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ナーサリーライムをわたしと  
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Question.  
 
「ねえ、有希はこういうのは知ってる?」  
 放課後、いつもの席で本を読んでいるわたしに、そう言いながら涼宮ハルヒが見せてきた紙切れにはこんな事が書かれてあった。  
 
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 ハンプティー・ダンプティー  塀の上  
 ハンプティー・ダンプティー  落っこちた  
 
 王様の馬  皆集めても  
 家来全員  集めても  
 
 ハンプティー  塀から転がり落ちた  
 ハンプティー  元に戻らない  
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 多少のアレンジは入っているものの、これはおそらくマザーグース、もしくはナーサリーライムとも呼ばれる童謡の一種であろう。  
 ただ、今回涼宮ハルヒはどちらかというと謎かけ唄の方の意味で使っているのだろうと判断し、わたしは彼女にその答えを告げた。  
「うーん、やっぱりこういうのもちゃんと知ってるのね」  
 『有希が知らない事ってなんなのかしら?』などと言いながらわたしから離れていく涼宮ハルヒ。  
 知らない事ならたくさんあるのだが、まあそれを考える事で彼女の退屈が紛れるのならあえてこちらから教えるような真似はしないほうが賢明というものだろう。  
 わたしだって、これくらいは空気を読めるようになっているのだ。  
「ふえー、知らない事ですかー。何かあるんですか、長門さん?」  
 ………わたしの気遣いが木っ端微塵である。これを天然でやっているのだからこの未来人は恐ろしい。  
 いつの間にか部室中の視線がわたしに集中していた。ボードゲームをやっていたはずの彼と古泉一樹までこっちを見ている。  
 どうやら、何かを答えなければいけなくなったようだ。………とりあえず今夜は一晩中、朝比奈みくるの枕元に無言で立ち続けることにしよう。  
 
 さて、前述したとおり知らない事はたくさんあるのだが、その中で今すぐ一つあげろと言われれば、やはり今感じているこれが適切であろう。  
「何となく、このナーサリーライムが気になる。その理由が分からない」  
 わたしの言葉を聞いて、涼宮ハルヒの目が『キラーン』という擬音つきで光る。  
 ………何だか、面倒くさい事になるような気がする。  
 
 
 ―――なった。  
 
 
 『分からない 事があるなら 調べましょ』と言う涼宮ハルヒの鶴の一声により、実地調査として知り合いに話を聞きに行かされる事になった。  
 『どう考えても暇つぶしのネタにされている』とか、『何故五・七・五?』とかいうツッコミは彼に任せて早々に退散する事にする。  
 扉を閉めた瞬間、良い感じの打撃音と共に彼と朝比奈みくるの悲鳴が聞こえてきた。  
 おそらく、また彼が何らかの地雷を踏んで涼宮ハルヒが暴れだしたのだろう。朝比奈みくるはその巻きぞえを食ったに違いない、早めに退散したわたしの判断は正しかったという事だ。  
 
「まったくその通りですね」  
「………」  
 古泉一樹がすぐ横に立っていた。  
 いつの間に出てきたのだろう。というか『機関』の一員として、中の惨状を放っておいてもいいのだろうか?  
「アレを何とかできるのは彼だけですよ」  
 『まあ、アレを引き起こすのも彼だけなんですけどね』と言いながら肩をすくめる古泉一樹。  
 あ、そうだ。  
 とりあえず実地調査の第一弾として古泉一樹に話を聞いてみよう。  
 
 
Answer 1  
 
「そうですね、まずはこのナーサリーライムが作られた、その時代や場所から話す事にしましょう。そもそも………」  
 15分にわたる彼の講釈は要するに『わたしはハンプティーに自分を重ねているのではないか?』というものであった。  
「いや、要約されるのは結構なのですが、その結論に至るまでの経緯というものをもう少し………」  
「一言ですむ内容を延々引き伸ばすのは愚か者の行動」  
「おやおや、あなたは愚か者になりたかったのではないのですか?」  
 彼の言い分は言葉遊びにすぎない、そう判断し、その場を立ち去る。  
 
