ほんの一歩だけ ふみ出してみたら  
 わたしは楽しい 気持ちになった  
 きっかけは ほんの些細なことで  
 わたしは、彼と街に出た  
 
 
 自分好みな色に染まる慣れ親しんだ自室に戻ると、わたしはカバンを下に降ろしベッドにふぅと腰掛けた。  
 そのまま両手の力を抜いて、身体をベッドに投げ放つ。  
 布団とシーツがすれる音。ぱたぱたと髪が落ちる音。倒れた反動で中空に浮いた両手が最後に着地する。  
 大の字というより十字の姿で、わたしはゆっくり目を閉じる。  
 
 お気に入りの俳優が活躍していたスクリーン。  
 前々から気になっていた甘い香りの喫茶店。  
 でも真っ先に思い出すのは楽しみにしていたそれらでなくて、今日一日を共にした優しくたたずむあの人の事。  
 俳優よりも格好良くない、スイーツよりも甘くない。それでも最初に思い出すのはわたしにくれたあの言葉。  
 
 こうして瞳を閉じるまで、わたしは一日を楽しんでいた。のんびり歩いた帰り道でもわたしは多分微笑んでいた。  
 映画についていっぱい話した。スイーツについていっぱい話した。最後に寄った彼の家では、三人一緒にいっぱい遊んだ。  
 今日の日記は超大作かな……さっきまでそう考えていた。  
 だけどこうして思い返すと、書きたいことは一つだけだった。  
 
 お気に入りの色をしたちょっと小さなダイアリー。  
 前々から綴ってきていたわたし自身の歴史帳。  
 ただ真っ白なページを開いて今日一日を振り返ってみる。今日一日を共にした優しくたたずむあの人の事を。  
 俳優よりも格好良くない、スイーツよりも甘くない。それでもわたしが日記に書くのはわたしが気付いたこの気持ち。  
 
 
 ほんの一歩だけ ふみ出してみたら  
 わたしは不思議な 気持ちになった  
 きっかけは ほんの些細なことで  
 わたしは多分 恋をした  
 
 
『わたしは、彼に恋をした』  
 
 
 

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