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素面なアイソパラメトリック  
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1.  
 
 涼宮さんがヤレヤレ不快としか言いようのない全世界酔っ払い化事件を起こした日から一夜明けた朝の事です。  
 わたしこと喜緑江美里は、まだ誰も学校に来ていない時間に登校(侵入ともいいますね)し、学校の屋上から吊るされてシクシク泣いているお間抜けさんの周囲に遮蔽防音シールドを張ってから生徒会室へと向かいました。  
 
「え、ちょ、待って喜緑さん! 何でそんなの張るのー!」  
「あらあら、だって朝倉さんはもう学校からいなくなったはずの人なんですから、見つかったら大変ですよね」  
 一応また学校に戻れるように申請は出していますけどね。通るかどうか分かりませんし、何となく照れくさいので伝えてはいませんが。  
「いや、だから、降ろしてくれないかなー、………とか」  
「申し訳ありませんが、あなたをそうした長門さんの許可もないのに、わたし一人の判断で勝手な事をするわけにはいけませんよね」  
 決して『面白そうだから』、なんていう理由ではないですから許してくださいね。  
「えーと、長門さんは?」  
「私用があるとの事で、今日一日はちょっと連絡、つきそうにないですね」  
「………つまり?」  
「がんばれ女の子!」  
 苦境に陥った彼女へと、心からのエールを送ります。  
「鬼ー、悪魔ー、わかめー」  
 心からの呪詛が返ってきました。  
 ………わかめ、………わかめ、ねえ。  
 
「え、あれ、喜緑さん。………その、何で黙り込んでるのかな?」  
 びくつく朝倉さん。さて、躾って大事ですよね。  
「………うふふ、そうですね。お詫びといってはなんですが、素敵なプレゼントを差し上げましょう」  
「えっと、贈り物というより悪苦裏喪廼、って感じっぽいし、遠慮したいかもなー、………なんて」  
「朝倉さんだって女の子なんですから、ちょっとくらい弱点があった方がチャーミングですよね」  
「人の話聞いてないよこの人!」  
 どうやら人の話を聞かないらしいわたしは、朝倉さんの期待通りに彼女の情報をちょこっとだけいじくります。  
「え、何これ、やだ、いやーーー!」  
「とりあえず高所恐怖症にしてみたんですけど、どうですか?」  
 ついでに振り子のように屋上を基点に彼女自身をブーラブーラと動かしたりなんかして。  
「ひっ、うあ、や、………あふん」  
 おやおや、意外と早く気絶しましたね。………オモシロクナイ。  
 まあ、少しは溜飲も下がりましたし、放課後までには何とか長門さんに連絡を取って降ろしてあげる事にしましょうか。………うーん、甘いんでしょうかねー、わたし。  
 
 頭では余裕ぶってそんな事を考えながらも、生徒会室に向かう体は勝手に早足になってしまいます。  
 いえ、これは現状起こってしまっている不測の事態にすばやく対処するためであって、別に昨夜から誘拐されているらしいある特定の人物が心配だからというわけではありませんよ。………理論上は、ですが。  
 
 そんな無駄な、そのくせ消去不可能な事象を情報領域の片隅に置きながら、生徒会室のドアを開けたわたしを、  
「―――いらっしゃい?」  
 天蓋領域製のインターフェイスが何故か疑問文で出迎えてくれやがりました。ああ、もう本当にヤレヤレ不快な状況ですね。  
 では、置いてけぼりの皆さんのために、こうなった理由を簡単に説明いたしましょう。  
 
 
2.  
 
