γー1  
 
 どうしてこう俺の知り合いには奇矯な奴が多いのだろうか。  
 SOS団御用達の喫茶店でホットを啜りつつ思索にふけりながら外の景色を眺めていると、横からくくくと笑いながらつっこまれた。  
 「キョン、それは多分に君もその奇矯な人間の一人だからではないのかな?」  
 佐々木よ、お前は人の頭の中が読めるのか。  
 まさか。と佐々木は声こそ押し殺しているもののかなりウケているようだ。伊達に中学3年の一年間側にいたわけではない。目じりに若干涙が浮かんでいるのを俺が見逃すと思うなよ。  
 「お二人が大変仲睦まじいことは分かりましたから、いいかげん私の話を聞いて欲しいのです」  
 ちっ、このまま適当に時間をつぶして帰る気満々だったというに。  
 「そうはいきません。以前にもお話しましたけれど、あなたには是非とも協力してほしいの」  
 相変わらず単純に聞くだけなら真摯さが伝わるのはなんでだろうな。  
 橘京子はこちらの目を凝視しながら俺の返答を待っている。悪いが俺のアイコンタクトスキルは目下のところ長門にしか通じない低性能なんでね。まあハルヒと古泉をそこに含めないこともないがな。  
 ええぃ、佐々木も変な視線を送ってくるな。僕はそこに含めてもらえないのかいだと? だから何でお前は人の頭の中をだな……  
 「お二人さん」  
 橘はおほんと咳払いすると  
 「お願いだからちゃんと話を聞いて」  
 それこそ今にも泣き出しそうなほどに悲壮な響きで懇願してきた。  
 「ごめん、君やキョンの反応が面白くてね。ついつい……」  
 おい、本当に泣いちまうからその辺にしてやれ。  
 俺の視線に気づいた佐々木は我らが副団長殿ばりの0円スマイルで肩をすくめた。  
 はぁ、やれやれ。全く、なんでこんなことになってるんだろうね。  
 
 
 ということで回想スタート。  
 
 始業式も無事終わり、気持ち良く新年度のスタートをという俺の目論見は初日からつまづくこととなり、  
更にその数日後似非SOS団な連中との邂逅によって今年も神様は俺を暇にはしてくれない  
――もっともその神様とやらがハルヒであるからこそ忙しいとも言えるのだが――と早くも今年一年を諦観しようとしていたのが昨日。  
 週末恒例のSOS団市内探索を終え家に帰ってきた俺を待っていたのは受話器を抱えた妹だった。  
 「このまえの人からお電話ー」  
 だからこの前の人じゃ分からんだろうが。ちゃんと名前を聞けと何度言ったら分かるんだ妹よ。  
 「もしもし」  
 俺に受話器を渡すとそのままハミングしながら居間に戻っていった妹を見送りながら、内心誰が掛けてきたのか分かってしまう自分に嫌気が差しつつも俺は受話器を耳にあてた。  
 「もしもし」  
 何だかつい一週間前にも同じようなやり取りをした気がするが気のせいか?  
 「いや全くその通りだね、キョン」  
 
 とまあ、おおよそこんな感じで先日物別れに終わった俺と似非SOS団との話し合いの第二弾――もっぱら橘がそれを推し進めていて、佐々木が俺に連絡してきたわけだが――を開催するに至ったわけだ。  
 今回は最初から指定されていた喫茶店の中で相手を待つこと数分、佐々木と橘が現れた。  
 ん? 2人だけ? 未来人野郎とデッドコピーな宇宙人は来ないのか?  
 藤原と九曜が居ないのは俺としてはありがたいが、相変わらず向こうの超能力者に求心力がいま一つ欠けていることを再確認して、敵ながら心配してしまう俺も大概お人好しだ。  
 「キョンはホットでいいかい?」  
 そう言いながら俺の横に陣取る佐々木。待て、この場合お前と橘が俺の対面に座るべきだろう? 速攻でハブられてものすごく悲しそうな目で橘がこちらを見てるんだが。  
 「ホット3つ」  
 俺の視線をあっさりとスルーした佐々木が注文を取ると、なしくずし的に俺と似非SOS団との第二回会合が始まったわけだ。  
 
