんのうた』に時折「おっふ〜ろ〜」などの歌詞を新たに付け加えながら、バタバタと足音を響かせてお風呂場に直行する妹を横目でやれやれと思いながら眺めていた。  
 
妹が将来名だたる音楽家になることは絶望的だな、っとの確信に至るにはには十分なほどの間、妹はそのキテレツな曲を口ずさんでいたかと思うと、  
アホの谷口が池に落ちた時のような音をリビングにまで木霊させ遅れてキャッキャッと笑う妹の声を響かすのであった。  
まったく、いつになったら風呂場で遊び倒すのをやめてくれるのだろうかね。  
ゴジラ来襲直後のような風呂場の惨状を思い浮かべ、その後始末に頭を痛めていたわけだが、まあ、これも兄としての……  
いや、俺の運命みたいなもなのさ、どうやら神様というやつは今日の事も含めて俺に後始末を押しつけるのが好きらしいからな。  
   
 妹のキテレツな歌シリーズをBGMに、旧友が懸案事項と共に連れてきた、妹の歌よりもキテレツで胡散臭い連中のことを考え暗々たる気分に浸りきり、  
どーせ役にも立たない話しかしないであろう古泉あたりに電話をしようかと思い悩んでいると  
 
「キョン君ーお風呂あいたよー」  
 
いつの頃からか風呂上りにパンツだけは履いて来るようになった妹が思いのほか早く風呂を済ませたようで、  
岸に上がってきたばかりのペンギンのように濡れた足でペタペタとリビングに足跡をつけながら満面の笑みで報告を入れてきたのである。  
おい、こら!何でお前はそう毎回濡れたまま出てくるんだよ。  
などと妹に文句を云いつつ俺はバスタオルを急いで持ってきて妹の身体を拭いてやる。  
そんな俺を尻目に妹はと云えば、俺に身体を拭かれている間中終始ニヘラと笑い続け、俺は無駄と悟りながらも俺の知る限りの淑女の嗜みを切々と説き、最後に俺の云った事分ったか?  
と尋ねるとどこぞの優等生か、と思うような大変元気よい返事するのだが、その返事がついぞ実行に移されることは到底無いので困りものだ。  
 
はて、こいつをミヨキチのような子にするにはどうしたらいいもかね。  
誰か知っているやつはご一報願いたい  
なんてことを冗談めかして考えているとなんとフッと思い当たる人物がいたのである。  
なんで、今まで思いださなかったんだろうな、中学卒業前にもっとしっかり追求しとけばよかったぜ。  
なんで急に思い出したかって?  
そんなのは簡単だ、なにせそいつは今朝会ったばかりのやつだったからな。  
 
 
 あれは中学生時代最後の夏休みを特にこれと云った思いでもなく、学習塾の集中講義を漫然と受け終え、  
新学期が始まって二週間が経ち、学習塾の講義も平常時に戻り、夏の集中講義の効果などまるで感じぬ頭を坂道を登る車のエンジン程度には稼動させ、そして空回りさせていた塾の帰りのことである。  
 
いつものように佐々木を伴って最寄の停留場まで行く途中で突然足を止めた佐々木が、  
「キョン。今日はここでお別れだ」  
と云いながら近くのスーパーを指差しながらこう云うのであった。  
「今日は晩ご飯の準備をしなくてはならないのでね、あまり得意ではないが両親が留守ではしかたがない」  
両親が留守なのか?それに買い物くらいなら付き合うぞっと俺が云うと少し笑って  
「キョン、君と買い物できればさぞかし楽しいだろうけど、キミの帰りを待っている両親と妹さんにそれでは悪いのでね、家族団欒の時を奪うのは些か心苦しい」  
などと断られ、俺が反論を考えているとそれを遮るかのように  
「それではキョン。また明日、学校で」  
っと声をかけられ、軽く手を振りながら煌々と店内を照らしているスーパーに佐々木は足を向けるのだった。  
 
今、考えると相当恥ずかしい事を云った気がしないでもないが、昔の俺はそうは思わなかったらしく、気がつけば歩き出した佐々木に声をかけていた。  
声をかけられた佐々木はというと、  
「なんだい?キョン、何か僕にまだ用事でもあるのかい?」  
っと怪訝な顔をレモンティーのレモン果汁ほどの含有率程度含ませ振り返り、妙にまじまじと俺の顔を覗き込んでくるところ悪いがたいしたことではない。  
 
あ〜そのなんだ?これから一人で晩飯を作るのも大変だろ。  
まぁ、無理して来てもらう必要はまるで無いんだが、良かったら俺んちで食べていくか?  
それにお前が来ると親も妹も喜ぶしな……  
的なことを俺は口走ったのである。  
 
