1.  
 
 放課後の部室で、昨日『彼』に渡された鳥を探す兄妹の童話を読んで、有機生命体のいう幸福の概念が知りたいという欲求に駆られた。  
 とりあえず掃除当番で遅れている『彼』以外の、部室にいる他の仲間に聞いてみる事にした。  
 
 
CASE.1  
「宇宙人や未来人や超能力者を探し出し一緒に遊ぶ事よ!」  
「……そう」  
 彼女らしい答えである。  
「あ、でも、有希やみんなと一緒なのも幸せ、かな」  
 温かい言葉だ。それを『彼』の前で言えたら彼女はもっと幸せになるのだろう。  
 
CASE.2  
「そうですね、幸せという言葉をどう定義するかによると思うのですが………」  
 10分42秒にわたる彼の講釈を要約すると、幸福というものはその個体の経験や現状によって変遷していくものであり、唯一なる定理は存在しないという事らしい。  
「僕個人的なものであるならば、やはりあなたが読まれていた童話そのものですかね。いえ、童話というよりは寓話と限定したほうが良いのかもしれません。そもそも………」  
 放置しておくと、この後また10分以上講義が続くと予想されたので早めに礼を言い、話を打ち切ってから、次の人に質問する。  
 
CASE.3  
「ふええー、禁則事項ですー」  
 ………何の役にも立たないオチがついた。  
 
 
2.  
 
 どうやら幸福の概念を知るためには、わたしだけの幸福というものを見つけないといけないようだ。  
 他の知り合いにも話を聞きたいと願い、涼宮ハルヒに頼んで早退させてもらった。  
 とりあえず出会った知り合いに自身の幸福について尋ね、それを参考にしてわたしだけの幸福を定義しよう。  
 
CASE.4  
「んー、生きてるだけで幸せっかなっ! 風は気持ちいーし、ご飯は美味しーし、みくるは可愛ーし、うーん、おねーさん人生丸儲けだねっ!あっはっは、幸せいっぱい夢いっぱいだよっ!」  
 本当に幸せそうな声でそんな事を言う。  
「もちろん、有希っ子もめがっさ可愛ーっさっ!」  
 力いっぱい抱きしめられる。  
 ………まあ、嫌ではない。  
 
CASE.5  
「ふむ、そうだな。私が努力する事でこの学校が少しでも良い方向へと向かうのであれば、それが私の幸福なのだろうよ」  
 次にわたしが出会ったのは、この学校の生徒会長と、  
「あらあら、うふふふ」  
 その後ろで謎の笑顔を浮かべる書記であった。  
「何故笑うのかね、喜緑くん」  
「にゃーにゃー」  
「何故に猫の鳴き真似? いや、何となく言いたい事は伝わってくるのだが………」  
「そんな、わたしは『被るのは体の一部分だけで十分でしょう』なんて思っていませんよ」  
「………キミとは一度じっくりと話し合ったほうが言いようだね」  
「うふふふ」  
「はははは」  
 わたしを無視して痴話喧嘩を始める二人。  
 要するに、これが彼等二人の幸福なのだろう。  
 
CASE.6  
 次なる知り合いを探して学校を出る。  
「コ、コンピ研は素通りなのかい?」  
 ………素通りである。  
「つ、冷たい。………だがそれがいい!」  
 ………無視である。  
 
 
3.  
 
 駅前まで来た所で、  
「おや、そこを行くのは、えっと、長門さん、で良かったかな」  
 春に知り合った四人組みに声をかけられた。  
「うん、どうやら正解だったようだね。最近は塾やら偏差値やらにかまけていたので、人の顔を覚えるという能力が劣化していないか不安だったんだが、どうやら僕はまだ社会的不適合者ではないようだ」  
 どうやら今日は未来人の男性がいるので男言葉モードらしい。  
 そうだ、この四人にも話を聞いてみる事にしよう。  
 
CASE.7  
「そうだね、今僕達は幸福について話をするために喫茶店に来たわけなんだけど、頼もうと思っているコーヒーが美味しかったら、とりあえず僕は幸せかな」  
「そ、そんなんじゃ駄目です。もっと大きな夢を、世界征服のための力が欲しいとかないのですか?」  
 泰然自若と挙動不審、対照的な二人である。  
「佐々木さんは力を持つにふさわしい人なの。少なくともあたし達はそう考えているんです」  
「うん、それがキミ達の幸福だからだよね」  
「ああっ、もうっ!」  
 幸福の定義も対照的である。  
 なるほど、個体によって変化するとはこういう事か。  
 
CASE.8  
「真っ赤な―――夕焼け―――とても………きれい」  
「はっ、どうせそれすらも作られた幻だろうに」  
 こちらは意思の疎通が難しい二人組みである。  
 どうやらお互い会話らしきものを交わしているようだ。  
 わたしが質問するまでもなく、二人で勝手に幸福について喋りだした。  
「わたしの………幸福―――幸せ………何?」  
「くだらない。機械人形に幸福なぞあるはずがないだろう。それらしいものを感じたところでそいつは単なる勘違いさ」  
「勘違い―――それは―――あなたも?」  
「ふんっ」  
 そっぽ向く彼。しかし、否定の言葉はなかった。  
 
 
 もしかしたら彼の言葉通り、幸福とは勘違いなのかもしれない。  
(それでも構わない)  
 そう思うのだ。  
   
 それでも知りたい、と思うのだ。  
 
 
4.  
 
 結局、今日一日ではわたし自身の幸福を定義する事はできなかった。  
 この国の表現で言う肩を落としながらの帰り道で、偶然『彼』に出会った。  
「おう長門、今帰りか。どうだ、幸福ってやつは見つかったか?」  
 そうだ、まだ『彼』に聞いていなかった。  
 
 
CASE.9  
「あー、正直良く分からんのだが、幸福ってのは言葉で伝わるものではないと思うぞ」  
「………?」  
 良く、分からない。  
「定義しようとしても無理だって事だよ。ただ感じる、それだけで良いんだ」  
 そう言って、『彼』は幸せそうに笑った。  
 そこで別れ道が来たので、最後に一つだけ聞いた。  
「あなたはわたしといて、幸福を、……感じる?」  
 答えはなく、ただ頭を優しく撫でられた。  
 
 
LAST CASE  
 わたしの頭を撫でている『彼』の掌から、確かな温かさを感じる。  
 
 もしかしたら、と思う。  
    ―――これが、幸福、なのだろうか?  
 
 

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