俺が中3の時だ。
見事な放物線をえがいて落ちていっていた俺の成績を見かねて、
ウチのお袋が俺を学習塾に入れた。もともと勉強なんて好きじゃ無かったが、
流石に俺も危機感を感じてそこそこ真面目に勉強をして今に至った。
この前再会した佐々木とは偶然塾でも学校でもクラスが一緒だったので、
自転車の後ろにのっけて途中まで一緒に帰っていた。
ある夏の日の事だ。
いつものように授業内容の7割ぐらいを頭に入れ、自転車を取りに行ってから
佐々木のところに行くと佐々木が上を見上げていた。
それにしても加湿器がついてるみたいに蒸し暑いな。
どうしたんだ?雨でも降りそうか?
「ふふふ。キョン、君は人が空を見るのは天気を知るためだけだ
とでも思っているのかい?」
クックックと独特の笑い方をしながら俺を待っていた佐々木はこう付け加えた。
「ほら、夜空を見てごらん。今日は三等星でもこんなにくっきりと
見えてるよ。どうやらアイドリングストップで少しは夜空に影響があったようだね。」
今日は星空が綺麗だから歩いて帰ろう、というコイツの提案に
俺はこの時は何も考えずに賛成した。この後コイツの口から
古泉も仮面が揺らぐ様なことを言われるとは考えもしなかった。
佐々木が利用するバス停までは歩けばそこそこ距離があるので、30分程かかる予定だ。
10分程歩いたら、公園の前あたりで、佐々木が急に立ち止まった。どうしたんだろう。
仲間になりたそうな目でこっちを…じゃなくて、コイツが普段見せないような表情をしていた。
悲しみを隠すために作った笑顔、顔は笑っているが目は悲しんでる、
どうにかしたいのにどうしようもない、そんな顔。
街頭が寂しく照らす中、お互いに自然と数十秒間見つめ合っていたら、
佐々木が俯いて重たそうに口を開いた。
「ねぇ…キョン…君は僕が恋なんて精神的な病の一種だ、って説いたのを覚えているかい?」
あぁ、覚えてるが出し抜けに一体どうした?
「僕は、わかっているんだ。恋は精神的な病の一種だって。
所詮一時の気の迷いなんだって。頭では。だから今までそういう風に行動してきたんだ。自分の中に枠組みを作ってそれに自分をはめ込んでいたんだ。
でもね、キョン、僕はどうしようもないんだけどね…ホントに…
どうしようも…ないんだけどね…」
そう言って佐々木が俯いたまんま言葉を少しの間切ると同時に俺は公園のベンチに
1人恐らく俺よりそこそこ上の年齢の女性が座っていた。
顔は見えないが栗毛の肩より少し下まで伸びている髪だった。
こんな時間に誰かを待っているのだろうか?
そして佐々木は顔を上げて言葉を続けた。
「それでも僕はね、キョン、君の事が好きなんだ。」
その時佐々木は、顔は笑ってはいたが、涙が頬を伝っていた。
「ホントはね、もっと女らしくして、女として見てもらいたかった
んだけどね、どうしても無理だったんだ。
君は…君はこんな僕をなんの抵抗も無く受け入れてくれた。
仮面を被ってまわりと接して、君と話す時だけ仮面を外して、でもいつからか
仮面が君の前でも取れなくなって…」
「…」
俺は笑顔なのに涙を流す佐々木の話を真剣に黙って聞いていた。「好きなのに、頭の中でそれは病の一種だ、って考えちゃって、
君を好きなのに、僕は自分でそこから遠ざかろうとしちゃうんだ…
ねぇ…僕は…一体どうすればいいんだろうね…キョン…」
佐々木は下を向いて静かに泣いている。
そう。コイツは疲れちまったんだ。理性だけで動こうとしたけど無理だったんだ。
こんな時に気の利いたセリフのひとつでも言えるのが男なんだろうが、
生憎俺にはひとつの事しか出来なかった。
抱きしめて、頭を撫でてやること。
子供の頃に泣いた時によく母親にされてたことだ。意外と落ち着くんだなこれが。
佐々木。お前は女で物知りで秀才な佐々木だ。
恋は精神的な病の一種?別に病ぐらいかかってもいいじゃないか。
お前の思うがままに生きろよ。」
「キョン…うん。わかった。」
何がわかったんだろうな。もはや後半は俺も何言ってるのかわかんねえのに。
「ちょっと目を閉じてくれないか。少しの間でいい。」
「あぁ。わかったよ。」
言われた通りに目を閉じると、唇に柔らかいものが押し付けられた。
驚いて目を開けると、どアップの佐々木が笑顔で映っていた。
唇を離した後、佐々木は笑顔でこう言った。
「今年はどうやら願いが1日とたたずに叶ったよ。」
叶う?あぁ、そういうことか。
俺は今日の日付を思い出した。いわゆるラッキーナンバー2つ。
何光年か先にいるバカップルが結ばれる日。
そう。
七夕だったんだ。
続く?