「昼下がりの公園デビュー」  
 
ちょっと興味あるけど絶対欲しいわけではないものがあるとする。この場合小説ね。買うかどうかは少し立ち読みし  
てから決めようと近くの本屋へ行く。ところがその本がない。あたしは困ったことに絶対欲しいわけではないのにい  
ざそれが見当たらないと何がなんでも探したくなってしまう。  
春休みまで後少しのある休日、そんなわけであたしは本屋をハシゴしていた。四件目の本屋でようやく目当ての本を  
見つけると中身を見ることなくそれをレジに運んだ。  
「これって衝動買いになるのかしら」  
微妙な後悔の念に駆られながらも早く読みたくなってきたあたしは目の前に見えてきた公園に向かうことにした。  
初めて入ったその公園は大通りから外れているもののなかなか設備が行き届いていて、遊具はぱっと思い付くものが  
一通りあってベンチもあった。そのベンチに座って休憩がてらこの小説を読もうかしらと思ったとき、それが視界に  
入った。  
 
クラスであたしの前に座る甲斐性なしとその男に抱き着いている少女が。  
 
「にゃあ、にゃー」  
この声は甲斐性なしのものではなく猫耳カチューシャを頭につけた少女のものだ。猫の声まねっていうとこの子みた  
いに『にゃー』が一般的だけどあたしには猫の声は『なぁーお』って聞こえるのよね。だからあたしが猫の声まねし  
たら…ってそんなことよりあのバカ何やってんの?!  
「こぉらーっ!このエロキョンっ!」  
 
歩く速度を二倍にして真昼間から淫行を働く馬鹿団員に近づいて行った。キョンは淫行の現場をこのあたしに押さえ  
られたというのに全く動じていない。びっくりしているのは猫耳カチューシャをつけた少女のほうだった。その少女  
はあたしを見るなりキョンの後ろに隠れた。  
「おーハルヒ。どうしたんだこんな所で」  
まるでうろたえる様子もないその顔に  
「どうしたんだじゃないわよ!」  
一体あんたその可愛い少女にナニしたのっ?どうせ無理矢理動けないようにしてイタズラしようとしてたんでしょ?  
「は?なに言ってんだ?」  
まだしらばっくれる気?淫行の現場はこの目が目撃してるの!あたしはね、あんたのこれからの暗い未来より我がS  
OS団から淫行犯罪者が出たことのほうが重大な懸案事項なの!あたしは宇宙人や未来人とは仲良くなりたいけど淫  
行犯罪者とは仲良くなりたくなんかないわ!…んー、でも待ちなさい。いいこと思い付いたわ。  
「あのー、ハルヒ?」  
黙りなさい。そうよ、あんたこれから卒業するまでずっとあたしの荷物持ちになりなさい。学校へ行く時も帰りも、  
あんたはあたしの三歩後ろであたしの全ての荷物を持つの。もちろんあたしの家から学校まで往復よ。そうすればあ  
んたを監視もできるし、うん、そうしましょう。そしたら今回の件は内密にしてやってもいいわ。  
「お、おいちょっと待て。勝手に誤解して勝手に妄想するんじゃない!」  
まくし立てるあたしに遂にキョンの顔に困惑の色が出て来た。人の親切を妄想とは失礼ね!それに誤解ってなにが誤  
解なの!さっさとこのあたしに説明なさい!  
じりじりとにじり寄るあたしにキョンはサバ折りされた力士のようにのけ反っていた。その後ろで猫耳少女が口をパ  
クパクさせている。  
 
 
「キョンくーん!ミヨちゃーん!」  
 
あと一歩でキョンの背骨が折れそうな時、聞き慣れた女の子の声が耳に入ってきた。  
「あっハルにゃんだあっ!」  
ジュースを三本胸に抱えたキョンの妹ちゃんだった。  
 
「なあんだ。それならそうと最初から言いなさいよ。相変わらず口ベタね」  
「誰が口ベタだ。おまえが勝手に誤解して熱くなってただけだろうが」  
「熱くなってなんかないわよ!」  
 
