この世には、うんざりすることが多すぎる。  
 たとえば、八月なのにやたら涼しいとか。  
 呼んだ覚えのない者たちが突然部屋にやってきたりとか。  
 その連中が何を言っても出て行こうとしないこととか。  
 その上、中身の伴わない主張を延々聞かされ続けたりとか。  
 あるいは、幼いころから知っているなじみの少女が連続殺人犯だったりとか。  
 そんな些少なことほど、うんざり感も加速する。  
 致命的だ。  
 
 
 夏季休暇も折り返し地点に入って……いやまだ夏季休暇にも入ってないが、蒸し蒸しとした熱  
気がうんざり感を加速させる今日この頃。  
 何の間違いもなかった。腰を落ち着けた喫茶店でも、彼女はいつものように俺を見つめて微笑、  
俺の顔に大人しく愛くるしい瞳を据え続けている。  
 
 
「ねえな」  
 図書館で暇つぶしに読んでから、睡眠導入剤代わりだったわりに気に入った小説の作者が出し  
たというだけで買った文庫本――作者買いってやつだ――を、ベッドであお向けになりながらパ  
ラパラとめくってたとこだ。幼なじみの美少女が俺の顔を見つめてもいない。んなことあるわけ  
ねー。あったらそれはそれで近所の目と社会通念上問題がある。その代わり、除湿を効かせた俺  
の部屋で、床にぐてっとはいつくばりながらどうでもよさそうにこっちを一瞥してまた逸らし、  
眠たげに眼を細めているのは我が家の居候三毛キャットだ。しかもオス。またあくびか。あのな、  
すこしは活動的になれ、ダイエットしろ。俺は今日プリンを2個食ったが気にしてないぞ。痩せ  
気味なんだ。  
 くどいとか皮肉っぽいとか若いくせに厭世的でうんざりするなどと、どこかの誰かに言われ続  
けて久しい俺だが、この本の主人公なんてどうだ。なじみの娘が連続殺人犯なのは些少なことで、  
八月に涼しくて些少なことにうんざりするのが致命的だと。もう、でたらめにもほどがある。こ  
いつに比べりゃ俺なんてまだ素直でわかりやすいもんだろ? ひょっとしてこれ書いてたとき、  
作者の頭に悪い虫でも湧いてたんじゃなかろうかね。そっちが心配だ。  
 冗談はさておき、内容というよりは冒頭の流れが少し似た小説がひとつあった。  
 
 
 ああ、もう退屈でしかたない。何か起こらないものか。でかいことがいい、海が二つに割れる  
とか、月が落ちてくるとか、地球に穴が開くとか。どうせなら、そういうのがいい。退屈でなく  
なるなら、死んでもいいくらいだ。それにしても、どうしてこんなに変わりばえのしない毎日な  
んだろう?  
 
 
 こういう書き出しだ。ほんと、なんだろう。もっと身近で似たような話をしたような。  
 そうだ、中学生のときの何気ない会話だ。こういうことを考えたことはないだろうか。そう俺  
が聞いたら、そういうのはエンターテイメント症候群だと言われたことがある。なるほどな。俺  
たちの年代じゃそこまで達観した奴のほうが珍しい気もするが。  
 構成上の参考元がこれかどうかはともかく、手にしているいかにも絶望系な小説を含めて、厭  
世的でやる気の足りないようにみえるちょっと苛立たしい主人公というのが、作家お得意の設定  
らしい。なんとなく自分に返ってきてお前が言うな的雰囲気がかなりありそうだが気にしない。  
 そう、たとえばこの作家の代表作だ。ベッドから降りて、さっきの本を棚に戻した手をそのま  
まスライドさせる。順番に6冊並んでいる。ヴィ・ナロード! な感じの題名だ。  
 学校の屋上から少年のどうでもいい主張を叫ばせ、あとは自力更生と級友たちの善意に委ねる  
という、ある意味大変罪作りなテレビ番組のタイトルをもじったんだろう、たぶん。  
 そんな異能学園ものが6巻で中断したままになってる。なんとももどかしい。  
 その理由は三木一馬に聞け、じゃない新シリーズを書いてるからである。単純明快だ。この新  
シリーズが難物で、俺もまだ内容がわかってない。これからの展開待ちだ。  
 間違いなくこれが理由で止まってるのだが、先に進みづらい理由は実は5-6巻にあるんじゃ  
ないかと俺は睨んでる。  
 具体的には、精神感応系の超能力を使える女子生徒――テレパス――と、一巻以来の主人公の  
関係だ。赤裸々かつ極論すれば、こいつらヤったかヤってないかでいうとヤっちゃったわけ。ん  
で状況が不必要に生々しくなっちまった。だからそれ以上書きにくくなったのだろう。年子の妹  
と兄である主人公との微妙な相関からいっても。  
 まあ、ここは異論のあるとこだし、そこまでいってないと信じるのも読者の自由だろう。  
 
