Prologue.  
 
 気が早いやつならフライングで春眠に落ちそうなくらいに暖かくなってきた三月初旬の夜の話になる。  
 明日は麗しのハルヒ大閣下様(こう言っておけば満足だろうか?)のために早起きせねばならんというのに、ベッドの中で昔の思い出という名前の精神侵略型民族が俺の脳細胞に侵攻を開始してきやがった。  
 何とも形容しがたいモヤモヤ感のせいでどうにも眠れなくなった俺は、真夏の夜の再現VTRのようにひたすら寝返りを繰り返していた。  
 何も考えなければ良いのだろうが、たかが二・三時間足掻いたところで、無心などという悟りの境地に達せるはずもない。  
 結局、凡人の俺にはこの憎きノスタルジアンどもの大軍勢を止める手立ては無く、それはつまり、今夜はしばらくこんな状態が続く、という事であるのだ。以上、証明終了、………空しい。  
 
(………まあ、いいか)  
 俺が日曜の疲れきった親父のごとく惰眠を貪ろうとしたとしても、どうせ明日起きる時間になったら妹が、キョンくん起きてー、とか言って俺に『兄を起こす』という免罪符つきの攻撃を、手加減無しで加えてくるだろうしな。  
 来年は最高学年だというのにそんな子供っぽい行動をとる妹に兄として、また年長者として、若干の不安を覚えながらも、灰色の脳細胞に諦めという白旗と共にセピア色の旗がたてられていく感覚を味わう事にした。  
 
 
 流れに任せてしばらくそうしていると、灰色とセピア色がいい具合に混ざり合い、ドドメ色の眠気となって俺の艦隊を再襲撃してきた。  
 別に変な忠誠心を出して討ち死にする必要性もないだろう。そのまま眠気に全面降伏する。  
 ………眠りに落ちる直前、頭の片隅に誰だか分からない誰かさんが浮かんできた。  
 曇りガラスの向こう側にいる人のように、ぼんやりとしか分からないその誰かさんに、これまた何となく浮かんできた、自分でも意味がよく分からない言葉を投げかけた。  
 
 
 ―――なあ、あんたは幸せ、だったかい?  
 
 
電気少女は幸せな未来を夢見て消える  
 
 
 
1.  
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 カボチャはとっても『しあわせ』でした。  
    ―――たしかにカボチャは『しあわせ』でした。  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
 何の問いに対してだかは分からないが、答えが返されたような気がして目を開ける。目の前には将棋盤、それといつものにやけ顔に30%ほど思案顔を混ぜた古泉がいる。………どうやら俺はこいつの長考中に少し眠ってしまっていたらしい。  
 
 季節は春、窓から差し込む日差しが暖かく感じられるようになって来た三月である。  
 学校へと続く坂道のきつさにうんざりするという地味目に最悪なスタートを切った俺の高校生活は、途中涼宮ハルヒというアクシデンタルタイフーン(適当な造語だ、聞き流してくれ)に巻き込まれながらも、わりかし平穏に二年目を終えようとしている。  
 順調に低空飛行を続ける俺の成績さえ何とかなれば、来年には最高学年になる予定である俺達は、SOS団の活動という理由を隠れ蓑に部室でいつも通りまったりしているところだった。  
 
 ちなみに将棋の件であるが、盤上の駒は完膚なきまでに古泉の負けを示している。9回裏2アウト100点差くらいの逆境を跳ね返そうとする古泉の長考は、実はここ数日間ずっと続いていたりするのだ。  
「いえ、もう少しでいい手を思いつきそうなんですよ」  
 いい加減あきらめろ。もうゲームセットだぞ。  
「古泉くん、がんばってくださいね」  
 そう言いながら古泉の前にお茶のお代わりを置く我が高校の誇るエンジェルであらせられるところであると俺が頑なに信じてやまない朝比奈さん。永遠の輝きですら霞んで見える華やかな笑顔が古泉に向けられる。………うん、古泉、お前は俺を怒らせた。  
「キョンくんも、どうぞ」  
 声とともに俺の目の前にも極上の甘露が差し出される。まあ、朝比奈さんに免じて今回は特別に許してやることにしよう。………しかしまあ、なんつーか、………適当だね、俺も。  
 