キョンは妹ちゃんの友達のこの猫耳少女と劇の練習をしていただけだった。妹ちゃんによると今度六年生になる妹ち  
ゃんの学年は『新一年生を迎える会』で劇をすることになったらしい。それで妹ちゃんの友達がその劇に選抜された  
ので、その練習に付き合ってるのだそうだ。キョンもご苦労なこと引き受けてるけどそれにしても最近の小学生はマ  
メなことするわね。  
「さ、解ったらその定位置からずれた眉毛を元に戻してくれ。ミヨキチが萎縮してるだろ」  
猫耳少女は相変わらずキョンの背中に隠れて恐る恐るあたしを見ていた。そんなに驚かせちゃったかしら?それもこ  
れもキョンが紛らわしいことするからよ。  
それにしてもこの子小学生の割に背あるわね。それに細くてスタイルもいい。  
「…みよきち?あなた、ミヨキチっていうの?」  
頭の中の記憶の引き出しに手がかかった。  
「ひえっ?!いえそのっ、それはあだ名で…」  
妹ちゃんの同級生。小学生の割に背が高くて細い。あだ名。ミヨキチ…  
「あなた、ひょっとして吉村ー、」  
とまで言いかけた時  
「うわあああっとハルヒ!そうだこの子を紹介し忘れてた!この子は俺の妹の同級生で吉村美代子っていうんだ!」  
キョンが大声であたしの声を掻き消した。電池を入れ替えたミニ四駆のようなすばやさでその子の後ろに回って肩に  
手を置き  
「ほ、ほらミヨキチ、せっかく会ったんだから自己紹介くらいしとこうな」  
どことなく引きつった笑顔を向けられたのにも関わらず  
「そ、そうですね」  
律義に笑い返す女の子。そのしぐさには妹ちゃんのような幼さがない。やっぱりこの子キョンが文芸部の機関誌に載  
せる為に書いた恋愛モドキ小説に登場するあのミヨキチって子ね。  
 
「はっ初めまして涼宮ハルヒさん。私、吉村美代子といいます。ミヨキチって呼んで下さって結構です。」  
マナー教則本に載っていそうな綺麗なおじぎをされて  
「あ、いや、こちらこそ」  
つられてあたしも頭を下げてしまった。しかし  
「なんであたしの名前を知ってるの?」  
キョンの顔を見た。キョンは我関せずという表情で人差し指をある方向へ向けた。  
「にゃはは〜」  
妹ちゃんか…  
「ミヨちゃんがね、キョンくんのクラスにはどんな女の子がいるのって聞いてきたから教えたんだよ」  
それはいったい何の目的なんだろう。  
「妹がどこで何話してるかまでは俺も把握できないしな」  
じゃれ合う小学生二人の横でキョンが肩をすくめた。ということはあたしのことだけじゃなくSOS団のことも知っ  
てるってことかしら。  
「でもあたしの顔を見るのは今日が初めてじゃない?えーっとミヨキチちゃん」  
するとミヨキチちゃんはすぐに顔をあたしへ向き直し  
「はい。でもさっきのお兄さんとのやりとりを見て解りました。」  
やり取りとは?  
「涼宮さんについてのお話を色々聞いているうち、きっと涼宮さんという方は明るくて活発な人なんだって想像して  
いたんです。」  
妹ちゃんあたしのことどう話してるのかしら。猛烈に気になるわ。  
「だからさっきすごい勢いでお兄さんに詰め寄って来たのを見て…。私びっくりしちゃいましたけど」  
そう言ってにっこり笑った。その笑顔にはなんの嫌味もない自然な香りが漂っていた。あたしの噂を聞き出そうかと  
思ったけどなんかやる気が失せてしまった。  
「そうなの。まあ説明が省けてちょうどいいわ。よろしくね、ミヨキチちゃん」  
あたしはミヨキチちゃんと握手した。その手はとても華奢であたしよりずっと女の子の手だった。参ったわねこの子。  
嫌味がないからかえってやりにくいわ。  
 
「おいハルヒ。くれぐれもあの小説のことはミヨキチに話すなよ」  
キョンが耳打ちしてきた。キョンはミヨキチちゃんを小説の題材にしたことを本人に話していないようだった。そん  
な似合わない真顔で頼んでこなくたって喋らないわよ。  
「あんたの分のジュースで手を打ちましょう」  
こうして妹ちゃんが買ってきたジュースは女性陣だけでおいしく頂くことになった。  
「金は俺が出したんだぞ」  
ぼやくキョンにミヨキチちゃんが自分のジュースを分けようとしたけど、それは全力で止めた。飲みかけのジュース  
を他人に勧めるのは良くないといくら諭しても当の本人はポカンとしていた。そんなとこだけ小学生に戻るなんてず  
るいわよ。  
「だからね、それは間接、」  
とまで言いかけて慌てて口を紡いだ。あたし一人だけ騒いで馬鹿みたいじゃないの。すぐさまジュースの飲み口に口  
をつけて、残りを一気飲みした。結局キョンは公園の水を飲んでいた。  
 