 だが、寸止め海峡に何度も臨んでいるこの朴念仁男、どうも成就してしまったと思しき記述が  
5-6巻では散見される。ここで未描写部分の仮想体験を書いてみてもいいのだが、詳しくは実  
際に読んで妄想をたくましくしてくれ、すまん。  
 正直テレパスとの乳くりは考えるのもめんどくさいんだ。  
 しかしまあ、精神感応できる相手と対面するだけでも俺はできれば遠慮したいが、そいつとく  
んずほぐれつアレをやるなんて、こいつは自暴自棄かそれとも精神的によほどタフなのか。さす  
が、一コ下の妹に長年取り憑かれていただけのことはある。これは1巻参照のこと。  
 他の巻もおさらいしてみようか。3巻で主に動き回る変わった女は自分のコピーに遭遇する。  
それも一人や二人じゃない。非デジタルのコピー品質が条件によって揺れ動くように、おそらく  
他人の想念によって現われた人間のコピーにもばらつきがあり、中にはソフトフォーカスのか  
かった想像上の天使のような者までいて普段ならありえない相手にかしずいている様子を目の当  
たりにするのはまことにお気の毒さまというほかない。  
 ちょっと体験してみたいが、きっと気持ち悪いだろうな。  
 意識が飛びそうなほど動転させられることになるその女に限らず、それら誰かのコピーの大多  
数はどこか誇張されたり省略されているわけで、言ってみれば生身の自分の改悪版・改変版とか  
デフォルメというわけだ。二次創作はどうあがいても世界の法則(作者)の壁を越えることはで  
きない。そんな現実を見させてるんじゃないかって、何を言ってるんだ俺は。  
 4巻で動き回るのもこの女で、あと彼女の上役男子と二人で八面六臂だ。この男がかなり癖の  
ある言動なので読者を選ぶかもしれんね。流れとしては、とある才色兼備な女子高生を彼女らが  
追う話。まあこの巻は作者の好きなジャンルが前面に出てるみたいで、既刊作品中でもっとも動  
きが多い。アクションもそうだが実移動距離な。電車移動・世界間移動・上位世界・平行世界…  
…。なんだろう、俺の身辺も似たようなあれこれで騒がしくなりそうな気がする。  
 一連のシリーズ、2巻がまた特別だ。俺がこの物語で最初に読んだのがこの2巻だったのもあ  
る。それに、なにしろ舞台のモデルが近所らしい。他の巻とは趣が異なり、1巻のシニカルな主  
人公が唯一出てこない。おまけに少年をかくまう少女が一人で住むマンションは、もうあからさ  
まに長門の住むマンションとしか思えない。色は違ってるけど。要するに、幼少より見知った近  
所がモデルらしいこの巻の主役たちには、ある種独特の親近感が仮借なく湧き上がってくるので  
ある。  
 それにまあ、個人的に気になってる異常事態な体験と状況がかぶってるのさ。小説の中ではそ  
れはイメージスクランブルといって、マンションに一人で住む少女によると――  
 なんだろうね。こんなに平然とテレパシーとかイメージスクランブルなんてトンデモを日常の  
レベルで考えている自分に気づく。思えば遠くになっちまったなあ、入学式当日の常識モノロー  
グ。  
――気を取り直そう。そして説明しよう。イメージスクランブルとはこういうことらしい。  
 