「別に、なりたいわけではない」  
 その前に一言だけ言い返す。  
 
「わたしは既に、愚か者」  
 まあ、これも言葉遊び、なのだけれど。  
 
 
Answer 2  
 
「にょろろーん、そこを行くのは有希っ子かいっ!」  
「………」  
 いろいろ言いたい事はあるのだが、とりあえず『にょろろーん』とは何なのだろうか?  
「ん、ただの挨拶にょろー」  
 わたしはそんな挨拶知らない。知らない事がまた一つ、世界はかくも広いものかな。  
 ―――とりあえず二人目、聞いてみる事にしよう。  
 
 
「んー、つまりはこういう事っさ!」  
 ぎゅっ、と抱きしめられる。  
 ………この人はいつもこうやってわたしの質問をごまかそうとする。  
「のんばーばるこみゅにけーしょん、ってやつだよっ!」  
 発音からして嘘くさいのだが。  
「イヤかなっ?」  
「………」ぎゅっ  
 
 でも、まあ、結局の所、イヤではないのだから、わたしにはどうしようもないのであろう。………このオチも結局、いつもの通りである。  
 
 
Answer?  
 
 廊下を歩きながら考える。  
「うふふふふ。こんにちは、長門さん」  
(もしかしたらわたしの知り合いに聞くという時点で普遍的な答えというものは得られないのではないだろうか?)  
 スタスタスタ  
 
「あらあら、聞こえていないようですね。こんにちは、長門さん。あなたの義姉、喜緑江美里ちゃん、心は永遠の18歳………ってそりゃ実年齢より上やないかー、ですよー」  
(しかしだからといって、他に良い方法は思いつかない)  
 スタスタスタ  
 
「………あのー」  
(でも、まあ、今わたしに声をかけてきている存在に頼るというのは確実に地雷であろう)  
 スタスタスタ  
 
「………そういえば、長門さん。あなた最近日記というものをつけ始めましたよね」  
(………!)  
 ピタッ  
 
「○月×日、晴れ、放課後、彼がノックなしで部室に入ってきて、着替え中の朝比奈みくるに遭遇した。『すみません』と言いながらも、彼の視線は朝比奈みくるの胸に集中している。ふと、自分の体を見下ろして、思」ごすっ!  
 気付くと、わたしの足元で喜緑江美里が、プスプスと煙の立ち昇る頭を抑えて蹲っていた。  
 おや、わたしの拳からも同じように煙が立ち昇っている。………どうやら無意識に殴り飛ばしていたようだ、よくやったマイハンド。  
「うー、ひどいですよー。どうしていきなり殴るんですかー? ちょっと日記を、」ごすっ!  
 今度はちゃんと『意識的に』殴り飛ばす。  
「あなたは何も見ていない。もし見ていたとしてもすぐに忘れる、おーけー?」  
「あうう、目が本気ですね。分かりましたよ、わたしは何も見ていません、もし見ていたとしてももう忘れました、おーけー?」  
 コクリ、と頷く。  
 
「喜緑江美里、一応、あなたにも聞いておく」  
「はい、あのナーサリーライムの事ですね。もー、こういう事はちゃんとお姉ちゃんに相談してくれないとダメですよー」  
「では質問する。わたしは自分の体を見下ろしてどう思った?」  
「そこにはストーンと見晴らしが良い平坦な野原が広がって、………はっ、もしやこれは孔明の罠ですかっ!」  
「情報結合の解除を申請する」  
 
 
 そして、始まる盛大な姉妹喧嘩。  
 本当に聞きたい何かがあったような気がするのだが、とりあえずこれを壊してから聞く事にしよう。  
 いや、壊してしまったら話を聞けないので、半壊しくらいで止めておくけれども。  
 
