何の変哲も無い普通の高校生が昼休みに語り合う話題なんてのは、そうそう代わり映えのない物だろうと思う。  
 少なくとも、変哲極まりない日常の中で平凡を唯一の利点に生きている人間が居るとすれば、極々ありきたりな話題を選ぶに違いない。  
 すなわち俺はこの気だるい午後の時間にあって、わざわざ神経を磨り減らされるような事情がないように願ってるってことだ。  
 
「っつー事は、だ、キョン。お前は過去に一人も女が居たことがないばかりか、女の気配一つなかったと、そう言う訳か」  
 
 極端に暑くもなく、耐え難いほどに寒くもない。中途半端この上ない、だからこそ俺の好む季節。  
 過ごしやすい時期、その上後ろにはハルヒも居ない、心休まる一時だ。  
 だっていうのにこの男はどうしてだろうね、こうも余計な考えばかり浮かばせるのか。  
 そういう無駄なアイディアを発露する機会は悪夢の試験週間にとっておいたらどうだ。  
 校歌を一面に書き連ねれば合格点がもらえるって学園伝説を谷口、お前が樹立するとかな。  
 
「前回カレーの美味しい作り方を書いたらマイナス5点されたから二度とやらん。  
それよりお前だ、朝比奈先輩や長門有希と二人だけで見かけたって話は聞いてるぜ?   
立派なデートじゃねぇか。意識して見せないのを格好良く感じるのは小学生までで十分だと思うがな」  
 
 本気で試験でやったのか。もうお前自身が伝説で良いな、間違いない。  
 なんなら生徒会長に掛け合って生徒会通信に載せてもらうってのはどうだ。ああ見えて話と浪漫のわかる男なんだ、あの人は。  
 
「黙れ、話を変えて逃げるな。俺はな、お前がそうやって何もない何もないって言い張るのが失礼に当たるんじゃないかって言ってるんだよ。  
朝比奈さんみたいな美女が男から何の意識もされてないなんて知ったら、そりゃぁ傷つくぜ。どうなんだよその辺は」  
 
 お前の言いたいことはわかるがな、そりゃ余計なお世話だ。  
 朝比奈さんとSOS団の事情抜きに個人的な外出をしたことは一度もない。長門ともな。  
 それにSOS団には二人なりに真剣に参加してるんだよ。  
 ちょっと二人だけだったからって下世話な妄想をするなんてのは酷く失礼に当たる行為だ。絶対に。  
 
「ほほぅ? そりゃー本当か?」  
 
 俺はともかく、長門や古泉、そして朝比奈さんはSOS団に相当な意気込みと事情を持って参加している。  
意気込みだけならハルヒだって十分過ぎるほどだし、事情なら今は俺にだってある。  
 その辺を考慮に入れて少々強い抗議をしてみたつもりなんだが、谷口は全く堪えないどころかしてやったりの気色の悪い笑みを浮かべやがった。何が言いたい。  
 
「っつーことはお前は本当に女っ気のない人生を送ってきたわけだ。  
彼女どころかデートの一つもしたことのない、情けない男なんだな?」  
 
 女っ気というのが何を指すのかは釈然とせんが、彼女も居なければ明確にデートをしたこともない。  
 だからといってお前や他の女持ちと代わりたいなんて思ったことはないぞ。幸いにもな。  
 
「俺だってお前なんかと死んでも入れ替わりたく何かねぇよ。  
ただな、人生の先駆者としてお子様にちっと助力をしてやろうじゃないか」  
 
「結局お前の恋愛談か。聞いてやるから普通に言い出せばいいだろうが」  
 
「まぁまぁキョン、谷口が前置きなんて珍しい、聞いてあげようよ」  
 
「うむ、つまりだ、これは俺にとって既に良い人生の糧となっている話だが  
俺が以前の彼女と意見の相違が発生するに至った原因の一因はデートを行う上で二人の認識に食い違いがあったからだと思うんだ。  
なんなら俺の手際に少々の不備があったと認めてやってもいい」  
 
 つまり、の後は簡潔に話せ。デートで失敗して振られた、それだけだろう。  
 デート失敗談は参考になるかもしれんが、どうせなら成否両方備えた人の話を聞きたいもんだぜ。  
 
