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そして月光が舞鶴を照らし出す  
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1.  
 
 神様が泣いているだとか、狐の結婚式を隠すためだとかそんな理由は知ったこっちゃないが、これは春雨が降り続くある夜の話だ。  
 誰かさんがてるてる坊主を逆さに付けたのかと思われるほど延々と降り続く雨の中、朝比奈さんの頼みで外出するはめになった俺は、目的地である路上で『実は神様や狐だった』と言われても信じてしまえそうな上級生を見つけた。  
 
 降りしきる雨の中で傘もささずに、上質な織物のような黒髪を優雅に跳ねさせながら、世界から切り取られたかのようにくるくると回る鶴屋さん。  
「何してるんですか、鶴屋さん?」  
「はっはっは、春雨だよっ! 舞っていこってねっ!」  
 すみません、声をかける前に何分か魂が抜けたかのように見蕩れていた俺が言うのもなんですが、正直意味が分かりません。  
「ハレハレ祈願の舞だよっ!」  
「傍から見ると脳内ハレハレな危ない人ですよ」  
 
 さて、朝比奈さんからのメールにはこう書いてあった。  
『今すぐこのポイントへ行って、そこで会った人を助けてあげてください』  
 ここがそのポイントであり、そこで会った人というのは鶴屋さんであるから、結論として、俺は鶴屋さんを助けなければいけないのだろう。  
 ………ただ、この人が困っているとは、世界が危機に陥るよりもありえない事だと思うのだけれども。  
 世界の危機ってやつが俺の周囲には路傍の石ころレベルで転がってるという事実は気にするな、俺もしない、つーかしたくない。  
 
「鶴屋さん、今なんか困ってる事ってあります?」  
 余計な思考を切り捨てるためにも、とりあえず直球勝負を。  
「んー、ないねっ。人生は上々だっ!」  
「でしょうねー」  
 バックスタンドに叩き込まれる。  
 多分これは、朝比奈さんの継投ミスだろうな。  
「でもなんでそんな事聞くのかいっ!」  
「………何となくですよ」  
 
 なんとなくかいっ、と言いながら世界を1%ほど明るくするような笑い声をあげる、朝比奈さんとはまた別の意味で愛すべき先輩と、そのまま雑談に移行した。  
 
 
2.  
 
 近くにある今にも潰れそうな、良く言うと古式あふれる店の軒下で雨宿りしながら、SOS団の事や家族の事などを休み時間に友人を相手にするような気安さで適当に話していると、結構な時間がたっていた。  
 今夜は初夏並みの気温なので風邪を引く事はないだろうが、川に落ちたかのようにずぶ濡れな彼女はそろそろ帰ったほうが良いよなと思い、最後に一つだけ質問する。  
 
「そういや鶴屋さん、何で踊ってたんですか?」  
「………ちょろっとだけ、晴れて欲しかったんだ」  
 笑顔は崩れていない。でも、その瞳は確かに真剣なものだった。  
「雨が嫌いなんですか?」  
「ううん、雨は好きだよ。でもね、お月さんが見えないのがイヤなのさっ」  
 ピンと張り詰めた、泣きそうな瞳。こんな瞳は見たくないな、そう思った。  
 
「今夜はねっ、何となくだけどお月さんに見えてて欲しいのさっ! ………お月さんを、見てて欲しーんだよ」  
 
 何処か寂しそうにそう言い終えた後、貼り付けられた笑顔で、何かをごまかすような言葉を連ねる。  
「っと、こんなのは鶴屋おねーさんらしくないねっ! もう、今日は帰って、ゆっくり寝るっさ」  
 
 そいじゃねっ、と立ち去りかける彼女の腕を掴んで引き止める。  
 うん、大丈夫だ。  
 彼女がいるのは雲の上なんて一般人にはどうしようもない場所じゃない。  
 彼女はこうして、ちゃんと手の届く場所にいるじゃないか。  
 
「え、……っと、キョンくん、何かな?」  
「踊りましょう」  
 傘を投げ捨て、春の温かい雨の中へと飛び出す。  
「へ、何を?」  
「ハレハレ祈願の舞なんてどうでしょうか?」  
「脳内ハレハレな危ない人にょろよー」  
「大丈夫ですよ。踊ってる本人達はハレハレですから」  
 戸惑う彼女を強引に、雨雲煙る舞台へと引きずり出す。  
「それと」  
 そして開演のブザーを鳴らす。  
 凄いだろ、今時手動なんだぜ。  
 
「月が見えない分だけ、今夜はあなたを見ています」  
 
「にょろっ!」  
 おお、真っ赤な顔は初めて見たかもしれない。  
「ちなみに俺はオクラホマミキサーくらいしか踊れませんので、相当ハレハレになりますけど、良いですよね」  
 鶴屋さんは少しの間、俺がボタンを押したせいか一時停止していたが、やがて一月前の桜が巻き戻されたかのような満面の笑みを浮かべてこう言った。  
 
「もー、しょーがないねっ! 鶴屋さんにおまかせっさっ!」  
 
 
3.  
 
 足を取られあったり、尻餅をついたり、水溜りに突っ込んだりしながらも、子猫がじゃれあうように、跳ね、回り、舞い、踊る。  
 いつの間にか雨雲は消え去り、満天の星空が俺達の周囲に広がっていた。  
 
「晴れたねっ」  
「そうですね」  
 回り、回る。  
 
「………止めないのかな?」  
「止める理由がありますか?」  
 くるくる回る。  
 
「そっだねっ!」  
「そうですよ」  
 回る事でこの世界から浮き上がり、二人だけの世界へと入り込む。  
 
 舞台が変わった、ただそれだけの事だろ。  
 お互いが楽しいのなら、踊りを止める必要はないのさ。  
 
 雲が消えた事で姿を現した見事な満月が、舞鶴と野鶴の無様で楽しい舞を照らし続けていた。  
 
 
「どうせなら友鶴って表現でよろしくっ!」  
 ………すみません。まだ人生決める気ないんで、それは勘弁してください。  
 
 
 

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