「キョン、あたし暇だから劇の練習の見学させなさい」  
キョンがいつミヨキチちゃんに発情するか解らないし。あたしは監視係よ。  
「おまえ、何かの買い物の途中だったんじゃないのか?」  
言われて小説の入った紙袋を手にしていることを思い出した。そうだ、この小説を読もうと思ってこの公園に入って  
きたんだったっけ。  
「ああ、これはもうどうでもいいのよ。それよりあたしがここにいれば色々ミヨキチちゃんにアドバイスできるかも  
しれないじゃない。なんてったってあたしは映画を創った人間なんだからね!」  
監督、脚本、演出なんでもできるわよ。キョンはミヨキチちゃんと一言二言何か話した後  
「ま、せいぜいミヨキチの邪魔だけはすんなよ」  
と答えた。ていうかさっきからミヨキチちゃんとあたしに対する態度か違いすぎないかしら、このバカキョン。  
 
「にゃあ、にゃー」  
劇の練習が再開され、猫耳カチューシャをつけたミヨキチちゃんがまたキョンに抱き着いた。  
 
「ねえ妹ちゃん、どうしてミヨキチちゃんは猫の声マネしてるの?」  
あたしはここしか見ていないのよね。  
「んーとね、悪魔に魔法でネコにされちゃったんだよ」  
なあるほど。それで助けを求めに来てるってこと?妹ちゃんは頷くと  
「魔法は月の光の中だけで解けるの」  
ミヨキチちゃんを指差した。キョンは青空を見上げて目を眩ませている。  
「魔法でネコにされちゃったのよ!」  
カチューシャを外して人間語になった。  
「ゆうべ魔物達に襲われ、家は消され、父は連れ去られ…」  
身振り手振りを交えながら演技するミヨキチちゃん。みくるちゃんよりいいじゃない。これはみくるちゃんを鍛え直  
さなきゃ駄目ね。次回作映画の演出の練り直しまで考えていると  
「お願い!…あっ」  
猫耳カチューシャを頭に付けて、ミヨキチちゃんが崩れるように跪いた。月が隠れちゃったわけね。  
「…ち、ちょっと??」  
おもむろにキョンが歩きだしたかと思うと本物の子猫のようにミヨキチちゃんをひょい、と抱き上げた。お姫様だっ  
こだ。  
「こらっ!キョ、キョンっ!!」  
思わず飛び出して二人に駆け寄った。  
「何すんだハルヒ!」  
キョン、あんたあたしや実の妹ちゃんの目の前でミヨキチちゃんへの欲情を抑え切れなくなったの?そんなこと許さ  
ないわよっ!  
「ハルにゃん違うよっ!」  
ちょっと妹ちゃん、あなたの親友がイタズラされようとしてるのよ?これが落ち着いていられますかっ!!ミヨキチ  
ちゃん、早くこのロリキョンから離れなさい!  
しかしなぜかミヨキチちゃんはキョンにしがみついて離れない。  
「こ、これも劇のワンシーンなんですう!」  
猫耳少女が口を開いたときあたしはキョンの髪の毛を引っ張ろうとしていた。  
 
「このあとだな、雲の上に飛んでいくんだ。そうすると月の光に常時照らされるだろ?それでさっきのミヨキチのセ  
リフの続きがくるんだ」  
うーん、とりあえず状況は飲み込めたけど…。何なのかしら、そのお姫様抱っこ、妙に様になってるのよねえ。  
「話は解ったけど別に抱き抱えなくたっていいじゃない、練習なんだから」  
あたしの抗議も演出だからという理由で却下されてしまった。そしてキョンから劇の台本を渡された。  
「コピーだけど、それ読んでてくれ。いちいち乱入されちゃかなわん」  
小説を読もうと思って公園に来たのに、まさか小学生の劇の台本を読むことになるとは思わなかったわ。  
ところがその台本の内容にあたしは目を奪われることになる。  
 
科学ではなく魔法が発達した現代社会。人々は魔法の力で栄えていた。ところがある日世界中で異変が起こり始める。  
地震や台風などの天変地異。単なる自然現象だと思われていたが、ある魔学博士が自然現象などではなく悪魔の星・  
魔界星が接近して来ているからだ、という説を唱える。多くの人は一笑に付し相手にしないが予言された五人の若者  
と博士の一人娘が地球を狙う悪魔と大魔王デマオンを倒す為に立ち上がる。  
 
