『四月。この一日』  
 
「――このように、相手を騙すのに必ずしもウソが必要ではない、と考えた次第です」  
 ふ〜ん、つまり今の長〜い説明自体が、丸ごとひっくるめて『ひとつのウソ』なんでしょ?  
「さすが涼宮さん。ご名答です。かなり捻ったつもりだったのですが」  
 まぁね。そもそも話が長すぎたのよ。そこが馬脚ね。蹴られないように気をつけなさい。  
 趣旨を理解してる古泉くんなら、難解なウソよりもミスディレクションを狙ってくるとは予想ずみ。  
 小さなウソをいくつも砂漠の中に隠す。冗長なセリフに集中するとどれがウソだか解らない。  
 でも実は砂漠そのものが幻。まぁ古泉くんらしいわ。  
「完敗です。では部室に戻りましょうか」  
 そうね。  
 古泉くんの前を歩きながら、あたしは少しだけモヤモヤした気分を味わっていた。  
『古泉くん、こんなときになんだけど、あたしと付き合ってみない?』  
 背が高いからね、上目遣いもオマケしたっていうのに驚いてくれたのは一瞬だけ。  
 それからニッコリ微笑んで、まぁ邪気のない笑顔だったわよ。  
 まるでそれが「本心じゃないのは解ってますよ」って感じだった。それがちょっとムカツク。  
 
 馬にでも蹴られないかしら。  
 
※  
 
 そしてキョン。馬鹿だとは思っていたけどここまでだとは思ってもみなかったわ……。  
 はあぁ、真面目な顔をしてなにが「ワン!ワン!」よ そのうちビスケット片手に撫でくりまわすわよ?  
 あたしの説教にも歯向かってくるなんて、これはお仕置が必要のようねっ!  
 食らいなさいっ! むしろ対キョン戦の為だけに今日のイベントを用意したと言っても華厳の滝なら廉太郎!  
 興味なんてないけど、地道な研究の結果会得した、みくるちゃんには出来ない必殺の『ギャップ萌え』よ!!  
「あんたのことが――――」  
 ――――はっ!  
 あたしは少し混乱しちゃったみたい。これが思考の迷路ね……。  
 でもなんで? 前フリは完璧だったのに……あれ? もしかしてあたしから、なんて経験は初めて?  
 いや違うわよ! ただのウソウソ大会じゃないの!?  
 さっきはまったく気にならなかったもの! だから古泉くんはノーカン!  
 でも、本心じゃないとは言え、こうなると『好き』って言うのはマズいんじゃないかしら。  
 『嫌い』って勘違したらキョンだって泣いちゃうかも。逆に『好き』を真に受けて、ああなったら――。  
「なんだったんだよ、今のは?」  
 ……キョンは『ああなって』いた。  
 な、なに赤くなってんのよっ!? バカ! エロキョン!! あんたはいつだってうっさいのよっ!  
 いい? あたしはあんたのことなんか――――。  
 『大っ嫌い』を真に受けたらキョンなんて死んじゃうかも。逆に『大好き』って勘違いして、こうなったら――。  
 ……あたしは『こうなって』いた。  
 いや、あっついのよね今日は〜。暑いのよっ! お弁当は外で食べるべきねっ!  
 キョンのくせに暑くないくせに赤面してるくせに「さっきと言ってる事が違うぞ!」とか逆ギレ!  
 もぉ! カルシウムが足りないんじゃないの!? そのうちニボシ片手に撫でくりまわすわよっ!!  
 このウスラキョンカチ! こんなこと、あんたから言うのがスジじゃない!  
 
 そのうえ「お前が赤い」とか「俺は赤くない」なんて――それこそ真っ赤なウソじゃないのっ!  
 
※  
 
 
※  
 
 次の回はあたしの待機。長いわぁ……。  
 キョンを部室から追い出す時、もっと強く蹴っとけばよかった。  
 「キャン!キャン!」とか鳴くのかしら? それとも「キョン!キョン!」?  
 ……あいつって馬鹿ね。しっかし……なんて言えばよかったのかしら……。  
 ホント、ウソ、ホント、スキ、キライ、ちょっとスキ……なの? まさかっ!  
 
