古泉「見てください、どうやらこれが長門さんの作成したフォルダのようです。この作業中になにか起きたのではないでしょうか?まずこの中から解決のヒントを探すのが先決ですね。」  
キョン「ヒントだと?」  
古泉「ええ、雪山の時もそうでしたが、長門さんは必ずどこかになにかを残してるはずです。」  
と言ってもなあ〜この画面いっぱいのフォルダの中からどうやって探すんだ?はっきり言って目薬2、3個が必要だ。  
古泉「いえ、そうでもありません。ほらこれ。」  
キョン「ん、こいつだけ違うな。」  
古泉「何かの実行フォルダですね。どうぞ。」  
おい、ちょっと待て。どうぞってなんだ?なんでこういうのだけコイツは俺に決断を任せやがる。  
古泉「ふふふ。やはりこういうのは主役の役目でしょう。早くしませんと涼宮さんが来てしまいますよ。この状況を目撃されるのは、あまりよろしくないと思いますが…」  
当然だ。よろしくない所か非常にまずい。くそっ、開いてみるか。  
カチカチッ  
俺は、実行フォルダを開いた。なにかプログラムが走ったかと思うと、画面いっぱいにカラフルなタイトルが現れる。  
古泉「ふむ、なんだかゲームのようですね。何処で見たことがあるような…」  
キョン「なんでゲームが…」  
古泉「ああ、思い出しました。これは確かコンピ研が作ってたギャルゲーですね。長門さんも少し手伝ってたはずです。」  
長門がギャルゲー?!確かに時々コンピ研に行ってたが、、、俺の脳裏に無表情にギャルゲーのテストやらプログラムを組む長門の姿が浮かぶ。ちょっと異様だ。  
キョン「なんだってこんなもんが…」  
古泉「多分ですが、このゲームをクリアすれば、なにか手懸かりが見つかるのではないでしょうか?やってみてください。」  
キョン「…本気で言ってるのか。」  
古泉「他に手懸かりがありますか?」  
むう、やるしかないのか。しかし自慢じゃないが、この手の恋愛ゲームは苦手だ。  
古泉「大丈夫です。私がサポートしますから。」  
キョン「ならお前がやれ。」  
古泉「それは遠慮します。客観的視野を維持したいので。」  
このヤロウ、まあいい。時間が勿体ない。さっさとスタートだ。  
ピポッ  
『あなたの名前を入れてください。』  
暗転した画面中央にメッセージが現れた。俺は迷わず『古泉一樹』と入力した。  
ブー!  
『あなたの名前を入れてください。』  
エラー音と共に再びメッセージが現れる。  
古泉「おやおや、僕じゃダメなようですね♪」  
嬉しそうに肩をすくめるな。  
キョン「コイツはどうだ?」  
涼宮ハルヒ  
ブー  
朝比奈みくる  
ブー  
長門有希  
ブー  
古泉「諦めが悪いですね。これが正解でしょう。」  
キョン「あ!」  
ピロリン♪  
『登録が終了しました。こんにちはキョン。』  
横からの勝手な入力が承認されゲームは始まった。そしてこれが長くて短い冒険の始まりだった。ああ、なんでこんなことになったのか…俺はつい一時間前を思い出してため息をついた。  
・  
・  
・  
 
 いつもの学園生活。背中をハルヒにときどきシャーペンで突かれながら、授業をまったりと聞いていた俺の携帯が、突然ぶるぶる震えた。  
 てっきり無視されたハルヒがメール攻撃に切り替えたかと液晶を見ると、そこに長門からのメール着信が表示されていた。  
 珍しいってか長門にメアド教えてたっけ?  
 まあ、あの万能人型端末が本気になれば、俺の携帯メアドをサーチするなんざ簡単だろうが、むしろ俺の後ろでシャーペンミサイルを飛ばす独裁者が、情報漏洩した可能性のほうが大だ。  
 なんせ個人情報保護法から最も遠い存在、それが涼宮ハルヒだからな。  
 とかなんとか考えながらメールをこっそり開く。  
 
『部室に来て。すぐ。』  
 
 なんとも長門らしい一行だと呆れる。すぐだと?今は授業中だぞ。大体お前も授業中じゃないのか?真後ろのぶっ飛び娘でさえ、授業は受けてる。まあ面白い事を見つけると関係なしだがな。  
 返信しようとしたとき、またメールを受信した。  
 (ん?また長門からだ。)  
 
 『助けて』  
 
 俺は便意を催した旨を先生に告げると、許可も待たずに教室を飛び出した。  
 先生や谷口達はもちろん、あのハルヒすら茫然と俺を見つめていたが、そんなのは知ったこちゃない。  
 あの長門が助けを求めて来たのだ。あの万能人型端末が、朝倉に串刺しにされようが、みくるビームを浴びようが、びくともしないあの長門が助けてときた。  
 
 男として答えねばなるまい。  
 
 第一、長門にはいろいろと世話になりっぱだからな。明日から俺のあだ名が、キョンからウンコ君に変わったとしても、このメールには答えねばならない!うん!  
 多分最短記録で旧校舎に到達すると、部室の前に見慣れたイケメンがいた。  
古泉「あなたもですか。」  
 いつものすかした笑顔で携帯を見せる古泉。なんだ、呼ばれたのは俺だけじゃなかったか。まあ考えてみれば、あの長門が助けを求めるくらいだ。ただの高校生の俺より、超能力者のほうが頼りにはなるだろうが…少し残念。  
古泉「そんなにがっかりしないでください。まあ私はサポート役ですから。それより鍵を持ってませんか?」  
 そう言ってドアノブをがちゃがちゃさせる。なんだ?鍵がかかってるのか?長門はどうした?  
古泉「それが何度呼んでも反応無しでして。」  
 なんだと!どけ、俺がドアをぶち破って…カチャ、キィ〜って、なんだ開くじゃないか。  
古泉「おや?おかしいですね、さっきまで確かに鍵がかかってたのですが…」  
 首を傾げる古泉を無視して俺は中に入り、そして発見した。  
 
 床に倒れた長門有希を!  
 
