ある休日の朝のことだった。
「キョンくん……」
朝、俺がウスウスと目を覚ますと聞き慣れない声がした。
……誰だ……
「キョンくん……あたし……大きくなっちゃった……」
俺はフッと眼を開いた。そしてベッドの横にいた人物を見て……跳ね起きた。
「長門、今すぐ来てくれ。……来られない?代理?
代理でも何でもいい。とにかくよこしてくれ。」
胸の成長でボタンが弾け飛んだ妹の寝巻きと
下着を脱がせ、俺のTシャツを着せた。
「寒い……寒いよ。」
妹を抱き寄せると、その体が氷のように冷たく、
微かに震えていることがわかったので、俺は服を脱いで抱き絞めた。
妹は顔を赤らめてそれを拒んだが、すぐに腕の中で大人しくなった。
数分後、朝倉涼子が窓から侵入してきた。喜緑江美理を期待していたんだがな……。
「あら妹さん、少し見ない間にずいぶん大きくなったわね。」
冗談はやめろ。とりあえず妹を落ち着かせたい。
「わかったわよ。」
朝倉が妹の額に手を当てると、妹の震えが止まり、寝息を立て始めた。
朝倉は俺の方に向き直った。
「で、どうするの?」
その指示を仰ぐために、お前なんぞを呼んでるんだよ。
「やけに素直ね。」
微笑。
「原因は涼宮さんよ。でも何故こうなったかは、わからないわ。」
お前には治せないのか。どうすればいい。お前よりも発育のいいこの女を、
小学生と偽って生活させるわけにもいかないだろう。
「妹さんの自慢は後にしてくれる。そうね……まず私には治せない。
これを起こした涼宮さんの動機を探って、その目的を何らかの方法で満たすしかないわね。」
動機……聞いた方が早いか。
「なに?キョン。」
「ハルヒ、昨日うちの妹と何か話したか。」
「えっ、」
思い当たる節があるらしい。
俺の両肩に手を乗せて、後ろから身を乗り出している朝倉と目を見合わせる。
「妹とどんな話をした?」
「……妹ちゃんが、あんたとあたしがしてるのを見てたみたいで……
終わった後に、あたしがシャワー浴びようと思って廊下に出たら、会っちゃったのよ。」
「で、何の話をした。」
「それは言えないわ。……あ、思い出した。あんたさ、帰ってきた朝倉と
仲悪いみたいだけど、なんかあった?」
背中に胸を押し当て、耳に息を吹きかける朝倉の妨害を受けながら、
俺は適当に覚えがない、知らない云々と伝えた。
「ならいいけど。じゃあね。」
……切られてしまった。
「お前と仲が悪いせいで聞き出せなかった。」
「あなたが私に冷たくしてたツケね。」
などと言っている場合ではない。ハルヒと俺の行為を目にした妹が何かを言い、
そしてそれを受けて、ハルヒがその力でもって、妹を成長させた。情報はこれだけだ。
「妹さんの願いを叶えてあげたとも推測できるわね。
つまり妹さんがあなたとセックスをしたい、と言ったのよ。」
馬鹿みたいな推測はいいから、さっさと宇宙的演算パワーで導き出した答えを教えてくれ。
頭のレベルを俺に合わせなくていいんだよ。
「嫌よ。私は何か興味深い情報が得られると思って、ここに来てるのよ。
今あなたが、自分で考えた推測を1つや2つ披露することが、私の雇い料金だと思いなさい。」
話にならん。長門のありがたみがよくわかる。
後であいつに、日頃の礼をしよう。プレゼントでも買うか。
「キョンくん……」
ハッと振り向くと、妹が目を覚ましていた。
……なるべく避けたかったが、当人に聞くことにする。
「昨日、ハルヒに何を話した。」
「えっ……」
「これは重要なことだ。言いたくないかもしれんが、言ってもらう。」
「『何してたの』って聞いたの。そしたら、『大人になるとすることよ』
って言われて……あたしは泣いちゃったの。」
「どうして。」
妹は涙ぐんでいた。
「またあたし……キョンくん達に仲間外れにされたんだなって思って……
それから先は、何て言ったのか覚えてない。
……迷惑かけて、ごめんなさい。」
「そうか。よく言ってくれた。まあハルヒのしたことだ。
お前は悪くない。寂しい思いをさせて悪かったな。」
俺が頭を撫でると、妹は一層泣きじゃくった。
大体想像はついた。泣きながら検討外れの
年齢差別を訴える妹にハルヒが同情し、夢を叶えてやったのだろう。
相変わらず思考が読めない奴だ。
「朝倉。原因はハルヒの願望ではなく、妹の願望
だったわけだが……この場合どう決着をつける。」
「妹さんがもう昨日のことで悩んでいない、ということを
涼宮さんに伝えればいいわ。そこで質問なんだけど、妹さん?
あなたの目的は果たせたかしら? それともその体になっても、
叶わない夢だったと感じたかしら。」
「ハルにゃんに……電話させて。」
「そう。」
朝倉はいつもより2割増しの微笑を浮かべていた。
「ハルにゃんあのね……昨日の話なんだけど」
「昨日の話?」
「……あたしは忘れてたの。キョンくんはあたしが病気とかになると、いつも優しく
してくれて、ホントはすごく大事に思ってくれてるんだ、ってことを。
でもあたしはもっとキョンくんを独り占めしたがってたの。」
「……」
「でももう大丈夫。変な相談してごめんなさい。」
妹は、嬉しそうだった。
「わかったわ。あたしずっと心配してたの。あたしのせいで妹ちゃんが、
寂しい思いをしてるんじゃないかと思って。
でもどうすればいいかわからなくて、モヤモヤしてた。
わざわざ電話してくれてありがとう。キョンと仲良くね。」
「うん!」
電話が終わると妹の体は、元に戻っていた。
俺は妹を寝つかせてから、朝倉と話をしていた。
「しかしわからんな。妹が疎外感を感じていたのをどうにかしたいと思って、
なぜあいつは妹を成長させた?」
「さあ。あなたが朝比奈みくるにばかり、優しくしてるからじゃないの。」
ウッ、と息を詰まらせる。そうかもしれん……。
「私はもう帰るわ。役に立てたかしら。」
「全然。……てのは嘘だ。お前のお陰で
妹が心を開いてくれた気がする。ありがとよ。朝倉。」
「ふふっ。どういたしまして。じゃあね。」
朝倉はフッと消えてしまった。
やれやれ、もう夕方か。
せっかくの休日だというのにろくに疲れも取れなかった。
だが代わりに我が妹の可愛らしい寝顔が
見れたと思えば、決して無駄な一日ではなかったのだ。
―終―