 あぁぁもぉぉお! あの辺の科学実験室とか爆発すればいいのに! スッキリしないわねっ!  
 
※  
 
 あ、危なかった……。さすが我がSOS団の誇る最強の萌え刺客ね。  
 なんでか知らないけど、息をハァハァさせながら上目遣いで「囲いが出来たんですよぅ」ですよぅ?  
 これは答えてあげるしかないでしょう? 人のサガをついた騙されるしかないウソ……。  
「う、ウォー(ル)! カッコイーぃ………」  
 ここでミラクルみくるの「騙しちゃいましたぁ、えへへぇ」炸裂。嬉しそうにモジモジしちゃってまぁ。  
 思わず押し倒しちゃうところだったわ。あたしが我慢強くて命拾いしたわね、みくるちゃん。  
 この子の将来が心配よ。とりあえず揉んどいたわ。  
 そのままあたしの番に移行したわけなんだけど……。  
「あたし、本当はオンナノコが好きなのよ〜」もにゅもにゅっと。  
 抵抗が止まって暫く硬直してたと思ったら、  
「……わわ、わかりました」  
 え? なにが?  
「わたし……涼宮さんが…そういわれるん……ったら……や、やさしく――」  
 ちょっ! なに決心してんのっ!? ウソだから、ね。ウソなんだってば!?  
 やめっ――あ……た、たすけ――だってあたし……こらぁ!!  
 
 マジ危なかったわ。ウソの内容もだけど……鶴屋さんの仕込み?  
 
※  
 
「あたしはオンナノコが好きなの! でもウソなのよ!」  
「……そう」  
 さすがは有希ね。あたしの心配も杞憂だったみたい。  
 もしかしたら映画撮影でみくるちゃんにしたように、いきなり飛び付いてきて熱いベーゼを全身に……。  
 な〜んてことも無く、打てば響くみたいに小さく頷いてくれた。……良かった。  
「今度は有希の番ね。始めてちょうだい」  
 普段は少し無口だけど、あたしなんかよりずっと頭がいいから油断はできないわ。  
 あら、随分大袈裟に頷いたわね?  
 
 有希の言葉は、とても短くて、すごく真摯で、そして透明だった。  
 
「おわり、でいいのよね?」  
 そのまま受け止めて暖かくなった心が、隠されたウソを探してちょっとだけ疼いた。  
 大丈夫、大丈夫よ。見つけた答えは間違ってない……。  
 予想通り、また大きく頷いてくれたわ。  
 それから最大のヒント――有希は楽しそうに微笑んでいた。  
 有希の表情を読むことにかけては第一人者たるあたし。みんなは気付いたのかしら?  
「ゆぅっきぃぃぃ〜っ! もおぉー! もおぉぉー! ミ・アもおぉぉぉーレ!」  
 感情が弾けちゃった。解るでしょ? スペイン語で愛を叫ぶくらい。  
「ねぇ有希、SOS団は楽しい?」  
 気がついたら有希の頭をギュウギュウに抱き締めていた。返事も出来ないくらいに。  
 でも間違えない。胸の中でほんの微かなみじろぎ。  
 有希は頷いてくれた。絶対に間違えたりしない。  
 