 
Answer 3  
 
 『頭を冷やして来い』というのもあるのだろうが、喜緑江美里から引き離すという目的で情報統合思念体に学校から追い出される。  
 高校の知り合いはまだ校内に残っている人ばかりだったので、何もする事がなくなってしまったわたしが帰り道をトボトボと歩いていると、向こう側から顔見知りが数名歩いてきた。  
「やあ、こんにちは、長門さん」  
「―――やあ」  
「ふんっ」  
「あははは、どうもー」  
 ………一応、聞いてみる事にしよう。  
 
 
「壊れませんっ! ハンプティーは壊れないのです」  
 話をするために立ち寄ったファーストフード店の中で、わたしの疑問を聞いた橘京子がいきなり答えにならない力説を開始した。  
「ねえ、佐々木さん。そうですよね。ハンプティーは壊れたりしませんよねっ!」  
「ええ、そうね。確かに九曜さんは可愛いわね」  
 サラッ、とかわされ、ガタン、と音を立てながら机に突っ伏す橘京子。  
「ふふ、ふふふふ。くじけません。こんな事くらいじゃ陥落しませんよ、あたしという巨城は」  
 何やらよく分からない決意の言葉と共に立ち上がり、  
「佐々木さん、あたしは九曜さんの話をしているんじゃなくてっ」  
「―――」はむはむ  
 アップルパイを両手で掴みながら食べている周防九曜と目が合い、  
「って、本当に可愛いー!」  
 あっさりと陥落した。  
 
 『ね、ね、写真とってもいいですか? いやむしろ動画でお願いしたいです』などと騒ぎ出した橘京子を見ながら、  
「ふんっ、おめでたい事だな」  
 藤原という名の未来人がそう言い捨てた。喋り方はあまり良い印象を与えないものの、目の中にハートが見える超能力者よりはまだ比較的話が通じそうな、  
「おや、あのアップルパイはキミが買ってあげたものじゃなかったのかい?」  
「………」  
「ちなみに、おかわり、だそうだよ」  
「………買ってくる」  
 訂正、もうダメだこの人達。  
 
 
 どうしようもない、と判断して店を出ようとした時、  
「―――あなたは………王様?………それとも―――ハンプティー?」  
「ええと、そういうのをまとめて聞いてるんじゃないんでしょうか?」  
「そんなもの、他人に教えてもらうような事じゃないね」  
「答えは、あなたが自分で見つけるものよ。………がんばってね」  
 おせっかい焼きのエールが一気にやってきた。  
 軽く頭を下げて、店を後にする。  
 
 わたしの、答えは………。  
 
 
 
 
My Answer  
 
「よう、長門。首尾はどうだ?」  
 いつかのように帰り道で偶然彼と出会う。首を振る事を答えとすると、『そっか』という言葉と共に優しく頭を撫でられた。  
 情報領域が真っ白な暖かさで染められ、正常に働かなくなる。  
 何故か『ぴよぴよ』などと鳴きたくなる感覚を押さえつけながら、思う。  
 どうやら、わたしはすでに壊れているらしい。  
 
 
「わたしは、もう壊れている」  
 ボソリ、と言った。  
 
「知ってる。んで、知るか、だ」  
 はっきりと、力強く、温かな言葉が返ってくる。  
 
 
「………そう」  
 その言葉で答えが分かった。………答えを決めた。  
 とりあえず、押さえつけるのを止め、出てくる言葉をそのまま声に出してみた。  
 
「ぴよぴよ」  
 『抱きしめたら犯罪、抱きしめたら犯罪』と、小声で繰り返しながら、蒼白になるほど拳を握り締めている彼の姿が印象的だった。  
 
 
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 ハンプティー・ダンプティー  塀の上  
 ハンプティー・ダンプティー  落っこちた  
 
 王様の馬  皆集めても  
 家来全員  集めても  
 
 ハンプティー  塀から転がり落ちた  
 ハンプティー  元に戻らない  
 
 
 戻ってなんか  あげたりしない  
 
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