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 そして陽は昇り、朝が来る  
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1.  
 
 春雨が音もなくオーケストラを奏で続ける、そんな夜の話だ。  
 コンビニに買い出しに行く途中の路上で俺は、俺限定の殺人鬼である少女とこれっぽっちも望んじゃいない再会を果たした。  
 
「キョンくん、やほ」  
 傘もささず、ずぶ濡れのまま、しかし庭駆け回る犬のように元気良く、ナイフを持った手をシュタッと上げてそんな挨拶をする少女。  
 鳩が散弾銃をくらうような驚きのあまり、思わず傘を取り落とす俺、開始数行でいきなり大ピンチである。  
「………何しに来た、朝倉」  
「ちょいとお話を、って言ったら信じる?」  
 その手に持った物騒なもんをしまうなり捨てるなりしてくれたら、1ピコグラム程度には信じてやらん事もない。  
「うん、それ無理」  
 四月の桜を思い起こさせるような、満開の笑顔でナイフを構える朝倉。  
 俺マジでdieピンチである。桜の下にはまだ埋まりたくないぞ。  
「じゃ、死んで」  
 逃げようと振り返る暇もなく、朝倉が雨のカーテンを切り裂くようにこっちにつっこんでくる。  
 
 ツルッ  
 
「へっ、わきゃあ!」  
 どたっ、がすっ!  
 と、思ったら濡れたアスファルトで滑って、勢いで派手に頭部を強打するドジっ娘殺人鬼。  
「きゅううー」  
 朝倉は目を回したまま、ピクリとも動かない。  
 ああ、確かに死んだな、先程までの緊迫した空気が。  
「やれやれ」  
 この場景を他人が見たら犯罪者は俺の方になっちまうだろう。  
 それに、99.99%くらいはこいつの自業自得だろうが、ずぶ濡れの女の子をほっとくわけにはいかんよなぁ。  
 ため息をつきながら、このドジっ娘殺人鬼の保護者である長門有希に電話をかけた。  
 
 番号を押した瞬間に、待ってたのかと疑問に思うほどの速さ(というかノーコール)で長門が出る。  
『問題ない』  
 俺が事情を話す前に結果のみをギロチンのようにバッサリと端的に言うその声は、いつも通りな頼りになる声なのだが………、  
『朝倉涼子はあなたの脳にノイズとして一時的に存在しているに過ぎない。それも通常の活動レベルでは無視できるもの。現在のあなたは脳の活動を低下させているため多少の影響が出てしまっているが、どちらにせよ看過出来るレベルである事に変わりはない』  
 いつも通りのチンプンカンプンな説明ありがとう。機械の使い方を聞いたら構造から説明されたって感じだな。  
 あーと、………すまん。分かりやすく頼む。  
『そこは夢の世界。あなたが見ているのは目が覚めたら消えてしまう、ただの幻』  
 それなら何とか理解できるんだが、あー、なんだ、要するにこれは俺の夢って事か?  
『そう』  
 悪夢になり損ねた感が漂う微妙な夢だな。それで、どうすりゃ俺は目覚めるんだ。  
『何もしなくていい。自然に目覚める』  
 いや、目覚めるまでこのお笑い系殺人鬼というよく分からん属性持ちの朝倉と一緒というのはなかなか厳しいのだが。  
『………来る?』  
 クモの糸レベルに分かり辛い長門菩薩のお言葉に甘える事にする。  
 ………ところで、二人ほどお世話になるんだが、切れたりしないよな、糸?  
 
 
2.  
 
 意識を失っている朝倉を背負って長門の部屋にお邪魔する。  
 長門の手により一瞬にして着替えさせられた朝倉は、一瞬にして乾かされた俺の膝を枕にスースーとのん気に安らかな寝息を立てている。  
 ………Why?  
「これは、一夜限りの夢だから」  
 誰の夢なんだか分かってんのか、と言いそうになったが止めておく。  
 もしかしたら、これが本当にこいつの夢なのかもしれんしな。  
 そうやって殺人鬼に膝枕をしながら宇宙人の淹れてくれたお茶を飲むという、焦ればいいのかまったりすればいいのかよく分からん時間を過ごした。  
 かけつけ三杯を超えたあたりで、ようやくナイフな国の眠り姫が目を覚ます。  
 
「ん、うう、………あれ」  
 朝倉は目を覚まし、俺と長門を交互に見てポスポスと自分の頭を支えている俺の膝の感触を確かめた後で、何故か嬉しそうにつぶやいた。  
「そっか」  
「そっか、じゃないだろ」  
 ポカリ  
「あう」  
 とりあえず軽く頭をはたいておく。ま、脇腹を刺されることに比べたら軽すぎる痛みだろう。  
 大体、夢の中でまで俺を殺そうとするなよ。今度は何が目的なんだ?  
 