「糧になった、と言っただろう。俺はお前のように女っ気のない人生を送ってきたわけではないからな、それなりに自負を持っていたつもりだった。  
だがな、本当のデートというものはただ女と出かけるのとは訳が違う。デートの特有の距離感ってものがお前にわかるか?」  
 
「そりゃ未経験だ。わかるわけないだろう」  
 
 人差し指一本を突きつけて、冬の失恋から随分と立ち直ったらしいクラスメートは言い募った。  
 デート特有の、と言われてしまえば俺にはなんとも言い返せない。  
 普段通りで良いんじゃないかって気はするがな、違うと言うなら違うんだろう。  
 
「そう、違うんだ。何と言っていいか……俺にも難しい。  
やはりこれは実体験してみなければお前には理解しがたいだろうな」  
 
 突きつけた人差し指をひょいと左右に振り、意味深に告げる谷口からは嫌な予感しか伝わってこない。  
 虫の予感ってのはこの一年で成長した数少ないものの一つだ。これは止めた方がいいかもしれん。  
 
「じゃあ、どうしようもないんじゃない?」  
 
「いいや! そんなことはない!」  
 
 しかし空気の読めない……いや、谷口のテンションを見るにむしろ空気を読んだのか国木田。  
 先を促す一言にぐっとこぶしを握りこみ、谷口はもう一度人差し指を突き出した。  
 
「お前も実際にデートをしてみればいい! それで何もかもがはっきりとする!」  
 
 おい、今爪が当たったぞ。大体何もかもって何だ。はっきりさせる事なんてないぞ。  
 
「すまん。いやしかし、仲のいい、しかも高ランクな女が身近に居るわけだ!  
ここで一つ頭を下げてデートの経験をしておくってのは絶対に身になることなんじゃないか?  
朝比奈先輩からデートの心得なんてのが聞ければどんな女にだって気後れはしないはずだぜ」  
 
 鼻をさする俺に谷口がしつこく訴える。国木田の生ぬるい笑みを見ても、そういう事か。  
 最初から随分と朝比奈さんを推すと思ったら、自分がデートで失敗したから  
 慣れていそうな女性にデートの心得を聞いてきて欲しいわけだ。助力するんじゃなかったのか。  
 紹介してやるから自分で聞いてみろ。  
 男慣れなんてとんでもない上に一体いつのデートマニュアルが出てくるかわからないが、一緒に歩いた限りには不愉快を感じさせない上品さを持った人だぞ。  
 
「実際にその場に立たないとわからないとさっきも言っただろうが。  
出来れば朝比奈先輩か長門有希、このさい涼宮でもいい。聞いてきてくれ。  
昨日、新入生なんだがな、かなりハイレベルな娘のアドレスを聞けたんだよ。  
今度どこか行こうって、結構乗ってくれてるんだ。俺にはもう彼女しか居ないんだ、頼む!」  
 
 手を合わせ、さらにぐっと突き出してきた谷口の手には……なんだこれは、チケットか何かか。  
 
「映画かぁ。しかも前売り予約なんて、わざわざこの為に買ってきたの?」  
 
「いや、新聞屋だ。……これをお前に託す!」  
 
「託されてもな……俺だって忙しいし、俺以外は輪をかけて忙しいと思うぞ、みんな」  
 
 再び手を合わせて拝んでくる谷口には悪いが、SOS団は平日は毎日営業、土曜日は定例不思議探索だ。  
 残るは日、祝日しかないが、祝日には何があってもおかしくない。基本的には週一日だけが休日になる。  
 仮にも未来から来ている朝比奈さんだ、休日には難解な報告書を書いていたっておかしくはないし  
 長門はハルヒの怪しげな能力発露の帳尻あわせをしているかもしれない。別口の宇宙人の件だってある。  
 ハルヒ本人も、日曜日は毎週模様替えをしているとかいう地味に脅威の情報を含めて、個人的に忙しい時間を過ごしているらしい。  
 そもそも恋愛感情を精神疾患とかいう女をデートに誘うのは余りにも負け戦だ。  
 
