「シンデレラストーリー」  
 
あらすじ  
普段のハルヒと違う?いつものハルヒに戻すため、長門の力を借りてハルヒの精神へと潜入する。  
だがそこで、俺は命を落とす羽目になってしまった。  
 
 
高校一年の春、どこで運命を間違えたのか、俺がほんの一言よけいな入れ知恵を入れたせいで、「世界をおおいに盛り上げるための涼宮ハルヒの団」ことSOS団なる誠に胡散臭い団体まで作らされることになった俺。  
毎度のこと、ハルヒは普通じゃない日常を捜し求めているようだ。だが、それにともなう代償は、すべて回りの人間に押し付けられる。  
さて、今回の話もあまり俺は笑ってはいられない。  
 
なぜなら、今回は、俺が死んでしまう話だからだ。  
 
ハルヒの頭がおかしいとは最初の自己紹介のころから思っていたことだが、ここんところ、目に付くアイツの行動は、俺の基準のおかしさからかなり逸脱していた。  
例えば。  
いつものようにエスカレーターを望むような坂道を登り終えて、我が教室1−5組へ向かった。だが、そこで見慣れぬ野郎どもの人だかりが。  
どうやらハルヒの周りに群がっているらしい。こっちはその前に席があるので、ひどく鬱等しい。  
輪の中心にはハルヒが席に座っていたが、そこで信じられないものを見た。  
こいつ、どこで見つけたのかSMの雑誌を広げていた。そして、図画のデッサンに使うような顔なし人形をつかって、雑誌の通りに緊縛の練習をしてやがる。  
当然、周りの健やかな男子には目の毒だか、保養になるのかはわからん。だが、注目されることはたしかだ。  
俺はハルヒに一通りの説教のお題目を言い切った後、始業のチャイムがなったことで人形や雑誌をしまい始めた。それで人だかりも解散した。  
どうやら俺の話は、相変わらず聞く耳をもたないらしい。  
だが、俺は奇妙に思う。アイツの目、なんだか死んだ魚のような目に似ていた。  
 
朝の行動はその夕方に理解できた。  
俺が掃除当番でおくれて文芸部の部室に向かった。俺がここに足を運ぶのは、あの変態の機嫌を損ねないためでもある。しかし、百合のような可憐さと蜂蜜のような少女の面影を残している朝比奈みくるさんのメイド姿を拝見したいためでもある。  
一応、着替えている最中であることも考慮して、ドアをノックしてみる。  
「あ、キョン、中に入ったら鍵を掛けてね」  
ハルヒの声だ。大丈夫そうなので中に入って鍵を掛けた。…なんで鍵が必要なんだ?  
振り返ると、団長机に腰掛けてハルヒが居た。いつもの席でいつものように座っている長門有希が居た。  
いつもだったら、朝比奈さんがメイド姿で笑顔で出迎えてくれるはずなのだが。  
と、イスに座ろうと奥までいくと、床になにかが転がっていることに気がついた。  
裸の朝比奈さんだ。  
両手を後ろに縛られ、尻を突き上げるようにしている。目は黒皮で目隠しをされ、口は喋れないように丸っこいボールのようなのをかまされていた。  
一糸もまとわず、どこかで見かけたような格好をしていた。  
それは間違いなく、ハルヒが教室で練習していたような無残な姿にされていた。  
「何やっているんだ!?」  
「おしよきよ。私の機嫌を損ねた罰」  
そういうことを聞いているんじゃない。俺は朝比奈さんにかけよって、ブレザーをかけてやった。  
「んうぅ……、んふ、んうぅ……、んんん、んふん」  
朝比奈さんはずっと泣いていたようで、顔を涙とよだれでグショグショにしていた。俺は縛っているひもを解こうと試みるが、結びは固い。  
「ねぇ、キョン、セックスしてよ」  
言ってる意味がわからんぞ。  
「目の前でこの子を犯してよ」  
本気で言っているのか?  
「…なによ?できないの?いつもはいやらしい目でみくるちゃんを眺めていたくせに」  
今日のこいつは本気で頭がおかしいと俺は判断した。気違いのたわ言は無視して、俺は朝比奈さんを解放することに集中した。  
「…つまんない。帰ろ」  
そういうとハルヒは、団長机から飛び降りて、カバンを持って扉のほうへ向かった。  
だが、俺はここでも気がついた。いつもは飢えた狼のようにギラギラした瞳がどこかへ消えうせ、変わりに荷馬車に乗せられて市場に売られていく子牛の目をしていた。  
 
