我輩はキョンである。名前はまだない。  
最近はいつも薄暗い文芸部室でやれやれと呟いていた事は記憶している。  
どこでどう人生を間違えたのかとんと見当がつかぬ。  
吾輩はここで初めて宇宙人・未来人・超能力者・そしてSOS団団長というものを見た。  
しかもあとで聞くとそれは涼宮ハルヒという人間中で一番獰悪な種族であったそうだ。  
この涼宮ハルヒというのは時々我々を捕えて煮て食うという話である。  
しかしその当時は何という考もなかったから別段恐しいとも思わなかった。  
ただハルヒの掌で掴まれてぐいぐい引っ張られた時何だかフワフワした感じがあったばかりである。  
閉鎖空間の中で少し落ちついて涼宮ハルヒの顔を見たのがいわゆるハルヒというものの見始であろう。  
この時妙なものだと思った感じが今でも残っている。  
 
…とまあ明治の文豪のパロディで逃避するのはこれくらいにして、だな。  
目の前に展開された光景は、いやおう無しに今の俺の現実と言うものを突きつけていた。  
ああ事件は会議室でも現場でもなくて文芸部室で起きているんだな、と。  
 
「これはこれは。」  
古泉が4人いた。いや正確に言うとニヤケ面の古泉とニヤケ面の古泉っぽいおっさん3人だ。  
「んっふっふーどうもはじめましてー古畑と申しますーんふっふー」  
「ええと、何と言ったらいいでしょうか、こちらの古畑さんは刑事さんだということで…」  
そうか。それで、その刑事さんが何でこんな場所で朝比奈さん謹製のお茶を啜ってるんだ?古泉君?  
そう問うと、古泉にしては珍しく偽悪的な物言いもせず、嘘っぽい模範解答も持ち出さず、  
まるで言葉を捜しあぐねているように「つまりその…なんと言えばいいでしょう…」等と言い淀んだ。  
 
「あの…キョン君、そちらの方が…」  
淀んだ空気を払おうとするかのような朝比奈さんの言葉に振り向くと、  
もう一人のおっさんが俺に手を差し出してきた。  
「やあ、はじめまして。君がキョン君か。話は聞かせてもらったよ」  
何の話ですか。古泉の俺評価とかなら記憶野の無駄ですから、早々に忘れ去る事をお勧めしますが。  
「この方もコイズミさんとおっしゃる、何でも政治家だと言う話なんですが…」  
聞いた事がないな。  
「ええ、過去未来、歴代総理から村会議員まで調べましたが、そのような政治家は存在しないと…」  
「何を言うんだ古泉くん、私は総理。日本国の内閣総理大臣だって言っただろう?」  
いや、だから、そう言われても確認できな…  
「アイムソーリーだよ!」  
…このタイプの人間が日本国の総理大臣になることは未来永劫ないと思う。俺が保障する。  
「実はですね…少々困った事になっていまして…いえ、困っているのは僕だけ…なんですがね。」  
…大体予想はつくぞ。つくがあまり聞きたいとも思わないんだが…  
「そう言わずに。つまりその…この御3方が僕のような気がしてしまうんです」  
…すまん。それはさすがに斜め上だ。何だって?  
「アイデンティティの共有とでも言うべきでしょうか?端的に言ってしまえば、  
 御3方に親兄弟よりも強い親近感を抱いていると言うことなんですが」  
それは…その、そんな親しいなら今まではどうだったんだ?  
「いえ、今日目ざめたら当然のごとくいただけなんです…すいません、僕も少々混乱してまして…」  
湧いて出たのか?何でそれで自分だと思える?そのあたりから考察すれば…  
「…それは、今朝からずっと考えてはいるんですが…すいません…何1つとして…」  
………………………………………………………………………………………………  
 