 俺の疑問に何処かボーとした顔で、  
「太陽がね、眩しかったの」  
 そう、少女は呟いた。  
「眩しくて、眩しすぎたから、あたしは太陽を消そうと思った」  
 小鳥には近くまでたどり着く事すら出来ない存在なのにね、と何処か自嘲的な笑みを浮かべる朝倉。力の無い声でこう続けた。  
「一度否定しちゃったんだから、否定し続けるしかないじゃない。太陽はもう、あたしを照らしてくれないんだから。だからあたしは太陽を否定するために、太陽に向かって飛んで、そして力尽きて落ちていくのよ」  
 
「アホか」  
 ポカリ、二回目。  
「ああう」  
「わけの分からん話をして、人様を煙に巻こうとするんじゃありません」  
 夢の威を借りて強気に出る俺である。  
「うー」  
 何故か涙目になる朝倉。  
「………愚鈍」  
 絶対零度以下の瞳でそう呟く長門。  
 まあそれはおいといて、言いたい事は言う事にする。  
 全然分かってないってわけじゃないのさ、俺だってな。  
「一度否定したくらいで太陽がお前を嫌うとでも思ったのか。んなわけねーだろ。太陽は、いつだって、ある。お前が生きてる限りはな」  
 
 俺の言葉に目を大きく見開いた朝倉は、やがてふにゃっと泣き笑いのような表情になり、  
「そっか」  
 そう呟いた。  
 ポムッポムッ、と軽く頭を撫でてやる。  
「えへへ」  
 そうこうしているうちに、この世界での意識が薄れていく。どうやら目覚める時間のようだ。  
 
 意識を完全に手放す前、  
  ―――最後に見た彼女は、確かに笑顔だった。  
 
 
3.  
 
 朝、良いのか悪いのかよく分からん変な夢を見たと思いながらも、カメのごとくのろのろと学校へ行く準備をしていた俺に、ウサギのように元気よく妹が話しかけてくる。  
「キョンくん、昨日の夜、いつのまに帰ってきたのー?」  
「え、俺、どっかに出かけてたのか?」  
「コンビニー」  
 ………えっと、あれは夢、だったんだよな?  
 
 通学路の途中で長門と会う。  
「ありがとう」  
 出会い頭に人を不安にさせる感謝の言葉を投げかけられた。どんな変化球だよ、それ。  
「どういう意味だ?」  
「………別に」  
「俺にどうしろと?」  
「………別に」  
「………」  
「優しくしてあげて」  
 夢の中より273℃ほど上昇した温度の瞳でそんな事を言う。  
 やれやれだ、ああやれやれだ、やれやれだ。  
 
 HRに岡部の口から転校生が来た事を告げられる。  
 あー、もう間違いないんだろうなー、規定事項ってやつかね。  
「キョン、転校生よ、謎の転校生! きっと力の二号ね。間違いないわ!」  
「ああ、そうだな。改造したのはお前かも知れんしな」  
「どういう意味よ、それ」  
「別に」  
 後ろで騒がしくしている悪の大幹部を適当にあしらいながら、ぼんやりと外を眺める。  
 春雨は止み、青空いっぱいに虹の架け橋。  
 ひょっとしたらあいつは、この架け橋を通って帰って来たのかもしれないな。  
 そんなどうでもいい幻想を抱いた。  
 
「このクラスには知り合いも多いだろうが、まあ、とりあえず入ってもらう事にしよう」  
 もう後数秒とたたない間に扉が開き、俺は陽のあたる場所で彼女と再会する事になるのだろう。  
 まあ、俺が蒔いた種なのかもしれんし、せいぜい楽しくやる事にしよう。  
 
 
 太陽がある限り、朝は必ずやって来る。  
 
   ―――結局のところ、これはそれだけの話なのさ。  
 
 

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