ロープはポリエチレン製で黄色と黒の模様のよく見かけるアレだ。俺は結び目を解くことをあきらめ、切る方法へと頭を切り替えた。  
「長門、お前、切るものもってないか?ハサミとか」  
すぐに長門はカバンの中からカッターをとりだし、俺に丁寧に手渡してくれた。  
ありがとよ。一応礼は言っておく。だがな、俺がこうする前に、お前は哀れな朝比奈さんを助けることができたんじゃないのか?  
 
なんとか朝比奈さんを救い出し、俺はおとぎ話でよくあるように、助けられた姫から抱きつかれて胸で泣かれていた。  
ああ、我が心のエンジェルよ。もう大丈夫です。悪い魔物は立ち去りました。  
「怪我とかはありませんか?」  
「ぐすっ……ぐすっ……。だいじょうぶ……です。…びぇ」  
長門が本を閉じる音が聞こえた。今ではこれが団活動の終了音になっていた。  
長門は本棚に分厚いハードカバーのSF小説を戻すと、少しだけ俺の顔を見つめて、扉から出て行った。  
俺は心の傷を負った朝比奈さんが心配だったゆえ、できるだけ一緒に居てあげたかった。だが、彼女も着替えなければならない。  
俺は外で待っていることを朝比奈さんに言づけ、カバンをもって扉の外で待機した。  
そして出てくる数十分間、つい先ほどの出来事を妄想していた。  
ああ、朝比奈さん、すいません。先に謝っておきます。実は、目隠しを外すことを一番先にできたのです。けれど、俺は最後にまわしました。なぜならば、俺はひもを解き放ちながら、あなたのその危険な裸体をじろじろと眺めたかったから。  
 
目を瞑って朝比奈さんのあれやこれやを想像していると、扉が開く音がして本人が出てきた。  
目はまだウサギみたいに赤くむくんでいる。だが、少しは落ち着いたようだ。  
「あの……、上着、ありがとうございました」  
朝比奈さんは、丁寧にも、俺のブレザーをキチンと畳んで、折り目を付けて返してくれた。  
その自分が受けていたことよりも、俺を気遣うこの心配りに、グッと来る。  
 
下校時、俺は朝比奈さんのすぐ後ろを歩いていた。  
前々から望んでいた機会が来た!ここで二人はお互いの距離を縮める……といった無粋な思惑を今の俺はもっていない。小さな肩を後ろからながめながら、俺はただ足長おじさんと同じ心境になっていた。  
「あの……、もう、ここで結構です。わたし、もう……大丈夫ですから」  
いつも部室で見せるみくるスマイル50パーセント引きを確認し、俺は朝比奈さんとここで別れることにした。  
「今日はすみませんでした。俺がもう少し早く、部室へ駆けつけていたら」  
「い、いえ……、あなたの、せいじゃ、ありませんから……」  
そういて深々とお辞儀をして、ルンタタと道の奥へと小走りをしていった。  
俺も後ろに振り返り、我が家に帰ろうと歩き出した。その数歩後、  
「キョンくーん!涼宮さんをたすけてあげてー!」  
朝比奈さんの声が聞こえたので、後ろを振り向くと、また朝比奈さんは小走りで駆け出していた。  
 
ハルヒを助けろ?  
 