 朝比奈さんは卒業も間近だというのに、まだこの何が起こるか分からない闇鍋カオス的団活動に参加してくれている。  
 まあ、最近はハルヒの力もほとんどなくなっており、一般的というストライクゾーンから外れる事は多々あっても、そのままバッターとは逆方向のバックスクリーンに飛び込んでしまうような大暴投まではやらかしていない。  
 それ自体は良い事なのだがそのせいか、もうハルヒの監視は必要ないとの理由から、もしかしたら朝比奈さんは卒業後、そのまま未来に帰る事になるかも知れない、という事態に陥っているらしい。  
 キョンくん達に会えなくなるのは寂しいですけど、あたしはこの時代の人間ではありませんから、いつかは帰らないといけないんですよ、と朝比奈さんを未来に帰すまいと暴走しかかった俺を、彼女は優しく諭してくれた。  
 こちらとしても朝比奈さんに会えなくなるのは思わず出家してしまいそうなほど寂しい事ではあるが、彼女が未来に帰る事を良しとしているのならば、俺にできる事といえば笑って見送る事くらいなのだろう。  
 朝比奈さんのいないSOS団を想像し、俺の周囲も変わっていないようでも、やはり変わっていくものなのだなあ、と少しセンチメンタルな味になってしまったお茶を有難く頂いた。  
 
 
「すみません。何日も待たせしてしまって」  
 二杯目のお茶を飲み終わる頃、古泉が長考をわびてきた。  
 別にかまわんぞ、と返す俺。まあ、こいつがこの勝負に何故か並々ならぬ情熱を注いでいるのは伝わってくるしな。  
 その理由は分からないのだが、古泉が何かを言ってくるまでは、俺は何も聞かない事にしている。俺達に危害を加えるような目的じゃないだろうしな。  
 不本意ではあるが、99%以上の確率でそうだと言いきれるくらいには俺はこいつの事を信用しているようだ。………不本意ではあるが、とあえて二回言っておこう。  
 
 再度長考に入った古泉から視線を外し、この場にいる最後のSOS団団員である長門の方を見た。  
 姿勢良く椅子に座り、目と手以外はほとんど動かさずに本を読む宇宙娘。最初にあった頃と見た目の違いは眼鏡が無くなった事くらいしかない。  
 ………まあそれは一般人からの見た目であり、俺から言わせるとかなり表情を出すようになったし、中身は大分変わっているのだが。  
「何?」  
 どうやら俺の視線に気付いたらしい。特に意味は無いとか答えたら怒るだろうか?  
「あー、何だ、お前は夢とか、見るのか?」  
 長門が読んでいた本から適当に質問を捻り出す。この電気少女は一体どんな夢を見るのだろうか?  
 長門がいつもの無表情に俺だけが分かる程度の隠し味として思案色を混ぜながら、俺の適当に発した質問に答えようとした時、  
「あー、もう何よ! むかつくわねー!」  
 と、顔に怒りマークを浮かべた我等が団長様がいきなり周囲に怒鳴り散らしながら入場してきた。………確か今日、こいつは進路相談で遅れていたんだったか?  
 
「志望校を上げろ、とかいきなり言われたのよ。何様のつもりよ! あたしの人生はあたしが決めるんだって言うのに!」  
 なるほど、それが理由か。しかし、俺には縁のない怒りだな、上昇気流はどこにあるんだろうね?  
 ちなみにハルヒが受験しようとしている大学は俺と同じ大学であり、まあ、あまり良い大学ではない。………ほっとけ。  
「まあ、そう怒るなよ。それはお前がそれだけ期待されてるって事なんだから。たまには人様の期待に答えてみたらどうだ?」  
 とりあえずフォローを入れる。往々にして俺のフォローは火に油を注ぐような結果にしかならんのだが、気にしない事にしよう。  
「じゃあ、あんたももうちょっと頑張りなさいよ!」  
「………何でだ?」  
「うがーーー!!!」  
 いきなりキレて暴れだす理不尽怪獣ハルヒ。一気にパニックムービーの舞台と化す部室。  
 本当、たまには期待に答えてくれよ、俺の。  
 
