『『『  
 
 窓の外。先程までの鮮やかな夕焼けも今はなく、空は夜という名の紺色の帳をゆっくりと降ろし始めていた。  
 他の部員はもう帰っちまったんだがなぁ……どうしてこんなに粘るのかね?  
「う〜ん、こんなんじゃリアリティないわねっ。もぉっ! イライラする!!」  
 俺に戸締りを言いつけておきながら、一向に席を立つ様子のない我侭女。早く帰りたいんだがな。  
「明日にすればいいだろう? そろそろ見まわりが来ちまうぜ」  
 SSの為の参考文献と称して俺と同じく読書に勤しんでいた無口少女が、パタリと音をたてて本を閉じたのはもうずいぶん前のことだ。  
 これが俺達の下校の合図になっているのだが、無表情自動人形と、  
超絶界女神門美麗綱美少女目メイド科先輩属の俺の尊敬と憧れ的であることこの上ない少女が部室を後にし、  
胡散臭さを掻き集めて捏ね上げたような少年が一言残して帰っていった。  
 
 もしかしたらそいつがこの爆弾娘の耳に入っちまったのかもな。  
 明らかにパソコンの電源を落とそうした動作を止めて、キーボードをガチャガチャしだしたと思ったら、それからずっとブツブツ言っては唸りっぱなしだ。  
 インチキ詐欺師が残した台詞は俺宛てだったんだがね。  
「あなたの作品が待ち遠しいですよ。文章を創作するというのは、それが二次小説とはいえ本人の感性が現れますからね。  
 あなたの心の奥底に秘められた性癖や願望がどういったものなのか、ふふふ、今から楽しみです。  
 特に初めての作品ならその傾向は顕著なもので、根が素直な人ほど隠し切れないようですからね」   
 じゃあ、お前みたいに捻くれてるなら内心を暴露しないで済むってワケか。  
 俺の精一杯の嫌味だったんだが気にする風もなく、  
「そうかもしれません」  
 それではお先に、と受け流して帰って行きやがった。  
 
 そうして俺は今、教師の巡回に怯えながら二人でウダウダと居残りを否応なくされているわけなのさ。  
「なあ、かなり暗くなってきたし、いい加減帰るぞ」  
 腹も減ってきたしな。夕飯はなんだろう。  
「ああ! うっさいのよバカ! もぉ! 今すっごくいいセリフが浮かんだのに忘れちゃったじゃないの!  
 顔を洗ってくるから、そのへん片付けて帰る支度しときなさいっ!!」  
 トイレか? などと聞けるわけもなく、机をバンバンを叩いて部室を飛び出した騒乱女の命令に従っておくかと席を立った。  
 帰り支度といっても、俺はもう鞄を持てばいつでも出られるんだがな。カーテンを閉めたら、あとはあいつのパソコンの電源を落とすだけだ。  
 適当に題名でもつけてデスクトップに置いとけばいいか。そろそろ洒落にならない時間だ。  
 
 たまにはお前も厳正なるクジ引きとやらに参加しろ、と言っちまったのが俺の最大の失態だ。  
 『ギャグ』・『シリアス』・『シュール』・『エロス』の四つ。これに急遽加えられた『エロエロス』を、あいつ本人が引き当てちまったんだからな。  
 某掲示板のルールに則って匿名で執筆することしたから、誰がどのクジを引いたのかは解らないんだが、こいつだけは顔を真っ赤にして珍しくキョドキョドしてやがったからまるわかりだ。  
 ん? まだ不思議か? 種明かしは簡単だ。俺のクジが『エロス』だったからな。  
 やれやれと呟きながら、誰もいなくなった部屋では大きく感じられる唸りを上げるパソコンに手を伸ばし――  
 