数分後、俺は車上の人間となっていた。なぜなら朝比奈さんと別れた直後に表れたのは、例の黒塗りタクシーの窓から顔を出す自称超能力者、古泉一樹。  
俺は胡散臭い笑みの古泉の勧めで車へと乗り込み、いつものたわ言に付き合ってやることにした。  
「今日は団の活動に参加できず、申し訳ありませんでした」  
べつにいい。俺は、そういえばお前の姿は見なかった、程度にしか思っていない。  
「『機関』のメンバーたちと集まっていまして。実はここ三日ほど、涼宮ハルヒの作り出す閉鎖空間に違和感にきづきました」  
何がちがう?  
「それをお知らせする前に、貴方は『小宇宙』という言葉は、ご存知ありませんか?」  
あいにく、ご存知ありません。  
「我々が住む地球という太陽系の第三惑星は、宇宙の大きさから比べると、とても小さなものです。  
まるで、砂粒と太平洋のようにね。その我々が目にする世界のことを宇宙と称しています。ところが、この広く深遠な宇宙と同じ大きさのものが、ごく身近に存在するとしたら?」  
なんだそれは?燃やせば流星拳でも撃てるようになるのか?  
「もう一つの宇宙は、我々の体の中に存在します。あなたにも、そして僕にも。  
我々は夢を見ます。そして、頭の中で想像を働かせます。我々が宇宙の深遠を測れないように、人の心の中もどうなっているのかはかる術がない。  
だから、宇宙と人の心は同じなんですよ」  
古泉は言い終えると満足そうに笑みをうかべた。  
「つまり、人の心と現実は繋がっていると言いたかったんですよ」  
もしそうなら、俺の今晩のベッドには、朝比奈さんがかわいい寝息を立てているはずだ。  
「そうならないのは、人には必ず真逆の力が働くからなんです。それを理性と呼んでいます」  
だが、心の奥で思った出来事が、実際に起こせる力をもつ奴を、俺たちは知っている。  
「そう、涼宮さんです。彼女が中心となって起こした事件の数々、その発端はすべて涼宮さんが望んだことが形となってこの世に現れたからになります。  
だからこそ、我々の『機関』は、彼女を『神』と呼んでいる」  
否定をしたかったが、実際に俺自身も当事者となって、ゆがんだ現実を戻そうと躍起になったことを覚えている。  
「閉鎖空間もそのひとつ。ですが、最近発生した閉鎖空間はじつに奇妙なものでした。通常でしたら、彼女のイライラが空間を生み出すきっかけとなります。  
しかし、ここ数日で我々の観察した範囲で彼女にストレスの有無を発見できなかった。そして、閉鎖空間に登場する『神人』も」  
あのでかいニキビが?  
「貴方も知っている神人は、青白く光る巨人です。ですが、我々の目にした神人は、赤黒かった。そして、暴力的で、我々が危害を加えるものと認識をすると、全力で反抗しだしました」  
神人の話をすると、古泉はいつもの笑みを浮かべなくなった。  
「あなたからみて、最近の涼宮さんに、何か変化の兆しは見当たりませんでしたか?」  
俺は気づいたことを古泉に言ってやった。無機質の目をしていること。自分勝手で独善的だが、団員に危害を加えることはなかったのに、それをしたこと。  
「つまり、我々が出した結論は、涼宮ハルヒは変わったのか、もしくは中身が入れ替わったのか?」  
世界を自分中心に考えるお調子者のアイツに、代わりたいと思う奴がいたなんて心底仰天だが、そう冗談も言えそうにない。少なくとも、俺が知っているアイツは、自己中だが乱暴でない。  
「元の涼宮さんに戻っていただくために、今回もアノ人にすがるより他はないでしょう。ちょうど着いたようです」  
古泉が言い終わると、車は止まり、俺はタクシーから降りた。そこは良く知っている場所だ。  
高級分譲マンション。長門有希が住んでいる。  
 
「今回は別の情報体が涼宮ハルヒに憑依しているのが原因」  
俺をマンションに降ろした後、古泉は閉鎖空間に向かうと言って、去ってしまった。  
一人で長門の部屋へと向かい、今はこうして部屋で長門と座って話をしている。  
「情報統合思念体の一部の組織が、涼宮ハルヒを破壊するのではなく、情報創生能力を残したまま人格だけを操作する計画を立案した。  
今、涼宮ハルヒの精神には、別の人格がインターフェースされている」  
つまり、かいつまんで言うと、ハルヒ本体は中で引きこもっているんだな。じゃぁ、長門、頼むぜ。いつものように、チャッチャとかたづけてくれい。  
「私では無理だ」  
は?今、なんと?  
「人へのメンタル・ダイビングは可能。だが、潜入後に涼宮ハルヒの本体の発見が私には困難。しかし……」  
長門は俺を見つめなおして言い続けた。  
「あなたなら可能」  
ちょっとまて。俺はお前と違って宇宙人でもロボットでもない、ただの一般高校生だ。  
「あなたは涼宮ハルヒの鍵。決断を要求する。涼宮ハルヒの精神空間に潜りこみ、目的物の確認と確保」  
なんていうミッション・インポッシブルだろうか。イーサン・ハントも、流石に人の心まで潜入したことはあるまい。やるよ。ここまで来たら、なんだってやってやる。  
 
