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そして朝は来て、陽が昇る  
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1.  
 
 人生という舞台を照らし出すスポットライトのような綺羅星が、暗幕という名の雲一つない空全体に広がっている、そんな夜の話だ。  
 コンビニに買い出しに行く途中の路上で俺は、俺的太陽であらせられる天使様と前世からの運命なのではないかと思えるほどの劇的な再会を果たした。  
 ………いや、ただ単にばったり出くわしただけだし、そもそも別れてから数時間程しかたっていないのだが、こういうのは気持ちが大事なんだよな、うん。  
 
「あ、キョンくん、あのね」  
 マイ運命の人(希望的観測)こと朝比奈さんは俺を見つめながら数秒ほどその場で一時停止した後、決意を込めた瞳と共に言葉の爆弾を投げつけてきた。  
 
「あたし、未来に帰る事ににゃりましゅた」  
 ………ただし濡れてて爆発しない、みたいな。  
 
「………」  
「………」  
 周囲にいろんな意味で気まずい空気が流れる。  
 フォローしたいとは思うのだが、この人の将来のためにも心を泣いた青鬼っぽい何かに変換して、ちゃんと駄目出しする事にしよう。  
「そんな大事なセリフを噛まんでください」  
「ふみぃー」  
 一世一代の大博打に失敗した青年実業家のような情けない声が、投擲犯の口から転がり出てきた。  
 
「や、やり直しですー。再審請求を再開しますー」  
 いろいろと日本語が大変な事になっている朝比奈さん。  
 てか、そんなどこぞの迷惑ハレハレ核融合娘みたいな事を言わんでください。このままだと天使から堕天使へとフォールダウンしちゃいますよ。  
「き、記憶を、失ってくださーい」  
「その100トンと書かれたハンマーは一体どこから出しやがりましたか!」  
 ハンマーの重さにふらつきながらも一歩一歩こちらに近づいてくる堕天使A。  
「キョンくんが悪いんですからねー! あたしにもよく分かりませんけどー!」  
 そんな不条理特急一直線な事をのたまいつつ、朝比奈さんはハンマーを振り上げ、  
 
「へ、わ、わ、わ、……わきゃあ」  
 重さに耐えかねて後ろ向きに倒れこみ、  
 ゴインッ!  
「ふごっ!」  
 そのままの勢いで後頭部をハンマーで強打した。  
 
「きゅうううー」  
 朝比奈さんは目を回したままピクリとも動かない。どっかで見たパターンだな、こりゃ。  
 しかし、これでお別れとかいうオチだったら別の意味で涙が止まらなくなるぞ。………朝比奈さんらしいといえばらしいのかもしれんがな。  
「やれやれ」  
 でもまあ、そんなオチではお客さんは満足しないだろうし、何より俺自身が納得できないからな。  
 こんな時一番頼りになる相手である、最近は親友というより戦友といった方がしっくりくる、長門有希に連絡を入れようと携帯を取り出す。これもまた、どっかで見たパターンだな。………何度もすまん、今度何かで埋め合わせするから許してくれ。  
 
 
 ノーコールどころか番号を押す前に、かけようとした相手から電話がかかってきた。  
 
『問題ない』  
 
 おお長門よ、フライングすぎるにも程がある回答をありがとう。  
『その朝比奈みくるはTPDDの影響であなたの情報領域内に一時的に存在しているに過ぎない。現在のあなたは情報活動を低下させているため影響がやや強く出てしまっているが、どちらにせよ看過出来るレベルである事に変わりはない』  
 前回同様チンプンカンプンな説明ありがとう。足し算引き算ができるからといって微分積分ができると思ったら大間違いだぞ  
 あーと、………すまんが今回も、分かりやすく頼む。  
 
