「それじゃキョン、有希と古泉くんに伝えといて」  
 放課後、ハルヒはそう言うとカバンを引っさげてとっとと教室を後にした。  
 先ほどまでの話の要点をまとめるとこれから朝比奈さんと秘密の買出しにでるらしく、その為今日はSOS団の活動は休止。  
 一時の羽伸ばしと引き換えに古泉と長門への連絡を任命されたと、ま、こういう訳だ。  
 
 教室を出たところで早速古泉と出会う。丁度良いと言うにはいささかタイミングが良すぎないか。  
「最近僕自身も忘れがちですが、これでも一応あなた方の監視役ですからね。それで涼宮さんは?」  
 俺が本日の活動休止とその理由をざっと教えると、  
「了解しました。では、僕も今日はこれで失礼する事にしましょう」  
 好きにしてくれ。俺もこの後部室に行って長門に伝えたら帰るつもりだしな。  
「それはそれは、あなたに無駄足を踏ませず幸いです。長門さんは今、部室ではなく音楽室にいるはずですよ」  
 は? 何で音楽室なんかにいるんだ?  
 長門が放課後に文芸部室以外の場所にいるという事に驚きの念を禁じ得ない。何か問題でも発生したのだろうか。  
「さてここで深い謎の一つでもあればあなたを楽しませる事ができるのでしょうが、現実はそうそう難しい事態にはならないものです」  
 古泉は誰の真似をしてるのか肩をすぼめると、  
「掃除当番ですよ」  
 そう何ともシンプルな回答を告げてきた。  
 
 音楽室を覗いてみると長門が一人で席に着き何かを書いているようだった。  
「何書いてんだ、長門」  
「日誌。今日は日直だった」  
 そう言いながら手を止めて顔をあげると、その寒い日の朝の空気のような澄み渡った瞳をこちらに向けてくる。  
 何故俺がここへ来たのか尋ねているのだろう。  
 俺はピアノの椅子に座ると脇にカバンを下ろし、ハルヒから言付かった本日休止の事を長門に告げた。  
 まあ長門は元々文芸部所属なのでSOS団の活動があろうが無かろうがあの部室で本を読んでいても問題ない訳だが、やはりそれはそれ。  
 俺たちが来ないと知った上での行動なら構わないが、知らないってのはやっぱり仲間として問題だろ?  
「そう」  
 長門はシャーペンをしまい日誌を閉じる。どうやら書きあがったようだ。それにしても意外と手間取ってたな。  
 お前なら日誌ぐらいさっと書けそうな気もするんだが。  
 
「所感」  
 一言だけで返し、そのまま部室へ向うつもりだったのだろう、持ってきていたカバンに日誌や筆記用具をしまう。  
 所感。つまり今日一日の感想、って事か。確かにそれはお前にとっては鬼門のような項目かもしれないな。  
 長門は小さくうなずくと俺が座るピアノのそばまで近づいてくる。  
「昔よりは馴れた。でもまだ上手に言語化できない」  
 そしてピアノのフタにかけていた俺の手をじっと見つめてくる。その微妙な表情は長門の喜怒哀楽を読めない奴でも理解できただろう。  
 すなわち長門が目で語っているのはただ一言、「ピアノが弾けるの?」って事だ。  
 自慢ではないが俺はピアノなんて習った事は生まれてこの方一度もない。せいぜいおたまじゃくしが読めるぐらいである。  
 よってその長門の質問に、俺は当然こう返す。  
 
「期待に沿えず悪いが、俺に弾けるのは一曲だけしかないな」  
 しかも楽譜さえ知ってれば長門の方がより正確に弾けると確信できる曲だ。  
「聞きたいか?」  
 小さな首肯に内心ほっとする。これで乗ってこられなかったら正直寂しすぎる。  
 俺はブレザーの袖を直して腕時計を外す。そして少しだけ席をずらし、長門に椅子を半分譲って座らせた。  
 長門が期待の色を込めてじっと見つめてくるのを確認し、ピアノの鍵盤蓋に手をかけると  
 
「では本邦初公開。John Milton Cage Jr.作曲、"Silent Prayer"──」  
 
 そんな口上と共に鍵盤の蓋を開けた。  
 
 
 
 ぱたん。俺はゆっくりと蓋を閉じる。既に二回ほど蓋の開閉をしているが今回は閉じるだけ、つまり演奏終了を意味していた。  
「…………」  
 長門はただじっと俺の事を見つめ続けている。それは胸に疑問を抱いている目であり、またその疑問も持って当然の事だった。  
 何せ俺はこの数分間、ピアノの蓋を開け閉めしただけで一度も鍵盤を叩いていないのだから。  
 俺は再びピアノの蓋を開けると、ポーンと一音だけ鳴らした。  
「これは、音だ」  
 そして今度は三つ同時に鳴らす。いわゆる和音という奴だ。  
「これもまた、音。そして」  
 次に俺は鍵盤を二回叩いた。チャンチャン、と表現するのが一番伝わりやすいメロディだ。  
「音が繋がると曲になる。まあ今のチャンチャンってやつを曲と言っていいかどうかは正直微妙だけどな。  
 楽器で演奏しなくても世界には様々な音が途切れる事無く溢れている。音が繋がって流れているなら、日常は常に曲が流れているという事になる。  
 曲の作者はそう考え、その日常を一定区間切り取る事で『曲』としたんだ」  
 俺はピアノの蓋を閉じると長門を静かに見つめ返した。  
 
 長門はおそらく俺よりも、いやどんな人間なんかよりも可聴範囲が広いだろう。  
 それは単純に考えて、こうして並んで座って同じ時を過ごした俺よりも多くの音が混ざり合った『曲』を聞いたという事になる。  
「音の無い宇宙を知るお前からしてみれば、さしずめ「ようこそ音のある世界へ」といった感じかな。どうだった長門」  
「ユニーク」  
 ユニークか。言われてみれば確かにユニークという表現が適切だな。  
 何せさっき聞いた曲はその時間その場所でしか聴けない「唯一」のモノだろうから。  
 
「まあ俺たちはこの曲をいつも聴いてるみたいなもんだけどな」  
「……?」  
 だってそうだろ。部室に入ってからお前が本を閉じるまで。ハルヒは色々思いついては騒ぎだし、朝比奈さんはお湯を沸かしてお茶を淹れ、  
古泉と俺はダイスを振ったり駒を置いたりとゲームして、お前は興味を引いた本のページをめくる。  
 そういったSOS団風にアレンジされた心地よい日常のBGMだって、れっきとした"Silent Prayer"だと言えるわけだ。  
 俺たちと一年間過ごしてきた今のお前なら、この曲のよさが解るんじゃないか?  
「解る。とても心地よい、曲」  
 
 
「さて、それじゃ帰るか」  
 カバンを拾って立ち上がり長門にどうするか聞こうとした所で、その長門にベルトをしっかりと握られてしまった。  
 どうした長門、何か用事があるのか。そんな問いかけに長門は小さく首肯すると前に出て自分の荷物を持つ。  
「奏者はわたししかいない。いつもより盛り上がらないかもしれない」  
 そのまま小さくこちらを振り向くと、  
 
「でも、わたしの曲を聴いてほしい」  
 奏者二人のリミックス版もたまには悪くないか。俺は静かに頷いた。  
 
 
 

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