これが劇のあらすじだ。あたしは最初の部分だけで手元の小説のことなんか本当にどうでもいいと思ってしまうほど  
読み入ってしまっていた。なんなのこれ?ただ気になることがあった。  
「妹ちゃん、どうして劇のタイトルに(仮)ってついてるの?」  
台本の表紙には『大魔界』の文字がありその横に明らかに後書きで(仮)と書かれていた。  
「んとね、先生がね、もっと優しい題にしなさいって。だからまだ決まってないの」  
えっ先生が台本創ったんじゃないの?  
「違うよーあたしのクラスの男の子が創ったんだよ」  
ええ?これを来月六年生になる男の子が創ったっていうの?ストーリーも何かの映画を参考にしたのではなく、全く  
のオリジナルの発想なのだそうだ。悪魔というのは地球上の生物ではなく他の天体から来たエイリアンだという設定  
や、予言された五人の若者のうち中心となる二人は魔法ではなく科学が発達した世界から来た異世界人という設定な  
んかはあたしにも思い付かない独特の切り口を持っていた。魔法のじゅうたんに乗るには運転免許がいるなんていう  
妙に現実的な設定まである。  
 
「立て!火柱!」  
「おちよ水柱!」  
 
シーンは変わってミヨキチちゃん扮する博士の一人娘は大魔王の使い魔と戦っていた。  
「さっすが学年が変わる前から劇の準備に入る学校は違うわね」  
SOS団の市内パトロールに妹ちゃんの小学校も入れようかしら。台本を書いた男の子に会ってみたいものだわ。  
 
「来い!わたしが…いや、あ、あ、あた…、すっすいません!」  
 
それまで順調だったミヨキチちゃんが突然なんでもないセリフを噛んだ。  
「あ〜ミヨちゃんまただあ」  
妹ちゃんが残念そうな声を上げた。どうしたっていうの?  
「ミヨちゃんね、どうしても自分のことを『あたし』って言えなくて困ってるの」  
俯いているミヨキチちゃんにキョンが近寄って頭を撫でながら  
「流れは良かったぞ。もうひといきだな」  
「は、はい」  
確かに最初の自己紹介の時ミヨキチちゃんは自分のことを『わたし』って言っていたわね。キョンと練習しているの  
もなんとなく理解できた。でもそんなに難しいことなの?あたしは普段『あたし』って言うけど、状況によって『私』  
と使い分けできるわよ。  
「ミヨちゃんは自分のこと『あたし』って言ったことがないんだって」  
むむむ。これは正真正銘のお嬢様か、はたまたお家の方が相当堅い性格か。でもこの子行動力はあると思うのよね。  
キョンを利用してホラー映画を観に行くほどだから。  
あたしは二人に近付いて行った。キョンがミヨキチちゃんの頭を撫でていることが気にくわないとかそういうことで  
は決してない。  
「話は聞いたわよ!」  
腰に両手を置いてミヨキチちゃんの前に立った。一瞬ひるんだように見えたものの  
「な、何がですか?」  
「あなたを一人前の女優にしてあげる!」  
あたしの言葉に何か感じ取ったのか、じっと見つめてきた。  
「またなにかつまらないこと思い付いたのか?」  
脇役は黙りなさいっての。溜息をつくキョンを尻目に  
「まず聞くわ。どうして『あたし』って言えないの?」  
この問いに  
「えっと…それは…」  
返答しにくいようだった。なので  
「それならミヨキチちゃんは、自分のことを『あたし』って言う女の子にどんなイメージを持ってる?」  
質問の仕方を変えてみた。するとミヨキチちゃんは  
「えっと、明るくて、積極的で…」  
ぽつりぽつりと答えながら妹ちゃんを見た。  
 