 ゾッと血の気が引く。一瞬脳裏にあの孤島での密室殺人モドキがよぎった。  
 茫然と突っ立つ俺の横を古泉が摺り抜け、長門の様子を見る。  
古泉「ご安心を。眠っているだけのようです。外傷も見たところありませんね。」  
 寝てるだけ?しかしなんで床に倒れてんだ。昼寝してるようには見えんが。  
古泉「ええ。同感です。揺すっても起きませんね。昏睡状態と見ていいでしょう。」  
 なんでまた…  
古泉「なにかが起きて昏睡状態に落ちる前に、携帯で僕たちに助けを求めた。そんなとこでしょう。ご覧ください。」  
 そう言って古泉が長門の手を指す。そこには片手に携帯、もう一方は人差し指を伸ばし、なにかを指している。  
 その方向を目で追うと、そこにはあのパソコンがあった。  
古泉「このパソコンに、なにかてがかりがあるのでしょうか。」  
 ハルヒの傍若無人さが遺憾無く発揮され、コンピ研から強奪されたこの記念すべきパソコンに、一体どんな手掛かりを残したというのだ、長門よ。  
古泉「ふむ、これは。」  
 パソコン前に移動した古泉が、画面を覗き込みなにやら発見。俺を手招きする。  
古泉「見てください、どうやらこれが長門さんの作成したフォルダのようです。この作業中になにか起きたのではないでしょうか?まずこの中から解決のヒントを探すのが先決ですね。」  
・  
・  
・  
 で、俺はこうして授業を抜け出し、部室でゲームをやるはめになったわけだ。どこぞのヒッキーと変わらんな。  
 どうやらこのゲームは、北高をモデルに作ってあるらしい。プレイヤーつまり俺の視点で画面に描かれる世界は、見慣れた北高そのものだ。  
古泉「どうやら入学当初から始まるみたいですね。どうします?」  
決まってる。目的はゲームを楽しむ事じゃない。一刻も早く長門を目覚めさせる事。ならば行き先は一つだ。  
 俺は、方向キーを操作して旧校舎に移動した。目指すは文芸部の部室。  
カチャ  
 目の前のドアを開けると、今俺達が居るのと同じ見慣れた部屋が画面に現れた。  
 すぐにあの姿を探す。しかし部屋はからっぽだった。  
キョン「どういう事だ?何故いない?」  
古泉「ふむ。ひょっとしたら…」  
 また横から古泉の指が伸びて、キーを操作すると、画面端っこにいくつかのコマンドが現れた。  
古泉「どうやらここからコマンドを使っていくようですね。マウスのほうが使いやすいと思うんですが、全部キー入力とは長門さんらしい。」  
コンピ研との初対決の超高速ブラインドタッチを思い出しながら、俺はコマンドにカーソルを移動させた。  
古泉「ここはまず『見る』そして『調べる』が無難でしょう。」  
うるさい。奴のしたり顔が気に入らなかったので、俺はあえて『出る』を選択した。  
 画面の視界が暗転。さきほどの廊下になる…と同時にドンッと音が鳴り、画面が振れた。  
 画面のメッセージ面に『あ…』と表示され再び暗転。そしてゆっくり出て来た映像に、俺達は絶句した。  
 「・・・」  
 
 そこには、廊下にこけた長門有希そっくりの少女のイラストがあった。少しめくれ気味のスカート、鼻からずり落ちそうな眼鏡、床に散らばる本。なんともお約束な映像だ。どうやら部室を出た俺と長門がぶつかったというイベントらしい。  
古泉「ナイスです。これでフラグが一つ立ちました。」  
 なにがナイスだ。お前はゲーム雑誌の評論家か。  
古泉「まあまあ。それよりコマンド選択です。ここは『話す』か『拾う』でしょう。」  
 俺は、コマンドの中に『起こす』がないのに少々残念に思いつつ、『拾う』を選択する。  
長門『…ありがとう』  
 長門の台詞が、メッセージ面に出る。  
古泉「残念ながら音声付きではないようですね。CVオフになってるようでもないし、、、あれ?」  
 またまた横からゲーム解説者古泉の手が伸びて、あれこれ設定を調べたとこでなにか気付いた。今度はなんだ?  
古泉「まさか、これは…大変ですよ。このゲーム。」  
キョン「だからなにが?」  
古泉「セーブ・ロードがないんです。」  
 珍しくマジ顔で古泉は言った。さすがに俺もコイツの言ってる意味はわかる。セーブ・ロードがないってことはつまり…  
古泉「ええ、一度始めたらエンドロールまでやめられないってことですね。」  
 なんてこった。慌てて乗った電車が特急で、降りるべきホームが目の前を高速で過ぎていった…そんな気分だ。  
キョン「途中でやめたらどうなる?」  
古泉「わかりません。また再開できればラッキーですが、最悪…」  
 二度と出来ない可能性があるか。このままいくのがベターだな。  
画面では立ち上がった長門が、俺をじっと見つめていた。長門よ、やはりお前はゲームでも無表情なんだな。なんだかホッとしたぜ。  
古泉「とにかくなにか話しかけてください。」  
 わかってる。俺は『話す』を選択すると、メッセージ面に俺と長門の会話が流れる。  
キョン『ご、ごめん。大丈夫?』  
長門『心配ない。全て正常。』  
キョン『そ、そう、よかった。』  
長門『…』  
会話終了。なんとも現実の長門をここまで忠実に再現しなくてもと思う反面、長門と初対面の時を思い出しなんかニヤリとしてしまった。  
続けてなにかコマンドを選択しようと迷っていると、長門から問い掛けてきた。  
長門『部室に入って。』  
相変わらず簡素な長門の言葉に続いて画面中央に『YorN』と出る。  
 迷わすYキーを押すと画面が部室内に変わった。目の前の長門がなにかを差し出す。  
長門「…書いて。」  
『入部しますか?YorN』  
 なんですと?!  
 俺は画面を見つめ、思い出した。そこにいる長門は、入部届らしき紙をこちらに突き付け、じっと無表情に見つめている。見ようによっちゃ少し怖い絵面だが、俺は懐かしさを感じていた。まあ、あの時はもっと表情豊かだったが。  
古泉「ここはとりあえず入部してみてはいかがですか。拒否した場合、いきなりバットエンドの可能性がありますよ。」  
そうだな。Yキー押下と。  
 