 朝っぱらから昆布に喧嘩を売られました。  
 
 
 おや、これだけでは今の状況が伝わりませんか。どうやら情報の伝達に齟齬が発生しているか、あなた方の脳が少々アレなみたいですね。  
 仕方ありません。では早朝、わたしが目覚めてからの出来事を詳しく語るとしましょう。  
 
 朝、目覚めると今まで経験した事のない激しい頭痛に襲われました。………というか頭痛自体が初めての経験だったんですけどね。………なるほど、これが『初体験なんて痛いだけ』というやつですか。  
 情報統合思念体にリンクしてみますと、どうやら昨夜涼宮ハルヒを中心に大きな情報爆発が起こったようで、今回のこの頭痛はそれの影響によるものらしいです。  
 ………おや、そういえば昨夜の情報記録がありませんね。  
 検索をかけると、会長を思いっきり殴り倒している映像や穴を掘って何かを埋めている映像など、どこかの誰かさんにはかなり致命的になる情報が断片的に出てくるのですが、………まあ過ぎ去った事は気にしないようにしましょう。  
「過去―――思い出いっぱい―――夢………いっぱいいっぱい?」  
「………乙女の部屋に堂々と忍び込んでおいて、第一声が電波ですかこの野郎」  
 それよりも現在進行中で不法侵入者なこの真っ黒黒子さんを何とかしないといけませんからね。  
 
「―――こんばんは?」  
「おはようございます。玄関はあちらになります」  
 とりあえず帰れ、と言外にほのめかせながらビシッと窓を指差します。………結構な高さですが、まあ大丈夫でしょう。  
「友達―――百人………できる―――かな?」  
 意味不明な質問にもできるだけ優しい対応を。  
「不可能です」  
 笑顔でそう返します。完璧ですね。インターフェイスの鑑ですよ、わたしは。  
「―――しょっく」  
 わたしの思いやりあふれる態度に調子に乗ったのか、全方位に鬱々電波を発しながら部屋の片隅に座り込む天蓋領域製の出来損ないインターフェイスこと九曜周防さんもしくは周防九曜さん。  
 ………まあ、個体名称に特に意味があるとは思えませんし、ややこしいのでここからは九曜さんで統一しましょう。  
 
 しかし、どうやら彼女のお話をちゃんと聞かないとこのまま延々と鬱々電波を飛ばされそうですね。………やれやれ、とでも言っておきましょうか。  
「で、何の用なんですか?」  
 わたしの問いに九曜さんは、今度は簡潔に分かりやすくこう答えました。………答えやがりました。  
「生徒会長は―――預かった。………返して欲しくば―――今から学校に………一人で―――来い」  
 昆布ごときがこのわたしを脅迫ですか。マジ煮込みますよこのやろ………コホン、失礼。  
 ………今のは幻聴です、いいですね。決して会長が攫われたと聞いて取り乱した結果ではありませんよ、いいですね。もう一度言いますよ、いいですね。  
 心と体両方に笑顔の仮面をかぶりなおして、九曜さんと再度向き合います。  
「ええと、それで何が目的なんでしょうか?」  
「………伝わら―――なかった?」  
 どうにも会話が食い違いますねー。まあ、思念体と天蓋領域との関係を考えるとそれも納得できる気がしますが。  
「理解力が―――ないのね」  
「………」  
 
 思念体に指示を仰ぐと『この機会に彼等とコミュニケーションをとる方法を探れ』との事でした。  
 要するについうっかりコミュニケーションのとりすぎで彼女の五体がバラバラになったとしても無問題という事ですよね分かりましたお任せください懇切丁寧にわたしなりの悪喪手無死というやつをさせてもらいますともふふふふうふふうふふふふ。  
「それで、学校で一体何をするのでしょうか?」  
「殴り合いの―――大喧嘩」  
 あら、ちょうどわたしもそうしたいと思っていたのですよ。気が合いますねうふふふふふふふふふ。  
 
 そしてわたしは、伝えるべき事は全て伝え終わったのか、わたしの言葉どおりに素直に窓から出て行く彼女を見送りながら、本当に心からの笑顔を浮かべたのです。  
 
 
3.  
 