 国木田や中河がなにやら誤解をしていたようだが、当時の俺はそんな気なんてないのは宇宙人やら未来人やら超能力者が実在しないのと同様に確信もっていえたことである。  
 
もっとも後者は高校に入学してハルヒの自己紹介を聞いてからとゆうものの、その確信は水爆を二,三発程ぶち込まれた街のように崩れたというか、消し飛び、影も残さぬ状態であり、  
今現在も常識と云う領域はハルヒ率いる目下宇宙人、未来人、超能力者のSOS団連合軍によって現在も蹂躙され続け、俺もとっくに白旗を揚げてそれに加わっているわけであるのだが、それとはまた別だ。  
まして古泉の云うような無邪気な中学生同士のたわいのない恋愛模様の一ページなんて関係が俺と佐々木にあろうはずもなく、晩飯に誘ったのだって俺の善意から出た言葉であることは間違いない。  
その確信はまだ揺らいじゃいないのさ。  
 
俺のその言葉を聞いた佐々木はハトから豆鉄砲を喰らったような佐々木にしてはなんとも珍しい表情をしていた。  
数秒の間を置いて佐々木は、  
「本当にいいのかい?」  
と思案気に問いた気に尋ねてきたので、俺は確たる物証を得るべく、携帯を取り出し自宅の電話番号に指をかけたのであった。  
 
 結局、妙に嬉々とした親から了承の言葉をもらい、佐々木もこれ以上特に反論する理由も思い当たらないらしく、軽く溜息めいたものを吐くと、  
「ではキョン、キミのお言葉に甘えてさせてもらおうか」  
っと俺には珍しく佐々木から勝ち星を得るに至ったわけだが、その時の微笑を浮かべた佐々木は白状すればちょっと可愛かった。  
 
俺は自転車を勢い良く180度方向転換させ、佐々木に後ろに乗るようにただすと佐々木は自嘲にも似た笑いを漏らし  
「まったく、僕は時々キミが恐ろしくなるよ。本当は全て知った上でやってるんじゃないかとね」  
俺が何を知ってるって?  
「もちろんキョン、キミは無自覚なんだろうが、そこがまたキミの恐ろしい所以だ、たいした悪人だよキミは」  
俺の質問を道端に落ちている1円玉のように軽く無視され(もっとも俺はついつい拾ってしまうが)ついでに悪人にまでされる始末である。  
元来性善説を信じている俺であるし、まして俺が悪人であるとはまったく思っていないわけで、悪事らしい悪事をしたことのない俺がなぜ悪人と云われなければならんのかと佐々木に対して遺憾の意を表明したのだが佐々木は諦めともつかぬ表情をするばかりだあった。  
 
いつまでもそんなやりとりをしているわけにもいかないのでペダルに足をかけた俺が早く乗れと目で合図すると、失礼するよっと一言だけ佐々木は云い、横乗りに座り俺の腰辺りに軽く手を置いてきた。  
それを確認した俺は足に力を込めていつももより重いペダルを漕ぎ出し、一路、我が家にへと一直線にスーパーや停留所を背に走り出したのであった。  
 
 「キョン君ーおっかえりー」  
との佐々木の前ではなにやら気恥ずかしいリビングから主人を待今か今かと待ちわびていた犬のように駆け出てきた妹の出迎えの言葉に迎えられたことで分かる通り。  
そのくらい許してくれよ。  
と思わずにはいられない、やたら二人乗りを注意してくるお巡りさんに捕まることもなく無事に帰宅と相成ったわけである。  
 
あらためて云うのもなんだが佐々木が家に来たのは初めてと云うわけでもなく、  
妹や母親も佐々木とは顔なじみであり、俺の後ろから入ってきた佐々木を見つけるや否や満面の喜色を湛えて飛びつく妹を見る限り関係もそれなりに良好のようである。  
 
もっとも妹は誰に対してもこんな感じであり、俺もそれは妹の希有な美点だと思うが年上の人に対し佐々木ちゃんとはいかが如何なものであろうか、  
と今後の教育方針について思い悩ましたものだが、どうやら無駄だったらしく現時点でも妹のそういうところが治ることはなく現在も継続中だ。  
 