捜査は暗礁に乗り上げた…  
 
途方にくれて視線をさまよわせると、もう一人のおっさんと言うには若い青年と目が合った。  
何というか、不思議な迫力を持った男だ。古泉のように美形と言うわけではないが、何というか、  
いい男という表現がこれほど似合う男もそうはいないだろう。…何でだ?  
「うれしいこと言ってくれるじゃないの」  
俺は一瞬にして凍りついた。この男はやばい。朝倉とは別の意味で根源的な恐怖と言うものを感じる。  
 
見なかったことにした。  
 
うん。あれだな。俺にできるのは右往左往してちょっと物事の向きを変えるぐらいのことであって、  
事件そのものを解決する能力と言うのにはまったくと言っていいほど持ち合わせが無いんだな。  
うん。不相応というわけだ。  
 
というわけで長門先生、お願いします。  
 
「この3人は。」  
はい。この3人は。  
「古泉一樹の異世界同位体だと思われる」  
 
ああ、異世界同位体。なるほど。異世界同位体なら仕方ない。なにしろ異世界同位体だからな。  
 
「おそらくは涼宮ハルヒが昨夜の夢現の中で願った事。昨日に何らかの原因がある可能性が高い。」  
昨日。昨日ねえ。俺には思い当たる事はないな。…なら古泉か?古泉、昨日ハルヒと何かあったか?  
「昨日…ですか。いえ、特には…」  
…うーむ、いとも簡単に行き詰ってしまった。どうしたもんかな…  
 
「あ…もしかして…」  
打開は意外な方向からやってきた。  
「私、昨日涼宮さんと古泉くんについて話をしたんです…」  
朝比奈さんとハルヒが、古泉の?  
「ええ、たしか…『古泉くんてなーんか別人格とかありそうなのよねー』とか…」  
それか?いやしかし、別人格と言うかこれははっきり別人になってるしな…  
「うーん、あとは古泉くんの家族はどうなってるのか、とか…やっぱ似てるのかしら、とか…」  
古泉そっくりの古泉一家…あまり想像して気持ちいいものでもない。  
「そうだ!たしか『世の中には3人くらい自分に似た人がいるって言うし…』って言ってました!」  
家族からどう脱線したのか理解に苦しむが、ハルヒがそう言ってたと言うならそれが原因だろうな。  
「…涼宮さんが僕に興味を示してくれた事はありがたいですが、雑談からこの事態というのは…」  
そういうのいつも俺だったもんな。まあ、団長の仲間認定だと思えば腹も立たんだろ、お前的には。  
「そうですね。そう思うことにします。涼宮さんのやることなら解決しないということはないでしょうし…」  
 
「あの〜ちょっと〜よろしいでしょうか〜?」  
 
確か、古畑さん…でしたっけ?というか、事情とかわかりますか?  
「え〜、こ〜ち〜ら〜の〜古泉君、彼と私は〜、大体の記憶を共有しているようですから〜んっふっふ」  
なるほど。それならいちいち説明するまでもないということですね。  
「はい。それで〜ですね〜、ちょっと思いついた解決策があるんですが〜」  
え、あるんですか?  
「ようは〜、涼宮さんに私たちが別人であると認識してもらえばいいんです〜」  
…つまり、具体的にはどういうことをするんですか?  
「はい、おそらく〜、涼宮さんに会って少々話をすればそれで解決すると思われます〜んっふっふ〜」  
何だって?  
 
「え?それは…いや、確かに涼宮さんが別人と認識すれば、同一人物でも別人になる可能性が…成程…」  
古泉、わかったのか?完全に別人の俺にはちょっとついていけないんだが…  
「では、説明させていただくとしましょう。いうまでも無く僕とこのお3方は…」  
いや、長くなりそうならいい。…というか顔が近いんだよ気持ち悪い  
「これはこれは。では、解決法だけを簡潔に解説させていただくとしましょうか。」  
ぜひそうしてくれ。あと人と話すときはもうちょっと離れてくれると助かるんだが。  
「おやおや、癖と言うものは厄介なものですね。では、このあたりで…」  
まあ、そのあたりだな。それで、解決法ってのは何だ?  
「涼宮さんに私たちそれぞれが別人で、別の家に『帰る』と認識してもらうという事です。」  
なるほど。しかしそううまくいくのか?  
「…まあ言ってしまえば、涼宮さんの僕への関心がそう持続するとは…」  
たしかに古泉を必死に引き止めるハルヒというのも…他のメンバーに比べたら想像しにくいのは確かだ。  
「こちらの…コイズミさんの選挙についての秘密の会合、という線で行こうと思います…」  
 
