最初から、叶うはずなど無かった。  
 
わたしはすべて解っていた。何をしてしまい、それがどんな結果を生み出すかまで。  
 
事実、わたしはもうすぐ消えようとしている。  
 
努力はした。わたしはただの端末。人間ではないと何度も言い聞かせた。  
 
朝比奈みくるでも、涼宮ハルヒでも、ましてや彼なんかとは同じではない。  
 
そんなわたしが、彼に恋をするなんて許されないこと。  
 
観測者として感情が入ってしまうのも問題であるし、相手が彼だということも問題。  
 
降り積もった雪のような感情は、存在自体が認められないもの。  
 
わたしの全てが、罪。  
 
けれど、最初から抗えるはずも無かったのも事実。  
 
なぜならわたしは。なぜならわたしは――――  
 
 
 
 
天井を見つめ続ける俺。  
暖房が効いた病室でも、少し寒気を感じるような12月の日。  
本来なら布団を頭まですっぽり被って、温々と眠りを貪りたいところなのだが。  
眠れない。いや、眠る気もない。  
あいつがまだ、来てないからな。  
そのとき、ドアが開く音がした。  
足音もなく、忍び寄る人影。  
待ちかまえていた俺は、体を起こす。  
「すべての責任はわたしにある」  
深夜の病室。俺を見舞いに来た長門が淡々と告げる。  
お前が悪い訳じゃない。お前を頼りっぱなしにしてた俺も悪いんだ。  
襲いかかる自己嫌悪。変わらぬ長門の無表情。  
淡々と、文章でも読み上げるかのように言葉を紡ぎゆく。  
「わたしの処分が検討されている」  
「誰が検討してるんだ?」  
「情報統合思念体」  
やはり、情報ナントカ思念体とやらか。  
くそったれとでも伝えておけ。  
お前が消えたら、ハルヒでもたきつけてやるってな。  
俺が言った直後、長門が少し迷うような表情を浮かべた。  
「……どうかしたか?」  
俺は問う。  
「ごめんなさい」  
なぜ、長門が謝る?  
「わたしは今、嘘をついた」  
嘘だと?どの点についてだ?  
俺がキョトンとしていると、長門は小さく息を吸って言った。  
「明朝5時」  
「?」  
「日の出とともに、わたしは消える」  
 
「何だと?」  
今、なんて言ったんだ?  
悪いな、寒くて歯がガチガチ鳴ってて聞こえなかった。  
「処分は決まっていた。わたしは日の出とともに、破棄される」  
まるで人ごとのように言う長門。  
……長門が、消えちまうだと!?  
俺の頭は瞬時に沸点に達する。  
くそったれが!!  
情報統合思念体とやらは、長門を勝手に作って、勝手に消そうってのか!?  
ふざけるな……  
俺はベッドから飛び起き、携帯を取り出す。  
どこへかけるかって?決まってるだろそんなの。  
我らが団長、ハルヒにだ。  
携帯を手に持ったまま、俺は最終通告を述べた。  
「長門。お前の親玉に伝えろ。俺には涼宮ハルヒという切り札があるってな」  
しかし、長門は淡々と無情な宣告を俺に返した。  
「情報統合思念体は、あなたの行動を推測済み。」  
「どういうことだ?」  
「あなたは今夜中、涼宮ハルヒ、朝比奈みくる、小泉一樹と連絡が取れない。」  
言われて、急いで通話ボタンを押し込む。  
だが、ツーツーと音がするだけで、繋がりもしなかった。  
焦って最初からやり直す。同じ音がむなしく響く。  
くそ……くそっ!!  
俺はただ、馬鹿のように何度も何度も通話ボタンを押すことしかできなかった。  
そして数十回はかけたぐらいのとき、自分の足で向かうことを思いついた。  
いくら俺でも、ずっと走れば明朝までには余裕でハルヒの家に着く。  
スリッパも履かずに、長門の横を通り抜け、ドアを開けたが……  
「……何だ、これは」  
透明なバリアでも張っているかのように、先へ進めない。  
ぶつかった感触は、いつぞやの閉鎖空間によく似ていた。  
まさかとおもい、窓を開ける。冷たい風が吹き込んできた。  
しかし、手を伸ばしても外には出られない。  
「……物理的空間閉鎖と、情報遮断。あなたには突破する力はない。」  
長門に諭されるように言われ、体の力が抜けていく。  
 
