吉村美代子の異常な浴場
または私は如何にして心配するのを止めて友人兄妹を・愛する・ようになったか
※
風呂で頭を洗っていると、いきなり戸が開いた。
「キョン君、一緒に入ろー」
タタタ、ジャブン、と湯に飛び込む音。
「こらこら、お湯に入る前に体を流しなさい」
「だってーシャワー使ってるしー」
シャワー使うのかよ!とつっこむまでもなく、浴槽から上がってお湯をかける音がした。
それはそうと背中がスースーする。
「寒いから早く戸を閉めなさい」
「ごめんなさい、すぐ閉めます」
意外な声に思わず振り向くと、妹の同級生にして親友のミヨキチだった。
「失礼します」
かろうじて聞き取れる小さな声。
恥ずかしそうに腕を押さえながら浴室に入ってくる。
※
友達に勧められるままお風呂をいただくことになりました。でもお兄さんが使用中ということで私は躊躇したんです。ホントですよ? なのに彼女が強引に脱衣所まで引っ張り、言ったんです。
「大丈夫だよぉ〜。あたしたち『小学生なんだから』。最近一緒に入ってくれないけど、全然『変じゃないんだよ』」
公衆浴場は何歳まで異性の方に入れたかな? いえ、今考えるのはそうじゃないんです。彼女の言うとおりきっと変じゃないんです。
変だと思うほうが変で、変なコトを考えるわたしのほうが――ダメダメ! そんなこと考えていません! 『あの人』がどんな反応をしてくれるのかなんてドキドキしたりはしてません!
年長者と混浴できるのは子供の特権なのです。情操教育にもきっと良いハズ。たぶん性教育にも。
彼女は忍者のように脱皮すると戸を開けて飛び込んでいきました。ルパンのように浴槽にジャブンです。
『あの人』……お兄さんは、丁度髪を洗っているようでわたしに気付かず、彼女の無作法を嗜めています。
わたしを見たら驚くかなぁ? とても恥ずかしいのに、心臓が頭の方に移動しちゃったみたいで、なにも考えられずに下着を脱ぎました。
脱衣所の風が寒いのか身を震わせるお兄さん。
「寒いから早く戸を閉めなさい」
あ、あわわ、なにか言わないと! ご、ごご、
「ごめんなさい、すぐ閉めます」
たぶん普通に言えたと思います。お兄さんは少しキョロキョロしてましたが、
「あれ? きみも一緒なのか。どうしたんだ?」
シャンプーが目に染みたのか、泡を流すことに専念しながら彼女に尋ねていました。
「うんとねぇ、うちに来る途中に雨が降っちゃって、ちょっと濡れちゃったからすぐ温まってきなさいって〜」
「そうか。じゃあきみも早いとこ湯船に入った方がいいな。二人ならなんとか入るだろうし。
こら、お前は交代だ。さっさと身体を洗いなさい。」
お兄さんは彼女の脇に腕を差すと抱き上げて洗い場に降ろし、そして浴槽の縁を跨ぎました。わたしは大慌てでかけ湯です!
タイミングがずれたら大変です! お兄さんが湯船に浸かってしまったら、わたしはその目の前で縁を跨がないと――その場合、前と後ろ、どちらを向いた方が効果的なんでしょうか? いえ! そうならないように大急ぎです!
「ふぅ〜」
向き合う形で湯船に浸かったわたし達。
お兄さんは満足げに嘆息していますビバノンノ。えぇい、水面が波立って良く見えないじゃないですか。わたしより群生したワカメの陰にウツボが、きっと凶悪なウツボがっ!?
「ねぇ〜キョンく〜ん。久しぶりなんだから体洗って〜」
は! 危ないところです。意識がすこし飛んじゃってました。
お兄さんは「まったく、しょうがないなぁ」と浴槽を跨ぎ、わたしの目の前に凶悪な……あれ?