 
「イメージスクランブラが働いています。一定の範囲内において、任意の人物の身体情報を誤認  
させるように働かせる能力なのです。その能力者の影響範囲では、あの人々たちは、あのように  
あらゆる光学的情報を他者に与えることを阻害します。わたしにもあの方々の特徴をのぞき見す  
ることができないのです」  
「イメー……?」  
「EMP能力の一種、精神感応によるフィールドを発生させることでフィールド内にいる自分た  
ちの外見を意識的にジャミングする特技です。イメージスクランブル能力、強力な感応力が、半  
径数百メートル規模で作用しているのです。ISフィールドと言います」  
「……よくわからんが、それがあの半端な透明人間の正体か」  
「わたしたちの目は彼らの身体データをちゃんと網膜に捕らえています。ですが、視神経から届  
いた情報を脳が処理できないようにされているのです。部分的なマスキングをかけられているの  
でしょう。それが、あの不透明人間さんたちの正体です」  
 
 
 2巻の舞台モデルと俺たちの生活圏がかぶっているという点をさきに指摘したわけだが、話は  
それだけじゃない。主人公の隣家に住む姉妹の姉、料理の腕はいまひとつらしいものの、この今  
期絶望暴力女がどうにもハルヒと似ているという評判だ。あいつには言えないが。ハルヒといえ  
ば、これは作者の別作品で文庫2巻完結済みいわゆる萌えジャンル雑誌連載ものにも、ラスト近  
くに主人公の妹が出てくるのがまたハルヒそっくりだと。そうだな、やたら噛み付くとことか、  
やらせれば料理でも何でもできそうな感じとか。さらにこの作品、鶴屋さんのちょっと積極的な  
分身が出てきてる、さらにさらに長門さんの双子のように寡黙な四文字熟語少女がいる。とにも  
かくにも読んだ人はなにかとほくそ笑むことができそうなんである。  
 あとこの二作品ともに言えるけどさ、主人公たちのあまりの朴念仁ぶりに俺脱帽だ。まったく、  
どういう育てられ方したらああなるんだろう。ちなみに都合の悪いときに自分を省みない性格  
ねってしばしば俺は指摘されるのだが、はてさて、一体どこをどうみたらそう思えるのだろうね。  
 
 さておき、超能力学園シリーズ中やや異色である2巻中心な4人の話なら、続編としては書き  
やすいだろうと思うよ俺は。個人的に是非とも進めていただきたい部分である。  
 