「だがお前だって個人的に親しくするのを拒みたいわけじゃないんだろう?  
相手だって同じだ。一歩踏み込むのを恐れるんじゃない!」  
 
「そういう話じゃないって言ってるだろ、話を聞けって……」  
 
 ひたすらに拝む谷口にチケットを返そうとしたその時、教室の後ろの扉の開く音が、どうしてだか妙にはっきりと俺の耳に届いた。  
 残念な事に、さっきから続く嫌な予感を体現したような不機嫌そのままの表情の涼宮ハルヒがその扉から入ってきたのも  
 ハルヒがしかめっ面を少しだけ緩めて疑問をプラスしたような、言ってみれば怪訝な表情で俺の持つ二枚の紙切れに視線を注いできたのも、正直予想通りだった。  
 さらに言えばすぐにチャイムが鳴って次の授業の教師が入ってきて返すタイミングを逸してしまったのも、予想通りってやつだっただろう。  
 
 
「ハルヒ、デートに行かないか」  
 
「……春だからって、頭まで花畑っていうのはどうかと思うわよ」  
 
 断られるのがわかっていれば逆に誘いやすいと言うのも変な話だが、確かな事だった。  
 午後一発目の授業後の短い休み時間、後ろの席のハルヒへと先ほどの谷口よろしくチケットを突きつけてみたが、結果は予想通りだった。  
 一応チケットは受け取ってくれたが。  
   
「何よこれ、映画? しかもテレビでCM流しまくってる超定番、SOS団の存在意義に真っ向から対立するような選択ね。  
前にもこういう判で押したようなデートコースはお断りだって言ったことあったんじゃないの?」  
 
「覚えてるさ、映画か遊園地にスポーツ観戦、昼飯はファーストフードってな。そのチケットは貰い物なんだよ、お前に合わせてなくて悪かったな」  
 
「忘れてないのにわざと出してきたわけ?度し難いわね……。どうせ昼休みにあのバカの谷口から貰ってた奴でしょ。  
友達にチケットの調達を頼むなんて、また決まりきった単純な方法ね」  
 
 いや、そういうのは少女マンガでは定番かもしれんが現実にはそうそうないと思うぞ。  
 ……おい、力を入れて握るな、紙がしわになるだろうが。  
 
「第一あたしがそういうのに興味ないって事ぐらいわかってるでしょ。無駄なことで時間とらせるんじゃないわよ」  
   
 昼休みを通り過ぎてさらに巻き戻したような不機嫌極まる表情でチケットを投げてよこすと、ハルヒは頬杖をついて窓の外に視線を移した。話は終わりということか。  
 
「こういうのは言う方の気持ちもあるだろ。お前を誘っておきたかったんだよ。電話じゃなくて直接言っただけ、まだマシだと思っておいてくれ」  
 
「なっ……」  
 
 丁度話も終わったところでチャイムと同時に次の教師が入ってきた。  
 これが終わればSOS団の時間だ。後ろのハルヒの様子を考えれば、先に古泉に謝っておいた方がいいかもしれないな。  
 
 
 他の二人に声をかけたのが翌日になったのは深い意味があったわけではなく、単に前日は別れるまで5人が揃っていたからだ。  
 とりあえず昼休みに部室に居るであろう長門を誘って、忙しいようなら身分不相応甚だしいが朝比奈さんにお伺いを立ててみるとしよう  
 ……そう考えていた所、校門脇でばったりと件の先輩と出会った。  
 
「キョンくん。おはよう。昨日は涼宮さんずっとパソコンを見て考えていたみたいだったけど……何か知ってる?」  
 
 坂の上の地味な県立高校に降りた天使……と言うとありがたみがむしろ下がってしまう気がするな。  
 朝比奈さんは今日も非常に愛らしく、笑顔で挨拶した後に少し不安げに表情が変わっていった様子もまた眼福だ。大丈夫ですよ、たいしたことじゃありません。  
 
「それより朝比奈さん、日曜日とか、何して過ごしてます?」  
 
「えっ……日曜日は何もないから、お掃除とかお洗濯とか家事を普段よりちゃんとやるようにして……  
後はちょっと買い物に行ったり……」  
 
 案外普通だ。是非一度朝比奈さんの家にお邪魔してみたい。いや、空気を吸えるだけでもいい。  
 朝比奈さんの部屋の空気なら天然ガスなんかよりよっぽど貴重だ。売ろうにも値もつかないだろう。  
 とにかく休日は休日らしく過ごしているというなら好都合だ。ここでお会いしたのも何かの縁に違いない。  
 