「あたしもよ。SOS団が大好きっ!!」  
 
※  
 
 
※  
 
「はひぃ……。な、なんですかぁ? 続きですかぁあ!?」  
 ちっ、違うわよみくるちゃん! 恐ろしいコね……。  
 有希と仲が悪いわけじゃないんだけど、みくるちゃんは無言の圧力に負けてる感じがするのよね。  
 部室に戻ってきた時も、有希を見てプルプル震え出しちゃったし、たぶん有希のウソが解らなかったんでしょ。  
「みくるちゃんは『有希のウソ』をちゃんと気付いた?」  
「あぅ、いえ、あのぉ……宣戦布告なら……」  
 あたしは頭を抱えた。有希だって無慈悲な宇宙人とかじゃないんだから、いきなり妙なチップとか埋め込んだりはしないと思うんだけど。あんまりビビると失礼よ?  
「――違うってば……。だからね、わりと古典的な手法なのよ。  
 ウソをつくのがバレてるから簡単な引っ掛けが含まれてんの。気付いちゃえば子供っぽい問題なのよ?  
 それで、重要になるのがルール作り。始点と終点を曖昧にしながら、それでもシッカリ残してる」  
 目をクリクリさせるみくるちゃん。ほんとに心配になってきたわよ将来。  
「つまり――……アホキョン! なに盗み聞きしてんのよっ!」  
 あさっての方向を向きながらイスごと近付いてきたキョンを蹴り飛ばす。  
 キャスター付きだったから気付くのが遅れたけど、そのせいで壁まで滑走して激突。バカね。  
 あいつも解らなかったみたい。部室に戻ってきた時もブツブツ唸ってたし。  
 呆れちゃったけど、「同じセリフ」にちょっとだけチクンときた。なんでだろう?  
 きっと呆れすぎたせい。ばかね。ほんとにバカキョン。同情を込めて優しく微笑んでやったわ。  
 おっとっと、そうだった! 早いとこ表彰式をやっちゃってお昼にしましょう。  
 さっきから「あれ? ほよ?」とか呟きだしたみくるちゃんはもう一押し……よね? キョンは一生悩んでなさい。  
「つまり、『ウソをつく』は宣言でも合図でもないの。対になる合図が無いでしょう?  
 有希はわりと無口だから、みくるちゃんも「始めてください」とか「お願いします」って言わなかった? そして「終わりましたか」とか聞いたんじゃない?  
 これが始点と終点の対になる合図の一つ。もう一つは普段よりちょっとだけ大袈裟な二回の頷き。  
 そしてウソはひとつだけ。わかるかね、ワトソンくん?」  
 出題者の合図、回答者の合図。わざと二重にしたのは配慮なのかな。もしかしたら間違われるのが怖かったのかも。  
 これが映画や小説だったら前後に事件が起こったり、ヒントっぽいセリフや大袈裟な情景描写を配置してミスリーディングを誘発するシーンかも。と、まぁ、この話題は古泉くん向きね。  
 両手を打ち鳴らして「ああ〜、あぁ〜。あぁ〜ん、ハイハイ!」と少しずつ桜色に染まっていくみくるちゃん。  
 
 ちょっ! ちょっとイロっぽいわよ? 有希が大人しいからって押し倒したらダメなんだからね?  
 
※  
 
 優勝者は長門有希。さすがはSOS団の万能少女ね。  
 団長特製のオオカミイヤーを進呈する。大会のクライマックスなんだから注目してなさいよキョン!  
 気付かれないうちに、とりあえず賞品の裏に『男はオオカミみんなオオカミ』と書き込んでおく。  
 有希、あんたはかわいいんだから気をつけないとダメよ。  
 ……に、似合うわね。凛と尻尾を立てた高貴な猫みたいよ? オオカミ耳だけど。  
「よぉっし! じゃあ今日のウソウソ大会はココ――――」  
 勢い良く閉会を宣言しようとしたんだけど……ちょっとキョン! なにジロジロ見てんのよ!?  
 こっち見るな! なんか言いたいことでもあんの!? 言いたい……?  
「そ、そうだわ! 天気も良いし中庭でお昼にしない? みくるちゃんが腕を揮ってくれたことだし」  
 外で食べようかと考えていたの思い出したの。それだけよ。みんなも賛成してくれたみたい。  
「古泉くんは先に行って場所を確保しと――」  
「はいかしこまりましたおまかせください」  
 みなまで言わせずレジャーシートを抱えて飛び出す古泉くん。そんなにお腹が空いてたのかしら?  
 ちょっと顔色も悪かったけど太陽の下でゴハンにすれば治るわね。でもなんで携帯電話握り締めてんの?  
 あたしの指示でみくるちゃんと有希も部室を後にする。  
 お茶の入ったポットを抱いたメイドさんは、桜色満開でニコニコしてる。テレすぎよ。  
 お弁当の詰まったバスケットを抱えた狼少女は、隙間を覗き込みながらクンクンしてる。前も見て歩くのよ。  
 残ったバカっぽいしかめっ面は、二人を見送りながら廊下でウジウジしてる。気付きなさいよ。  
 