『そこは夢の世界。あなたが見ているのは目が覚めたら消えてしまう、ただの幻』  
 
 その割にはなんか現実感があふれてるんだよな。………前回同様『夢と見せかけて実は現実でしたー』なんてオチはないだろうな?  
『ない。今回は本当にただの夢』  
 そうか、まあ、お前がそう言うなら信じるよ。たとえおまえ自身が俺の夢だったとしてもな。  
 ………それで、どうすりゃ俺は目覚めるんだ。  
『何もしなくていい。自然に目覚める』  
 いや、目覚めるまでこの暴走気味な堕天使の朝比奈さんと一緒というのは、  
 
 ………えーと、これは夢だから、  
 
 ―――正直、  
 
 ―――純情チェリーボーイである俺の口からはとても出す事のできない、そんな何かを持て余すっ!  
 
『………来いや』  
 命令ですか命令ですね分かりました従います。  
 一瞬にして氷点下になった世界に響き渡る、仕事人の糸レベルに致死的な長門組長のお言葉に最敬礼で答える俺。  
 
 ………ああ、ヘタレだぞ、悪いか。  
 
 
2.  
 
 意識を失っている朝比奈さんを背負って長門の部屋にお邪魔する。  
 いまだに意識を取り戻す気配のない朝比奈さんは、長門の手によって俺の膝を枕に寝かしつけられている。  
 ………何でだ?  
「主役はあなた。………わたしは、脇役だから」  
 ヒロインを選ぶ権利くらいくれよ、と言いそうになったが喉元で押さえこむ。泥沼フラグは踏みたくないしな。  
「………手遅れ」  
 ………泥沼に突き落とされましたとさ。  
「悪いのはあなた。わたしにはよく分からないけれど」  
「お前もかよ。どれだけ嫌われてるんだ、俺」  
「………やっぱり、悪いのはあなた」  
 そんな感じで『美味しいお茶を飲んでいるはずなのに何故か胃が痛くなる』という不思議事件を体全体で味わいながら、見掛け上はまったりとした時間を過ごした。  
 俺の胃に穴が開くスレスレのタイミングでようやく天使様が目を覚ました。  
 
 
「………キョン………くん?」  
 朝比奈さんはまだ半分ほど夢の世界にいらっしゃるらしく、どこかボンヤリとした感じで、  
 
「キョンくんは、あたしを忘れるの?」  
 
 そんな訳の分からない事を呟いた。  
「………」  
 ポカリ  
「はうう」  
 無言で朝比奈さんの頭をはたく長門。容赦ねーな、おい。  
 
 
「忘れられたくないのなら、ずっとここに居れば良い」  
 長門の表面だけは淡々と言っているようにしか見えない、けれど確かに真摯な言葉に、朝比奈さんが裏も表もない泣きそうな声で言い返す。  
「あたしだってそうしたいけど、でもそんな事はできません」  
 一人じゃないという事に縛られている少女は、縛られていないからこそ一人だった少女に初めてはっきりと自分の意見を伝えた。  
「あたしはいつかは絶対に未来に帰らないといけないの。そこがあたしのちゃんとした居場所なんだから」  
 多分、長門もちゃんと理解はしているのだろう。ただ、納得できないだけなのだ。  
 
「それでも、ここに居れば良い。………ここに、居て欲しい」  
 
「長門さん」  
 本当に実年齢相応な子供のような事を言い出す長門。  
「長門、あまり朝比奈さんを困らせるんじゃありません」  
 妹にそうするように無表情に泣きかけている少女の髪を少し強めにクシャクシャッと撫でつける。  
 そうして長門をいつもの無表情に戻した後で、悩めるSOS団の太陽に正面から向き合った。  
 
 さて、今度は俺の番だよな。  
 言うべき事なんて分からないけれど、伝えたい事なら確かにあるんだ。  
 
「朝比奈さん、俺は、」  
「………うん」  
 微妙に俺から目を逸らしている、弱いようで強く、それでいてやっぱり弱い上級生に、  
 
「×××××」  
 
 と、余計な比喩を用いずに率直な今の自分の気持ちを伝えた。  
「約束します。何があっても、絶対に」  
 下手にいつもの分かりにくい比喩を使うと、癒し系お間抜けさんであるこの方の場合、いらん誤解をしてまた暴走しかねないからなぁ。  
 ………それに、夢の中でくらいは素直になっても良いだろう、多分な。  
 