くそっ。長門は悪くないのに……  
堪えきれない悔しさが、心の奥に染み渡っていく。  
床にへたり込んでしまった俺をみて、長門は分かってほしいというような目で俺を見た。  
「わたしが再び異常動作を起こさないという確証はない。わたしがここに存在し続ける限り、  
 わたし内部のエラーも蓄積し続ける。その可能性がある。それはとても危険なこと」  
「それでも、どうしてお前が消えなきゃならないんだ!?」  
そうだ。分からないともさ。分かってやろうとも思わないね。  
脱出プログラムを組めただけで十分だ。長門は俺たちを助けてくれた。なのに、何故?  
「お願い。分かってほしい。次も戻ってこれるという保証はない。  
 あなたを危険にさらすことはしたくない」  
「それだったらここに居ろ。お前が居なかったら、今頃俺はお陀仏だ」  
長門が困惑したような表情を一瞬浮かべる。  
……くそ。俺は何をやってるんだ?  
ガキみたいにわがまま言って、長門を困らせて。  
でもな、そうでもしなけりゃ仕方がない。  
「……もう手遅れ。わたしが消えるのは規定事項」  
その言葉を紡いだ、長門の声が震えていた。  
どうして、こんなことになっちまったんだよ……  
途方もない悔しさと、行き場のない怒り。  
「俺には、何も出来ないのか?」  
せめて、何だっていい。俺に出来ることはないのか?  
お前に俺は、何も出来ないのか?  
「……一つだけ、お願いがある」  
「何だ?何でもいい。何だってやってやる」  
俺に出来るなら、何だってやる。  
「本来なら、わたしはすでに処分されていた」  
「……されていた、だと?」  
「だけど、限界まで猶予を延ばしてもらった」  
「何故だ?」  
「……あなたに、お別れを言いたかったから」  
「別れだなんて、悲しいことを言うな」  
思わずぶっきらぼうな声が出てしまった。長門は悪くないのに。  
少し迷っているかのような顔。口を開けたり閉じたりを繰り返している。  
そして暫くの後、長門は決意したかのように言った。  
「最後のお願い。わたしの最後まで、あなたの温もりを感じさせて」  
 
温もり、だと?  
聞き返すと、数ミリの首肯。  
具体的に俺は、どうすればいいんだ?  
「……わたしを抱いてほしい」  
抱いてほしい?それって、その、つまり、あれか?  
顔が一気に熱くなる。さっきまで寒いと思っていたのが嘘のようだ。  
「……わたしじゃ、嫌?」  
少し不安そうに訪ねてくる長門。その表情に、余計クラクラとする。  
ダメなわけはない。なにより長門の頼みだ。  
そんな俺も願ったりのことならば、叶えてやらないわけはない。  
俺はその小さな影に近づくと、優しく、しかし強く抱きしめた。  
冷えてしまったその細い体を、隅々まで熱を伝えるように。  
長門もまた、おずおずと俺の背中に腕を回す。  
頬をすり寄せ、甘えてくるその姿に、なぜだか泣きたくなるほどの感情を覚えた。  
顔に手を当て、貪るようなキス。  
ギュッと俺にしがみついた長門。  
そこには宇宙人もなにも関係ない、長門有希だけが居た。  
思う。長門は人になりたかったんじゃないかと。  
だから、世界なんかを変えちまったんじゃないかと。  
あの世界のように普通に暮らして、感情も表に出して、普通に恋をして。  
そんな普通が長門にとっては、一番欲しかったものなんじゃないかと。  
手をずらす。小さな胸を見つけ、制服の上から揉みほぐす。  
そのままベッドに押し倒すように。  
窓の外では、ちぎったような綿雪がしんしんと降り積もっていた。  
 