長門は立ち上がると襖で仕切られた戸を開けて、俺を中へと呼び寄せた。ここも思いでがある。この蒲団の中で、朝比奈さんと二人きりで三年間も寝ていたんだなぁ。  
「潜入のために私の本体と同化してもらう。女性器からアクセスしてあなたの精神と融合する」  
すると長門は器用に俺の学生服を脱がし始めた。  
「長門、あのー、俺には、お前とセックスをする、…と解釈したんだが、…いいのかな?」  
俺のシャツのボタンをはずし終わると長門は答えた。  
「私ではダメか?」  
いつもの無感動の長門ではなく、ミリ単位で心がゆれ動いた、と俺は思った。  
手際よく素っ裸にむかれ、俺は蒲団に仰向けにされてしまった。長門はセーラー服を脱ぎだし、惜しげもなく裸体を露わにした。  
白い。顔と同じように、まるで陶磁器のようにつやのある肌。体格に相応の小ぶりで形の良い胸。短くそろえた陰毛。  
うん。だめじゃない。むしろイイ。  
俺の感想を肯定と捕らえたようで、長門は俺に覆いかぶさってきた。そして片手で一物を握り、夜な夜な習慣付けている行動と同じ動作を始めた。  
そして、顔を胸の辺りにうずめだし、舌で左側の突起物を転がすようになめまわした。  
情けない話、俺はといえば、頭がついていけてないせいもあったが、ずっと長門にされるがままだった。  
おかげで……その、なんだ、息子はコチンコチンになった。  
長門はしごいていたナニを、そのまま自分の股の下へともぐりこませた。そして、ゆっくりと挿れ終わると、メトロノームのように正確にリズムをとるのだった。  
「な、長門……、ちょっと、これ、…やけに、はやい」  
「アクセス完了まで……6……5……4……」  
カウントダウンが終わるにしたがって、俺の中で弾けたい欲望がどんどん高まっていくのがわかった。「長門、長門……あう、うああああああああああああああぁ」  
放出するのと同時に俺は雄叫びをあげた。  
 
気がつくと、俺の手足の感覚が無くなっていた。あわてて起き上がろうとしてみても、起きる体がない。まるで手も足も顔も目も無くなっちまったみたいに。だが、意識だけははっきりしている。  
俺は透明で人の形なんかしていなかった。無形の存在。これがひょっとして情報思念体と呼ばれるものだろうか?  
「涼宮ハルヒの戯態を捕捉」  
長門の声が心の中で響く。まるですぐ側にいるみたいに。いや、きっと側にいるんだろう。ひょっとしたら、俺が長門の中に入っちまったのかもしれねえな。  
ハルヒは夜のゲームセンターにいた。少し昔の格闘ゲームで、対戦相手を血祭りにあげることに夢中のようだ。  
いよいよ、ここから、気違いハルヒの中とやらに入り込むんだろう。色々と不安は頭によぎるが、長門がいるからきっと何とかなるさ。  
「精神世界の潜入までは私の仕事。その先は私は介入できない」  
あてが外れちまった。なんてこった。  
「精神の損傷は現実に直結している。気をつけて。生きて戻ってきて」  
長門にしては、やたらと不気味な予言めいたものを俺に言い残して、俺をハルヒの中へと送り込んだ。  
 
涼宮ハルヒの内面世界。  
俺は普段着ている北高の制服姿をしていた。アスファルトの上に立っていた。周りを見渡すと、人は見当たらないがビルもある。信号もある。まるでいつかの閉鎖空間にそっくりだった。  
だが俺は愕然としている。前になくて今あるもの。それも山のようにそこら中転がっているもの。  
俺の死骸が散乱していた。  
 