 こうしていつも通りの、しかし確かに変わりゆく、そんな日の夜、俺は久しぶりに長門のマンションへと呼び出された。  
 
 
2.  
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
シンデレラは『ぶとうかい』があまりにもたのしかったので、とけいをみるのをわすれていました。  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
「あなたは涼宮ハルヒと付き合うべき」  
「はい?」  
 この万能宇宙人読書型は、うちの妹がもう寝ようかという夜遅い時間に人の携帯へといきなり連絡を入れて自分の棲家まで呼び出しておいてから、出会い頭にこんなセリフをはきやがった。俺が思わず聞き返してしまったのも無理はないだろう、………ないよな?  
「あなたたち二人はお互いに素直になれていないだけ。本当は、」  
「いや、待てって」  
 俺の発した疑問文は無視ですか。コミュニケーションってやつは難しいね。  
「あのな、長門、」  
「聞いて」  
 今度は長門が俺の話をさえぎる。最近の俺達二人にしては珍しくディスコミニュケーションである。  
 ただ、まあ長門の言葉からこいつがいつもより真剣だという事は伝わってきた。二年間ずっと果汁100%程度には濃い密度の付き合いをしてりゃあ、これくらいの事は分かるようになるものなのさ。  
「昼の、質問」  
 ああ、お前はどんな夢を見るのか、ってやつか。………もしかして、こんな時間になるまで答えを考えてたのか?  
 やべぇな、適当に言っただけとか正直に言ったら明日の太陽は拝めないかもしれん。  
「………それなら明日でもいいと思うんだが」  
「聞いて」  
 口は災いの元、という言葉が浮かんでくる。  
 分かったよ。早く終わらせてくれ。………こりゃ自業自得っていうやつだな、やれやれ。  
 
「あなた達二人の幸せが、わたしの夢」  
 そして長門は歌うように、自らの夢を口にする。  
「いや、昼間に俺が聞いたのはその夢じゃあないから」  
 将来の夢、ではなく眠る時に見る夢だぞ、と長門の勘違いを出来の悪い子を注意する先生のように具体的に訂正する。………先生は話を逸らしているわけじゃないぞ、断じて。  
「知っている」  
 知ってんのかよ、という俺のツッコミを無視して長門は話を進める。………学級崩壊か?  
「ただ、わたしの希望を、未来への夢を、あなたに伝えておきたかった。………あなたは忘れてしまうだろうけど」  
 忘れないよ、お前が望んでいる事ならな。………あー、ただまあ、実行するかどうかは保留って事にしておいてくれ。  
「でも、あなたが忘れてしまったとしても、何かがあなたに残っているから。これはあなた達がわたしに教えてくれた事だから」  
 俺の話を再度華麗にスルーする長門さん。………そろそろ泣くぞ、俺。  
 
 
「というか、長門。おまえ自身の夢はないのか?」  
 細かい部分は置いといて一つだけ、どうにも見過ごせない部分にイエローカードを出す。  
「わたし自身の、夢?」  
「ああ、俺やハルヒの事じゃない、お前自身の夢だよ」  
 他人の事でなくおまえ自身への望み。それだったら俺も協力しても良いぞ。お前への借りなら破裂寸前まで膨れ上がっているしな。  
「………夢というかどうかは分からないが、望みなら一つだけ、ある」  
「何だ?」  
 
 長門が口を開き、何かを伝えようとしたその時、急に俺の意識が遠くなっていった。  
 
「わた……あ………家……な………」  
   が何かを言っている。  
 
 耳を澄ましても、もう聞こえない。  
 
 手を伸ばしても、もう届かない。  
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 ―――『12じのかね』がなりました。  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
 
 気が付いたら俺は見知らぬマンションの入り口に佇んでいた。時間を確認してみると、既に日付は変わっている。  
 はて、どうして俺はこんな所にいるのだろうか?  
 