 
 部室の戸棚の中でゴソゴソしていた『ついでに発見した』紙コップを押しつけてやる。  
 ホント気の利かない……。なんの為に戸棚の陰で髪をこうしたと思ってんの。  
 ――もちろんゴハンの邪魔にならない為よっ! それ以上でも以下でも以外でもないわ!  
「はい鍵!!」  
 キョンは受け取ろうと手を出してきたけどちょっと場所がズレてる。  
 どこ見てんのよエロキョン。こういう時は相手の目を見て――見んな!  
「ハルヒ」  
 チャリ、指先がちょっとだけ震えた。鍵が、落ちる。  
 なによ?  
「……いや、なんでもないぞ」  
 ふん、見逃すと思ったの? 口を開く前に一瞬だけど目が変わったわよ。つまんないイタズラを思い付いたガキンチョみたいな目に。  
 コイツは油断できないのよ。今みたいに不意に優しく微笑ってくるから、見逃すわけないじゃない。ほんとバカキョン。  
「早くこないと全部なくなっちゃうわよっ!!」  
 なるべく『無表情を装って』あたしは走り出した。もっとうまいセリフを考えなさいよ。  
 頭の中でいろんな言葉がクルクルと踊り出す。ゲタ箱でのピットインを手早く済ませ日差しの中に飛び込んだ。  
 正解は思い付かない。出来の悪い言葉遊び。でも、らしいじゃない?  
 少なくとも、なにも感じなかったわけじゃないんでしょ。それでいいわ。正解なんて――  
「やれやれ」  
 ――わざとらしく呟いて追いかけてくる本人のみぞ知る、よ。  
 さりげなく速度を調節しながら中庭に駈け込むと、見なれた顔が手を振っている。  
 うん。良い場所ね。さすがは古泉くん。  
 副団長自ら厳選した特等席。広げたシートの上でいつものスマイル。  
 なんだろ? 科学実験室の方をチラチラ見てるけど、なにか暴れてんのかしら?  
 みくるちゃんがバスケットからなにかつまみ出しては有希の口に運んでいる。  
「これは自信作なんですよぉ」  
「……おいしい」  
 こらぁ〜! なに餌付けしてんのよっ。みくるちゃんも有希も団長を差し置いていい度胸ね。  
 今日はみんな馬鹿ばっかり! あたしもそう。今日はずっと心臓が馬鹿になってる。  
 春の陽気にあてられたのかしら? でもいいわ! こんな日があったって良いじゃない!  
 
 あたしは二人の間に飛び込んでいった。  
 
 願っていた――こんな日が、楽しい日々が、ずっと続くことを――強く、強く。  
 
 
 
 
『四月。あの一日』  
 
わたしのきもち、あなたがすき―――――――。  
 
日付の変更を確認して呟いてみた不思議な言葉。  
今度は一人ずつ顔を思い出しながら呟いてみる。  
 
わたしのきもち、あなたがすき―――――――。  
わたしのきもち、あなたがすき―【エラー】―...  
わたしのきもち、あなたがすき―――――――。  
わたしのきもち、あなたがすき―――――――。  
 
  昨日、ひとつだけ隠れていたウソ。  
  騙したのは誰? 騙されたのは誰?   
 
わたしのきもち、あなたたちがすき―――――。  
 
    本を閉じ、布団に潜り込む。  
    休息形態のささやかな模倣。  
 
わたしのきもち、あなたがだいすき―――――......。  
 
   ……大丈夫。……目を閉じる。  
   今日は夢を見るかもしれない。  
    
      おやすみなさい。  
 
 

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