恐る恐る触ってみると、驚くほど良くできている。けしてマネキンのような素材ではなく、肌の柔らかさや骨の固さまでそっくりだ。  
そして、その死に方は、死体ごとに異なっていた。  
首から上が無くなっているもの。腹を刺されているもの。重たいもので押しつぶされているもの。エトセトラ、エトセトラ…。  
ひと通りの観察を終えて気分が悪くなった俺は、ハルヒ探しを始めることにした。  
なぜだか知らんが、俺にはすぐにでも見つかるような気がしてならん。俺の死体が転々と続いているほうに向かって歩み始めた。  
そして、たどりついた建物は、  
「……野球場」  
 
入り口を通り、ロッカールームを見回り、売店から階段を登って球場を見渡すと、  
「見つけた」  
ライトスタンドの上段で、女の子が座ってうずくまっているのを見かけた。  
ハルヒは俺の良く知る高1のハルヒではなく、小学校に通うのがふさわしい年齢をしていた。そして、見たことがない白いドレスを身にまとっていた。  
俺が側まで寄って、隣に腰掛けても、ハルヒは何も反応を示さない。  
「…ごめんな。ハルヒ。遅れちまった」  
声を掛けてもまだ身動きもとらず、ひざを抱えて顔を伏せている。  
俺もこんなとき、なにか気の効いたことを言えたらよかったんだと思うが、言わないほうがよかったんだろう。  
たぶん。だから俺は、ハルヒの気持ちの整理が付いて、喋ってくれるまで側にいてやることにした。  
 
「おじさん……山高帽をかぶったおじさんがきてね、おもしろいことをおしえてあげよう、っていったの。  
私にはね、自分の思ったことが思うとおりにできるんだって。それでこれから毎日、この町で自分の好きなことをしていけばいい。そしたら毎日楽しくて楽しくてしかたがないよって。  
うそだって思ったの。けど、私がアイスが食べたいって思ったら、右手にアイスを握っているし。歩くのが面倒くさいと思ったら、空を飛ぶ事だってできた。  
それで、そのおじさんね、君はムシャクシャしてたんじゃないのか?って。  
私はその通りよってこたえたわ。目茶苦茶きらいな奴がいるの。頭悪くて、スケベで、死んじゃえばいいって思う奴。  
そしたらね、じゃぁ、そいつをおもちゃにして遊ぼう、っていったの。  
言われたとおりにそいつを思い浮かべて、殺して、殺して、殺して、ただひたすらに殺した。  
しゃべらないんじゃ面白くないと思ったから、感情もあるようにしてみたの。そしたらね、みんな、私のほうを向いて泣き出したの。死にたくない、痛い、苦しい、助けてくれって」  
そうか、そうだろうな。  
「その声を聞いてから、急に怖くなっちゃって。なんてひどいことを私はしちゃったんだろうって」  
俺は子供のハルヒの頭に、ポンと手をおいて、やさしく髪をくしゃくしゃにしてやった。  
「大丈夫さ。気にしてなんかいないよ。お前がそう思ってくれただけでコイツはチャラだ。それでいいだろ?」  
ここでやっとハルヒは顔を俺に向けてくれた。涙のたまった瞳を指で拭いてあげて、俺はできるだけやさしく話しかけた。  
「お前はやさしい奴だから、きっと気づいてくれると思っていたよ」  
そこで突然、轟音が響いた。側のビルの上半分が砕け散っている。  
 
赤黒い『神人』が俺たちを見ていた。  
 
閉鎖空間で出会った『神人』は、町の破壊活動に夢中だったようだが、こいつはハッキリと俺をみつめている。  
これが長門の言う、ハルヒに憑依した情報思念体か?まるで獲物をみつけたライオンのように。奴はゆっくりとこっちに近づいてきた。  
「ハルヒ、立てるか?ここを逃げるぞ」  
古泉たちがここに来ていないかを確認したが、それらしい姿は見当たらない。長門には駄目だしされているから、ここは自分でなんとかせにゃならんようだ。  
手を握って、いそいで観客席を駆け下りる。あの巨人―俺命名『魔人』―は、三塁側席を吹っ飛ばして、球場に足を運び入れた。  
『魔人』が片手を上段に振り上げたのを見て、俺はなるべくコントロールを効かせながら、ハルヒを投げ飛ばした。  
うまいこと尻もちだけですんだことを確認すると、俺は横からの衝撃で吹っ飛び、階段を転げ落ちて石柱に叩きつけられた。  
 