 ピロリロリーン♪  
 
 途端に尻上がりなビープ音が鳴る。なんだ?  
古泉「なるほど。」  
 なにがなるほどだ。説明しろゲーム評論家。  
 
古泉「つまりこういうことです。」  
と古泉は画面端を指差す。そこには本のアイコンが小さく現れ、その上に数字が表示されている。なんの数値だ?さっきまでなかったぞ。  
古泉「これはおそらく好感度の数値でしょう。さきほどの入部イベントでフラグが立ったので、現れたものと推測されます。」  
なぜそんなに嬉しそうに説明するんだ、お前は。  
古泉「とにかくこの数字を増やすように行動すれば、長門さんを目覚めさせるなにか答えが出るはずです。さあ先にいきましょう。」  
なんか納得できないが、まあ続けるしかないか。画面に目を戻すと  
長門「…そう。よろしく。私は長門有希。」  
 自己紹介していた。続いて俺が挨拶して、文芸部には長門と俺の二人しかいないなどの状況説明が延々続いている。ゲームとはいえ妙な気分だ。現実には同じ部室が、SOS団なんていう訳のわからんハルヒの退屈解消の場になってるなんて考えていたら  
 
 バン!  
 
 ちょっとドキッとするビープ音を立てて、メッセージ欄いっぱいに大文字が並んだ。  
「こんちは〜部室借りに来ました〜♪」  
そう、そこには画面いっぱいにはち切れんばかりの笑顔で仁王立ちするハルヒの立ち絵が映っていた。おい、こんなフラグはいらんぞ。  
うんざりしているとハルヒは、ゲームでも一方的にしゃべりまくる。  
ハルヒ「ねえねえ、新しい部活するからこの部室貸して。聞いた話じゃ、ここ新入生一人だけで潰れそうなんでしょ。ならうちと一緒に部活したらいいのよ!仲良く半分ずつ使いましょ♪」  
大嘘つきめ、仲良く半分なんか一日も持つまい。一度1%でも侵攻を許したらアッという間に悪質なコンピューターウィルスのように全部ハルヒ色に染まるに決まってる。  
さっそく俺がコマンド『話す』を使おうとしたら、先に長門の一言が発射された。  
 
長門「だめ。」  
 
ハルヒ「そー言わずに、ね、ね。ちょこっと貸してよ。これだけ広いとこ一人じゃつまんないでしょ。」  
長門「一人じゃない…」  
ハルヒ「ん?なに、あんた?文芸部員なの?」  
ようやく俺に気付いたハルヒが睨んでくる。ゲームでも目付きの悪さはかわらんな、ハルヒよ。  
ハルヒ「黙ってちゃわかんないわ!どーなの!」  
画面にハルヒの両眼がドアップになる。瞳の奥に銀河系のようなものが2、3個見えたのは気のせいか。  
コマンドから『話す』を選ぶと『長門有希』『涼宮ハルヒ』の二択が出る。なるほど。ハルヒを選びリターンキー押下。  
 
 ピロリロリーン♪  
 
 尻上がりなビープ音が鳴る。まさか。嘘だろう。  
古泉「おやおや。」  
 なにがおやおやだ。くそ、本アイコンの下になにやら新しいアイコンが出てる。どうやら腕章のアイコンらしい…って、冗談だよな。  
 
古泉「なるほど、これで涼宮さんも攻略可能になる訳ですか。なかなかユニークなゲームですね。」  
ふざけんな。ハルヒの攻略するくらいなら、五分の一の兵力で小田原城を攻めるほうが、ずっと攻略し甲斐がある。  
古泉「まあまあ。ここはシナリオについていきましょう。ほら涼宮さんがなにか言ってますよ。」  
古泉の指摘通り、ハルヒが画面せましとまくし立てている。  
ハルヒ「なにあんたキョンって言うの?変な名前。まあいいわ。じゃあ、あんたは今日からこのあたしが立ち上げる新部活の部員一号にしたげるわ。喜びなさい!」  
冗談じゃない。なんでゲームの中でもお前に振り回されにゃならん。SOS団なんてキテレツな部活は現実だけで十分だ。  
長門「それはダメ。彼の入部は既に完了している。」  
 おお、長門。ゲームでもお前は、頼もしいぞ。  
ハルヒ「だったら退部して。そうね、出来たら有希、貴女も辞めて部室ごと私のものになりなさい。」  
ついに本性を、得意の無茶苦茶を言い出した。横車を押し倒す、ハルヒ式唯我独尊理論だ。別名、ガキのわがままとも言う。  
俺が、ゲーム上のハルヒの天上天下ぶりにムカついていると画面にポンと選択肢が出た。  
『退部しますか? YorN』  
もちろん迷うことはない。Nキーに指を伸ばした俺に、ゲーム評論家が、少し慌てて声を出した。  
古泉「ちょっと冷静に考えませんか。ここで涼宮さんの好感度を明らかに下げる選択肢を選ぶのは、あまり得策ではありませんよ。そもそも、このゲーム自体ひょっとしたら彼女の能力が長門さんに影響を与えているのかも知れません。ここは一つ冷静にですね…あっ。」  
古泉の説得はわかる。その可能性はあるだろう。だが俺は敢えてNキーを押した。  
 