……そ、そうですよね。お兄さんにとってはわたしは妹の友人の『小学生』ですもんね。
気付いてはいたんですがちょっぴりショックです。最近自信あったのになぁ、スタイルのメリハリ……。
お兄さんはお兄さんのブラックジャックでわたしの頬を殴打することもなく洗い場にでました。
タオルを泡立てて手際良く、面白味のない彼女の体を磨き上げるお兄さんの足の間のアナゴは休眠中です。ちぇっ。あぁ、でも、象さんじゃなくて亀さんだぁ……
「よし、おわりだ」
「キョンくん、こっちも〜」
「そこは自分で洗いなさい」
「ちゃんとキレイにしないとお母さんに怒られるんだよぉ〜」
全身の泡を流した彼女が自分の……え? え?
お兄さんが「やれやれ」とか言いながら、ボディーソープを少量取って泡立てています。大事な部分なので、よく薄めないとヒリヒリしちゃいますもんねって、え! えぇ!?
「大事なところなンッだからゆっくりね。んんっ」
「だったら自分でやれよ。まったく……」
彼女の太腿が障害物になって良く見えないんですけど、そこって、そこってぇぇぇえ!?
いいの? 小学生の特権なの? なんで声が跳ね上がってるの? なんで目を閉じてウットリしてるのお!?
そしてお兄さんはなんで時折ぴくっぴくってしてる彼女に気付いてないの!?
「あ、そこ! そこはもっとしっかり!」
「はいはい。ほら、これで終りっと」
お湯を流す音で我にかえりました。彼女が湯船に戻ってきましたが、先ほどお湯から上がったときよりも全身が紅潮しています。
トロンとした目つきは余韻に浸るようで、浴槽のヘリを跨いだ彼女の無毛の荒野の神秘の峡谷は、明らかに興奮を示すように、夕日に染まったグランドキャニオンも真っ青なまでに充血に赤く彩られて――
「ミヨちゃんも洗ってもらいなよ」
「おいおい」
「お願いします!」
そんなことお願いできるわけありません! わたしは断固としてお断りを入れるべく、湯船から勢い良く立ち上がっては洗い場のイスに腰を下ろし、深呼吸で心の準備を済ませ、期待に胸を高鳴らせながら、あの人のタオルを待ちわびて……あれ?
わたし……わたし、いま断わろうと……。
「ほんとにいいのかい?」
「ぜひ!」
……体育の先生も言ってました。考えるんじゃない、感じるんだホアチャァァって。きっとこれは自然の摂理なんです。
だって、今はなにも考えられないし、タオル越しのお兄さんの手の感触に……とても感じるんですものホアチャァァ!
わたしと入れ替わりに湯船に戻った彼女と目が合いました。いえ、合いませんでした。
彼女は目を細めて何処か遠くを見つめながら浴槽の縁に顎を乗せ、ピクンピクンと……な、なにをしてるんですか? あ! いま大きく跳ねました! 余震に身をカクカクさせてるから湯面が波打っちゃってます!
さ、さすがにお兄さんも、この様子を見たら……。
「ん? ああ、こいつの変なクセなんだ。お湯に浸かるとたまにな。
居眠りしたシャミ――猫がピクピク痙攣してるみたいで変だろう? はは」
などと笑っていやがります。さすがですお兄さん。手ごわいです。
あぁぁ、胸は円を描くように擦り上げてくれたのに、お臍のあとは重要な場所を避けて太腿に移るのは焦らしですかぁあ。
あ! そんな、足の指の間まで丹念に……あっはぁっ、これはこれで…ふくらはぎから太腿を鈍い痺れが這い登って、腰の辺りに熱い淀みがこもってきますんぁああ。
「よし、おわりだ」
肩口から温かいお湯がかけられました。
まって! まってください! もう少し! もう少しなんです!
わたしは黙ってボディーソープのポンプを差し出しました。
「あ〜……それはちょっとマズイだろう?」
お兄さんは目を泳がせて妹に助けを求めるようでしたが、さすが一番の親友です。彼女はわたしの心の友でした。
「差別は良くないんだよ〜。洗ってあげなよ〜」
「そういうもんなのかねぇ……」
「な、何事も経験ですからっ!」
そうです、経験です、初経験です。そんな言葉があるかは知りませんが、いま確実に大人の階段に足をかけたのです!
