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そして『歩み』は続いていく  
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「古泉………いいのか?」  
「ええ、僕にはどうやら前に進むしか道は残されていないようです。それに、たとえ篭城という手段があったとしても、閉じ篭ってわずかな時間を生きながらえるよりも、前に進んでわずかな可能性に賭ける方を選びたいのですよ」  
「そうか」  
 なら、俺に言える事はもう何もないな。  
 そして俺は、古泉が確かに一つ前に歩を進めるのを確認した後で、  
「じゃ、これで詰みだな」  
 古泉が『歩』を進めた事によって空いたスペースに『角』を叩き込み、わずかな可能性とかいうやつをパチンという音と共に踏み潰した。  
 
 
 さて、今回の話の舞台は、ある日の放課後、時間的にはもうSOS団団活動という名の意味無しまったりタイムが始まっているはず、の文芸部室である。  
 俺と古泉はそこで二人きりで将棋を打ちながら、まだ来ていない残りのメンバーを待っていたのである。………てか、一局終わっても来ないって遅すぎだろう。  
 いいかげん帰りたくなってきたのだが、そうすると理不尽にも俺達が無断欠席した事になるのだろうなぁ、………法律って何だろう?  
 
 民主主義とやらが抱える矛盾に思いを馳せながらも、結局二人きりのまま二局目に突入する。  
 始まってすぐに、古泉が万年雪のように溶けそうにない笑顔を伴い話しかけてきた。  
「いや、しかし、強いですね、あなたは」  
「お前が弱いだけだ」  
 つーか、いろんな意味で状態異常としか言いようのないステータスを持つSOS団団員の中で、俺がこういうゲームに勝てるのはお前くらいなんだぞ。  
「………もしかして、僕は朝比奈さん以下なのでしょうか?」  
 朝比奈さんは『歩』が『桂馬』並みの動きをするからな。あれは一般人だとまず勝てん。  
「ああ、『将棋とは関係ない部分で負けている』と、そういう事ですね」  
 やかましい。上目遣いで『キョンくん、違うの?』とかやられてみろ。お前だって『あなたが仰る事でしたらなんだって大正解でございます。アタックチャンスは何番ですか?』ってなるだろ、なるよな、つーか、なれ!  
「………もしかして昨日の閉鎖空間はそれが原因ですか」  
「………正直、すまんかった」  
 そういや、ハルヒのやつそんな俺達を見て、秋の日はなんとやらとでもいわんばかりに急に機嫌が急降下しやがったな。………もしかして、あいつ、『好き』なのかもしれんな。………将棋が。  
「残念、不正解です。二回休み、でしたかね」  
「将棋にそんなルールはねーよ」  
 そんなお前にアタックチャンス。ほらよ、王手飛車取りだ。  
「おやおや。あなたがアタックするんですか」  
 古泉は作戦に失敗して逃げ道を探す軍師のような顔で盤面を見渡した後、いつものニヤケ面にスパイスレベルの真剣さを加えながら、こっちを向いてこう言った。  
「はてさて、僕は王と飛車、どちらを捨てれば良いのでしょうか?」  
 
「………何を訳の分からない事を言ってるんだ?」  
 常識で考えれば分かるだろう。ハルヒ菌が感染したか?  
 あれは感染力強いからな。………うわ、こっちくんな! 俺にまでうつるだろうが!  
「いえ、僕は確かに非日常側の人間ではありますが、それなりにはまともな感性、………と言いますか、………まあ一般常識というやつは持っていると思いますよ」  
 言いながら、古泉は将棋盤に手を伸ばす。………ハルヒ菌については否定しないんだな。  
「確かに、理屈では王を逃がすしかないのですがね」  
 王が逃げ、飛車が死んだ。………てか、殺したのは俺なのだが。  
「ただ、感情として飛車を守りたい場合、僕はどうすれば良いのでしょうね」  
 これは答えを求めていない、愚痴のような問いかけだろう。  
 別にこいつの思考なぞ分かりたいわけじゃないのだが、それでも分かってしまえるほどの付き合いはしてきたって事なんだろうな。  
「気に入らないなら、盤面ごとひっくり返せよ」  
 分かったところで結局、こんな適当な答えしか返せない俺である。なんつーか、ダメな自分に嫌気がさしてくるね、本当。  
「はは、僕にそんな力はありませんよ。涼宮さんならとにかく、ね」  
「………将棋の話だろ。ハルヒは関係ない」  
「そうですね。失言でした」  
 沈黙の中、二局目は淡々と続いていく。  
 迷いながらも悩みながらも、それでも時間は過ぎていく。  
 
「ほらよ、王手だ」  
 余計な思考を断ち切るように、古泉から取った飛車を盤面に叩きつける。  
「取られたってんなら、取り返してみせろよ」  
 敵になったり、味方に戻ったり、自分の意思とは関係なく、立場をコロコロ変えさせられながらも、それでも続いていくのだろう。  
 『良い』も『悪い』もない、ただただ続いていくだけなのだ。  
 
「ああ、今までとは全く関係の無い話なのですが、一つだけどうでもいい事を言っても良いですか?」  
「何だ?」  
 そんな俺の思考を読んだつもりなのか、本当にそう思っただけなのかは知らんが、古泉は何の答えにもなってない、本当にどうでもいい事を伝えてきた。  
「今、楽しいですよ」  
 何の意味も無い、ただの戯言。………ただまあ、否定するような言葉じゃないよな。  
「………そうか」  
 指す手を止める事無く『歩』を進めながら、とりあえず、ただそれだけを呟いた。  
 
 
 おそらくこのままで良いのだろう。  
 このまま続いていけば良いのだろう。  
   
 ―――そう。少なくとも、『今』は、まだまだ続いていくのだ。  
 
「ふふふ、ここに『歩』を打つと後三手で僕の勝ちですよ」  
「………古泉」  
「何でしょう?」  
「二歩だ」  
「………」  
 とまあ、大体こんな感じで。  
 ときたま失敗しながらも、それでも確かに、続いていくのだ。  
 
 ―――それでも止まらず、進んでいくのだ。  
 

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