 ピロリロリーン♪  
 
 尻上がりなビープ音が鳴り、本の上の数値が幾分上がった。  
画面の長門が、じっとこっちを見つめている。その無表情なモノトーンな瞳が少し嬉しそうに見えたのは、気のせいじゃないよな。  
 
デロリ〜ン↓  
 
明らかにダウナーな効果音と共に腕章の数値が減った。長門の隣でハルヒが膨れっ面にアヒル口で腕組みしている。  
ハルヒ「あっそっ!そうなんだ!ふーん!いいわよ。そっちがその気ならこっちも徹底的にやるだけだから!」  
ハルヒがビシッと俺に指を立てる。人を指差すんじゃありません。  
ハルヒ「こうなったらどんな手段を使っても、この部室はいただくわ!覚悟なさい!宣戦布告よ!」  
突然ほら貝を鳴らしたような音が鳴り、メッセージ欄に『涼宮ハルヒと交戦状態に入りました。』と表示された。おいおい、まじか。  
と画面が暗転して変わった。ゆっくりフェードインする画面を見て俺は呆れたね。だってそうだろう。さっきまで確か恋愛ゲームをやってたはずなのに、目の前には荒涼とした荒野が広がっているのだから。  
 
どこかで見たような景色に俺はいやな予感を覚える。それは後ろの評論家も同じだったらしい。  
古泉「いけませんね。どうやらこのゲームの世界でも、涼宮さんの能力は同様なようです。貴方が思い通りにならないと見るや世界感を変えてしまった。普通ならここで登場するのはスライムですか…」  
そう、これが普通のRPGなら最初は雑魚キャラだ。だが忘れちゃいけない。これがハルヒの作った世界なら出てくるのは…  
ハルヒ「さあ、キョン!覚悟なさい!魔王自ら相手したげるわ!」  
そう、以前に本人がのたまわっていた通り、いきなりラスボスが仁王立ちで高笑いしていた。画面にHP・MPが出てるが、どっちもバーが画面の向こうに振り切れてるぞ。勘弁してくれ。  
ハルヒ「アハハー!喰らいなさい!ギガファイヤー!」  
あ、くそ、いきなしかなり奥義ぽい攻撃魔法唱えやがった。ホント手加減なしだな、コイツ。  
ゴゴゴーと真っ赤なエフェクトが走り、攻撃が来ると思った瞬間、画面に黒いトンガリ帽子が現れた。  
長門「魔法障壁展開。」  
おお、どうやら俺は長門とパーティーを組んでいたらしい。文化祭のベタな魔法使い姿も、先に星を貼っつけただけのステッキも、今は頼もしい限りだ。  
長門「同時にブリザードストーム。」  
ハルヒ「キャアアー!覚えてなさいぃぃー…」  
典型的な捨て台詞を残して魔王は画面から消えた。ほっとしているとトンガリ帽子がこっちを向く。  
長門「まだ。追い払っただけ。すぐに戻って来る。」  
なんだと。さすがハルヒだ。しぶとい。どうしたもんか。  
長門「今は篭城するべき。」  
は?篭城ですか?長門さん。  
長門「こっち。」  
どうやら選択肢はないらしい。長門に手を引かれて移動した先はやはり部室だったが…なんか違和感がある。  
古泉「ふむ。恋愛ゲームからRPG、そして篭城ですか。どうやら戦略シュミレーションゲームも混じっているみたいですね。」  
古泉の評論通り、画面に並ぶコマンドがさっきまでの『話す』『見る』から『人事』『軍事』『計略』と、とても恋愛ゲームにはありえない文字に変わっている。  
長門「ご指示を。」  
おまけに寡黙な読書家が、なんか諸葛亮なコスプレで扇子ごしに瞳を向けている。気のせいか?長門、目がちょっと生き生きしてないか?  
古泉「なるほど。長門さんが軍師ですか。ふふふ。」  
後ろの評論家は、明らかに生き生きしてるな。今日からお前のあだ名は「なるほどくん」にするぞ、たく。  
古泉「ここはまず軍事→徴兵で戦力を補強しましょう。」  
しゃくだがしょうがない。俺も多少この手のゲームは、やったことがあるからな。オーソドックスに兵力を増やすか。  
長門「無理。部員は私達二人だけ。」  
 ありゃ、そうなるのか?  
長門「…提案。効率的に仲間を増やす方法がある。」  
 画面に『軍師の提案を採用しますか?YorN』と選択肢が出る。せめて提案内容聞いてから選ばせてほしいもんだと思いつつ、Yキー押下。  
 