お兄さんが手を泡立てて、そっと……はあぁぁ、さ、さすがですお兄さん。すごいですお兄さん。お兄さんおにいさんオにイさン……。
親友の長年の指導の賜物なんでしょうか? まるで洗浄行動だといわんばかりの無頓着ぶりなのに、性格を表すかのように繊細に、そしてたんねんになぶってきます。
「大事なところなんだからしっかりね」
彼女がそんなことを言った気がしましたが、それどころではありません。
お兄さんも「はいはい、わかったよ」なんて答えてましたが、ホントによく分かってます。
ソノ部分の周辺を優しくこねるように揉み洗い、静かに溝に沿って擦り上げます。
時折指を左右に揺らしては、堪え切れずに花びらが開いたところでほんの少し深く進入させ、形作り始めたばかりのヒダとヒダの隙間を丁寧になぞってくれます。ていねいにていねいに……ぁあ……。
クレバスの最北端の隠された祠の周囲を散策し、入り口を発見した調査陣は残酷にも神秘のヴェールを――んっはぁぁああ! ヴェールをつるりと剥き上げて、無防備になったわたしの! わたしの――!!
「あれ? ちょっと石鹸が少なかったかな?」
ああおあぁぁぁあ! もうちょっと、もうちょっとだったのに! お兄さんのイジワル! なんでここで手を止めるんですかぁぁあ!
でも、お兄さんのせいじゃないんです……多分わたしの、その、愛え、バルトリ、か、果汁が、そう果汁が彼女より多かったんじゃないかなぁって。
「でも、ちゃんと洗えただろうし、体が冷える前にお湯に入っちゃいなよ」
お、終りですか? わたしはお湯をかけられて湯船に戻されました。まるでサカっている最中に水をかけて追い払われたノラ猫の気分です。いえ、サカってません。ホントですよ?
体はすでにポカポカですが、お兄さんの言葉に従って彼女の隣で肩まで浸かり、同じく顎を浴槽のヘリに乗せました。
あ〜ぁ、もうちょっとで……んあ! え! あはぁ! え!?
「さすがに三人は入れないな。俺はもう上がるからちゃんとあったまるんだぞ。
って、きみも同じ変なクセがあるんだな」
ち、違うんです。ちょっとは余韻に浸ってましたけど、コノ子が! 隣のコノ子がぁ!
「あはは。学校で流行ってるのか? まあ、のぼせないうちにあがるんだぞ」
「はぁ〜い」
「は、はヒっ」
お兄さんはサッっとシャワーで体を温めると、変化のないモノをブラブラさせて退場していきました。
脱衣所でタオルを使う音を聞きながら、隣の親友に小声で問いかけます。なぜ浴槽の中でわたしの、その部分をいらっているのかを、んっ!
「な、なにを……? はっ、んん」
「だって、もうちょっとだったんでしょ? あたしのキョンくんは……良かった?」
わたしは返事が出来ませんでした。普段の無邪気な笑顔とは違って、なんというかシットリとした艶を含んだ……もしかしたらわたしが思っていたよりずっと大人なのかもしれません。
そんな微笑を浮かべながら耳元に囁きます。
「せっかくだから、トドメもキョンくんがいいかなぁ?」
コノ子の将来が不安でイッパイです! イッパイイッパイです!