 
 ここで気になる、いや俺個人はあまり気にならないがなにかと過激な評価が後を絶たないので  
少しは考証してみたくなることがある。イメージスクランブラの類を俺もこの人から受けてたん  
じゃないかと疑っている喜緑さんのことだ。見かけ大人しくて清楚でそばを通るといい匂いのす  
る先輩の本性とはどのようなものなのか、である。  
 対人テレパスでもないかぎり、相手が何者であろうとそうそうわかりっこない話だし、それこ  
そ仮面野郎な古泉一樹曰く喜緑さんは長門のお目付け役らしいので、こういう人物評価そのもの  
に意味があるのかいささか疑問ではあるが、ともあれ彼女というのは何かよからぬ思いを常々腹  
蔵していらっしゃるのでしょうか。  
 簡単にいうと喜緑江美里は腹黒キャラなのか。  
 できることなら直接会って疑問をぶつけるのが手っ取り早いのだが、アホみたいな疑問である  
うえに相手は上級生。しかも一般的には受験生だ。どう考えても個人的に会って話をする理由も  
薄ければそういう間柄でもない。あまり関わりあいになりたくない気もする。別に嫌いじゃない  
けどさ。それより二年連続同じクラス同じ机の並び関係な相手にうかつな動きが洩れればどうな  
るか。俺の背中を極冷気な目線が貫く恐れが必要充分以上だ。なにやらモヤモヤして古泉のバイ  
トが商売繁盛するまではいかなくとも、前触れもなく近所のブロック塀で猫との縄張り争いを強  
制されるといった恥ずかしい制裁が下らないとは限らない。朝比奈さんならまだ許される気もす  
るし、着ぐるみとか見てみたいけどさ。  
 とにかく、わかりやすく公明正大な接点があれば、ちょっと寄ってみました風に軽く話しかけ  
ることもできるのだが。  
 そう、接点があれば……接点が……接点…………木工ボンド  
 失敬、関係ない。  
 まあなんだ、部活といえば文芸部の存続騒動の際に明確な助力をしてくれたわけでなし、かと  
いってあからさまに妨害されたこともない、か。喜緑さんは裏方の事務処理を黙々とこなすイ  
メージが強いかな。  
 っと、一つあった。……これなら教室から呼び出してちょっと話す用件くらいにはなりそうだ。  
あとでプリントアウトしとこう。  
 
 
「ふふっ」  
 右手を自然に口元にやって小さく笑いをこぼす喜緑さん。  
 手に取ったそれの内容が面白かったようだ。心の中で胸をなでおろす――  
 ついさきほど所在なさげな俺がおずおずと廊下から教室を覗いたとき、真っ先に目が合ったの  
は彼女だった。  
 何も言わないうちから席をすうっと立ち、いかにも喜緑さんらしい控えめな微笑みのまま静か  
に歩いてきてくれたのだ。そう、まるで俺が来るのが事前に解っていたかのように。  
 その間クラスメイトの視線が彼女を素通りしているようにみえたのは、これは俺が意識しすぎ  
てるだけだろうか。  
 用件というよりただの口実だが、ちょっと面白いものを見せたいと申し出て、廊下でそれを差  
し出す。彼女は  
「ありがとうございます」  
 そう言って素直に受け取ると、おとなしい上級生はそれに無言で目を通していた。並んで歩き  
ながら、どんなリアクションが返ってくるかと緊張していたが、笑う様子から察するにいいほう  
に受け取ってくれたらしい。  
「あの……」  
 感想を聞き出そうと声をかける。  
「はい?」  
「どうですか、それ」  
 
「どう、とは?」  
 なんか、長門にもこう返されたことがあったな。  
 けど喜緑さんの返事はにこやかで、漫画でいうと微笑する美少女が小首を傾げて吹き出し無し  
の小さなハテナマークを頭上に浮かべている感じだ。それならばと俺も一歩ふみこんで聞いてみ  
る。  
「喜緑さんが、その、意外にフランクというか……」  
「ふふ……あなたは、平和がお好きなんですか?」  
 へ? 思わぬ質問返しですか?  
 そうか、内容はそんな感じで始まってたよな、それ。  
 プリントした内容を反芻していると、喜緑さんがさらに言葉を継いだ。  
「わたしは平和が好きです」  
 慈愛をこめてそう漏らす姿が本当にまぶしくて。  
 なんだろう、いきなり地面に頭をこすりつけて「心根が悪くてごめんなさいごめんなさい」と  
30回くらい言いたい衝動に駆られる。疑念を抱いたわたくしの罪をどうかお許しください!  
 ……いかんな。こんなことではジャーナリストとしては失格だ。別に俺は記者志望ではないし  
むしろ信心深さでは早くも及第点かもしれんが。  
 いい言葉が見つからないままの俺は、視線を紙に落としている喜緑さんの横顔を、目の端にと  
らえつつ見とれつつ、このまま一緒に歩いていこう。  
 なに決意表明してるんだ、俺。  
 