 さて、これで今のわたしがおかれた状況というものが分かっていただけたでしょうか?  
 まあ、要約しますとサーチアンドデストロイ、サーチ終了後といった感じですね、うふ。  
 
「我が………妨害にも―――めげず………よく―――ここまで………来た」  
 ええ、我を無くした感じで襲い掛かってくる名もなき一般人達を、どっかで見た事のある超能力者さんごと世界各地に吹き飛ばしたり、どっかで見た事のある未来人さん他一名にかわりに標的になってもらったりしながらも、超特急でわたし参上ですよー。  
「では………最後の戦いを―――始めよう」  
 望むところです、と返しながら彼女に向けて一歩を踏み出そうとしたその時です。  
(『個体名称:喜緑江美里』への指令を解除、緊急停止措置として一時的に全機能をシャットダウンする)  
 頭の中にそんな内容の声が響くとともに、わたしは急に力が抜け、その場に倒れこんでしまいました。  
 
 
 目覚めると、視界いっぱいに青空が飛び込んできました。  
「どうやら、余計な邪魔が入ったようですね」  
 思念体に確認を取ったところ、思念体の一派と天蓋領域の一部が接触、わたしには理解不能なコミュニケーションという名の殲滅戦を行ったそうです。  
 そして思念体が一派閥丸々潰して出したありがたい結論は、『戦闘』という接触行為は不適当である、というものでした。  
 なるほど、それで戦闘に入りかけていたわたし達を一時停止させたというわけですね。  
 思念体からわたしへと、戦闘行為以外の方法で彼等とコミュニケーションを取れ、との指令がきます。拒否権は………、ないですよねー、やっぱり。  
 
 どうしたもんかなー、と頭を抱えていたわたしに九曜さんが話しかけてきました。  
「―――かけっこ」  
 彼女の視線の方向、校門に目をやります。  
 誘拐されていたはずの会長が校門からこちらに向けて手を振っていました。  
「ゴールは会長、ですか。賞品は?」  
 すっと会長を指差す黒い子。  
 いえ、会長の人権なぞどうせ最初からありませんから賞品にする事自体には何の問題もありませんよ。  
 でも、あれはわたしの所有物なんですからあなたが賞品扱いするというのはちょっと違うと思いませんか。  
「自信―――ない?」  
「………上等です」  
 結局会長が賞品という事になってしまいました。これ、わたしにとってはハイリスクノーリターンですよね。  
 何か、乗せられっぱなしですね、わたし。ま、全部あの役立た………会長の責任という事にしておきましょう。  
 
 
 とにかく、かけっこ勝負開始です。会長はどうでもいいですけど、思念体代表として負けるわけにはいきませんよね、………会長はどうでもいいですけど。  
 ふふふ、私を敵に回した事を何かの髄まで思い知らせてあげましょう。  
「では―――すたーと」  
 そう決心したわたしは、気の抜けた九曜さんの開始の合図と共に、全力で攻勢情報を彼女に叩き込みました。  
 うふふ、妨害禁止、なんていうルールはありませんでしたよね。  
 
 ………怒られました。  
 
 
 力を使えないように余剰情報量を限りなくゼロにされた状態で、まあ要するにMPゼロという感じで、再スタートです。  
「じー」  
「大丈夫ですよ、ちゃんとルールは把握しました。今の通常の女子高校生レベルの能力でスタートして、会長のいる場所まで先にたどり着いた方の勝ち、ですよね」  
 コクリ、と頷く九曜さん。意外と素直ですね、………というか甘ちゃんですよね、うふふ。  
「よーい、すたーと」  
 何度聞いても気の入りようがない九曜さんの再スタートの号令と共に、わたしは先程確認しておいた屋上のとあるポイントから校庭へと飛び降りました。  
 
 
4.  
 