 
「キョンくん」  
 俺の言葉を噛みしめるように目を閉じた朝比奈さんは、そう言った後、俺の首に手を回してきた。  
「ありがとう」  
 彼女の顔が視界いっぱいに広がって、脳内360度いっぱいに彼女が侵食してきて、  
 
「ん」  
 
 そのまま、ごく自然に唇同士が触れ合った。  
 
 
 俺達の関係を表すかのように、一瞬だけ触れ合って離れる唇。………俺達が再度触れ合うという事は、はたしてあるのだろうか?  
 俺から離れた彼女は、本当に天国から使わされた存在であるかのように神々しい満面の笑顔をうかべながら言った。  
「うふふ。夢の中なんですから、これくらいは許してくださいね」  
 ええ、俺的にはその意見に諸手を挙げて賛成したいところなのですが、先程から『ゴゴゴ』とかいう擬音付きでこちらを睨んでいる宇宙からの来訪者様がいらっしゃるのですよ。  
「ふえ? ………ひうっ!」  
 絶対零度のくせに自然発火しそうなくらい熱いという矛盾したオーラにあてられて一瞬にして燃え尽きる朝比奈さん。  
「そう。………夢の中では何をしてもかまわない。学しゅうシタジッコウスルモンダイナイマカセテ」  
 いや、句読点なしのカタカナ言葉で喋る人にはなるべくなら任せたくないなあと思うのですが。  
「きゅううー」  
 あ、朝比奈さんが夢の中なのにまた気絶した。タイミング良いなあ、ちくしょう。  
 ………つーか、俺の体が動かなくなっているのは、要するに原因が女の側にあろうとも、とりあえずは男が悪いとそういうことですね。男女平等は死んだのですか?  
 
「最初に言った」  
 血管が浮き出るほど拳を握り締めながら、あふれ出る殺気っぽい何かを隠そうともせずにそう呟く長門。  
「な、な、何を、かな?」  
 分裂して見えるほど足を震わせながら、あふれ出る恐怖という感情を隠そうともせずにどもりまくる俺。  
「悪いのはあなた」  
 ギロチン台の刃が落ちる音が響いた気がした。  
「助けてくれー!」  
 俺の助けを求める魂の叫びが正義のヒーローに届くという御都合主義的な展開は当然のように起こらず、俺は結局目が覚めるまで夢の中で地獄を見るという稀有な体験をするはめになった。  
 
 ………勘弁してくれ、本当に。  
 
 
3.  
 
 次の日の朝、何故か睡眠前より疲れがたまっているという愉快すぎる状況に、認めたくない種類の涙を流しながら登校した俺は、校門の所で珍しく朝比奈さんと会った。  
 
「あ、キョンくん」  
 昨日の夢を思い出して心臓が一つドクンと跳ねる。  
 そんな動悸を気合で押さえ込み、平常どおりの挨拶をした。  
「おはようございます、朝比奈さん」  
 しかし、返ってきた挨拶は全く平常どおりではなかった。  
「はわ、ふえ、ご、ご、ご」  
「???」  
 朝比奈さんはパニックになった新人ニュースキャスター並みに噛みまくりながら、瞬間湯沸かし器といった感じにボスンと顔を赤くして、  
「ご、ごめんなさーい」  
 と、叫びながら走り去っていった。  
 ………俺、何かしたっけ?  
「………した」  
「長門よ。気配無く人の後ろに立つのと人のモノローグを勝手に読むのは止めなさい」  
 とりあえず必要な注意だけをして事情を聞く事にする。  
 