…部室の隅に座っているいい男の視線は無視することにした。  
 
「ばっほほーい!皆いる!?」  
ばっほほーいって何だ。南太平洋あたりの呪いの挨拶か?  
盛大に意味不明の挨拶をかましたハルヒに例のごとく突っ込みを入れておく。  
「うるさいわね、こんなのノリよノリ。そんな細かい事気にしてると将来ハゲ…」  
「あれ?それ誰?」  
ようやく気付いたか。お前は本当に興味ないものには冷淡というか臨床心理的な視野が狭いというか…  
「いいじゃない。何、ひょっとしてうちに入りたいとか…」  
それはない。  
「申し訳ありません涼宮さん。実はですね、こちらコイズミさんと言うんですが…」  
古泉が素早くフォローを入れる。この3人は古泉のおじさんで、コイズミさんの選挙が近いこと。  
密談に適当な場所がなかったこと。思い当たる場所がここしかないこと。  
その他こまごまとした言い訳…この状況を正当化する嘘を軽々とひねり出す。  
理路整然としていながら全くもって信用できないのは、さすが古泉というかしょせん古泉というか。  
「…ふーん。」  
ハルヒはいまいち納得してはいないようだったが、  
「それは、依頼ってことでいいのね!?」  
…しまった。すっかり忘れていたが、この状況ならハルヒは依頼とか言い出すに決まってるんだ。   
「まっかせなさい!古泉くんの頼みだし、特別に相談に乗ってあげるわ!」  
いやいやいや!別に相談に乗ってくれとは言ってないだろ?  
そうさ、コイズミさんだって密談の中身をそう簡単に…  
「実はねえ、困ってるんだ。党内の仲間が言う事を聞いてくれなくなっちゃってねえ。」  
言っちゃった!いやコイズミさん、ハルヒに相談しても何も解決しませんよ!  
ていうか選挙って本当だったんですか!  
「解散するぞ!って言っても何だか…解散なんてしないだろうって馬鹿にするだけで…」  
「リーダーとしては、一体どうすればいいんだろうねえ?」  
 
リーダーと聞いてハルヒはがぜんその目を輝かせ、高らかに語り始めた。  
…ハルヒに対する地雷ワードその77、リーダー。ちゃんと記憶しておけよ、俺の脳。  
「あたしでもわかることを、その年の…しかも政治家がわからないでどうしようっていうの?」  
 
…だいたい何を言うか予想はつくが、ハルヒ、少し控えておいた方が…  
「自分が…仲間が、絶対正しいって信じること!自分は凄い、絶対勝てるって信じること!」  
いやいや、俺はそんな絶対正しいとか…  
「後悔するのは!負けてからでいいのよ!」  
聞いてねえし。  
 
「そうか…そうだな。何か教えられた気がするよ。うん、感動した!」  
感動しちゃったよ!いやコイズミさん、こいつの言うことはそんな深いもんじゃなくてですね…  
「涼宮さんに古泉君。ありがとう。おかげで決心がついたよ。」  
コイズミさんはそう言うと、文芸部室のドアを開ける。もう決して振り返ったりはしない。  
ていうかコイズミさん、あなたも俺の話とか聞いてくれないんですね。  
「衆議院…解散するか。」  
 