「あっ、なにを?」「ふふん、なにをすると思う」  
「いや、やめて」「おれのことが好きなんだろう?」  
「そんな、あたし・・・」「かわいがってやるよ」  
「ああ、いやあん」「声をだすと、はずかしい姿を人に見られちまうぞ」  
「ひどいわ」「あいをささやくのはあとでいいのさ」  
「はじめてなのに、こんなの」「かんじるんだろ? めちゃくちゃにしてやるぜ」  
「あああ、いたい!」「ふはは、いたみもあいもその身にきざめ」  
「あっあっあっあっ」「なじんできたか。堕ちちまいな」  
「あああああ」「うけとめろ! おれのおもい!」  
 
 眩暈がした。クラックラだ。なんて言えばいいんだろうね? 下校時刻を大幅に過ぎてまで残っていた理由がコレなのか。  
 慣れない仕事だから稚拙さと文章?の短さは仕方ないだろう。だがその内容が……感性? 性癖? 願望?  
 いやいや! 深く考えるな! あのスマイリーの発言は概ね罠だ。そしてモニタに映った文章も何かの間違いだ。  
 あの天上天下以下略女がこんな状況を夢想しているなんて、それこそ夢想だにできん。  
 押し倒そうとする物好きがいたら、逆にあいつの運動神経を実証するはめになり地面を舐めるだろう。  
 甘い状況に突入してもあいつが主導権を手放すとは思えん。しかし、甘い状況か……どうすればそんなふうに持ち込――いかんいかん!  
 罠にむざむざはまり込むところだった。これはパソコンを見なかった事にしてとっとと帰――  
 
 カチャリ。  
「……読んだの?」  
 あ……。お、俺はパソコンの電源を消そうとしてだな、それでその、  
「……読んじゃったんでしょ?」  
 ガチャリ! 高らかに鳴り響く……施錠の音?  
 ひっ? な、なんで鍵しめるんですかぁ!?  
「黙りなさい。見られたからには、仕方ないじゃない?」  
 よ、読んでない、読んでないぞ! 実は俺アラビア語萌えなんだ。日本語はない方がいいと思うぞ。  
 
 電気を消すなスカーフを外すな上を脱ぎ捨てるな身体が近いんだよ、なまめかしい!  
 うお! パソコンの電源コードを踏み付けたと思ったら、そのままコンセントからブチ抜きやがった!  
 それはやっちゃダメらしいぞ。機器的にもデータ的にも。消えちゃったんじゃないかな? さっきの――あ!  
「やっぱり見たんじゃないフン!」  
 最近温かくなってきたからな、セーラ服の下は直で下着だ。それで目のやり場に困ってそっぽ向いてたのが災いした。  
 気付いた時には俺はあいつの運動神経を実証するはめになり、部室の床を舐めていた。  
 いや舐めてはいないんだがな。仰向けだったし。視界が回転したかと思ったら次の瞬間にはもう仰向けだ。  
 呆然とする俺を片膝で押さえつけたまま、スカートをたくし上げると器用にも反対の膝を上げ、スルスルと三角形の下着を――。   
 
