「長門一つ聞きたいことがあるんだがいいか?」
「……なに?」
長門はいつものように表情を変えることもなく、漆黒の瞳で俺を見つめている。
「こんなことを聞いても良いのかわからんが、お前、いったいどこから資金を得ているん
だ?」
そう、俺はいつも疑問に思っていたのさ。長門は普通のサラリーマンでは一生かけてロー
ンを払い続けなければならないような高級マンションに居を構えている。
まあ、相手が情報統合思念体なんていう変態的な存在である以上、そこから資金が出てい
ると考える方が常識的なんだろうが、それでも俺は聞かずにはいられなかったのさ。
「その質問に答えることはできない」
長門の答えは実に簡単明瞭だ。
だめか?
「だめ」
禁則事項か?
「禁則事項」
まるで、九官鳥に話しかけている気分だ。
それでもなおも食い下がると、一つだけ答えてくれた。
「今は別の方法で資金を調達している」
それを言うが早いか、もう話はそこまでだとばかりに手に持っている本に目を落としてい
る。
だが『今は』ということは、以前は俺の考えたとおり情報統合思念体からの提供か?
ならば、現在はどうやって?
ひょっとして、俺たちに言えないようないかがわしいバイトをやっているとか。
ないな。想像も出来ない。
あの愛想の悪さで付く客がいるとも思えない。
それとも通貨偽造でもしているのか?
長門にはたやすいことだろうが、わざわざ犯罪を犯すとも思えない。
だが普通のバイトでは、生活費に加えてあの高級マンションの管理費や諸経費を払うこと
さえ出来ないはずだ。
ではなんだ?
わからない。
……とりあえず、長門に密着してその秘密を探ってみるか。
1日目、学校帰りを尾行中、途中で長門を見失って終了。
ひょっとして気づいたか?
2日目、同上
3日目、4日目、以下同文
だめだ。長門のような能力者には、俺の尾行など森で木を探すほどに容易なことらしい。
コンピ研の部長氏に聞き込みもしたが、長門は超絶プログラマーとしての技術で糧を得て
いるということもないそうだ。
よし、最終手段だ。
俺は翌日の朝、登校してすぐにSOS団に直行し、ビデオカメラを設置した。
そして放課後、SOS団の活動が終了した。
俺以外の連中が帰った後カメラを回収し、再生を試みた。
こまめにバッテリーと録画用メモリを取り替えておいたおかげで、今日一日の様子が録画
できているはずだ。
最初の数時間は何の変化もないため、10倍速で流し見る。
変化が起きたのは午前の授業が終わってからだ。
午前の授業の終了と昼休みの開始を告げるチャイムが鳴り終わるやいなや、まるでさっき
からそこにいたかのように平然とパイプイスに座っている長門。
いつの間に……?
長門はカレーパンをかじりつつ、ノートパソコンを3台並べ、それを起動した。
そしてOSが立ち上がると、長門はあるソフトを起動させパスワードを打ち込んでいる。
他の二台のパソコンも同様だ。
その画面に映し出されたのは、どこかで見た覚えはあるがそれが何かははっきりわからな
い。
だが、数字や何かの名前が羅列してある。それと枠の中に様々な形状をした線が描かれて
いる。
住金? 新日鉄? 日立造? なんのこった。
だが、どこかでみたことがあるんだよな。
何だっけ?
そうか、テレビやなんかでたまに映し出される証券会社の株ボードか。
て、ことはあれは会社の名前か。それと画面の中に数本の線が描画されているのはチャー
トってやつだっけか?
よくわからんが。
しばらく長門はマウスを握りつつ、三つの画面を凝視していたが、時刻が12時半を差す
と同時に、猛烈な速度で画面を切り替えたり、キーボードをまさに目にもとまらぬ早さで
打鍵している。
そして画面に映し出されているデータも激しく移り変わっている。
表示されている数字が赤や緑に明滅したり、画面の中に無数の細かなドットが描画され、
それが上下したりと、見ているこっちが混乱に陥りそうだ。
しかし長門はそれら全てを見つめつつ瞬時に判断し、マウスを操り、そしてキーボード上
のテンキーを打鍵している。
何やら買ったり売ったりしているようだが、あまりの早さに凡人の俺の目ではまるでつい
て行けない。
それに、たまに「ちっ」と聞こえたような気がするが、気のせいだよな?
時間はあっという間に過ぎ、昼休みの終了を知らせるチャイムが鳴る5分ほど前にようや
く長門は手のスピードを緩め、順番にパソコンを終了させていった。
そして、売買注文に使用していたメインのパソコンを最後に終了させる前に本日数十分間
の釣果を確認している。
俺もそれを凝視し、そして確認した。
その利益……。
―――100万超!?
ただし、俺の目とこのカメラの画面が正常ならば、だが。
これって、いわゆるデイトレードってやつだよな。
長門はそれで日々の生活費を稼いでいるって事か。
しかし、わずか数十分の取引だぜ。
あとは溜息しか出ず、ただただ画面をうつろな目で見つめるだけだった。
ただ、未成年が証券会社の口座を開設できるのかと思うのだが、そのあたりは長門の力で
なんとでもなるんだろう。
こんなことを昼休み中にやっているんなら、そりゃ話したくはないよな。
どれだけ時間が過ぎたのだろう。ドアが開く音ではっと気がついた。
頭を2度3度振ると、いつの間にかハルヒが背後で仁王立ちしていた。
なんだ、ハルヒか。
だが、様子がおかしい。ハルヒは噴火3分前のピナツボ火山のように真っ赤になって俺を
睨み付けている。
「あんた、何見てんのよ!!」
は? なにって……。
俺は再び画面に目を落としてフリーズした。体の全機能が非常停止ボタンを押されたよう
だ。
そこにはなんと……。
―――着替え中のハルヒと朝比奈さんが映っていたのだ。
ああ、そういえば今日は珍しくハルヒもチャイナドレスを着ていたっけか?
しかも間の悪いことに、2人が下着姿のシーンじゃないか。
ハルヒは拳を握りしめ、俺を撲殺せんばかりの形相だ。
「覚悟は出来ているでしょうね?」
出来てないといっても殴るんだろ?
「こんの、エロキョン!!」
ハルヒの拳は見事に俺の顎を捉え、俺はそのまま気を失った。
教訓・盗撮は犯罪だ。
終わり