 
 唐突だが気が付くと舞台はなんとなく体育倉庫横。食堂付近とは反対方向だ。じめじめした暑  
さが瞬く間にシャツの中を湿らせる。ナマモノには厳しい季節である。  
 でまあ、周りに人の姿はない。  
 喜緑さんはというと、状況に動じることもなく、友好的な雰囲気を揺るがすこともなくしとや  
かに、目の前の俺を無言で見つめている。さっきと同じクエスチョンモード。この人は汗ばんで  
はいないのだろうか、その控えめな夏LALAN(おそらく)に訊いてみたい。  
 いかん何を言ってるんだ。もとよりその量と質に自信があるわけではないが、俺は理性やら知  
性をなんとか総動員して、彼女の秘められた本性の部分にメスを入れる覚悟を決めていた。武器  
は手渡したプリントという共通の話題のみ。  
――さあ、行くんだ。  
「そうだ、喜緑さんっていい匂いですよね」  
 アウチ。  
 照れくさそうに頭を掻くまではよかった。だがこのていたらくだ。  
「ありがとうございます」  
 それでもにこやかに礼を述べる喜緑さん。思わず、  
「えーと、なにか、いい香水とか使ってるんですか」  
 重ねてだめだ。  
 彼女の包み込むような笑顔につい甘えてしまう。こんなはずじゃなかったのに。  
 周知だろうが、彼女は生徒会書記である。  
 すなわち生徒の手本として校則を遵守すべき身なのである。自律ってやつだ。  
 そんな彼女が高価な香水を――俺には未知の世界だが――ひそかに学校に持ち込んでいるので  
はないかと、身の程もわきまえず余計な詮索をしているわけでは決してないんです。つい口がす  
べって……。  
 内心激しく取り乱す俺を知ってか知らずか、彼女は「ふふ」と笑って、  
「最近、『海のうるおい藻』というのを使っています」  
 ひんやりとした空気がこの瞬間にどこからか流れ込んできたような気などしない。断じて。ハ  
ルヒ風に言えば「ぜんぜんない」。信じて。  
 しかし、つづく言葉が俺の顔面を逆に熱くした。  
「匂ってみます?」  
「え……」  
 
 想定外のお誘い、戸惑う俺。  
 何気ない申し出といった風情で笑いかける彼女の目線は、穏やかにしてあくまで上品だ。目が  
合うとこっちまでつられて顔がほころんでくるような。けど素直におしゃべりできない。  
 見つめられると行動を起こしにくいだろうという配慮からか、喜緑さんはいつのまにか目を閉  
じていた。そればかりか一歩幅まで近づき、さらにわずかに上体をこちらに寄せて、  
《どうぞ……》  
 そんな声が俺の精神に直接語りかけてくるような気まで若干してきた。  
 汗ばんだシャツの中で速まる心音、彼女にそれが届きそうなこの距離。  
 落ち着け落ち着くんだ。彼女に触れてはいけない!  
 理性が俺をパーフェクトに統御して、彼女に精神波を返す。  
 届け、マイ戸惑テレパシー。  
《じゃあ、あの、その、ちょっとだけ失礼しまあっす!》  
――レディ・ゴー。  
 そして俺は彼女の肩を手で支え、ふんわりうるおいヘアーにそっと顔を近づけ……  
 
 
 