 用事があったとか、誰かに呼び出されたとか、そんな記憶は、ない。  
 
 容量の少ないマイ鳥頭を必死で回転させる。  
 ………駄目だ、思い出せねぇ。三歩以上歩いたせいだろうか。  
 夢遊病だとか痴呆だとかの脳疾患への不安に怯えながらも、疲れているだけだろうと無理矢理結論し、とりあえずは帰って眠る事にした。  
 
 ―――夜空が雲一つ無く晴れ渡っていた事が、何故だか無性に悲しかった。  
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 『まほう』がとけたシンデレラは『まほう』にかんすることをわすれてしまいました。  
 
  ―なくしてしまいました。  
 
  ――ちからも。  
 
  ―――ちしきも。  
 
  ――――おもいでも。  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
 
3.  
 
 次の日の放課後、俺とハルヒは朝比奈さんが卒業と同時に海外へ移住する事になったという話を彼女自身の口から聞かされた。  
 寝耳に水鉄砲を食らったような反応をする俺を見て、何故か、ごめんなさい、と謝りながら泣き出す朝比奈さん。  
 ハルヒが、ここはあたしに任せて、と言うので先に部室へと向かう。水鉄砲の水が洪水を引き起こして俺の心を掻き乱しているのを感じながら部室のドアを開けた。  
 部室の中では、珍しい事ににやけ面でなく素の顔をした、SOS団副団長がいつもの席に座り、将棋盤を眺めていた。  
 
「朝比奈さんの事なら、もう聞いていますよ」  
 俺の報告を遮って、古泉はそう言う。  
「そうか」  
「ええ」  
 必要最小限ですらない短いやり取り、そして沈黙。多分だが、俺達は二人ともまだ気持ちの整理がついていないのだろう。急に掃除しなさいといわれても、何を捨てればいいかなんてすぐには分からないって事だな。  
 
「この勝負はどうやら僕の負けのようです」  
 永遠にも感じられた沈黙の後、古泉は将棋盤をさしてそう言った。  
 ゲームセットだ、古泉の中で何かが終わったのだろう。  
 ………こいつは、何を捨てたのだろうか?  
「いいのか?」  
「ええ」  
 そして、また沈黙。無駄な比喩表現ばかり浮かんでくるこの頭は、こういう時には気の聞いた言葉一つ出しやがらない。  
 
 ふと隣を見ると古泉が声も出さずに泣いていた。何とかしてやりたいのだが、そもそも泣く理由すら俺には正確には分からない。朝比奈さんの事だけではないような気がするんだ、何となくなんだが。  
「理由、聞いてもいいか?」  
「すみません。話せません、約束ですから」  
「そうか」  
 なら俺にできることは何も無いな。  
「すみません、覚えていますから。………僕達は、覚えていますから」  
 よく分からないセリフ。多分だが、俺に向けられたものではないだろう。  
 俺は慰めのセリフをかけるでもなく、ただ古泉のそばにいてやる事にした。  
 ―――違うか。  
 
 ………俺にはそばにいる事しか、できなかったんだ。  
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 ネズミたちは、わすれないよ、とちかい、それぞれのすあなにもどっていきました。  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
 
4.  
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 あるひ、シンデレラはおしろで、くだけちったカボチャのカケラをみつけました。  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
 朝比奈さんお別れパーティーが終わった次の日、俺は一人部室で窓際族よろしく暇を持て余していた。ハルヒは掃除当番、古泉は知らん。いつもならここで朝比奈さんと二人きりになるのだが、もう彼女はここにいない。  
 ………いなくなっちまった。  
 少しでも気を抜いたらマントル層まで沈んでいきそうな気分をごまかすため、適当な本でも一冊読む事にした。一年の五月に俺たちが部員のいなくなった文芸部室を占拠してからおそらく一回も開かれなかったであろう本の中から適当に一冊を選び出す。  
 本棚から本を抜き出した時、パラリ、と床に何かが落ちた。  
 
 ―――栞、だ。  
 
 心臓が一つ、大きく跳ねる音が聞こえたような気がした。  
 俺はこの栞に見覚えがある。  
 無い筈の記憶が、無い筈の泉からこんこんと湧き出てくる。  
 このしおりの裏側にはやたら達筆な明朝体で呼び出しの文章が書かれてあり、そこで俺はあいつに、………あいつって誰だ?  
 不明瞭な記憶達にやられ、くらくらする頭を無視して、体が半自動的に栞を拾い、裏返した。  
 