「長門」  
呼びかけると、虚ろな目をこちらにむける。  
長門の裸身は、ただ白く雪のようで美しかった。  
俺の下で忙しなく、薄っぺらい吐息を出し入れしている。  
もう、準備は万端だ。  
額に軽く口づけ、俺は長門の中に思いの丈を。  
少しばかり歪む表情。  
長門のそんな顔は見たくないとばかりに、俺は唇を寄せる。  
奥底まで入り、じっとさざめきを味わう。  
温かい。  
これほどの安らぎと、幸福感は最近味わっていなかった。  
暫く抱き合い、戯れあう。  
「動いても、いい」と長門が言い、俺はそっと腰を動かす。  
溶けてしまうそうな感覚。痺れが全身を襲う。  
そうだ。このまま溶け合ってしまえたらいい。  
降り積もる雪のように、俺と長門も溶けてしまえたらいい。  
そんな小さな希望。祈るような想いも、神様とやらは聞いているのだろうか?  
「今、幸せか?」  
俺が問うと、長門はうなずく。  
だけどすぐに泣きそうな表情になって「怖い」とだけ言った。  
そう。この夜が終わってしまえば、俺たちは離ればなれだ。  
太陽が昇ってしまえば、「ユキ」は溶けてしまうのだ。  
ありったけの想いを込めて、俺は動き続ける。  
なあ、神様。俺の一生のお願いぐらい聞いてくれよ?  
太陽なんか、昇ってくれなくていい。  
神様、頼むから。頼むからこいつを消さないでくれよ……  
長門が消えないのなら、何だってする。  
それこそ一生ハルヒの奴隷だってかまわない。  
頼むから俺たちを、放っておいてくれよ。  
叶わぬ願いと、全ての想いを、白濁とした意識に混ぜて、長門の中へぶち込んだ。  
 
 
 
ベッドの中で、抱き合ったまま。  
長門は離れようとはしないし、俺だって離す気もない。  
ただじっと、お互いの温もりを感じ取るだけ。  
時計が鳴る。午前5時。  
窓の外に、薄く日が差した。  
その瞬間、薄れていく長門。  
「長門っ!?」  
遠くに行ってしまわぬよう、ギュッと抱きしめても、手がすり抜けてしまう。  
小さな光の粒となって、足からだんだん消えていく長門。  
「ダメだ!行くな!長門っ!長門ぉっ!!」  
情けなくも泣き叫び、ただ長門と連呼するしかできなかった。  
長門は諦めたかのような顔をして、言った。  
「……ありがとう。わたしはあなたに逢えて、嬉しかった」  
「長門っ……」  
「叶わないと判っていても、諦めることが出来なかった。それほどまでにあなたはわたしの中で大きな存在となっていた」  
もうすでに、胸のあたりまで光に変わってしまっていた。  
部屋の中に降り注ぐ、雪。  
「わたしは幸せだった。最後まで、あなたの側に居れたから」  
だんだん顔が消えゆく。その顔は笑っていた。  
「……さよなら。――あなたのことが好き……し…た。」  
「長門……?長門っ!?……有希ぃ〜っ!?」  
それは自然に出た。ユキ。彼女の名前。  
ならば今、部屋の中に降り積もったのは、長門との忘れ雪なのだろうか?  
長門が消え、だんだんブラックアウトしていく意識。  
必死で抵抗を試みる。長門のことを忘れさせようったって、させるものか。  
しかし、だんだん意識は薄れていく。  
ダメだ!俺、踏ん張れ!ここで倒れたら、ここで……倒れ……た……ら……  
有、希……  
意識が消える瞬間見えた外の景色は、やはり綿雪がしんしんと降るのみだった。  
 
 
 
(終わり)  

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