「朝比奈さん、昨日友達から映画のチケットを貰いまして。良かったら一緒にいかがですか?」  
 
「映画……えっと、見る方……よね? どんな映画なの? そういえば、ちゃんと見に行ったことはまだないんです」  
 
 休日の予定を聞いた時点で半ば誘ったようなものだったおかげか、想像するよりずっと気楽に言えたが、それでも随分と緊張はした。  
 以前少し聞いた話では男から声がかかることは多いそうだったが、全て断っているらしい。  
 にもかかわらず俺の誘いに乗り気になっていてくれるのは何か特別な男になったようでかなり優越感がある。  
 もちろん、そういう存在ではないのは十分わかっているつもりだが。  
 通学鞄からチケットをとりだして見せると、朝比奈さんはしげしげと興味深げに観察して……と思ったら、愛らしい眉をひそめて首を傾げてしまった。  
 別に予告編の立体映像が見えたりはしませんよ?  
 
「ううん、そういうんじゃなくて……ごめんなさい、一緒には行けません」  
 
「そうですか……それは残念です」  
 
 別に今週とか来週という話じゃなくて、上映している間暇があればでいいんですが。  
 と、ついつい言い募ってしまうのは仕方のない男の性だろう。  
 さっきまであんなに乗り気だった訳でもあるのだし。  
 
「違うんです、その映画がダメなだけで、キョンくんと見に行くのが嫌なんじゃないの。  
今度は絶対大丈夫だから、私からも誘うから……」  
 
 それは大変嬉しいですが、それならそれで断られた理由は一体。  
 未来的な問題が発生してしまうような内容なのでしょうか、この映画は。  
 とはいえ申し訳なさそうな朝比奈さんを前にこれ以上迷惑をかけるつもりもない。  
 しきりに恐縮する愛すべき先輩に、全く構わないが行きたかった気持ちは本当だと伝えるのには随分と苦労をした。  
 
「それには涼宮さんと行って上げて、きっと喜ぶから。そうするべきだと思うの」  
   
 下駄箱を過ぎた別れ際、真剣な表情を瞳にも映して朝比奈さんは俺を見つめた。  
 ハルヒは最初に誘いましたが、あっさり断られましたよ。それで機嫌を損ねたようでしたから。  
 
「それでも、何度でも誘うの。本当に嫌がってるようならダメだけど……女の子には何度でも声をかけて自分から仲良くならなきゃ」  
 
 何度でも。  
 朝比奈さん、一緒に映画、いかがですか。  
 
「はい、その映画以外なら、いつでもね」  
 
 最後はまさに天使の微笑みで、教えてくれたそれはデートの心得の最初の一つだったのかもしれないが  
 谷口なんかに教えるには惜しすぎる。俺の胸にだけしまっておくとしよう。  
 
 
昼休み、最初の予定通りに向かった部室で椅子に腰掛けた俺に、流石と言うべきか、長門は開口一番に言った。  
 
「涼宮ハルヒと」  
   
 まだ何も言ってないがな、そうするべきなのか、長門。  
 
「そう」  
 
 普段と同じく両手で本を持ってはいるが、今日はしっかりとこちらを見つめる世話になりっぱなしの万能宇宙人の瞳に、それ以上反問するつもりもない。  
 だがな、ハルヒはこういうことで考えは曲げそうにないし、俺にどうこうできる自信はないぞ。  
 ぱたんと本を閉じ、右手で部室備え付けのパソコンを指差すと長門は音もなく立ち上がり、するすると扉へと向かった。見ておけばいいのか、パソコンを。  
 
「……っと、待ってくれ、長門」  
 
 文芸部室の見慣れた扉を前にした、やはり見慣れた長門の後姿に、絶対に言わなければならない事を思い出した。  
 
「順番的に長門に最後に声をかけることになったが、そうしようとおもってしたわけじゃない。  
ハルヒにはチケット貰う所を見られちまったし、朝比奈さんにはたまたま校門で会ったんだ。  
本当ならここで最初に長門を誘うつもりだった」  
 
「………………」  
 
 長門は無言で佇んでいる。切りそろえられた髪が一瞬ふわりと揺れた。  
 
「あなたが本当にそう考えていると、理解している」  
 
「ああ、助かるよ」  
 
「だからこそ恐らく、涼宮ハルヒは……」  
 
「ハルヒが、どうした?」  
 
「何も……」  
 
 そのまま長門は部室を出て行ってしまった。ハルヒが、何なんだ。  
 とにかく、パソコンを動かして見てみるか。  
 起動―問題なし。デスクトップ、アイコン表示―問題なし。特別な表示はない。  
 とりあえずSOS団のHPを見てみるか、と地球儀のアイコンをクリックして、ふと思い当たることがあった。  
 