長門「そう。」  
 
いまや聞き慣れた長門の最も多用されるボキャブラリーの後に、メッセージが続く。  
『コンピ研が降伏しました。以後、属領となります。』  
おいおい、属領ですか。  
 
 ピロリロリーン♪  
 
 尻上がりなビープ音が鳴る…って、待て。恋愛モードは終わってないのか?  
古泉「これは多分、提案が採用されたことで、忠誠値が上がったんでしょう。」  
 『情報』を開きパラメータを見ると確かに忠誠値がある。他にも武力・政治力…おお、知力が99もあるぞ。さすが長門、伊達に本を読んでないな。  
そうこうしているとまたメッセージが出た。  
『敵が攻めてきました。』  
敵ってのはやっぱハルヒだろうな。と、画面が切り替わり目の前にまた荒野が広がる。  
地平線に砂埃が上がったかと思ったらぐんぐん敵が近づいて来た。  
驚いた。そりゃそうだろう、ハルヒが白馬に跨がってるだけでもびっくりなのに、その隣で赤い馬に跨がり、ハルヒに負けんぱかりの満面の笑顔で疾走してくる鶴屋さんを見たら、そりゃ驚くさ。  
多分、三国時代、関羽と張飛を相手にした雑兵は、きっとこんな気分なんだろうな。反則だ、まったく。  
きゃわきゃわ喚くハルヒとゲラゲラ笑う鶴屋さんの前にコンピ研部員が蹴散らされていく。まずいな、このままだと負けるんじゃないかと思っていると  
長門「逃げます。」  
と言うや俺は、長門に引っ張られ部室に戻っていた。コンピ研は見殺しか…  
長門「このままでは負けます。」  
いやもう負けてると思うが…  
長門「戦況は不利ですが、策はあります。」  
また画面に『軍師の提案を採用しますか?YorN』と選択肢が出る。提案内容は相変わらず不明なまま、Yキー押下。  
長門「そう。」  
メッセージが続く。  
『捕虜を捕らえました。ご覧になりますか?YorN』  
捕虜?誰だろ。Yキー押下。  
古泉「これはひょっとして…」  
 後ろからなにやら浮き浮きした声が聞こえるが無視。画面が変わる。  
みくる「な、なんですかぁ〜ここどこですかぁ〜」  
 そこには涙目で怯える朝比奈さんがいた。長門、どういう事だ?  
 『斬首しますか?YorN』  
 なぜそうなる。長門、いったいどうした?  
 文句なくNキー押下。ゲームとはいえ、朝比奈さんを傷つけるなどありえん。  
 
 ピロリロリーン♪  
 
 尻上がりなビープ音が鳴る。おお、朝比奈さんも攻略可能か!  
古泉「おや、朝比奈さんでしたか。」  
そこ!なぜがっかりした声を出す。言っとくがお前が捕虜だったら、迷わずYキー押下だ。  
とにかくこうして朝比奈さんの命を救った結果、彼女は部下になった。  
 試しにパラメータを見てみると、おお、見事なくらい武力・政治力・知力の数値が低い。蜀の二代目並みだな。唯一魅力が99とは、なんというか朝比奈さんらしい。  
 まあ貴方は現実同様可愛いらしさ全開で癒してくださいね。  
みくる「あのあの、キョンくん、わ、私…」  
ん、なんですか?朝比奈さん。  
みくる「て、提案しちゃいますぅ!」  
 なんですと?!  
『提案を採用しますか?YorN』とまた問答無用に選択肢。  
 
 正直、朝比奈さんの提案は、いろんな意味で内容をよく聞いてから選ばないとまずい気がするが…しゃーない、Yキー押下。  
 
 ピロリロリーン♪  
 
 途端に尻上がりなビープ音が鳴り、メッセージ表示。  
『鶴屋さんの引き抜きに成功しました。』  
おお!でかした朝比奈さん!そうか彼女は…  
古泉「鶴屋さんとは同級生でしたからね。」  
あ、てめ、俺の台詞を!  
鶴屋「あーははは!いやーみくるに頼まれちゃしゃーないねっ!世話になんよっ!よろっ!」  
画面には、おでこ全開でおー笑いする鶴屋さんの立ち絵が映っている。デフォルトで元気な先輩だ。パラメータを見ると、武力・知力・魅力がオール90。なんとなく納得。政治力だけ99と突き抜けてるのは、鶴屋家の力か?  
鶴屋「手ぶらじゃなんだから、土産に知り合い連れて来たよっ。実家の関係なんだけどねっ。役に立つよっ!」  
どんな土産かと思ったらヤツの立ち絵に変わった。チッ。  
古泉「なるほどなるほど。ここでようやく僕の出番ですか。いやいや。」  
画面と後ろの古泉が、同じニヒルな笑いを浮かべる。実家の関係ね、確か機関のスポンサーだったな鶴屋家は。  
こうして人間関係の流れで、古泉が参加した辺りから、俺達の勢力はぐんと有利になった。  
一方ハルヒは、鶴屋さんがこっちに付いてから負けないものの勝てず、国力をひたすら消耗しまくっていた。まあアイツの性格だ。内政充実なんてチマチマしたことは一切してない。  
 戦うことしか考えてないから、属領にしていた商店街や他部から搾取しまくってるらしく、古泉の奸計であっさり孤立した。  
 青色吐息ってヤツだ。ま、軍事力だけを頼りにした国の成れの果ては、いつでもこんなもんだが、アイツの側にはその辺フォローするヤツが誰もいないのか。  
 なんか独りぼっちで頑張り続けてるアイツを見てると、あの深夜の校庭を思い出すが、ゲームは無情に進んで、とうとうハルヒを捕まえた。  
古泉「どうやら大詰めのようですね。」  
ゲームキャラじゃないほうの古泉が耳元で囁く。よせ、気持ち悪い。  
画面にハルヒが映る。敗軍の将らしく縄を架けられているのがちょっと痛々しい。  
ハルヒ「…なによ。なによ、なによなによなによっ!キョンのバカ!」  
 
悪態をつき出した。相変わらず負けず嫌いだな。  
 
ハルヒ「有希やみくるちゃんばっか優しくしてっ!なによ!」  
 
とても敗軍の将と思えないコメントだ。痴話喧嘩にしか聞こえないぜ。  
 
ハルヒ「一体アタシの何処が気に入らないってんのよ!バカキョン!」  
 
おいこら。ちょっと待て。  
 
ハルヒ「大体誰が好きなの!はっきりしてよ!」  
 
あ、なんか、ヤな流れだ。まさかここで選択肢が…  
 
『誰を選びますか?』  
 
出やがった。しかも5択かよ。  
 
 『1、ハルヒ 2、みくる 3、長門 4、鶴屋 5、古泉』  
 
 4番の鶴屋さんはともかく、なんで5番に古泉の名前があるんだ。嫌がらせか?  
 
古泉「選んでいただいてもいいですよ♪」  
 
笑えない冗談を言ってる評論家はほっといて、さてどうしたもんか。好みに任せれば2番だが、そもそもゲームを始めた目的は、長門を救うためだしな。  
 やはりオーソドックスに3番押しとくか。それ!  
 
 
 
『だめ…』  
 
 
 
長門?!  
 