「それはつまり自分とは正反対ってこと?」  
背の高い小学生の女の子の体がぴくり、として  
「とっても羨ましいなって思います…」  
うなだれるように頷いた。  
「ミヨキチちゃん」  
その華奢な体の両肩に手を乗せた。  
「では聞くわ。あなたの中には本当にその明るさや積極性が何もないの?」  
ごめんキョン。あんたの小説利用させてもらうわ。  
「あなた、ご両親に内緒で年上の誰かと年齢制限のある映画に行ったことない?しかも自分から誘って」  
「えっ?!そそ、それはっ」  
ミヨキチちゃんの端正な目が大きく見開いた。なんて解りやすい反応かしら。キョンもキョンで実際の話をそのまま  
書くもんじゃないわ。ミヨキチちゃんがその同伴者の顔を見ようとしたので  
「よそ見しない!」  
少し強めに言うと  
「はっ、はいっ!」  
すぐに正面に顔を戻した。でもあたしと顔を合わそうとしなくなった。  
「つまりあなたは積極性も、男の人を退屈にさせない明るさも兼ね備えているってことよ!」  
「は…はあ…」  
口元が緩んだミヨキチちゃんをキョンと正対させ  
「では改めて練習の続きよ。そこの雨の日の加湿器ばりに役に立っていないキョンを魔王の使い魔に見立てて」  
妹ちゃんから台本を受け取り  
「一番簡単なセリフ『さあ!あたしが相手よ!』を叫んでみよう!」  
キョン、あんた一目で使い魔と解る動きしなさい。キョンは何か言いたそうな顔をしていたけど言葉に発しないこと  
は解っていた。  
 
「さあ!あっ…あた…あ…」  
50センチ定規を剣に見立ててミヨキチちゃんが構えた。頬は赤く染まっているけど、真剣な顔になっていた。  
「セリフはもつれてもいいから、最後まで言い切るのよ!」  
さっきのあたしの言葉の意味解るわよね?あなたは積極性がないのではなく表現法が周りのお友達と違うだけなの。  
あなたが映画を観に行くためにした行動は充分過ぎるほど積極的よ。たぶん一緒に行った相手は楽しかったと思うわ  
よ。たぶんね。  
「あ、あた…し…、あた…」  
もう少しよ!  
「ハルヒ、あまり強引にー、」  
割って入ってきたキョンにうるさい、と言いかけたとき  
「お兄さん、続けさせてください!」  
ミヨキチちゃんが言い放った。そうよ、そうこなくっちゃね。  
「さあ!あ…あた…」  
そこのバカキョンをしっかり見るのよ。こいつを倒さなきゃ大魔王のとこへ行けないの。腹の底から思いのたけを叫  
ぶのよ!するとー、  
 
「あたしのことどう想ってますかっ!」  
 
透き通るような声が公園に響いた。やった!言えたじゃない!  
 
………は?  
あたしは台本を見直した。『どう想ってますか』…?  
「あっ…!」  
空気を吸い込むと同時に我に返ったミヨキチちゃんはほんのりどころかゆでダコのように顔が赤くなっていった。  
「こらっキョン!なんであんたまで顔赤くなってんのっ!」  
「ぐはっ!」  
あたしはキョンの脇腹に右ストレートを放った。  
「ミヨキチちゃん!セリフは大間違いしたけど『あたし』って言えたじゃない!」  
キョンの脇腹に拳を沈み込ませたまま  
「言えたからセリフの間違いは大目に見てあげるわ!」  
カクカクと首を縦に振るミヨキチちゃんを視界に入れた。  
「あはっハルにゃん負けてられないね〜」  
そこへにこにこしながら妹ちゃんが寄って来た。それはどういう意味かしら?  
「えへへ〜」  
ただにこにこするばかり。この掴み所のなさ、兄譲りね、まったくもう。  
 
 
「あたしが悪魔を食い止めてるあいだに急いで逃げて!」  
「いくら僕でも女の子を置き去りにして逃げられるか!」  
「あなた魔法が使える?悪魔と戦える?」  
 
そのあとのミヨキチちゃんは『あたし』という言葉を噛むことはなくなった。最大の壁を乗り越えただけあって以前  
ちらほら見受けられた硬さが消えセリフに感情を上手に乗せられるようになっていった。  
ミヨキチちゃんはきっと小学生とは思えない大人びた人相風体が災いして周りから過剰な期待を掛けられているんじ  
ゃないかしら。本当はもっと肩の力を抜きたいに違いない。映画を観に行くにしたってまず自分の姿が12歳未満に  
見られることはないと冷静に自己分析できてるところなんか、中々のしたたかさを持っていると思う。  
 