「さて〜、それでは私もおいとまさせていただくとします〜んっふっふ〜」  
ちょ、ちょっと待ってください古畑さん、その前にあの危険人物を…  
「あ〜そうでしたそうでした〜、阿部さん〜、そろそろおいとましないと〜。」  
「ん?もうかい?意外に早いんだな」  
「それでは〜、追い詰められて自分はゲイだと言い張った犯人の話でもしながら帰るとしましょう〜」  
 
おっさんは去り。文芸部室にはいつもの風景が帰ってきた。  
「古泉くん?」  
ほんの少しだけ、形を変えて。  
「さすがにちょっと無理があると思わない?」  
…だよな。いや、勘のいいハルヒが気付かないと思うほうがどうかしてるんだが…  
「いえ、その…本当に、本当に僕の…叔父にあたる人たちで…いえ、本当ですから!」  
…焦った古泉というのも珍しい。脳の片隅に置いておく位の価値はあるかも知れんな。  
「じゃあ、何か証拠見せなさいよ。そんなに親しい叔父さんならなんかあるでしょ?」  
「…ええと…困りましたね…うん…そうですね、その…」  
 
「そっくりだったでしょう?」  
 
…古泉。お前は頑張った。  
世が世なら吟遊詩人か何かがお前を称えるサーガの1つや2つをひねり出している頃合だろうさ。  
「…それもそうね。」  
ん?  
「ほんっとに良く似てたもんねー。皆うさんくさくて。古泉くんの叔父さんってのも納得だわ。」  
……古泉。あれだ。なんと言っていいのかよくわからんが…  
「…うさんくさい…ですか?」  
…おい。…お前、まさか…?  
「僕は…うさんくさいですか?」  
本気で…自分はうさんくさく思われてないとでも思ってたのか!?今の、今まで!?  
「自分では…少し陰のあるクール系美少年だと…完全な2枚目キャラだと…」  
はっきり言おう。お前は3枚目だ。お笑いキャラだ。百歩譲って2枚目半だ。  
端的かつ最も明瞭な表現でお前を表すなら、一言で言って、  
 
ネタだ。  
 
「ちょっとキョン!はっきり言いすぎよ!」  
…ハルヒ、このタイミングでそれは追い討ちと言うものだぞ。  
なあ古泉。俺なんてひどいもんだ。だってキョンだぜ?  
キョンが外房線にはねられましたーとか一家で爆笑だぜ?  
鹿のキョンはまああれはあれで俺もかわいいと思うが…  
「あなたは…むしろそのせいで稀に見せるかっこよさが過大評価されている節がある!」  
ま…稀に見せるかっこよさとか言うな!恥ずかしい!  
いいか古泉、うさんくさいってのは欠点ばかりじゃない。言い方を変えれば…そう、ミステリアスだ。  
「ミステリアス…ですか?」  
そうだ。お前にクール系は無理だと俺も思う。だが…街で見かけたミステリアスなあいつ、なら?  
そこはかとなくカッコイイと思わないか?  
「それは…たしかに。」  
そもそもだな、この…ハルヒの周辺に2枚目キャラはいない。  
つまり、メタ的に言えばお前が世界一2枚目度数の高い男と言っても過言ではない…  
ならば、少々ネタ扱いされたところでどうだと言うんだ?  
 
「…なるほど。僕としたことが、少々取り乱してしまったようですね。」  
「そうよ!古泉くんはSOS団の2枚目キャラ担当なんだから!」  
「そうです、古泉くんは普通にカッコイイと思いますよ?」  
「…」  
朝比奈さん、こいつにそこまで気を遣わんでもいいと思いますよ。  
そして長門。その本さっき読み終わったはずだぞ?ホントにお前古泉には冷たいんだなあ。俺もだが。  
復活した古泉のニヤケ面と定位置に戻ったハルヒ、  
お茶の準備を始めた朝比奈さんといつの間にか新しい本を読み始める長門、  
そして窓を見つめる俺と無意味なパンアップでこの物語は一応の終わりを迎えるのであった。  
 
 

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