「昨夜、TPDDを介してあなたと朝比奈みくるの情報領域の一部が同期していた」  
 ふふふ、長門よ。五目並べができるやつが囲碁までできると思うなよ。  
 ………すみませんが分かりやすく仰っていただけないでしょうか?  
「昨夜、あなたと朝比奈みくるは二人で同じ夢を見ていた」  
 ああ、どうりであんな反応をされるわけだ。  
 ………うわ、つーか、気まずいな、そりゃ。  
 
 
「ところで」  
 どうしたもんかなー、などと考えている俺に、長門がなんでもない世間話をするといった感じで話しかけてきた。  
「何だ?」  
「どんな夢だったの?」  
 俺がお前にジェノサイドされる夢だよ、とか言えるはずもなく、朝っぱらから冷や汗が体のいろんな部位からあふれ出してくる。  
 ………脱水症状で倒れる前になんとかごまかさんとならんよな。  
「ちなみに、嘘を吐いたら夢と同じ結果があなたを待っている」  
 ………冷や汗が逆に引っ込むという初めての経験にさらされました。  
 やったね、俺! てか、やっちゃったね!  
 
「えーと、長門さん。もしかしてもう夢の内容知っているんじゃ?」  
「あなたの口から聞きたい。主に『朝比奈みくるに接吻されてどうおもったのか』、とか『ノイズが入って聞こえなかった部分のあなたの言葉』、とかを」  
 なんというかもう、数分後には体のいろんな部位から血液があふれ出してくるのかもしれんね、こりゃ。  
 
「長門」  
 ただまあ、その前に一つだけ、真面目な質問だ。  
 
「朝比奈さんは、まだ、未来に帰ったりはしないよな?」  
 
 俺の質問に長門はコクリと一つ頷いた。  
「そっか」  
「そう」  
 朝比奈さんが、夢の中とはいえ、何であんな事を言ったのかは俺には分からない。  
 でもまあ、俺が伝えたい事ってのはもう決まっちまってるからな。  
 ………あーと、朝比奈さんがやった事についてはノーコメントで頼む。正直に言うと泥沼ダイビングだからな、………もう手遅れかもしれんが。  
 
 
「ちなみに」  
「何だ?」  
「涼宮ハルヒも昨夜のあなた達の夢を見せられていた」  
 ………あいつは朝比奈さんの事になるとすぐに機嫌が悪くなるからな。我がSOS団の天使様が大事だってのは俺も大いに同意したいところなのだが、願わくばもう少し平団員も大事にして欲しいものだ。  
 
「………」  
「何だ、長門。その付ける薬がない何かを見るような無表情は?」  
「………別に。それともう一つ」  
「何だ?」  
「先程までの朝比奈みくるとあなたの一部始終も彼女は見ていた」  
 ああ、さっきからドドドドドとかいう擬音付きで砂埃を舞い上げつつ、大型トレーラーばりの勢いでこっちに向かってくる謎物体はそれか。  
 
「キョンー! さっきみくるちゃんが顔を真っ赤にして走ってったのも、あたしが昨日悪夢を見たのも、我がSOS団から眼鏡っ子がいなくなったのも、なんか知んないけどあんたが全部悪いんだから、とりあえず一発殴らせなさーい!」  
 遠くから響き渡る理不尽フルスロットルな馬鹿娘の声が侵入してきた脳で、過労死する自分の未来を幻視しながら現実逃避気味に空を見上げる。………いや、もしかしたら過労で死ねたら幸せなのかもしれんな。  
 
 俺の心に降る雨なぞ知らんとばかりに、嫌味なほどきれいに晴れ渡った青空の中で、全てを見守る天使のように朝日が俺達を照らし続けていた。  
 じゃあ、俺の命の灯火が消える前に今回の話をまとめておこうか。  
 
 
 たとえ夜になったとしても、太陽を忘れる馬鹿はいないだろう。  
 
 まあ、要するに、今回はそういう当たり前のお話なのさ。  
 
 
「といやー!」  
 ドゴスッ!  
 
 記憶喪失にでも…………ならん限りは……な………ガクリ  
 
 
 
 

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