ある日の放課後、いつもの如くハルヒの我が儘が始まり、
何を間違えたか、俺と古泉は二人っきりで購買と部室とを往復する羽目になった。
今日に限って、古泉のニヤけ面が妙に癪に障ったもので、
お前のニヤけ面を泣いたり笑ったり出来なくしてやると言ったところ、
どうも昨夜、お互いに同じ地上波放送の映画を見ていたと言うことが判明し、
なんだかこいつも人並みに映画を見たりするのだということに、微妙な感銘と共感を受けながらも、
今じゃニコヤカ刑事と青いウイルスさんぐらいしか生き残ってないよな、
などと、比較的どうでもいい会話(真剣に談義するべきだが)に熱中すれば、部室までの道のりなんぞは大変に短く感じる。
さて、某宇宙狩人と紫ハチマキは果たしてどちらが強いのか?と新たなる議題を持ち出しながら部室の中に再突入すると、
そこでは、お馴染みの顔達が、なにやらどうでもよさそうな話を、それなりに楽しそうにしているようだった。
「ううう、思い出しただけで泣けてきましゅぅ〜……」
「そうかしら?いかにもお涙頂戴って感じであたしは好きじゃないのよねー」
「しょっ、しょんなことないでしゅ!ジャックの最期で泣けないなんて人間じゃ……ふっ、ふぇぇぇ〜ん」
概ね想像は付くが、一体なんの話をしてるのか聞いても構いませんか、朝比奈さん?
ついでに、このハンカチでどうぞ涙を拭いてください。
「うう〜、キョンくんありがとうございまひゅぅぅ……ずっびぃぃぃぃ!!!」
百年とまでは到底行かないものの、一秒分ぐらいの恋が冷めました。
「じ、実は昨夜、鶴屋さんのおすすめで映画を見たんですぅ、そ、それで、わたくし痛く感銘を受けまして……」
「みくるちゃんってば、話思い出すだけでこの有様なのよ。あんな映画のどこがいいのかしらね?」
待て、それ以上朝比奈さんを泣かすんじゃない。
さすがの俺も、匂いを嗅ぐまではアリでも、舐めたらしょっぱいかもしれないハンカチは洗濯するぞ。
それに、映画を見てどの部分に惹かれるかなんて人それぞれだ。
長門だって…………………というか、発言からして長門はあの映画を見たことがあるのか?
「ある。様々な見聞を深めるとの名目で、朝倉涼子がVHSをレンタルしてきた」
朝倉がか?それでお前も付き合ったってわけだ。
「そう」
なるほど……長門がどう思ったのかは気になるが、朝倉の感想というのも気になるところではある。
なにかこう、意見らしき物を聞いたのか?
「朝倉涼子の弁によれば、『人間は恐怖的な体験に強く興味を惹かれる傾向があり、
よって、恐らく観賞者の多くは、船体からの落下中に船のスクリュー部分に激突し、
縦方向に回転しつつ、重力加速度を伴いながら海面に叩き付けられるであろう一人の人間に対して、
共感と恐怖の感情を抱くのだろう』、とのことだった」
…そりゃ確かにあのシーンは印象に残るかもしれんのだが。だがしかし……
「朝倉涼子自身も、件の場面を痛く気に入っていた様子で、
本編終了後も繰り返しその場面を鑑賞し、その度に酷く喜んでいるようだった」
……もういいから、長門の感想を聞かせてくれ。
「感想……」
回りの連中も、さすがに普段自分の意見を口にしない、長門の貴重な感想ともあれば耳を傾ける様子だった。
古泉はいつも通りのニヤけ面、ハルヒは机に身を乗り出して長門の顔を見つめ、
朝比奈さんは未だに鼻の頭を真っ赤にしながら俺のハンカチをガジガジと噛み……あの、すいません。痛んじゃうんですけど。
「長門さんは普段自分の意見を口にしませんからね、長門さんの感想は貴重だと思いますよ」
黙れ。俺の思考を覗いたかのような発言をするんじゃない微笑みゲイ。
「まあ、エロキョンじゃあるまいし、へ、変なシーンを挙げるってことはないと思うけど」
もっと黙れ、真っ先に濡れ場を想像してるのはお前じゃねぇか。
「そっ、想像なんてしてないわよ変態!あ、あんたが有希にセクハラ発言しないように、先手を打っただけよ!」
結果的にセクハラをしたのはお前だ!
「してないわよ!女の子同士だからノーカンよ!」
「長門さんの好きなそうなシーンって、わたし思いつかないですぅ……」
「意外にダンスシーンなどではないでしょうか?華やかで素晴らしいと思いますよ」
「わあ、素敵ですぅ!」
「女同士じゃなきゃセクハラだ!訴えられたら負けるぞアホ!」
「アホ!?大バカキョンのくせにあたしをアホ呼ばわりするわけ!?」
「わたしもダンスしてみたいなぁ………」
すでに状況は滅茶苦茶だった。
といっても、俺自身すでに当初の会話の目的を忘れていたわけではあるが。
ハルヒが喚き、朝比奈さんがあれやこれと夢畑に水を振りまき続ける中、
部室の一角、中空を見つめていた長門がぽつりと呟いた。
「私の感想は……」
さっきまでの馬鹿騒ぎはどこへやら、水を打ったように静まりかえる部室。
実際、騒いでいたのはハルヒだけだが。
「……朝比奈みくるが多いに感動したという場面」
おおっ、まさか長門があのシーンに関心を―――
「あの場面は……非効率的」
「「「「はあ?」」」」
計らずとも四人の声がハモる。
俺とて、感極まって涙を流す長門というのを想像したわけではない。
アカデミーを総ナメにした超ロングランかしらないが、長門はアカデミーとオスカーとサンダンスに夕張に出展された映画を全て流してみても感涙するようなことはまずないだろう。
ごめん、流石に言い過ぎた。
しかし、お前の常人ならざる感想の理由を問うぐらいは許されるよな?
「……あの作品は二人の人間関係の描写を非常に重視していると思われる。
広義の上で差す親密な人間関係において、相方が零点下の気候下の海水に浸かり続けるのを見過ごすということはあり得ないはず」
「「「「…………」」」」
朝倉よりは映画の内容を理解してるんだな。ほっとしたよ。
……………出来れば、後半以降は聞き流してしまいたいぐらいに。
「あの気候条件、および絶対的条件下の中、飽くまで板の上に居座り続けた女性を映した時点で、
私の主観評価は地核層まで潜行した。以上、これが私の感想」
「「「「…………………………………………………」」」」
……長門を除く四人の団員は、饒舌になった長門の代わりに延々と三点リーダーを打ち続けていた。
正直言って、どう反応のしようもない。
(あんた、どうにかフォローしなさいよ!有希のフォローはあんたの役でしょ!?)
(どうフォローしろって!?それに、まあまあで場を収めるのは古泉の役だろ!)
(…………朝比奈さんが泣き出して、場を収めるのはどうでしょう?)
(ふぇぇ!?キョ、キョンくん助けてぇぇぇ〜!?)
(古泉ぶっころ―――)
(デレデレするんじゃないわよバカ!)
(やれやれですね)
(ぶっころ―――)
(キョンくぅぅぅん!?)
バタン。と、長門が本を閉じる音と共に、何もかも終わる。