せめて在りし日のお兄ちゃんとのように呼んでくれる日が来ることを切に願うばかりだが……無理なんだろな  
 
 いつもより饒舌な母親やはしゃぐ妹に珍しく女言葉の佐々木など妹はともかくとして、  
なんだか普段とは違う女性陣に若干の疎外感と佐々木を見ては俺に妙な目配せをしてくる母親に居心地悪さを感じつつ、それなりに楽しかった夕食を恙無く終わらしたのであった。  
夕食後しばらく皆で話をしていたのだが、夜も更け始めたせいか妹が頻りに目を擦りだしたので俺がさっさと風呂入って寝ろよ。  
っと妹をただすと頷いて風呂場へ向った。  
かと思うとピタリと足を止めて、  
「私がいないあいだに帰っちゃだめだよー」  
と佐々木に釘を刺すとパタパタとお風呂に向かうのであった。  
なんとも図々しい妹ですまんな、佐々木別にあんなのほっぽいて帰っても一向にかまわんぞ?  
すると佐々木はくつくつと笑うと  
「いやいや、僕のことなら気にしなくていい。  
夕食も美味しかったしキミの家族と話しは面白く、大変興味深いものばかりだからね。」  
そうか?別に普通の世間話だった気がするんだが?  
「確かにキミにとってはそうだったかもしれないね。だけど僕にとっては有意義な話に成り得る場合もあるんだよ。情報選択に置いてそれはもっとも留意すべき事であり、正しくそれを理解しない者は、何に置いても独り善がりにしかならないものさ」  
っとそこまで云って俺を一瞥すると、  
「もっとも、キミはそういうものに関しては長けていると云わざる得ないがね。察し過ぎずまた察しな過ぎなく、適度に自覚的で適度に無自覚だ、僕にとってはやや無自覚すぎて困り者だがね」  
っと付け加えるとちょうど俺の母親になにやら呼ばれて行ってしまった。  
なんだか言外に責められている気がしないでもないが、俺は何かしたのであろうか?と頭に疑問符を8つ程疑問符をつけ終えたところで妹が素っ裸で風呂から出てきたのであった。  
 
まったくこいつには羞恥心と云うものが無いのだろうかね?  
佐々木も居る状態でこうなることは予期しない行動であった為どう行動しようかとあぐね、  
佐々木を見ればただ微笑ましそうに妹を眺めているばかりで、  
母親はといえばあんたの仕事よとばかりにモンロー宣言後のヨーロッパ諸国とアメリカ合衆国ばりの相互不干渉を決め込むのであった。  
酷い親もいるものである。  
とりあえず妹に服を着せようとするが風呂に入って目が覚めたのかいつものテンションに戻り、素っ裸で走り回ると云う幼稚園児なら許されようともお前の歳じゃ許されん暴挙をしでかしたのであった。  
 
そんな妹に悪戦苦闘の末の困りきった俺に伸ばされた救いの手は佐々木の手であった。  
妹なのか俺になのかは判別しかねるが見かねた佐々木により手招きされた妹は虚心にその招きを受け入れ、  
なにやら時代劇の悪代官のような顔をした佐々木による説得工作より服を着ることに承諾したのだった。  
どんな説得をしたのかは不明だがなにやら頻りに俺を見る妹を察するにどうやら佐々木は俺をダシにしたようであったが、皆目もって検討がつかなかったが。  
ちなみに妹がばら撒いた水滴は俺が拭いたんだがな、佐々木も手伝ってくれると云ってくれたが流石にそこまではさせられんだろ。  
まあ、そんなわけでなんだかわからんがこの日を境に妹はパジャマまで全部着てくることはなくてもパンツだけは履いて出てくるようになったのである。  
 
そのあとは風呂上りの騒ぎで最後のエネルギーを使い果たしたのかソファーの上で寝てしまった妹を部屋へ運び寝かしたあと、佐々木を停留所まで送ろうと自転車を出して佐々木に乗るように薦めたのだが佐々木は静かに首を横に振ると  
「キョン、キミさえ良ければ歩いて帰らないかい?キミの自転車の後ろに乗って帰るのもなかなか魅力的ではあるが、もう少しキミと話していたい気分なのでね」  
時間的に考えればあまりその提案は善しとは云えなかったが俺も妹の説得方法などでも少し話したい気分だったので結局了承してしまった。  
やけによく見えたデキモノのような天然衛星の下をあんまりにゆっくりと歩きすぎて帰ったら親に絞られたが、まあ、いい思い出だったんじゃないだろうかね、もっとも妹の説得方法は終ぞ聞き出せなかったが……  
「キョン。また明日、学校で」  
今度こそ、そう分かれを告げてバスの乗降口に足をかけた佐々木は帰って行った。  
そしてこれが佐々木が最後にうちに来た日であった。  
 
 
 そんな回想をしながら俺は風呂に入り、妹が「キョン君ー電話ー」っと風呂の扉を開けるまでついこの間再会を果たした旧友のことを考えながら鼻歌を風呂場に響かしていた。  
 

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!