 うふふ、天蓋領域の黒い奴は確かに能力は化物かもしれませんが、ともかく経験というものが不足していますよね。  
 ゼロのMPは補充すればいいんですよ。敵味方、無関係の人々、余剰情報はあちこちに転がっているのですから。  
 たとえば屋上から逆さづりにされて気を失っている誰かさん、とかね。  
 
 逆さづりの朝倉さんに抱きつき、首筋に噛み付きます。  
「あ、やだ、喜緑さん。こんな朝っぱらからそんな事だなんて、………って、吸われてるー! あたし吸われてるのー!」  
 朝倉さんの保持する余剰情報を吸収。10秒チャージ、これで後2時間は戦えますね。  
「あ、あたしの存在意義200円ちょい!」  
「失礼な、薬局では150円弱で買えますよ」  
「………しくしくしく」  
 そんな感じのエスプリのきいたウィットなジョークを交わしながら校庭に降り立ち、屋上を見上げます。  
 九曜さんはわたしの勝ちが決まったも同然なこの状況に呆然と………、  
 
 ―――って、わたしに続くように飛び降りてるー!  
 
 えーと、九曜さんも10秒ほど前のあたしと同じで能力は使えないはずですから、この高さからだとかなりスプラッタな事になってしまいますよ。  
 いえ、まあわたし達や彼女はその程度で消滅する事はありませんし、スプラッタ状態の体だってすぐに治せば良い事なんですけど、………でも、………だから、………あー、もうこの出来損ないインターフェイスめっ!  
 はたしてどちらが出来損ないなのだろう、というどうでもいい疑問を浮かべながら、九曜さんを受け止めます。………ああ、本当に甘々ですね、わたしは。  
 
「………九曜さん、一応敵であるあなたの存在を切り捨てられなくなっているわたしを、出来損ないのわたしを、どう、思いますか?」  
 自嘲を込めた、しかし真剣なわたしの質問に、天蓋領域の一部である、わたしとは違う存在の彼女はこう返してきました。  
「―――ぽ」  
 何故か無表情のまま、頬だけを若干赤らめる九曜さん。  
「………」  
 とりあえず体育館裏まで連れて行く事にしました。  
 殴りましたよ。ええ、殴りましたが、何か。  
 
 
 殴られた頭を両手で押さえながら蹲りつつ涙目になっている九曜さんを見ながら、『さて、これからどうしましょうかねー』などとわたしが考えているところに、会長がいつも通り余裕綽々といった感じでやってきました  
「お疲れ様だね、喜緑くん」  
「あら、役立た………失礼。会長、無事だったんですね」  
「おお、これはいいツンデレだね。まあ、それはいいとして、ここで重大発表があるのだよ」  
 『それはいい』事はないと思うのですが、………否定はしませんけど。  
「何ですか、会長?」  
「実は黒幕は私だったのだよ!」  
 ○しましたよ。ええ、○しましたが、何か。  
 
 
5.  
 
「こほん、そんないつもの痴話喧嘩はこれくらいにして、今回の事件の顛末というやつを説明しようと思うのだが、いいかね?」  
 ………三分で復活しやがりましたか。徐々に時間が短くなってきていますね。  
「ふふふ、私は煩悩の数だけ命があるからね」  
「108個ですか」  
「常人ではね」  
「………会長は一体何人なんですか?」  
「ふむ、煩人、とでもいっておこう。………凄いね、命が数え切れないよ!」  
 まあ、言わせておきましょう。どうせ顛末とやらを聞いた後で存在ごと荼毘に付す予定ですから。  
 
「えーとだね、一言で終わってしまうほど単純な事なのだが、その一言はこの九曜くんとやらに任せる事にしよう」  
 『素直に自分の思った事を言いたまえ』と、会長に背中を押されながらわたしの前に出てくる九曜さん。  
「―――ぽ」  
 いや、それはもういいですから。  
 九曜さんはロボットダンスを踊るかのような機械的で挙動不審な動きをしながら、しかしわたしから目を逸らす事無くこう言いました。  
「―――お友達に………なって」  
 
