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そして少女は少年の観測を開始した
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ある晴れた日曜日の昼下がり、俺は公園のベンチに座っている、いかにも太陽熱を吸収していそうな黒い物体を発見した。
「何してんだ、お前」
「―――観測―――もしくは………散歩?」
「何で疑問系なんだよ」
多分、俺的観測史上まれに見る、ほどよい温かさに脳が麻痺していたんだろう。
俺はそのまま、よっこらしょっ、と出来の悪い人間失格型宇宙人こと九曜周防(あるいは周防九曜?)の隣に座り込んだ。
そのままポスポスと九曜の頭を叩くように撫でる。彼女の持つ世界中に広がっていきそうな形状の黒髪は、長時間太陽に照らされていたであろうにもかかわらず、熱を吸収して熱くなっているという事はなく、むしろそれを全反射したかのように冷たかった。
「わたしは―――観測する―――存在」
俺の手を払う事もむずがる事もなく、彼女はチューナーが必要かと思われるほどの、ずれたテンポで言葉をつむぐ。
「観測される―――存在では………ない」
三拍子と四拍子の間を蛇行しながら直進するような、九曜の言霊の織り成す独特なリズムが、俺たちの間をところどころでつまづきながらも、ヘタウマなフォークダンスを踊るかのように流れていく。
「でも………あなたは―――わたしを―――見つけた………何故?」
九曜は無表情のまま、首だけを、比喩でもなんでもなく本当に関節可動域を超えるまで、折り曲げる。………疑問に思う、という事を表しているつもりらしい。
ああ、本当に、こいつは出来損ないだ。
ジグソーパズルをしている奴に将棋の駒を渡してくるようなちぐはぐさ。
それらが寄り集まって構成されているのが九曜という存在なのだ。
普通の人間だとそんな存在には近寄ろうとすらしないだろう。
だから、俺はこいつの疑問にこう答えるのさ。
「それは、お前がここに、いたからだろうな」
言葉と同時にわしゃわしゃと一際強く頭を撫でる。
力を入れていないせいか、俺の手によって九曜の頭はメトロノームのように容易に左右に揺さぶられる。
普通の人間は、こいつには関わろうとはしないだろう。
だったらそれは朱に交わって藍より青くなっちまった、この俺の仕事だって事さ。
しばらくの間、そうして俺にされるがままになっていた九曜であったが、いきなり何の予兆もなく30度ほど傾いたところで俺の腕ごと急停止し、ポツリと呟いた。
「あなたの………てのひらは―――とても―――温かい」
そしてそのまま、彼女は体ごと俺の膝の上に倒れこんできた。
(………本当に何を考えているんだ、こいつは?)
人の膝の上で表情一つ変えずに、ただ、存在している。
―――けれども確かに、存在している。
九曜が触れている部分から彼女の熱が伝わってきた。
それは多分、一介の高校生には手が届かないほど遠くからこっちを見下ろしているだけの太陽様のおかげなんかじゃなく、現在ゼロ距離で触れ合っているこの俺が与えた熱なのだろう。
そう思うと、このくらいの意味不明さなら許してやろうか、というような気分になる。
だがまあ、一応これだけは聞いておかないとな。
「何やってんだ、お前」
俺の疑問に、
「―――観測」
彼女はそう答えた。
―――今度はちゃんと、断定系で。