 長門らしいメッセージに驚いていると、突然回りが灰色になってさらに驚いた。  
 
 俺は知っている。この灰色一色の世界は、閉鎖空間だ。  
 ハルヒのストレスが溜まると発生するアレだ…ってことはなにか?俺が1番を選ばなかったから、ヤツはまた神人を暴れさせるために?  
 だがこれはゲームの話だろ?なんで現実に俺と古泉がこんな殺風景な…そうだ!古泉、久しぶりにお前の出番だぞ。  
 
古泉「いや、残念ですがお手伝いできません。なぜなら私は古泉一樹ではないのです。」  
 
 振り向くと古泉が驚いたことにマジ顔で、窓際に突っ立っていた。いや、服は古泉だが顔が違う。そう、この顔は、喜緑江美里。俺の中でアラームが鳴る。彼女は確か…  
 
喜緑「そう、私は情報統合思念体の端末。長門さんの仲間です。」  
 まさか朝倉みたいに俺を?!  
 
古泉「私は穏健派ですよ。朝倉涼子のように涼宮ハルヒに積極的に刺激を与えようとしている急進派とは違います。古泉一樹の容姿を利用したのも、貴方に害を為す事無く、穏便に今回の実験を終えるためです。」  
 
 実験?この閉鎖空間がか!  
 
喜緑「いえ。これは予想外です。まさか長門さんがこのような反応にでるとは計算してませんでした。故に私の正体を貴方に明かすことにしたのです。」  
 
 予想外だと?じゃあこの閉鎖空間は、長門が造ったのか。  
 
喜緑「そうです。おそらく彼女は、涼宮ハルヒの能力を模写したのでしょう。この空間を利用すれば、外界から自身を遮断することができます。」  
 
 遮断?どうして?  
 
 俺の問い掛けに、古泉の服を着たもうひとりの宇宙人は、無表情に淡々と答える。  
 
喜緑「正直言って私にもわかりません。ただ閉鎖空間を造る寸前、彼女の感覚情報は地球人の言う¨恐怖感¨というもののようでした。」  
 
 恐怖感?あの長門が?何事にも動じないアイツが怖がったと言うのか。一体なにを?  
 
喜緑「さあ、本来我々端末には、感情と言う情報には疎いので。模写は得意なんですが。」  
 
 正体をばらしてからのコイツの淡泊ぶりは、初めて出会った頃の長門並に無表情だ。さっきまでの笑顔は、全部古泉の真似だったのか。  
 
喜緑「いずれにしても、情報統合思念体との結合が出来ないこの閉鎖空間では私は無力です。まもなくこの姿を維持出来なくなるでしょう。」  
 
 おい。てことは俺はおいてきぼりか?俺は赤い玉になったり、時間旅行したり出来んぞ。大体なんの実験だ?情報統合思念体はゲームでも売り出す気か。  
 
喜緑「ゲームは情報を採取するための手段です。」  
 
 だからなんの情報だ。  
 
喜緑「涼宮ハルヒを観察する過程で派生した特定情報です。当初は微々たるものだったのですが、次第に無視出来ない変化が出始め…」  
 
 ニセ古泉は、無表情な眼を俺に向ける。  
 
喜緑「ちょうど貴方が朝比奈みくると時間旅行を行った頃から顕著になりました。」  
 
 あの時か。確かにあの時長門は、世界そのものを造り替えた。  
閉鎖空間を模写するなんざ軽いもんだろう。  
しかも俺は長門にもっと個性的になるようそそのかした。  
だからって長門の感情を目の敵にしてんのか。  
 
喜緑「いえ、それどころかその後の彼女の変化は、情報統合思念体にとって…そう貴方がたの表現で言う所の嬉しい誤算でした。」  
 
 さっぱり話が見えないんだが。  
 
喜緑「つまり彼女は、情報を秘匿するようになったのです。」  
 
 そりゃ長門だって女の子だ。親に言えない秘密の一つくらいあるだろうさ。  
 
喜緑「いいえ。我々端末にはそのような機能はありません。入力された情報は、全て情報統合思念体に集まります。」  
 
 とんでもない親だ。プライバシーも個人情報保護もあったもんじゃねえ。  
 
喜緑「彼女は、情報統合思念体がアクセス出来ないほどの強固なセキュリティを自ら構築し開示を拒否した。  
情報統合思念体はこれを自律進化の一端と認識した。  
秘匿情報を強引にアクセスすると全情報が消滅する恐れがあったため、妥協案を提示したのです。」  
 
そうまでして長門の秘密が知りたいのかね。悪趣味だな。  
 
喜緑「貴方にはそう思うでしょうが、我々の間では情報の瑕疵は忌むべきものなのです。  
それに我々が彼女に求めたのは、蓄積秘匿された情報ではありません。」  
 
乙女の日記を覗く程、悪趣味じゃないってか。じゃあなんだ?妥協案ってのは。  
 
喜緑「我々が知りたいのは、感情と言う情報がどんな影響を産むのか。  
そこに涼宮ハルヒはどう関わり、そして彼女はなぜ自らの機能を変化させる進化をとげたのか。  
それだけです。  
それに対して彼女が出した対案がこのゲームでした。このゲームで感情の変化情報を我々にモニターさせ、その対価として彼女は今まで通り情報統合思念体のバックアップを請ける。  
それが彼女の提案であり、情報統合思念体は了承しました。」  
 
まるでいきなり才能開花した選手を、慌てて球団がFAさせまいとしてるようだ。  
ちょっと待て。その契約交渉になんで俺が巻き込まれる?  
 
喜緑「それが彼女の出した3条件だからです。  
ゲームプレイヤーは貴方であること。  
ゲームプレイヤーには絶対害を与えないこと。  
ゲームプレイヤーには今回の目的を悟られないこと。」  
 
ってバラシてんじゃん。契約違反だろ。  
 
喜緑「擬似閉鎖空間という予想外の事態を起こしたのは、彼女ですからやむを得ません。  
我々としては貴方がこのまま長門有希に独占されたままでは困りますから。」  
 
またそれか。大体なんで俺なんだ?  
 
