『春の野は、いつにもましてパラダイス』
今年は春だ。来年の夏が待ち遠しいが、過ぎ去った時間は取り戻せないので、今年は春を謳歌することにする。
タンポポの咲く土手に身を投げ出し、大の字になる。草の匂いが鼻をくすぐる。
「まさに春ですね」
横を見ると、古泉一樹も俺と同様に大の字になっていた。
「ああ、まさに春だ」
「春って、いいじゃないですか?」
「ああ、春はいいものだ」
実は俺は夏が好きなんだがな。だが、今はそれは言わないことにする。
「でも、あなたは夏が好きなんですよね?」
気付いてやがったか。抜け目ない奴だ。
「いや、やはりあなたは春が好きなはずだ。ところで、『ハル』で止めていいんですかね? もう一文字足しませんか?」
はっ倒すぞお前。いや、既に倒れているからはっ起こしてやる。
「今日のような穏やかな『春の日』が、貴方は好きなんですよね?」
返事はしないことにした。
「僕は大好きです」
俺は飛び起き、古泉を見た。
「おや? ですから、今日のような暖かい『春の日』がですよ? やだなあ、貴方はいったい何を想像したんですか? いや、誰を、と言うべきですか?」
腹が立ったが、ここで言い返したら負けのような気がするので、俺は再び地面に大の字になった。
「なあ古泉」
「なんでしょう?」
「何故今年は春なんだ?」
「おかしなことを訊きますね。去年は冬だったじゃないですか」
「そうだな」
何故今年が春であるのか、なんていうのは、現実に今が春である事実の前ではどうでもいいことだ。
「なあ古泉」
「なんでしょう?」
「この春を、絶対に満喫するぞ」
古泉はくっくっと喉を鳴らした。
「貴方らしくないですね」
ほっとけ。
「いいえ、僕も同感です。約束しましょう、もしこの春が〈機関〉にとって不都合なのだとしても、僕は一度だけ〈機関〉を裏切って貴方と春を満喫すると」
一度だなんてケチなこと言うなよ。
「〈機関〉を裏切った場合、次の春を迎えられるかわかりませんからね」
俺は古泉と反対の方向へ首を捻った。無口な宇宙人インターフェイス、長門有希もまた大の字になっていた。
「長門、気持ちいいか?」
「……いい」
「長門、春っていいよな」
「……いい」
「長門、ポッキーあるんだが食うか?」
「……いい」
「長門、胸何カップ?」
「……いい」
嘘つくなよ。
「……」
「少し、転がってみませんか?」
古泉が提案してきた。
「いいな。長門もやろうぜ」
「右に三回、左に五回、右に二回です。間違えないようにお願いしますね」
「ああ、いいだろう。長門、準備はいいか?」
「……いい」
俺達は転がる。右に三回、左に五回、右に二回、間違えることなく。
「素晴らしいですね」
「ああ、素直に感動モンだぜ。なあ長門?」
長門が大の字になったままコクリと頷く。
何故今年が春なのか? それはな、涼宮ハルヒがそう望んだからなのさ。
-END-