「………はい?」  
 今までの彼女の行動とまるで結びつかない唐突すぎる要求に、わたしの頭の回りをフラフラとクエスチョンマークが飛び交います。  
「おや、分からないのかい。どうやら情報の伝達に齟齬が発生しているか、キミの脳が少々アレなみたいだね」  
「ええ、そうですね。ちなみに脳って殴ると正常に戻るみたいですよ」  
 会長をコンボで50メートルほど吹き飛ばし、改めて九曜さんに向き合います。  
「さて、お友達云々はおいといて、もしかして今までの行動は全てそのためにやっていた事なのですか?」  
「―――そう」  
 コクリ、と頷く九曜さん。  
「方法に問題があるとは思わなかったのですか?」  
 カクリ、と首をかしげる九曜さん。動きは最小限以下なのですが、ボリューム満タンの髪の毛がわさっと動くので分かりやすいんですよね。  
「友情は―――殴り合いの―――大喧嘩から………生まれる」  
「何ですかその都市伝説は!」  
 というか、一昔前の青春漫画の展開ですよ、それは。リアルとファンタジーをごっちゃにしてはいけません。  
「あい―――あむ―――ふぁんたじー」  
 再度、頭に拳骨を落としました。  
 
 『おお―――おおお』と呟きながら、また涙目で蹲る九曜さんの隣に、一分で復活した会長がやってきました。  
「では説明しよう」  
「結構です」  
「それは逆説的に言って『お願いします』という返事だと勝手に解釈して説明するよ。なぜなら私が説明したいのだからね」  
 やる気もウザさも絶好調ですねー。まあ、害がない限りは放っておきましょう。害があれば、………ねえ。  
「昨夜の事になる。キミと友達になりたいと思っていた彼女は上位存在………あー、わたしにはよく分からないのだが、上司のようなものなのかな? とにかくそんな存在に相談したらしい」  
 コクコクと頷く九曜さん。どうやらここまでは問題ないようですね。脱線したらそく粛清しますけど。  
「ただ、どうやらその上司のような存在が酔っ払っていたらしくてね。殴り合いから友情が生まれるような一昔前の青春漫画を資料として貸し出したらしいのだよ」  
 ………本当にネタ元それだったんですか。  
 と、いうか九曜さんも疑問に思いましょうね。  
「うむ、最初は疑問に思ったらしいのだがね、その日の夜に川原で殴り合いをしている友人二人組みを見かけてしまった、との事だ」  
 あー、絶滅寸前の希少種をピンポイントで発見しちゃいましたか。  
「二人とも―――現在………虫の息」  
 まあ、どこの誰かは存じませんがそのまま絶滅してもらいましょう、………わたしの精神的安息のために。  
 
 そんな事より、疑問が一つ。  
「会長、何でそんな事を知っているのですか?」  
「ああ、彼女に直接聞いたからね」  
「―――言った」  
 あら、そうですか。それでは、  
「会長、間違っていると分かっていて、どうして否定しなかったのでしょうか?」  
「ああ、それはだ「面白そうだったから、とかぬかされるのでしたら爪と肉の間に一本一本針を刺していきますよ」  
 固まる会長。笑顔なわたし。無表情な九曜さん。  
 おやおや、愉快なギスギス沈黙空間が一瞬にして周囲に広がっていきますよ。………作っているのはわたしですけどね。  
 
 三秒ほどで一時停止から復活した会長は、そんな空間を脱出しようと、取り繕うかのようにこう言いました。  
「喜緑くん、殴り合いから生まれる友情というのも、あるんだ!」  
「あら、そうですか。それではわたしも会長と友情を育みあう事にいたしましょう」  
「ははは、ナイス墓穴だね、これは」  
 そのまま埋まっていただきましょう、とわたしは会長に飛び掛りました。  
 
 
6.  
 