 はい、回想終了。冒頭に戻るってわけだ。  
 
 
「何度言われても俺の答えは変わらん」  
 そう、去年の年末あたりに俺は今の世界と今のSOS団を守る側になることを決めたばかりだしな。まだ半年も経たないうちに誓いを破るのは初詣の時にお祈りした神様に申し訳ないからな。  
 「でもでも、世界をこのままにはしておけないのです」  
 その件に関しても意見はどこまでも平行線だぜ。  
 ハルヒのことを知りもしようとしない輩と肩を並べる気は毛頭ない。俺はSOS団の団員その1であって似非SOS団の団員まで掛け持ちしようとは思わん。まあ、佐々木に免じて聞かなかったことにしてやるからとっとと出直してくるんだな。  
 「私達のどこが気に入らないんですか!」  
 そういう言い回しは止めてくれ。周囲の視線が痛いじゃないか。大体にして俺が気に入らないのはお前や藤原や九曜であって、佐々木はそこから除外してるからこの場に限れば達という表現はおかしいぞ。  
 どうにもやりづらいな。おいこら、橘のテンパり具合を楽しそうに眺めてないで、お前もなんか言ったらどうだ佐々木。  
 何? この笑顔は気に入らないリストから除外だったからだって? ああもう分かった分かった、どうせ俺はお前には敵いませんよ。ってまたこのパターンか。  
 このままだとマジで橘が泣き出すからどうにかしろ。奴が泣き出したら俺は速攻で逃げ出すからな。そこ、チキンって言うな。  
 俺の真摯な訴え――主にアイコンタクトだ――をようやく汲み取ってくれた自称我が親友が橘に助け舟を出してくれた。  
 「まあまあキョンも大概に頑固、まあこれは前から知っていたことだがね。ただ断るだけでは多少なりとも礼儀に欠けるとは思わないか? せめて2,3具体的に述べてあげてくれないだろうか」  
 前言撤回。汲み取るどころかハードル上げてきやがった。古泉のも大概アレだが佐々木のスマイルもなかなかにひねくれているな。具体的にだと? まず生理的に受付な……分かった、分かったって。ちゃんと考えるよ。だから泣くな。な?  
   
 とはいったものの、なぁ……。泣き出す寸前でこらえた橘を視界の端に捉えつつ、俺は無い頭を捻ってみたものの、客観的に見ればSOS団の活動内容も大概キテレツなのでそれこそ他人のことは言えんしなぁ……。  
 悩むこと数十秒、俺の頭に珍しく天啓が舞い降りてきた。  
 「名前だ」  
 「名前?」「名前?」  
 俺の素晴らしい回答に橘も佐々木も付いて来れないらしい。  
 しかしだ。よく考えても見ろ。名称不明の非公式団体だぞ? おお、改めて言葉にしてみるとなんといういかがわしさだ。その上扱う内容が頭のネジが何本か飛んでしまったとしか言えない様な超常現象系ときている。  
 そんな団体に進んで加入しようというなんて奴はよほどの変人に相違ない。  
 ……なんだか言うほどに自分で自分の首を絞めている気がしなくもないがとにかくそういうわけだ。  
 「さすがはキョンだ。なるほどそう来るか」  
 先ほど以上に笑いを堪えながらコメントされてもつっこみようが無いぜ、佐々木よ。  
 「そんな、そんなふざけた理由で……!」  
 そっちが理由を挙げろというか言ったまでだ。それで怒られても困る。……いやはや、我ながらたいした詭弁だね。  
 
 
 結局、その日はもはや平和的な話し合いという雰囲気にならず第二回会合もあえなく物別れに終わった。  
 そして翌週明けの月曜日、登校するやハルヒの市内探索反省会に付き合い、放課後もいつも通りにSOS団の活動に従事し、こうして帰宅の途についているという訳だ。  
 「やあ、キョン」  
 「うわっ」  
 頼むからその心臓に悪い登場を止めてくれ。  
 「君が無用心なだけだろう?」  
 昨日の今日で一体何の用だ? それにしても携帯なり家の電話なりにかけてくればいいだろうに、なんでわざわざ俺の帰りを待ち伏せてるんだお前は。  
 「橘さんから伝言でね」  
 佐々木もすっかり似非SOS団のメッセンジャーである。  
 「そう、まさにそれのことなんだ」  
 は? 何の話かさっぱりわからんぞ。  
 「世界をあるべき姿に戻すための佐々木さんの団、略してSAS団だそうだよ」  
 まさか昨日のあれか? 律儀というか何というか……。大体にしてその名称だと万が一ハルヒの変態パワーが佐々木に移ったら使えなくならないか?  
 「その場合は、世界をありのままに受け入れる佐々木さんの団、やっぱり略してSAS団とのことだ」  
 だからそのテレパシーは一体何なんだと。  
 「ちゃんと名前が決まったから次までにちゃんと答えを考えておくようにと彼女から伝言だ。それじゃ、キョン。また連絡する」  
 あくまでもマイペースに踵を返した佐々木の後姿を見送りながら、俺はしばらく立ち尽くしていた。  
 
 ようやく思考が追いついた俺は、帰宅を再開しつつ先ほどの伝言とやらについて考えていた。  
 SOS団にSAS団だと? 紛らわしい上に字面だけみるとますます物騒な感じだな。これじゃ平和な一年なんてものは望むべくも無いな。  
 全く、だれか不思議な出来事に有休の取り方を教えてやってくれ。今年も騒がしくなりそうだね、やれやれ。  
 

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