「ここで二人とも捕まっちゃったら誰が地球を守のよ!」  
 
練習は本番のようにっていうけど、ミヨキチちゃんの演技に刺激されてキョンまで真剣になっている。これなら劇も  
大成功するでしょう。あたしはミヨキチちゃんを自分の映画にも出演させたくなってきていた。  
あたしがこの公園に来てからどれくらい経ったろう  
「あっ早く帰らないと『アバレちゃん』が始まっちゃう!」  
妹ちゃんが公園の時計を指差すと、四時半を回っていた。最近はだいぶ日も延びてきたからそんな時間になっている  
ことに気がつかなかった。  
「ミヨちゃんあたしんちで『アバレちゃん』観ていきなよ!」  
ミヨキチちゃんは妹ちゃんに手を引かれると  
「でも今からだとお家の人に迷惑が…」  
少し迷っているようだった。そこへ  
「いいじゃないか帰りは俺が送るよ」  
キョンが助け舟を出した。パッと明るい笑顔になったミヨキチちゃんは  
「それなら…」  
この一連の流れがあまりにも定型句的だったところを見るといつもこんな感じで最後は夕飯までご馳走するのね、キ  
ョンの家族は。  
「涼宮さん」  
ミヨキチちゃんがどのくらいの時間をかけてこの定型句を獲得したんだろうと考えていると、不意に声を掛けられた。  
そのミヨキチちゃんに。  
 
「今日は練習に付き合ってくださって本当にありがとうございました」  
またしても理想的なおじぎをされた。でも今回はつられておじぎをすることはなく  
「へっ?…いえ、その、あの」  
突然のことで何と返事をしてよいのか解らず戸惑うだけだった。えっと、こういうとき、何て返せば…  
堪らずキョンを見た。キョンは一瞬まぶたをぴくっとさせ  
「おまえが思ったことを素直に言えばいいんじゃないか」  
今日初めてあたしに微笑を向けてきた。  
「えっと」  
そうしてあたしが返した言葉は  
「ど、どういたしまして。劇頑張ってね、ミヨキチちゃん」  
棒読みに近いものがあった。けどミヨキチちゃんは  
「はい!」  
嬉しそうな顔をしていた。  
 
「じゃーねーハルにゃん」  
三人と別れた後、その後ろ姿を暫く見ていた。特に意味はない。妹ちゃんは本当に背が低いなあとかミヨキチちゃん  
がお姉さんに見えるなあとか、そんな他愛のないことを考えていた。そしてミヨキチちゃんが突然キョンにしがみつ  
いたかと思うと腕を組んで歩き始めたのを見てああこうして見るとキョンとミヨキチちゃん恋人同士に見えるなあと  
も感じた。  
「ミ、ミヨキチちゃん?!」  
驚いた。のんびり眺めている場合じゃない。キョンは最初抵抗するそぶりを見せたもののすぐにされるがままになっていた。  
「待ちなさい!キョン!」  
三人の足が止まり最初に振り向いたキョンはあたしがまだ帰路についていないことにぎょっとした顔をした。ミヨキ  
チちゃんはあたしの顔を見てにこりと笑った。けどどこかしら含みのある笑顔だった。あたしはそれに気付かないふりをして  
「あんた、『太陽にわめけ』は観ないの?」  
ミヨキチちゃんの目が一回ぱちくりとした。  
 
「あれ再放送してるのか?」  
「何よチェックしてないの?」  
ミヨキチちゃんの視線はキョンとあたしを何度も往復していた。さっきまでの笑顔が消え話の内容についていけない  
ことに戸惑っているようだった。  
「それ今日やるのか?何時から?」  
あたしはゆっくりと歩きだした。キョンの顔は餌をもらう前の犬みたいになっている。三人との距離が近付いてくる  
とミヨキチちゃんがキョンの腕をぐっと自分の体に引き寄せたのが確認できた。それも気付かないふりをした。  
「あんたんちで教えてあげるわ。昔から言うでしょ、壁に耳あり障子に目ありって」  
「なんだそりゃ」  
そうして三人と同じ位置に立った。  
ごめんなさいねミヨキチちゃん。あたしは生れついての負けず嫌いなのよ。  
「うりゃっ!」  
「きゃあっ」  
ミヨキチちゃんの両脇に手を潜り込ませるとくすぐったいのか驚いたのかキョンの腕から手を離した。すかさず今度  
はあたしがキョンの袖をつまんで  
「早くしないと始まっちゃうわよ!」  
引きずるように歩きだした。  
「待ってよ〜」  
「ずるいです、涼宮さんっ」  
仲良し小学生二人組のかわいい声を後ろに響かせながら。  
 
 
 
終わり  
 

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