完全に習慣付けされているのか、放課後のチャイムが鳴った後俺の足は文芸部室、もといSOS団本部へと向かっていた。
……俺はソコロフの犬か。
そしてこれもまた習慣の為、部室のドアを軽くノック。
ノックせずに部室に入ると、マイスウィートハニー朝比奈さんのスーパーグラマラスな肢体を拝める事が出来るのだが、俺の良心はそんな欲望には負けはしない。
と言いつつも頭で朝比奈さんの艶かしい肢体を想像し、鼻の下を伸ばしながら返事を待っていた俺であるが、天使の呼び声は返ってこない。
「あの〜?入りますよ?後悔しても知りませんよ」
ドアノブに手をかけ、扉を開ける。恐る恐る首を出して部室の中を眺めるも、天使はおろか、永久機関付属のSL超特急女や、超絶読書娘もいない。万年笑顔君はいなくてもいい。
だが、その代わりといっては変だが、一人、一人だけいた。
ハルヒ専用の団長椅子に深々と腰掛け、左腕には『団長』と書かれた腕章を付ける――――
「やあっ!キョンくんっ!」
――――鶴屋さんが。
「どうしたんですか、鶴屋さん」
傍にあるパイプ椅子を開き、座る。
ちょうど鶴屋さんと向かい合う形だ。
「いやぁっ、色々あってね、今日一日団長を頼むわよってハルにゃんに頼まれちゃったんだよっ」
カラカラと笑いながら大声で話す鶴屋さん。ホント、元気だなぁ。としみじみ思う。
いかんいかん。それでは俺が年寄りみたいだ。
しかし…色々って何だ?SOS団の活動がこの世で一番大切だと思っているような奴が来ないなんて…?
一体ハルヒに何が?授業中はそんな変な様子は見せてなかったですけど?
「おやおやっ!?そんなにハルにゃんが気になるのかなっ?ハルにゃんの幸せ者めっ!」
「いや、別に…そんなんじゃないですけど、ちょっと気になったんですよ」
「いいねぇっ!思いあう二人っ!お姉さん憧れちゃうにょろ〜!」
「鶴屋さんにだって、そういう人、いるんじゃないですか?」
口調はともかくとして、顔だって凄く可愛いし、スタイルも中々だし、その他良いところを挙げればきりが無いはず。
それなのに、どうしてそんな悲しい顔をするんですかっ!?
「……キョン君とハルにゃんみたいに、心の底から分かり合える人がいないのさっ。だから、そんな関係に憧れちゃうのさっ。解ったにょろ〜?」
微妙な沈黙。
えーと、こんな時はどうしたらいいんだ?
まさか上級生から自分の孤独さを告白されるとは思ってもみなかったし…
「キョン君、こっちに来てくれるかな?」
「へ?」
思わず間抜けな声で返してしまう。
一人で勝手に焦っている時にそんな事言われたら誰だってこう返すさ。
「キョン君、こっちに来なさいっ!」
笑顔のままで命令。ハルヒみたいだ。
しかし、所詮はソコロフの犬。体がしぶしぶながら団長のもとへと動く。
「鶴屋さん、何の用ですか?」
団長椅子の横まで来て、鶴屋さんの方を向く。
「………」
「………」
椅子に座り、俺を見上げる鶴屋さん。
立ちながら、椅子に座る鶴屋さんを見下ろす俺。
また沈黙が流れる。
なんとなく気恥ずかしくなって顔を逸らそうとするも、下から伸びてきた鶴屋さんの柔らかい手に阻まれる。
「団長命令だよっ!顔は逸らさないっ!」
「あの?鶴屋さん?」
やばい、鶴屋さんの柔らかい手が俺の頬に触れてから心臓はバクバク言ってるし、顔は絶対オーバーヒート中だ。
それなのに鶴屋さんはなぜか笑みを絶やさない。
「今から何があっても団員は団長に逆らわない事っ!良いねっ!」
「は、はぁ…?」
そう言うと鶴屋さんは椅子から立ち上がり、あろうことか俺に抱きついてきた!
背中に鶴屋さんの腕が回される。
えっと、ここは俺も手を回すべき、なのか?
……って何を考えているんだろうね、俺。
鶴屋さん、いけません、駄目です、こんな事!
「団長命令だよっ?」
もうどうにでもなれ…。
と暗い顔をしつつも、部活終了時までずっと抱き合っていた俺らでした。
どうも鶴屋さんは人肌が恋しくなったとの事。
「このお礼はいつかするよ、布団の上でねっ」と男を本気にさせかねない素晴らしいスマイルで、素晴らしい冗談をかましてくれました。
しかし、この表現力の無さはどうにかならない物かね。
やれやれ。