「それ、誰?」  
「ああ、こいつは俺の……」  
 と、俺が紹介を言いかけた途中で、  
「恋人」  
 佐々木が勝手に解答を出した。  
 それは俺にとってもあまりにも予想外の解答だった。一瞬、その場の時が凍った。マジで呼吸すら止まりかけた。唯一動けた佐々木がSOS団のメンバーに会釈する様が目の端を掠めた。  
「さ、佐々木、何言ってるんだよ!」  
 俺がいち早く解凍されたのは、佐々木という特殊な性格に慣れていたせいだろう。しかしハルヒのように恋愛を精神病の一種と断言したこいつがこのようなことを言うなんて、それなりに親しかった俺ですら予想の斜め上だった。  
 佐々木は興味深そうにハルヒを眺めていたが、ちらりと俺に視線をやり、  
「キョン、言葉通りの意味だ。といっても中学時代の、それも三年のときだけどね。そのせいかな、薄情なことに一年間も音沙汰なしだった。これはお互い様だが」  
 今度は長門のほうへと視線を向けている。  
「ちょ、ちょっと! キョン、どういうこと?」  
 ようやくハルヒが復活した。その顔は激情のあまり真っ赤に染まっている。まずい。しかしな、ハルヒ、俺にも事態が飲み込めないんだよ。  
「説明を要する。説明して。今すぐ」  
 な、長門さん、なんでそんなに絶対零度の眼なんですか。怖すぎます。  
「キョン君、お付き合いしていたんですか……?」  
 朝比奈さん、そんな寂しそうな眼で見ないでください。これは佐々木の妄言です。  
 古泉は……青ざめた顔でぶつぶつと何か呟いている。世界、終わり、崩壊など物騒な言葉が聞こえてくるのは、この場を和ませようとする軽い冗談だよな。うん、冗談だろう。……冗談だよな?  
 俺は溜息をつき、今度は朝比奈さんを眺めている佐々木を見た。  
「佐々木、俺はお前とそのような仲ではなかったと断言できるんだが」  
「キョン、僕は主観と客観は個別のものとは考えていない。二つは互いに関連していると思うんだ。二つは競い合うように他方を従属させようとしているんだよ。まあ、結果としてどちらがこの事象の要因となっているのかはこの際関係ないがね」  
 佐々木は低く笑いながら俺を見た。何を言いたいのかさっぱりわからない。  
 第一、この中の誰かと俺がステディーな関係だったらとは考えないのか? もしそのような女性がこの場にいたら修羅場発生だぞ。残念ながら朝比奈さんとはそのような関係ではないが、一体こいつは何を考えている。  
「佐々木、なるべく端的に答えてくれないか」  
 すると佐々木は、なぜか落胆したように溜息をついた。なんだ、その出来の悪い生徒を見る教師のような目は。  
「まあ、待ちたまえ、キョン。君も知っての通り僕は内向きの性格の人間だ。自分というものを客観視するべく努力してきた。自分という主体を客観視するには、当然それ以外も客観視し理解するべく努力する必要があるだろう」  
 佐々木は一旦言葉を切り、俺の眼をじっと見つめた。俺は佐々木の瞳に真意を見出そうとしたが、その瞳はただ輝いていることしかわからなかった。  
 その客観視しようとする対象に俺は含まれているのか。俺という人間を客観視できているのなら、元恋人なんていう戯言は出てこないはずだろう。俺に対してだけ少し盲目的じゃないのか。  
「そこでだ、キョン、中学時代の君と僕との関係を客観視した場合、僕たちは中学生らしい実にプラトニックな男女交際をしていたと考えられるんだよ」  
「俺とお前のどこが?」  
 断言する。そのようなものではない。  
 
「君は女性の性分というものをあまり理解していないようだね。そしてその本能も」  
 お前はこの場の雰囲気を全く理解していない。  
 佐々木はハルヒたちを一瞥し、俺へと視線を戻した。  
「キョン、僕は現実世界において理性や論理というものを非常に重視している。僕自身、常にそれらを体現したいと考えているんだ」  
 ああ、知っているさ。だからそれとこの状況がどう関係するんだ。  
「ただ実際問題、僕程度ではそんなことは不可能だ。ならば自身に感情というものがあることを自覚し、不愉快なことはなるべく排除してそれに近づこうとしているんだ。そんな僕がいくらバス代を」  
「もう、さっきから鬱陶しいわね! 結局あんたはキョンとどういう関係なのよ!」  
 ついにハルヒが爆発した。佐々木の言葉を遮った語気は非常に荒く、その眼は仇敵を見つけたかのように激しい感情で満たされている。  
 長門も敵意をむき出したかのような瞳で佐々木を見つめ、朝比奈さんも可愛らしく眉を吊り上げていらっしゃる。そして古泉は燃え尽きた真っ白な灰のようになっている。ああ、一体どうなっているんだ。  
 佐々木はどこか慇懃無礼を感じさせる笑みをハルヒたちに向けた。  
「つまり、だ。僕は本能的にキョンを求めている」  
 誰かが息を呑む音が聞こえた。こいつはどういう意図でこのような理解不能なことを言ったんだ。全く意味がわからないし笑えない。  
 俺たちの間に深い静寂が訪れた。  
 周囲を歩く人たちは俺たちを訝しげに見ているが、一体俺たちはどんな風に見られているんだろう。美少女四人の姿は非常に目立つ。しかも敵対するかのごとく睨み合っている。  
 おいおい、これじゃまるで浮気相手との密会を見られた男のような状況じゃないか。ああ、周囲の視線が痛い。不躾な眼で見てくる通りがかりの連中に、俺は身の潔白を叫んでやりたかった。  
「それは我がSOS団に対する宣戦布告と取ってもいいわね」  
 口火を切って静寂を破ったのはハルヒだった。その語気は先ほどと打って変わって大人しかったが、感情を押し隠そうとしているのがバレバレだった。  
「ええ、そう取って頂いて結構です」  
 佐々木は不敵に笑った。  
 ハルヒはずいと前に出ると、俺の腕を掴んで引きずるようにして歩き出した。おい、ハルヒ、人を引っ張るな。そんなことしなくても俺はSOS団の方へ行くよ。俺はSOS団その一だからな。  
「キョン」  
 後ろから佐々木の声がかかった。  
 ハルヒと俺は歩みを止め、佐々木のほうを振り返った。  
「同窓会楽しみにしているよ。また会おう」  
 佐々木が笑った。その表情はどこか偽悪的でもあり無垢でもあった。  
 佐々木は改札口へと向かい始めた。しかしすぐに立ち止まり振り返った。  
「キョン、僕は君が変わっていないと言ったが少し訂正する。昔より背中が大きくなった。じゃあね」  
 佐々木は手を振り、再びくるりと向きを変え今度は一度も振り返らず改札口へと飲まれていった。  
 ふー、やれやれ。佐々木は結局何が言いたかったんだ。俺にはさっぱりわからない。相変わらず変な奴だ。  
 って、い、痛い! ハルヒさん、あなたどんな力で俺の腕握っているんですか!  
「キョン、色々聞きたいことがあるんだけど」  
 呆けたように佐々木の後姿を見送っていた俺の背後から、おどろおどろしいハルヒの声が聞こえてきた。  
「な、何だ、ハルヒ?」  
 振り返るとそこに三柱の羅刹がいた。  
「キョン」  
「……」  
「キョン君」  
 夜叉たちは示し合わせたように同時に、  
「死刑」  
 声が重なった。  
 やれやれだ。   
 
〆  
 

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