わたしの心配をよそに、彼女は水面を叩き、大きな声を上げました。
「キョンくーん! たいへんたいへん! ミヨちゃんがのぼせちゃったあ!!」
大丈夫です、と声を上げることは出来ませんでした。
「なんだって!」
湯船の中で彼女に剥き出しにされて顔を出しているアノ部分を、キュッと摘まれてカクカクと湯船に沈み込むわたし。
それを発見して、扉をあけたお兄さんもビックリです。もちろんわたしもビックリです。
すごい衝撃に収まりかけた衝動を持て余しますブクブク。
タオルを取りに戻ったんでしょうか、お兄さんが一度脱衣所に戻ると、彼女が耳を噛みながらまた囁きました。
「楽しんできてね」
普段から元気イッパイの親友ですから、わたしを支えながら軽々と立ち上がらせると、やっぱり新しいタオルを持って戻ってきたお兄さんに引き渡しました。
二人分の全身を洗わされてすこし疲れたのでしょうか? お風呂上りなのに微かに汗の匂いのするあの人の胸に包まれて、わたしは幸せな気分に浸っていました。ありがとう、心の友。
でも彼女の言っていた意味は違ったのです。
髪は濡らしてしまうと手入れが大変なので結い上げていました。お兄さんがわたし顔と首筋を拭ってくれます。
そして次に胸を……気持ち良かったです。だから気付きました。『トドメ』の意味に。でも口からは荒い息しか出てきません。たぶん……わたしも期待してしまったんでしょう。はやく! はやく! と。
お兄さんが、手もとのタオルを折りなおして乾いた部分を準備しています。これがトドメ――。
全身をあらかた拭き終えて残された最後の部分に、大事に残されていた乾燥した部分を晒すタオルが、足を割って今まさに差し入れられようとしております!
彼女によって剥き出しにされたままの、顔をのぞかせたままの、充血し膨張を保ったままのその頂点に、サラサラしたタオル表面が、ザラリと、撫で、上げ――!!
「だ、大丈夫か!?」
今まで体験したことのない遥かな高みを体験したわたしは腰が砕け、慌てたお兄さんが支えてくれなかったら、どこまでも堕ちていったことでしょう。
「お、おい! タオル濡らして持って来い。冷たくして」
あの人の声がどこか遠くから聞こえます。お兄さんの匂いが目の前に広がってるのにヘンですね?
お兄さんからはわたしの背中しか見えていなかったと思います。だからわたしは安心して、よせてはかえす余韻に浸りながらこんなことを考えていました。
お兄さんに支えられてぶら下がったわたしのオヘソから下が、別の生き物のように前後にガックンガックンと揺れ動いているのに気が付きませんように――
そして、水気を拭き取ったはずなのに、内腿を伝うたしかな雫に気が付きませんように――祈るように考えて、考…え……て――
――目が覚めたら見知らぬ天井が目に移りました。
「あ〜、気がついた〜?」
どうやら、お風呂と、お風呂以外にもイロイロとのぼせ上がったわたしは、親友の部屋へと運ばれて寝かし付けられていたようです。
「えへへ〜。すごく良かったみたいだねっ。でも中学生になっちゃったら、もうコノ手は使えないんだよねぇ」
「…………」
うすうす察していましたが、これはもう確定です。恐ろしいコ!!
親友という立場を考えなおさなくては。「どうしたらいいと思う〜?」なんてのんきに聞いてくる彼女のセリフを遮ろうと、わたしが口を開いた瞬間。
「どうだ、様子は? って、ああ、気が付いたのか」
ささやかなノックの後に、ドアからお兄さんが入ってきました。
わたしが体を起こしたのが見えたのでしょう。「よかった」と言いながらニッコリ微笑んでくれます。
「す、すみません! ご心配をおかけして!」
「大丈夫ならいいんだ。なにか冷たい、もの…っでも……」
あぁ、優しいお兄さん。でも、どうして目を逸らすんですか?
「ミヨちゃん。オッパイオッパイ!」
え…? きゃっ! 親友あらため悪友の言葉でわかったんですが、わたしはおそらく彼女のパジャマを身につけていました。サイズが合わなかったのか、大きく胸元が開いていて……慌てて腕で隠します!
でも……お兄さんも、わたしのささやかな胸を目にしてしまって照れているんでしょうか? さっきまでお風呂をご一緒してたのに? ヘンですね? でも、赤くなって鼻の脇を掻いているあの人はとても可愛くて……正直たまりません!
「あ〜、冷たい飲み物でも買ってくるから、もうちょっと安静にしてなよ」
そういって逃げるようにお兄さんは出て行きました。
また二人きりになると、わたしは悪友あらため悪の手を取って言いました。今こそ決別の時です。
「わたしに出来る事があったらなんでも言ってね。心の友」
さようなら、今までのわたし。こんにちは、新しいわたし。
これがわたしと彼女が、親友と書いてマブダチとなった日の出来事でした。