 ま、待て! なにをする気だ!?  
「ふっふ〜ん! わかってるんでしょう?」  
 いや落ち着け! 落ち付けって!  
「嫌なわけ? 違うわよね? あたしのこと…す……嫌いじゃないんでしょう?」  
 そ、それはだな、なんというか、確かに嫌いじゃあないが、俺は、むしろ…す……嫌いじゃないんだが……。  
「な、ならいいじゃない! あんたは痛くないだろうから安心して。気持ちよくしてあげるからあたしに任せとけばいいのっ」  
 ふぁあ! ベルトに手を掛けるな! これ以上はマジまずいって! なんで俺のシャツのボタンを片手で、しかも流れるような動作で外せるんだよ!?  
「あんたの声、嫌いじゃないけど……誰かに見られたらまずいと思わない? 特に、あ・ん・た・が」  
 ず、ズルイぞ! 確かに誰かに見られたら……こいつが涙一つでも浮かべたら、俺だけ立派な犯罪者だ!  
「なによ? 文句があるなら後で文章にして提出ね。ラブレターにも窓口は開くわよ?」  
 出すか!? なぁ、恥ずかしいが経験ないんだよ俺は。だからな、最初はもうちょっと落ち付ける場所で、こう……シットリとだな。  
「ふふん、こんなになっちゃってるクセに。すぐ楽にしてあげるわね」  
 はぁあ! この温かい海にキュッキュッと包まれる感触は……って! だ、大丈夫なのか!? 血が! 痛いんだろう? 無理するなって!  
「んふふ。あんたのこと奪っちゃったのに心配してくれるのね……ありがと。  
 聞いた話だけどね、女の子のハジメテってやっぱりちょっと大切なもんなのよ。だから痛みで心に刻み込むの。  
 ちゃんと思い出に残るように、その時の気持ちを忘れないようにって」  
 そんな健気な少女みたいな顔をするなよ。おまえはいつだって100Wの笑顔を見せ――って、コラァ! 動くな! 動くなって!!  
 切ない声を出すな熱い息を吹きかけるな顔が近すぎるんだよ気持ち良い! うごっ、うーごーくーなー!  
「我慢してるあんたの顔ってなんかカワイイわね。気持ちよくなってきた? 我慢しなくていいのよ」  
 とまれって! マジで放出5秒前! なんて5言ってる場合じゃないぞ!?  
 暴発を待つ俺のショットガンに数千万の小弾が4パッケージされた弾丸が充填完了して一塊に撃ち出そうと3お前というトリガーで欲望という火薬が着火し2膨張する快感という燃焼ガスによって当てたら1マズイ標的に向かって今まさに――って、あああああーっ!  
「いいわよ、きてっ! 受けとめたげるっ!! あんたの想いをっ!!!」 』  
 
 
 
 
「……これがプロット」  
 無表情を表現してやまない表情を張り付けた少女が、静かに告げていた。  
「参考にして……」  
 神聖不可侵を自称するあいつも流石に絶句している。まあ仕方ないだろう。  
 万能選手とはいえ予想外の人物から助け舟を差し出された上に、舟はネットリとナマナマしい雰囲気を湛えているんだからな。  
 自分の席で何事もなかったかのように本を開いて静止した少女と、テキストデータを受け取ったまま停止した少女を眺めて俺は嘆息した。  
 やれやれ。』  
 
 
 
 
「――といったプロットを用意してみました」  
 これは善意ですと詐称して財産を巻き上げようとする詐欺師みたいな微笑の少年がそう語った。  
「随分と頭を悩ませていたようですので、差し出がましいとは思ったんですが、参考にしていただければと。  
 あとは少し手直しして、肉付けをしていけばそれなりのものになると思いますので、これがお役に立つのなら光栄です。  
 ああ、それと最後の所なんですが、【このような状況が発生した】と見せかけて【実は意外な人物からの参考資料だった】……というのが今回のオチになります」  
 無軌道な上に一方通行なあいつも流石に絶句している。まあ仕方ないだろう。  
 頼りになる参謀役とはいえ、頼みもしないのに助け舟を差し出された上に、舟の船頭は自信ありげに頬を紅潮させ鼻息も荒いんだからな。  
 自分の席でどうですか?と俺に片目を瞑って見せる少年と、テキストデータを消去するべきかと両目をパチパチする少女を眺めて俺は嘆息した。  
 やれやれ。』  
 
 
 