「……映画映画映画、動物園植物園水族館に茶店公園、フランス料理に夜景……一日で全部なんて、無理に決まってるだろ……」  
 
 映し出された、前日にハルヒが噛り付いていたパソコンの履歴。  
 本当はこの後鶴屋さんにもお声をかけようと思ったんだがな、全く。  
 もう一度誘ってみるしかないか。素直じゃない団長様をな。  
 
 
「昨日のチケットな、朝比奈さんと長門に見事に振られてきたよ」  
 
「当たり前でしょ。SOS団の誰があんなありきたりな誘いに乗るって言うのよ。  
あんたも団員の自覚を身につけなさいって散々言ってるのに、それじゃいつまでもヒラのままよ」  
 
 昨日と同じ、午後最初の短い休み時間。やはり昨日と同じ不機嫌顔で、ハルヒは俺の差し出したチケットを握っている。だからしわになるぞ。  
   
「まったく、下らないことやってるんじゃないわよ、本当に」  
 
 昨日とは違い、叩きつけるように返された紙切れ2枚。  
また突き返されたこのチケットを持って明日誘ってみるのもいいかもしれないが、もう少し粘ってみるか。朝比奈さんの教えに従ってな。  
 
「そう言うがな、そのありきたりな誘いとありきたりなデートをした事がない人間はどうすればいい。  
一風変わった招き方をしようにも、そもそも一般的な経験がないとどうしようもない」  
 
 やはり昨日と同じく頬杖をついているハルヒだが、その顔と瞳はこちらを向いている。  
 まだ話は終わってない、そう思っていいか。  
 
「不思議探索で街中に様子のおかしいカップルが居ても俺にはそんなのわからんし  
お前が面白いことを思いついてもそれが平凡に思えるかもしれない。人とは違うっていうのは他人がどんなものか知ってないとな」  
 
「あたしはわかってるわよ、十分過ぎるほどにね。中学では……もう話したでしょ」  
 
 そりゃお前はそうかもしれんがな、俺はこれといってなにもない中学時代を過ごしたんだよ。  
 高校に入ってからはのんびりデートなんて暇はなかったしな。  
   
「そのあんたの不勉強さをあたしに押し付けようっての、随分ね。  
まともなデートってのをわからせようとしたら一日二日じゃ足りないわよ?」  
 
 こっちを見つめるハルヒの瞳に、ゆっくりと気色が浮かぶのがわかる。  
 ああ、どうせ俺もそうだろうさ、忌々しいことに頬が緩んでいくのが自覚できる。  
 
「悪かったな、不勉強で。そのチケットに免じて、団員の頼みに付き合ってくれ」  
 
「このチケットって、谷口のでしょうが……全く、この様子じゃ本当にダメダメね。  
いいわよ、やってあげようじゃないの。団員が女性の扱いもロクに出来ないんじゃ団長として情けないからね。  
あんたがものになるまで、毎週休みはないと思いなさいよ?」  
   
 瞳から笑みが溢れるのにそれほどの時間はかからず、ハルヒは百万ワットの笑顔で俺に毎週日曜が休日から外れることを宣告した。  
 
「さしあたっては今週末、あんたの希望で映画に付き合ってあげるけど、他にも行くべき所は山ほどあるんだから、しっかり準備しておきなさいよ」  
 
 準備ってのは何だ、財布か。言っとくがフランス料理は無理だぞ。  
 しかしまぁ、映画1回誘うつもりがそれじゃあ収まりきらなくなりそうだ。  
 この調子じゃ朝比奈さんと映画に行く時間もなさそうなのが残念で仕方がない。  
 
「ったく……やれやれ」  
 
「聞いてんの?あんたの為にやるんだから、気合入れなさいよ」  
 
「初デートだからな、気合入れていくさ。エスコート頼むぞ」  
 
「逆でしょうが……まったく、しっかりついてきなさいよ」  
 
 ああ、しっかりついていくさ。  
   
 よろしく頼むぞ、ハルヒ。  
 

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