そこには二人の人物がいた。彼らは「最後のひと時」を共有していた。
一人は超能力者だった。一人は未来人だった。
七夕の夜。
この世界の何人が銀河に願いをかけているのかは解らない。
しかし、彼らはささやかに祈っていた。
あとほんの少しでもいいから、この時間が続きますように……と。
「ねぇ。……あたしは、佐々木さんをどれだけ救えたのかしら」
橘京子は宵闇を見上げた。
学校の屋上だった。
彼らは普段、部活動でこの場所に上がってくることがある。無断で。
いちおう星を観測するという名目があったが、この学校に天文部はない。
「お前はそうやって自分に存在意義を見出しているつもりか? だったらいい趣味じゃないからやめておけ」
橘の先輩である男子生徒、藤原が言った。橘は即座に首を横向けて反駁する。
「じゃぁあなたもその習癖を矯正したらどうですか? その揚げ足取りみたいなツッコミ癖!」
痴話のようなケンカをする二人以外に、今宵の校舎屋上に人はいなかった。
ここから数百メートル離れた山の屋上に、この二人のかけがえない仲間がいたが、それはこの一節には登場しない。
藤原は嘆息して肩をすくめる。
「……ま、おあいこだろう。第三者が見て五十歩百歩なのはつい最近証明された事項だからな」
橘は頬を膨らませていたが、気の抜けた風船のように肩を落とすと、
「……そうね」
夏の夜だった。
どこまでも広がる天蓋は、この季節にそぐわぬほどの煌きを散開させていた。
藤原と橘はしばしの間、黙って天の川を見上げていた。
大切な人たちと、大切な世界のことを思って。
「橘」
「何ですか」
長い沈黙を破った藤原に、橘が応えた。
「先に言っておくが、僕は湿っぽい寸劇が大嫌いだ」
「あたしだって、あつらえたような三文芝居は好きじゃありません」
微風が二人の間を撫でた。
まるでそれこそが寸劇であり三文芝居だと言わんばかりに。
「……これまで楽しかった」
正直に告げたのは藤原だった。彼は本当に、ようやくその気持ちを打ち明けた。
「…………」
橘は何も言わなかった。
藤原の言葉は、思いもかけぬほど彼女の心を打った。
瞬間、橘はこみ上げてくる思いを抑えるだけで一杯になってしまった。
震える橘に藤原は当惑し、躊躇した。
そしてそっと、彼女の手に触れた。
「感謝するよ」
こんな言葉は後にも先にもこれっきりだろうと彼は思った。
橘は堰を切って、声にならない嗚咽と共に泣き出した。
ありがとう――。
それが彼らの「さよなら」だった。
ただ、二人だけが知る、最初で最後の別れの言葉だった。