喜緑「理由は聞いてません。ただ…」  
そこで男装した喜緑さんの眼が少し細くなった。  
喜緑「彼女が蓄積秘匿し開示を拒否した情報を情報統合思念体が推論した結果、95%の確率で貴方を中心とした情報が蓄積されていると予想されています。」  
…なんだろうか、このこそばゆい感じは。  
ま、まあSOS団の中で一番付き合いが長いのは、俺とハルヒだからな。ハルヒに正体を明かせない以上、俺を選ぶのは消去法の当然の帰結だな、うん。  
それよりなぜ長門は、この灰色時空を造ったんだ?話通りなら問題なかろうに。わからん。  
喜緑「モニターしていて気付いたのですが、彼女の中で矛盾したデータが、急上昇していました。  
閉鎖空間はその数値がピークに達した瞬間発生しています。」  
矛盾するデータ?なんだそりゃ?  
喜緑「通俗的な表現で¨嬉しさ¨と¨恥ずかしさ¨の数値です。」  
つまりなにか?この閉鎖空間は長門が、嬉し恥ずかしの余り勢いで造ったと?喜緑「本来相反するはずのこれらのデータが、貴方が選択肢で彼女を選ぶ毎に上昇しています。  
しかし彼女はこれらデータの発生は予想していたはずです。  
にも関わらず彼女は数値が上がる毎に混乱していた。矛盾する情報です。」  
なるほどね。大体わかってきた。  
ようするにこの床で寝っころがってる宇宙人っ娘は、最初は我慢出来ると踏んでたこの実験が、実際やってみると恥ずかしくて堪えられなくなり、しまいには閉鎖空間に引きこもっちまったって訳だ。  
しかしそうなると俺も手が出ないぞ。なんせあの長門が引きこもった岩戸だ。核の直撃でもびくともすまい。  
喜緑「ですが貴方は、以前にも涼宮ハルヒを、、閉鎖空間から帰還させ、、実績が、、、あり、ま…」  
 
驚いたことに喜緑さんがだんだん薄くなってきた。言葉もよく聞き取れない。  
喜緑「せ…続を、、断たれ…、私は…これ以上…の空間に…‥を維持‥でき‥ま‥せ‥」  
フッと喜緑さんが消え、灰色の部室に沈黙が降りる。  
 
 
マジかよ。どうする、俺。  
 
 
椅子に寄り掛かり茫然と長門を見下ろす。喜緑さんが消えてもこの寡黙少女は、ぴくりとも動かない。  
 
…涼宮ハルヒを閉鎖空間から帰還させた実績があります…  
 
確かにな。だからあの時と同じ方法を採るのかって?眠り姫を起こすって状況じゃ、あの時よりロケーションはバッチリだ。  
 
 バッチリだが…  
 
 ここで白雪姫作戦を採るのは簡単だ。だがそれは俺のささやかなポリシーに外れる。第一ワンパターンだ。  
 
俺は部室のドアノブに手をかける。だが予想通りびくとも動かない。窓も同様だ。携帯も圏外。ダメだ、完全に孤立。  
いや、なにか方法があるはずだ。だが喜緑さんが消えた今、一体どうすれば…  
 
元の席に戻り、堂々巡りの思索をしていたとき、ふと目の前のパソコン画面に眼がいく。  
 
真っ暗な液晶の左上には相変わらず白い半角カーソルが点滅していた。  
 
 
 
 …YUKI.N>みえてる?…  
 
 
 
あの時のメッセージが蘇る。  
 
そうだ。それだ。  
 
俺はキーを叩いた。  
 
『長門。そこにいるんだろ。もうゲームは終わりだ。ここから出してくれ。』  
メッセージを入れて、しばらく画面を見つめる。  
 
見当違いだったかとため息をつきそうになったとき、カーソルがゆっくり文字を紡ぎだした。  
 
 YUKI.N>それは…出来ない。  
 
 『どうしてだ?大体なんで閉鎖空間なんか造った。  
喜緑さんの話を真に受けるなら、お前に情報統合思念体やらは害を与えなさそうだ。評価大だぞ、お前。』  
 
 YUKI.N>喜緑江美里が言ったことは事実。情報統合思念体が私を修正することはない。  
手を加えることで私の自律進化の可能性が損なわれるリスクは犯さない。  
 
 『じゃあなんでこんなとこに閉じこもる?ちなみに俺も巻き込まれてるんだが。』  
 
 YUKI.N>巻き込んではいない。  
 
『? わりい、よくわからん。どういう意味だ?』  
 
 YUKI.N>あなたをこの閉鎖空間に閉じこめたのは偶然ではない。わたしという個体が…そう、、望んだ結果。  
 
 『望んだ結果?』  
 
 YUKI.N>私の中に矛盾相反する行動要求が発生している。閉鎖空間であなたと居たい要求と昨日までの日常へ戻りたい要求。  
今回の実験開始時点では後者が勝っていたが、現時点では前者が圧倒的に有利。そのため閉鎖空間を解除出来ない。  
 
『それは、つまり、、俺とふたりっきりで居たいってことになるが。』  
 
YUKI.N>・・・・・・・・・そう。  
 
カーソルが点滅する。なんてこった。俺は気のせいか顔が熱くなるのを感じながら、慎重にキーを叩いた。  
 
『日常生活でも、部室でふたりきりになることはあったろう。それじゃダメか?』  
 
YUKI.N>現時点で私の行動要求を支配している感情情報は、日常生活にはいくつかの障害となるデータを認めている。そのデータは消去不能。よって閉鎖空間から出ることを…恐れている。  
 
