「名誉顧問っていう肩書も意外と疲れるわねー。これで楽できちゃうと思ったのに。
ずーっと昔、名誉顧問を鶴屋さんに押しつけちゃったけど、悪いことしちゃったかしら。
あんた覚えてる? 旧SOS団のこと」
「当たり前だ。脳がβアミロイドだらけになったとしてもあの頃だけは記憶に残ってそうだぜ」
「SOS団の精神と野望を世界に示そうって作った会社が、こんなに大きくなっちゃって。
面倒くさいこともいっぱいだったけど、今までやってこれたのって、ああいう時代があったからこそよ。
それに、あたしとあんたも。ちゃんと覚えてんでしょーね? 卒業式のときしたプロポーズの三箇条。
絶対泣かさない、絶対浮気しない、絶対目の前からいなくならない。
あたしはあんたを泣かせてないし、浮気だってもちろんないし、いなくなったこともないわ。
当然、あんたもよね?」
「まあな。泣かせたことはそこそこある気するが、いなくなっちゃいねえし、浮気だっ……て、したことは――、
ぐぇっ!? 今更言うのも何だが、いきなりネクタイ引っ張るのだけはやめろ!」
「何、今のタイムラグは? もしかしてあんた、浮気したことあるの!?
あんたの面倒見られるのはあたししかいないと思って、あんただけに操立ててきたってのに!
さあ話してみなさい! いつどこで、相手はどんな女? 今でも続いてんの?
内容によっちゃ、あんたを殺してあたしは世界を滅ぼすわよ!」
「お前の場合冗談にならないから困る。
わかったよ。いつかは話そうと思ってたんだ。ネクタイ放してしっかり座れ。
最初に会社立ち上げて、さあこれからってときお前、体調悪くて病院行ったろ?
黙ってたが、実はお前、急性白血病だったんだよ。M3ナントカの。
俺はお前を失いたくなくて、長門に頼み込んだ。あー、その……長門は、画期的な治療法を知ってたんだ。
だがその見返りに、長門は俺と一晩寝ることを要求して……」
「……それで、そうですかってやっちゃったわけ? 有希と」
「悩んださ。でもいつ大出血してもおかしくないから覚悟してくれなんて医者に言われちゃな。それに、長門から
面と向かって頼まれちゃ、とても拒めなかった」
「むー……………。
……そっか。そういうことなら許したげるわ。有希にはあたしも負い目あるもの。いろいろ。
あんたと有希に生き長えらせてもらったおかげで、今あんたとこうしていられるんだから。
だけど、有希とはその1回きりだったんでしょうね?」
「……長門とはな」
「どういう意味よ?」
「会社を順調に大きくしてった頃、次世代規格をめぐって、メーカーが世界規模で真っ二つになったことあったろ?
与した側が標準方式になるかならないかで、社運が明か暗か、ビッグバンかブラックホールかだった。
お前さえ迷いに迷って、最後は俺に、どっちを採用するか選べって投げたよな。
俺はお前とのこの会社を失いたくなくて、朝比奈さんと会った。まあその、朝比奈さんは将来どちら側が興盛するか
知る立場にあったんだ。
けど他人に伝えるにあたっては朝比奈さんにそれなりの覚悟が必要でな。『勇気をください』って言われて……」
「で、みくるちゃんと寝たのね?」
「……ああ。『初めて規定事項外の行為をしちゃいました』って……あーまあ、大それた真似って意味だろう。
でもあのあと朝比奈さん、お前も心配したくらい別人になっちまって……。二度としねえって心に決めたよ」
「ふーん。あのときあんた、迷って悩んでたわけじゃなかったんだ。そーいう悩みだったわけね。
あの後、急先鋒だったとこがイキナリ鞍替えして全体ポシャって、そっちの陣営選んだとこ一気に倒れてっちゃって。
もしそっち側に行ってたらなんて想像して、ほんのちょっぴりあんたに感謝したけど。
そんなことがあったのね。うん、あの頃なら許さなかったけど、今なら、許したげなくもないわ。
有希とみくるちゃんだけよね?」
「……あと1つ」
「ちょっと、まだあるの!?」
「上場して名実一流企業になって、技術革新に乗っかってくにはある特許が必要で、そのためには別のグループを
傘下に収めなきゃならなかったろ?
正攻法で行くつもりが、ライバルに嗅ぎつけられてて、株取得合戦になっちまったじゃないか。
最初お前も俺も楽観してたもんだから、相手より有利にするには資金足りなくて、お前ぶち切れて違法手段まで
考えはじめたよな。
俺は会社としての道を失いたくなくて、古泉に相談した。知っての通り、古泉はいろんな方面に顔利くから。
そしたら、大物株主のうち十何人かがうまい具合に古泉の一派で、アッチ系の性癖な奴ばかりでさ――」