 
 放課後に入り、さぁ今日も読書に励むかと気合をいれたんだが、どうやら俺には優雅なティータイムは与えられないらしい。  
「バカね! そろそろSSを書き始めなさいよアホキョン!」  
 バカなのかアホなのかはっきりしろよと問い詰めたいところだが、新しい罵倒表現を投げつけられて困るので俺は黙って引きずられるままに部室へと運ばれた。  
 ドカンとドアを開け放ってから挨拶するのがコイツの流儀らしいが、幸いなことに部室専用の天使様はまだ到着していないようだ。  
 その代理でもないんだろうが、古泉と長門がすでに部室に待機して、いたのだが……どうしたんだ?  
「どうしたの? 二人して固まっちゃって? NASAから飛行士の抽選結果でも届いたのかしら?」  
 応募すんな! ともあれ、妙な雰囲気だな。  
 長門と古泉が団長席に鎮座するモニタの前でなにやら眉をひそめている。まさかマジで宇宙旅行か?  
「…………」  
「いえ、これなんですが」  
 パソコンがどうかしたのか? 団長専用とはいえ勝手に団員が使用してもハルヒは殴ったりはしないだろう。  
 だがここ数日は長机の上にもノートパソコンを設置してあるからな。SSを書くならそちらを使えばいい。  
「それなのです。僕はついさきほど、偶然長門さんと廊下で顔を合わせましてね、一緒に部室に向かったわけなんですが、来てみたらこのパソコンの電源が入っていた、というわけなんです。  
 長門さんに確認したところ昼休みには確かに電源はオフだったらしいのですが……そして問題はですね、このパソコンに残された文章です」  
 
 それが冒頭からの文章ってわけだ。誰のイタズラだ? 長門も古泉もどう判断して良いのか判断しかねているのか嫌な沈黙を守っている。  
 そして文末にはこんなものも書き添えられていた。  
   
『――こんな感じのプロットはどうですかぁ?  
 初めてだと難しいと思うので、お手伝いになるといいなぁって、書いてみました。  
 あ! なんだかややこしいですけど、後半の部分はですね、【こんな状況がありました】って見せかけて実は【ある人物の参考見本でした】って見せかけ  
てさらに【そんな捻りを加えた参考見本でした】っていう三段階半捻りのオチなんですよぉ。なんだかすごそうですよね。  
 捻るならちゃんと一回転捻ろよ! すごくねぇよ! 蛇足だ!  
 しかもこの登場人物、参考見本とかいいながら誰が誰なのか判別ついちまうじゃないかよ。  
 
『そうそう。誰かをモデルにしたわけではないので気にしないで、思い付いたままでキャラをあてハメてくださいね。  
 べつに意識を誘導しようとかは全然思ってないので、気にしないでください。  
 匿名希望の謎のあしなが……ええと、たかうじ? より――』  
 
 こらハルヒ。沈黙同盟には加入させてやるから赤面しながら俺をチラチラ見るな。  
 しかしこれはどう扱えばいいんだよ。とりあえず消去しちまってもいいのかね?  
 だからハルヒ! パソコンに繋がったコンセントの位置を確かめるな。時計で時間を確かめるな。自分の襟元から今日の下着をチェックすんな。  
 どおすっかなぁ……。  
「だれかのイタズラでしょうかね」  
「とととりあえず今日は解散にしようかしらっ! もぉ! まったく誰の仕業なのよ!  
 こんなことがあったら気分が乗らないしみんな帰っていいわよ!  
 あ、キョンはちょっと残りなさい!! いいからっ!」  
「…………」  
 カーテンを閉めるな! まだ空は明るいだろうが! いや違った、この状況で居残りするのは背中が寒いんだよ。なに考えてんだ!  
 初めてはだ、もうちょっと落ち付ける場所で、こう……シットリとだな。  
 
 キイィー……  
 
「あ……」  
 部室の入り口に我らが天使……あぁ〜、今日はいいや。朝比奈さんが立っていた。  
「み、みなさん早いですねぇ。ちょっと遅れちゃいましたぁ、エヘヘ……」  
 今日もメイド服がステキですね。水の入ったヤカンが重そうですが、お持ちしましょうか?  
「……ふしゅ〜〜、ぷひゅ〜〜♪」  
 唇を尖らせる朝比奈さん。音が出ていませんよ。あと目が泳いでます? あしなが?  
「たかうじ! あゎ……あっ! わたしお水汲んでこなくちゃ!」  
 
 
「「「「おまえかっ!!!」」」」  
 
 今日も、部室に何人かの声が見事に調和した。  
 
 

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