『涼宮ハルヒの消失』P.158冒頭からの続き  
 
 
 周囲は明るい。先程までとは一変して充分な光源をもった空間に放り出され、俺の目は一瞬その眩さにくらんでしまう。  
「ここは……」  
 序々に正常な視力を取り戻していく目を頼りに、俺は自分の居場所を確かめる。  
 ここは何かの部屋で、俺が踏みつけているのは北高の制服を着た女生徒で……って!  
「うぉわっ! すみません!」  
 上履き越しに感じる低反発布団にも似た感触が脳髄に達するか否かといったタイミングで慌てて跳び退る。  
 俺という重しがどけられても、くだんの女性が動く様子はない。マズイ、当たりどころが悪かったか? もしかして責任は俺にあるのか?  
「あの、大丈夫ですか!」  
 こんなところで傷害事件を起こしている場合ではないだろう、俺。  
 相手にしてみれば俺にだけは言われたくない台詞であろうが、とにかく意識を取り戻してもらいたい一心で安否を気遣う。  
「あ…」  
 それが功を奏したか、僅かながら反応が。真夏の気だるい午後を彩る風鈴の揺らめきのような微かな身じろぎとともに、うつぶせの女生徒の口からうめき声が洩れる。  
「しっかりして! どこか痛いところはありませんか!」  
 なおもゆったりとした身動きしかとれない女性を抱き起こす。腕にかかるその重みが思いのほか軽いのにちょっとした衝撃を感じつつ、俺は彼女の次なるアクションに期待した。  
 そして、そんな彼女が弱弱しく右腕を持ち上げて脇を指差した。その先にはパソコン一式の姿があった。  
 えらく見覚えのある機種のそれ。見間違えようがない。3日前まで部室に堂々と鎮座していたSOS団の備品だ。  
「こいつは!」  
 しかもその画面はなんらかの文面を表示しているじゃねぇか!  
 無意識に女性を抱き上げる腕にこもる力を強めながら、俺は食い入るようにディスプレイを凝視する。  
 俺の注目を一身に受けるパソコン、そこにはこう記されていた。  
 
EMIRI.K> sleeping beauty  
 
 
 がちゃっと扉を開く効果音と共に玄関が開放され、そこには眼鏡をかけていない長門の姿が。  
「あなたはどさくさまぎれになにをしようとしている?」  
「あら? どうして元に戻ってるんですか、長門さん?」  
 あ、目ぇ覚ました。つうか状況がなにひとつわからねぇ……  
 
「あなたは質問に答えるべき。なにをしようとしていた?」  
「わたしはなにも。彼が与えられた条件の中でどう判断し、どう行動するか、それはあくまで彼の自由であり、気絶していたわたしはただそれを受動的に受け止めるだけでした。  
 ところでわたしの質問にも答えてもらえませんか。どうやって従来のパーソナリティを回復したんです?」  
「……愛の奇跡?」  
「どちらかというと嫉妬が引き起こした火事場の馬鹿力という気がしますが。  
 話は変わりますがこんなことを知ってます? 般若面は嫉妬した女性の顔を表しているんですよ」  
 ふたりの口喧嘩は俺をよそにいつまでもいつまでも続いた……  
 

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