「―――帰る」  
 会長を(一応空気穴は開けておきましたが)地面の下に埋めた後で、いきなり九曜さんがそう言い出しました。  
「いいんですか?」  
 わたしの答えを聞かずに、と続けようとしましたが、よく考えるとわたしは彼女の問いにどう答えたらいいのか、まだ分からないんですよね。  
「また―――来る」  
 そう言って振り返らずに立ち去る九曜さん。そうですね、答えはまた、その時にでも。  
 言葉にはせず、ただそう決意しながら九曜さんを見送るわたしでした。  
 
 
「ところで喜緑くん、耳寄りな情報があるのだが、それと引き換えにわたしをここから出してもらえないだろうか?」  
「何ですか会長、耳寄りな情報でなかったら埋めますよ、空気穴」  
「………」  
「うふふ」  
「………すみません。出していただかなくても結構ですので、喋らせていただけないでしょうか?」  
 よろしい。  
「校舎の方でキミの友人らしき女生徒が屋上から宙吊りになっているのが発見されて、今ちょっとした騒ぎになっているよ」  
「………」  
「『えーん、助けてよー。喜緑さーん!』とか叫んでいたから、しらを切るのはちょっと厳しいかもしれないね」  
 ………全然よろしくなかった。  
 
 
 放っておくわけにもいかないので、わたしは後始末の方法を考えながら、溜息と共に重い足取りで校舎の方へ向かう事にしました。  
「ちょ、私はこのままかね」  
 ええ、脳が正常範囲内へとバクテリアに程よく分解されるまで、ちょっと埋まっていてください。  
「ぬおっ、放置プレイか。放置プレイなのだねっ! さすが喜緑くん、愛が痛いねっ!」  
 
 無視してそのまま立ち去ろうとしたわたしは、  
「ああ、喜緑くん、最後に一つ」  
 珍しく真剣な彼の声に、立ち止まらされました。  
「私は今日初めて、キミがそういう存在だ、と知ったわけなのだが」  
 その言葉に、心臓まで止まってしまいそうになります。  
「あ………」  
 だって、あなたがあまりに自然に接してくるから。  
「キミの嘘を、知ってしまったわけだが」  
 あなたが気付かないはずがないのに、それに気付きませんでした。  
 いえ、もちろん彼だって嘘をついています。でも、そんな事が問題なのではありません。  
「で、その事で、一つ」  
 問題は一つ。嘘で作られた関係は、嘘がばれるとどうなるのでしょうか?  
 彼がいなくなってしまう、と考えただけで、心臓が止まってしまいそうになります。  
 止まったら、生きていけません。存在できるけど、生きていけません。  
「喜緑くん」  
 呼吸が止まってしまい、返事が出来ないわたしに会長は今まで聞いた事がないくらいに優しい声でこう言いました。  
 
「私は嘘つきで甘々で出来損ないな、そんなキミが、好きだよ」  
 
「………そう、ですか」  
 再会した呼吸とともにそう答え、わたしは胸を押さえます。  
 心臓はいつもより速いペースで、それでも確かに脈打っていました。  
 
 
 遮蔽防音シールドを、忘れないよう彼の周囲に張り、何故だか軽くなった足を前へ前へと進めていきます。  
 『まあ、放課後までには掘り出してあげましょうか』などと、彼が好きなわたしらしく、甘々な事を考えながら。  
 
 
7.  
 
 そんな事件とも言えないような喜劇から数日が立ちました。  
 あれからわたしはまだ九曜さんの姿を見ていません。思念体にも彼女の現在地を聞いたのですが、天蓋領域に関わっている事ですので分からない、との事。………まあ、すぐ会えますよね、きっと。  
 
 朝倉さんは大勢の生徒に目撃された事をきっかけに再びこの学校の生徒として戻ってくる事になりました。お目付け役はわたし、やっかいな仕事が増えますねー、ふふふ。  
 ちなみにわたしの負荷を減らすため、朝倉さんには生徒会に入ってもらう事にしました。今日はその一日目なんですよ。  
 