『一体そのデータってなんだ?お前、何を怖がってる?』  
 
YUKI.N>朝比奈みくると涼宮ハルヒ。私の中の行動要求は彼女達にあなたを独占されることを嫌い恐れている。  
 
 
 なんですと、、、  
 
YUKI.N>…この感情は以前よりわたしの中に不定期に発生。そのたびにノイズが発生。混乱を生んできた。  
 
なんてこった。  
 
YUKI.N>コンビ研が対戦ゲームを申し込んできたとき、負けたら私は部を移ることになるのに、あなたは涼宮ハルヒへの信頼から、地球人類レベルを超える技術の投入を禁止した。その結果コンビ研のインチキにより負けるところだった。  
 
長門よ、お前は…  
 
YUKI.N>文化祭において、あなたは朝比奈みくるのヤキソバ喫茶には行ったが、私の占いには参加しなかった。  
 
その無表情な瞳の下に…  
 
YUKI.N>あなたは部室のパソコンにひそかに朝比奈みくるの画像を保管しているが…私のは、、、ない。  
 
そんなに激しい葛藤が責めぎあっていたのか。  
 
YUKI.N>他にも368件の該当項目がある。なぜこのような項目があなたを中心に発生するのか不明。その影響力が極めて強い理由も不明。  
 
それはな、長門、嫉妬・ジェラシーってヤツだ。人間が人間ある最も大事な感情の一つで、人生を賑やかにする調味料の一つだ。効き過ぎると不幸な劇薬にもなるがな。  
感情の中でも飛び切り刺激的なヤツにどっぷり遭遇して、お前はさぞ混乱したろうな。  
 
『なあ長門、今は混乱してるかも知れんが聞いてくれ。ここでふたりっきりで居ても仕方ない。なんとか戻る方法を探そう。』  
 
YUKI.N>私には何もできない。私の行動要求はあなたを独占出来る現状に満足している限り帰還は不可能。  
 
 うーん、現状に満足してる限り帰れないってか、、、ん、待てよ。ってことは…  
 
 『なにか現状以上に満足しそうな事があればどうかな?』  
 
YUKI.N>可能性はある。しかしこの閉鎖空間では私は必要な事象を自由に創造可能。不満はない。  
 そうだろうな。俺もそう思う。思うんだが…なんだろ?なんかひっかかる。  
 
 俺は画面に並ぶ「YUKI.N>〜」を見つめながら考えた。  
 
 宇宙のどっかから涼宮ハルヒを観察するために送り込まれた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイス。  
 
 あの殺風景なマンションに四年間ひとりぼっちで過ごし、あの部室の隅っこで黙々と本を読む。  
 
 だけどハルヒがキテレツ団を立ち上げてからは、コイツも結構変わってきた。  
 
 朝倉涼子に殺されかけたとき、眼鏡を再生しそこねたと言ったその顔は、無表情ながら可愛かった。  
 
 思えばあの後、長門が言った「わたしがさせない。」ってのは、コイツの中で観察者から当事者に変わった瞬間なのかも知れない。  
 そうだ、あの時俺は、何かを言おうとしてやめたな。なんだっけ?そう確か、、、  
 
 カタカタカタ…  
 
 『また図書館に行かないか?擬似じゃない本物の図書館だ。きっとこんなとこより楽しいぜ。』  
 
YUKI.N>・・・・  
 
 だめか?  
 
 カタカタカタ…  
 
 『あのカード忘れんなよ。』  
 
YUKI.N>・・・・・・・・  
 
 有希・・・  
 
YUKI.N>・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  
 
ずいぶん長い沈黙にだめかと思った瞬間、白黒テレビのような空間が突然カラーになった。  
 
窓の外を見るといつもの光景が見える。どうやら長門の中で図書館への欲求が勝ったらしい。  
 
バタン  
 
ドアの音に振り向くと、ハルヒと朝比奈さん、ついでに古泉もいる。  
 途端にハルヒの詰問が始まった。  
ハルヒ「なに!?授業中に腹痛でいなくなったと思ったら、こんなとこでなにしてんのよ!まさか有希にいろんなコスプレさせて、セクハラ写真撮ってたんじゃないでしょうね!」  
 
それはお前が朝比奈さんにいつもやってることだろうが!っか長門、いつの間にかデフォルトスペースで読書してるし。  
 いつ起きたんだ。まあ確かにあのまま倒れてるとこハルヒが見たら、即この部室は軍事法廷に変わるだろうがな。むろん裁判官はハルヒ、被告は俺。弁護士は無しだ。  
 
ハルヒ「なにぶつぶつ言ってんの!言いなさい!今まで何してたの!?」  
 
ぐわっとハルヒの手が、俺のネクタイをわしづかみに引き寄せる。  
 勘弁してくれ。長門がまた勘違いして白黒にしたらどうする。  
 
キョン「クソしたら、授業受ける気なくなってな。ここでパソコンで遊んでた。」  
 
ハルヒの手を解き、ネクタイを整える。ちらっと長門を見るといつものごとく読書中。ホッとするべきかな?  
 
ハルヒ「はぁー?遊んでたぁ?ホントなの、有希!泣き寝入りはダメよっ!」  
 
 今度は長門に矛先を向けやがった。やめなさい。今の長門はいろいろ疲れてるはずだから。  
 
 
長門「大丈夫。何も…なかったから。」  
 
 
 と言って、顔をハルヒからこっちに移す。眼が合ってしまった。  
液体ヘリウムのような瞳が無表情に見つめている。  
 これでいいんでしょって意味だろうが、長門よ、客観的にはすごーく意味深に見えるからやめなさい。  
 
 案の定、ハルヒ、いや朝比奈さんも朱い顔して、俺と長門を見比べている。おい古泉!後ろで笑いをこらえるな。  
 
 
 
ハルヒ「キョーーーンッ!ちょっと来なさいぃっ!!」  
 
 
 
ああ、俺の明日はどっちだ。  
 
 
END  
 

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