 
 栞の裏には、  
   ―――何も書かれていなかった。  
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 カボチャのカケラはひからびていて、いのちはどこにものこっていませんでした。  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
 
「ああ………」  
 終わったんだ、と理由もなくそう思った。  
「う、ああ……」  
 終わっちまったんだ。  
 なくしちまったんだ。  
 ……何を?  
 ………誰を?  
 
「うあああ、うあっ……、うああ」  
 自分の口から出ているとは思えない、うめき声にも似た嗚咽。  
 何が終わったのかは分からない。  
 誰をなくしたのかも分からない。  
 ただ、感じるのは、圧倒的な喪失感。  
 膝が崩れ、床に座り込む。膝を打ちつけた痛みが脳髄にまで響いてきて、思わず涙が出てきた。  
 ………止まらない。  
 止まらない涙が、床にしみこんで消えていく。  
 
 ―――跡形もなく消えていく。  
 
 
「うああああーーーーー」  
 誰かが大声を出して泣いている。  
 耳をすませるとその声は、どうやら俺の口から出ているようだ。  
 
(………ああ、泣いているのは、俺か)  
 
 元栓を閉め忘れたかのように流れ出ていた涙とか感情とかが、そう気付いた事で爆発した。  
「うああっ、ごめん、ごめんな」  
 意味のない謝罪の言葉を繰り返しながらただひたすら涙をこぼす、いつの間にか俺は、そんな壊れた機械になっていた。  
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 シンデレラはカボチャのカケラをむねにだいて、なきつづけました。  
     ―――ただひたすらに、なきつづけました。  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
 泣いて、泣いて、泣いている自分を確認してまた泣いた。  
 涸れそうな涙を無理矢理ほじくり出そうとして、自分の腕が動かない事に気付く。  
 いつの間にか、俺はハルヒに抱きしめられていた。  
「大丈夫。大丈夫だよ、キョン」  
 優しい声が、温かい体が俺を包み込んでくる。  
 あったかいな、ありがとう、ハルヒ。  
 でも、大丈夫になっちゃ駄目なんだ。  
 
「ごめん、………ごめん」  
 壊れた機械は、大丈夫には、ならないよ。  
 
 忘れないよ。………忘れちまってるけどさ。  
 
 忘れちまったって事、忘れないからさ。  
 
 お前をなくした事、忘れないからさ。  
 
 この悲しみを、忘れないからさ。  
 
 
 不透明な絶望と喪失感に溺れてしまった俺は、ハルヒの温もりにしがみついたまま、泣きながら座り込んでいた。  
 ハルヒは俺が自分の力で立ち上がるまで、理由を聞く事も無くずっと抱きしめていてくれた。  
 ―――ずっと、そばにいてくれた。  
 
 ありがとう、ごめんな、ハルヒ。  
  ごめんな、ありがとう、  。  
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 『かなしみ』がきえることはありませんが、きっとふたりは『しあわせ』になるのでしょう。  
 
  そうだったらいいな、と、  
 
    ―――そう、あたしも、ねがいます。  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
 
Epilogue.  
 
 何の力もない男がわめこうが暴れようが泣き叫ぼうが、時間はただただ過ぎて行くだけだ。それが残酷なのか優しいのかはその時を生きてきた人でないと分からないのだろう。………まあ、そう偉そうに述べる俺自身、まだ答えを出せてはいないのであるが。  
 
「キョンくん、起・き・てー!」  
 ドゴスッ!  
「ぐはあっ!」  
 朝のまどろみの中でそんな事を考えていると、心の暗雲を吹き飛ばすかのような底抜けに明るい声とともに、妹の両膝が五分の魂を踏み潰すかのように俺の腹に突き刺さった。  
「ねえねえ、起きたー?」  
 あには ばらばらになった、などとボケを返す余裕もなくベッドの上でもだえ苦しむ俺。  
 というか、お前も来年からもう高校三年生なんだからいい加減こんな子供みたいな起こし方は止めなさい。お前だって同学年の子達にばれたら恥ずかしいだろう。  
 それと、兄の内臓へのダメージがとんでもない事になっている件については、兄起こし担当大臣様はどう釈明なされるおつもりなんでしょうか?  
「てへっ!」  
 ………確信犯か。  
 