俺は退屈が嫌いだった。  
ガキのころから戦隊物やSF、ファンタジーが好きだったのは、世の中がこんな面白い世界だったらいいのに、と本気で思っていたからだ。  
だが、俺は話の主人公になりたいとは思わなかった。なぜなら、俺にはなんの取り柄も芸もないからだ。  
氣をあつかうことは無理だし、見たことのない漢字をあてた名前の拳法も使えない。ロボットの操縦ひとつできないし、怪しい組織に改造も受けていない。  
俺はただ、主人公の側で見守る役をやりたかったんだ。  
そんな俺が話の主人公になったらどうなる?  
なにもできず、あっけなくやられるだけさ。  
 
全身を打ち付けてまったく身動きが取れない。床の感触が濡れているのがわかる。おそらく真っ赤になっているに違いない。俺はトラックに引かれたヒキガエルのようにくたばっていた。  
ああ、俺ってこうやって死ぬんだな、って思った。  
 
「いやあああああああああっ」  
階段の上からハルヒの叫び声が聞こえた。ハルヒは『魔人』の方へと振り返り、いつものように威勢のいい啖呵を切り出した。  
「もういいのっ!キョンはあやまってくれた。だから、もう、やめて!あっち行って!私の前から消えなさいっ!」  
すると巨人は、なにも抵抗することもなく、言われたとおりに透明になっていった。  
「キョン!キョーーン!?」  
不思議な光景だった。ハルヒは階段を駆け下りていくたびに、大人びていくようにみえた。そして白いドレスが一番良く似合う年頃、俺の良く知るハルヒにもどっていった。  
「いい?あんたはSOS団団長の雑用係でパシリで肩もみ係でネタ要員なの。  
今度行くはずのケーキフェアやってる店の勘定もあんたが払わなきゃ駄目だし、喫茶店の飲食代だってあんたが受け持つんだからね。  
だいたい、団長に断りもなしにくたばるなんて、そんな虫のいい話は絶対に許さないからね!?  
神様が許してもアタシが許さない!死刑にするわよ?ほら、キョン!起きなさーい!」  
十個ぐらいツッコミを入れたかったが、今は時間がない。  
俺はハルヒの顔に手を当てた。  
「帰ろうぜ。SOS団もまだ活動途中だ。朝比奈さんの新しいコスプレ衣装も気になる。  
古泉とのゲームも、アイツからむしるだけむしってやんねぇとな。  
長門だって、空気のように読書にふけって見えるが、きっと俺たちと一緒にいたがっている。  
俺も、できたら、もっと素直に接して、ほしい、し…、たまにでいいから、ポニーテールの…、日があれば…。だから、ハルヒ……、ここから、か……ぇ……」  
タイムオーバーだ。この世の時間にして8時44分42秒。俺は死んだ。  
本当はいつかみたいに、ハルヒと口づけしてここを出ようと思っていたんだ。けど、だめだった。やはり、俺は、話の主人公になれない。  
だが、女優になれるやつはいた。  
ハルヒは、俺が力尽きると顔を近づけて……。  
 
ライトのまぶしさを感じて、ゆっくりと目を開けた。ここはさっきまでいた長門の蒲団部屋だ。  
俺は長門と二人で裸になって、重なり合っていた。長門は胸の辺りで伏していた。長門も気がついたみたいで、お互いが顔をあわせる形になった。  
俺は、長門の顔を見たとたん、急に死んだ時の恐怖を思い出して、思わず長門の唇にむしゃぶりついた。体中が恐怖で震えて止まらない。  
自分が息をつぐのも忘れていたので、あわてて顔を離した。  
「すまん……」  
長門は表情を変えずに否定した。  
「長門、俺は……本当に生きているか?俺の頭がおかしくなった訳じゃないよな?」  
今度は肯定した。そして、まるで俺の鼓動を聞くように、胸に耳を押し当てた。  
 
やれやれ。たった今起きたばかりだが、頭は休息を欲しがっている。しばらく、長門の好きにさせてやるか。俺も生きてみんなの顔を見ることが楽しみになってきた。  
すっかり、どっぷりハマっちまったな。このズタボロ団員生活。  
少し吹き出しそうになり、もう一度、言葉を発して俺は目を閉じた。  
 
「やれやれ」  
 
 
了  
 

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