 ちゃーちゃーちゃらちゃちゃ、ちゃっちゃちゃーちゃー♪  
 
 淑女との優雅なひと時を、ベッドに寝転ぶ俺があくまで理性の塊のような英国風紳士ぶりでシ  
ミュレートしていると、机の上で充電中の携帯電話がいつからか勢いよく鳴っていた。  
 主人公古泉イツキ、その実態は朝比奈ファン(だけ)垂涎のかの3流未満自主制作映画のチー  
プな主題曲はもちろん――  
 ハルヒだ。なんという嫌らしいタイミング。これに動じないシャミセンの図太さが少しだけ愛  
おしい。にしてもなんでこんな着信音にしてるんだろうね俺は。  
 受けたとたん、キンキン声がむやみやたらと耳で響いた。  
『遅い!』  
 俺はこいつの部隊の一兵卒でも職場の部下でも、ましてや薬指に指輪を光らせる間柄でなど決  
してないわけだが、いやもう、いかにも将来厳しい指導で成績を押しあげる中間管理職になりそ  
うな一喝だ。上司の言うことも聞かない可能性大である。で、  
 
『ちょっとキョン、あたしのプリン食べたでしょ!』  
 
 ハイ、やっちゃいましたねー。  
 どこからともなく聞こえてきた気もするが気にしない。うるさい。で言いたいことはそれか。  
だいたいの事情はわかるし最終的な犯人は俺らしいね。  
 引き出しから財布を取り出していると、  
『あれあたしのだったのよ! さっき有希に電話して聞いたけど、あんたのせいよ! 明日の昼  
にとっといたのにどう落とし前つけてくれんのよ。さあ吐け、戻せえぇ!』  
 とても年頃の娘とは思えない。しかしちょっと嬉しそうな怒鳴り声とは器用なもんだ。  
 思い当たる節をさらっと説明しておこう。今朝古泉が3個パックのプリンを2パック部室に差  
し入れた。つまり6個。放課後に俺も一つ食ったのだが、あとになってSOS団詰め所(文芸部  
室)備え付けの冷蔵庫を開けたら1個のこっていた。もったいないし季節がら賞味期限も気にな  
るので、長門以外出払っていた部室で手早く頂いたというわけだ。もちろん長門には了解を得た  
うえで。以上説明おわり。  
 俺以外に2個食ったメンバーがいるか、知らない間に部外者に1個振舞われたかのどちらかだ  
ろう。ひょっとして長門、おまえか? まあいい、もう過ぎたことだ。それで俺にどうしろと?  
『あんた、30倍がえしって知ってる?』  
 知らねえよ。お前のセンテンス限定なら聞き覚えはある。  
『じゃ、駅前、30分後、遅刻したら一品追加だからね!』  
 こっちの返事などお構いなく切ろうとする闇金顔負け女に、俺はあわてて交換条件を出した。  
「ハルヒ、明日の数学なんだが――」  
『人のプリン食べといて頼みごととはいい根性ねえ。まあいいわ。教科書とノート持ってきなさ  
いよ、忘れたらカテキョは無しだから。あぁ、喫茶店だから喫茶教師か。じゃあ30分後にね、  
キョン。うん、あ、財布持ってきなさいよ! あたし手ぶらだから』  
 へいへい、尻ポケットに装着済みですよ旦那。  
『ノーブラじゃなくて手ぶら!』  
 変な念を押すな、大きい声で言っちゃだめですそんなこと。  
 これ以外はやけに要領のいい返事がひっかかるが、まあちょっと助かる。ああみえてチャート  
式数学Uの赤本を「ぬるい」と総括する女だからな。  
 
 
 しかし晩飯どうすんだあいつ。てか妹にはあの本まだ読ませたくないよなあ、ああハルヒのや  
つ対俺の頭専用黄色いメガホンをまさか持ってくるんじゃないだろうな、あれ喫茶店で使うなよ  
な恥ずかしいから……って、喜緑さん今日ひょっとしてバイトの日かな、そういや喜緑さんや長  
門はいわゆるテレパスなのかね、あんとき朝比奈さん(大)と長門は非会話通信してたっけ……  
――などと雑多なことを考えつつ、俺はエアコンの除湿を愛猫のためにそのままにして部屋を出  
た。少々太り気味の彼が出入りできる隙間を残して。  
 
 
 
 
(終)  
 

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