 
 着替えるから、と言って妹を部屋から追い出し、さっきまで見ていた夢について考える。とはいえ、妹の攻撃のせいかどうかは分からないが、高校生の頃の話だったという事以外はほとんど覚えちゃいない。  
(………高校生、か)  
 終わりを考えられないほど楽しかったあの頃の事を、SOS団の皆の事を思い出した。  
 
 朝比奈さんは海外を転々としているらしく、たまに手紙が送られてくる以外にはこちらには何の連絡手段もない。一度だけ手紙と一緒に良く分からない童話の改変ものが送られてきた。………本当にどんな仕事をしているんだろうね、あの人は。  
 そういやこの前、久しぶりに『あなた』に会いに行きます、と書かれた手紙が来たので久々のご降臨を楽しみにしていたのだが、それから全く音沙汰が無いところを見るとどうやらお流れになったようである、………残念。  
 
 古泉は親の仕事の都合とやらで高校三年生になってすぐ転校していった。しかし、こちらは朝比奈さんと違い電話やメールで連絡を取り合う仲である。たまに会って飯を食ったりもするし、お互い悩み事を相談しあったりもする。  
 ………今、気付いたのではあるが、もしかしたら俺とあいつは『親友』というやつなのかもしれない、照れくさいから本人の前では絶対に言わない事にしておこう。  
 
 最後に俺とハルヒについてなんだが、今年めでたく大学を卒業した俺は高校生の時から付き合っていた彼女、まあようするにハルヒだ、にプロポーズした。  
 幸せにしないと終身刑だから、と、どっちにしろ一生一緒なのかよ、とツッコミを入れたくなるような返事と共に俺の胸に飛び込んできたあいつは真っ赤な顔をしていて、………なんだ、俺にしては珍しくストレートに表現すると、………めがっさ可愛かった。  
 
 そして俺は今日ハルヒの家にご挨拶に行くことになっている。最も男が試されるであろう、娘さんを俺にください、というイベントだな。  
 まあ、お互い家族ぐるみで顔見知りではあるし、うちだけでなく向こうの親御さんも結婚ついては既に了承済みである。  
 そう考えるとなんだかすごく今更という感じがしないでもないが、ハルヒ曰く、こういう事は形が大事なのよ、との事だ、やれやれ。  
 
 
 準備を終えて、玄関先で冷やかしてくる妹に、お前も早く彼氏作れよ、とクロスカウンターをいれながら家を出る。  
 しばらく歩いた所で、むき出しの手に冷たい何かを感じた。  
 見上げると季節外れの雪が降りだしたところだった。  
 傘を取りに戻ろうか、とも思ったが、めんどくさいのでこのまま雪に降られながら行く事にする。  
 
 何故だかは分からないが、この美しい結晶は俺たちの幸せな未来を夢見て消えていくのだ、と都合の良い幻想が浮かんできた。  
 それと同時に、理由のよく分からない悲しみが襲い掛かってくる。  
 手は冷たいのだが、ポケットに入れたりせず、姿勢を正して胸を張って、その悲しみを真正面から受け入れる。  
 そうして、俺達の行く末を祝福するかのように舞い散る雪の花の中を、ハルヒの家に向かって進む。  
 
   ―――幸せを誇るように、幸せへと向かって、歩く。  
 
 歩きながら俺は、この世界に舞い降りた、美しく、そして儚い結晶に向けて、まるで久しぶりに会った旧友に対するように語りかけた。  
 
 
 なあ、俺がなくしちまった誰かさんよ。  
 
 俺達は、幸せになるよ。  
 
 そっちはどうだい?  
 
 あんたは、幸せかい?  
 
 
  ―――幸せ、だったかい?  
 
 
 
 

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