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そして少女は少年の世界に色をつける
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俺的に言わせてもらうと天丼は三回が限度であるのだが、残念な事に、今回もある晴れた日曜日の昼下がりの話になる。
人間の三大欲求の一つである惰眠をむさぼっていたところを佐々木に呼び出された俺は、厄介事が肉食動物のように襲い来る予感にうんざりしながら、呼び出し場所であるいつもの公園へと辿り着いた。
先に来てベンチに座っていた中学時代の同級生であり、即席神様候補生でもある知り合いの少女(ようするに佐々木だ)は俺を見て、何故か安堵したかのように話しかけてきた。
「やあ、来てくれたんだね、キョン」
別に『こいつがとりあえず無事っぽいのを確認して安心した』というわけではないのだが、押さえつけていた眠気がじわじわと表に出てきた事だし、とっとと話とやらを終わらせて家に帰って寝なおす事にしよう。
「で、何だ? 何か厄介事か?」
話を進めようとする俺の疑問を無視するかのように、
「告白と脅迫って響きが似ているとは思わないかい? これらはどちらも相手を手に入れたいという感情からくるものだ。おそらく元となるものが同じだから響きも似たものになったというのが僕の持論なのだが、どうだろうね?」
佐々木はいきなり口早にわけの分からない話を始めた。
「何が言いたいんだ、お前は?」
「ん、すまない。何しろこういうのは僕も初めての経験なのでね、多少緊張しているようだ。悪いんだが僕の緊張をほぐすためにも、少しだけ本題とは別の話に付き合ってもらえないか」
………俺は眠りたいんだがなぁ、やれやれ。
「確か、告白と脅迫とかいう話だったか?」
一つ一つは普通なのに二つを一括りにすると随分心を病んでそうな話題になる。食い合わせみたいなもんかね。
「そうかい? 僕はそうは思わないがね。むしろそうまでして手に入れたいと想われるのは女冥利に尽きるというやつだよ。………ああ、そういえば告白と毒殺も響きが似ているね」
俺補正がかかっているせいかもしれんが、夢見る少女二割増しな瞳で愉快そうに語っているように見えるヤンデレラ。
「ヤンデレラか、どんなお話になるんだろうね?」
王子様がヤンデレラから逃げるため、ガラスの靴を叩き割るお話だろうよ。
「ヤンデレラはガラスの靴の破片で王子様の背骨を串刺しにし、半身不随にした後で、仲良く一緒に暮らしましたとさ、一生ね。これにて一件落着、めでたしめでたし」
「逃げてー! 王子様逃げてー!」
マイメルヘンが大ピンチである。
「知ってるかい? メルヘンを並べ替えるとメンヘルになるんだよ」
「何そのびっくり進化論!」
ダーウィンやらグリム兄弟やらが草葉の陰から提訴してくるかもしれんぞ。
「てか、そんな世界は嫌すぎるだろうが」
「そう、世界の話だ」
いきなり話題が変わるらしい。こいつが知り合いでなければ帰っているところだ。
「キミは以前、僕の世界を見ただろう?」
それは多分、佐々木の作った閉鎖空間の事だろう。クリーム色に近い、とても明るいゴーストタウン。
「自分の中を覗かれるというのは正直とても恥ずかしい事なのだが、今回はそれが本題というわけではないので慰謝料というやつで手を打つ事にしよう」
取るのかよ、慰謝料!
「出世払いで構わないぞ」
なんだ、払わなくていいのか。………やかましい!
自分の将来をネタにしてセルフツッコミをかます俺をさらっと無視して、佐々木は話を続けた。
「最初、わたしの世界は『無』だったの」
………何故かは知らんが、女言葉で。
「小さな頃からずっと、わたしには欲望というものがなかったわ。平凡な家庭で平凡に育って、普通の人と普通に結婚して、そのまま何事も無く人生を終える。………そんな何でもない望みすらも、ね」
俯きながら話すその顔は、俺からは見えない角度。
見えない彼女は見せないままに、朗々と自分の心を解析する。
「推測でしかないけれど、おそらく家族を失ったとしても、取り戻したいとすら思えなかった過去のわたしの世界は、あなたが見たゴーストタウンよりもっとひどい、本当に何も無い世界だったと思うの。そしてわたしはその何もない世界で満足していたわ」
でもね、と一区切り、そして顔を上げる。
「いつの間にか、わたしの世界に『光』があったの。その『光』は間違いなくある特定の個人から与えられたもので、そしてその人はどんどんわたしを変えていった。本人はそんなつもりは無いんだろうけどね」
俺が今まで見た事がない、泣き笑いのような笑顔。
「付いて行こうと思ったら出来ない事も無かった。でも、恐かったから。………わたしを根底から変えてしまう、そんな『光』が、恐かったの。だから、志望校は変えずに、その人とは違う高校に進学したわ」
笑顔の中に確かに含まれている真剣さ、そして緊迫した声。………間違いない。
これがこいつの言う『本題』なのだろう。
「でも、『光』は消えやしなかった。与えられた『光』は本当にもう『わたしの光』になっていたの。もう、わたしは『無』には戻れないのよ」
俺から視線を逸らす事無く、
「戻れないなら戻れないでいいの。でも、『光』を与えた責任は取ってもらわないとね。あなたもそう思うでしょ、キョン」
決して視線を逸らす事無く、
「あなたが、『光あれ』って言ったんだから」
彼女の世界が猛スピードでぶつかってきた。
たった二文字ですむ内容を金塊が金箔になるくらいにまで引き伸ばした、そんな不器用で遠まわしな彼女の告白。
まあ、どちらにせよ、輝いている事に変わりは無いわけだし、俺は真剣に答えなければならないのだろう。
とは言え、予想外の所から飛んできた銃弾に打ち抜かれ、綺麗に固まっている俺に、答えなんてすぐ出せるはずが無いのだけれど。
とりあえず、落ち着くために深呼吸。
佐々木は笑顔のまま、俺を眩しそうに見つめている。
ああ、もう、本当に、
「とんだ厄介事だなぁ。何だ、こりゃ?」
やれやれ、とため息をつきながらそう言う俺に、
「告白、だよ」
彼女はそう答えた。
―――今度は逃げずに、真っ直ぐと。