「ふむ、嬉しそうだね、喜緑くん」  
「いえいえ、そんな事は」  
 ………まあ、少しはありますよ。朝倉さんが調子に乗るとアレなので言葉には出しませんけどね。  
「ははは、やっぱり下につく者が一気に二人も増えるとやる気も出るというものだろうね」  
「………二人?」  
 浮かんだ疑問と膨れ上がる不安感をぶつける間もなく、生徒会室に新戦力らしい二人が入ってきました。  
「―――おひさ」  
「あ、あははは、………よろしくお願いしますー」  
 
 さて、予想外な事態に陥っても、慌てず騒がず状況確認を、と。  
「会長」  
「何だね?」  
「あの光陽園の制服を着た存在について、分かりやすく説明していただけませんか」  
「サプライズだ」  
 状況確認終了。とりあえず原因であるに違いない会長を血の海に沈めながら、光陽園の制服を着た存在こと九曜さんに話しかけました。  
 
「九曜さん、なんであなたはここに居るのですか?」  
「―――あなたは………わたしの」  
 なんですか、友人とでも言うつもりですか?  
 ………まあ、否定はしないであげます、というのがわたしの答えですけれど。  
「―――お姉様」  
「何ですかその超進化は!」  
「駄目―! 喜緑さんにいじめられるのはあたしだけなのー!」  
「そして何ですかそのイタさまっしぐらなカミングアウトは!」  
 本当にイタいです。周りの視線とか、囁き声とかが、特に。わ、わたしはノーマルですよー。  
 
「会長、寝てないで助けてください」  
 とりあえず場を納めてくれそうな人を叩き起こします。下手すればもっと混乱させそうな人ですが、そうなったらそうなったで有耶無耶にできますからね。  
「ふむ、変な帽子をかぶった厳つい顔つきの中年男性に舌を引っこ抜かれそうになったのだが、………あれは、………夢、だよね」  
「訳の分からない事を言ってないでこの変態どもを何とかしてください」  
「ん、ああ、分かったよ、喜緑くん。私に任せたまえ、一言ですむよ、そんなもの」  
 おお、珍しく頼もしいお言葉ですね。  
「ああ、この言葉は我が生徒会の標語だからね」  
 えーと、そんな標語があったなんて初耳なんですけど、まあとりあえずお願いします。  
「ふむ、いいだろう。では、生徒会メンバー全員に生徒会長から伝える。心して聞くがいい」  
 まあ、この会長が考えた事ですし、ろくな標語ではないでしょうが、話題をこんな変態的な内容から離すには十分でしょう。  
「これが我が生徒会の標語だ! 『変態いいじゃないかっ!』」  
 射程ど真ん中必中距離に引き戻されました。  
「あなたが最先端ですっ!」  
 とりあえず会長を再度血の海に沈めます。今度はきっちり舌を引っこ抜かれてきてください。  
 
「―――じー」  
「むー」  
 そんな騒ぎを気にする事無くにらみ合いを続ける変態二人。  
「喜緑さんって………」  
「じゃあ、会長も、やっぱり………」  
 聞こえてくる周囲の雑音。  
「ふむ、喜緑くん。嬉しそうだね」  
「うふふふ、えぐりますよ、色々と」  
 三秒で復活する会長。  
 ああ、もう本当に収拾なんてつけようがありませんね。むしろ散らかっていくばかりですよ。  
 どうやらこれからはずっとこんな感じで、騒がしくて気の休まる暇のない、平穏とは程遠い学園生活が続きそうです。  
 
「よし、喜緑くん。とりあえず私の胸に飛び込んできたまえ、特に意味はないが」  
「ありがとうございます」ゴスウッ「がはっ!」  
 でも、まあ皆さん楽しそうですし、ヤレヤレ愉快、というあたりで、手を打ってあげましょう。  
 会長の胸に勢いよくジャンピングダブルニーをくらわせながら、わたしはそんな事を考えていました。  
 
 甘々な結論ですが、まあいいです。  
 だって、どうやらそれがわたしという存在の、  
 酔っ払っいるわけじゃない、素面なわたしの本質みたいですからね。  
 
 
 

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