我々高校生にとって寝床からの脱出までのわずかな時間、これがどれほど大切なものかは容易に想像できるであろう。  
「キョンくん、朝だよ〜」  
 おふくろ自慢の使い魔であるちんちくりんはそんな大切な時間を潰しに来る。  
「キョンくん、起きて〜」  
 流石に一年間謎の集団による東西南北奔走劇の為に幸か不幸か鍛え上げられたお兄ちゃんのぼでぃーはそんな攻撃じゃ  
ビクともしないさ。これくらいならちょうど良いマッサージにしかならないね。  
 俺を起こしたいなら神の御手により精製された朝比奈印のお茶を持ってくることをお願いしたい。朝比奈さん付で。  
「もういいもん! 仲間呼ぶから」  
 そうすれば起きながらにして夢の世界へ突入するくらいの満足感を味わうことが出来るし、これから始まるであろうハルヒによる  
俺の春休み占領計画について深く考える必要もなくなるぐらいの幸せを朝から感じることが出来るだろうに。  
まぁ実際どうなるかはまったく予想できないのだが。  
「鶴ちゃん! いけ〜」  
 そんなお兄ちゃんの気持ちを少しも分かろうとしない、成長スピードが著しく遅いと思う妹なのだがもう少し静かにしてくれないものかね。   
最近やたら疲れているので体力回復がまったく追いつかんのだからその辺をもうちょっと考慮してもらいたいものだ。  
「よっしゃっ、任せとけっ!」  
 てっ! ちょっと待てっ! 脳内グダグダ駄々こね会を強制終了し、今、目の前に迫り来る現実という名の恐怖から身を守らなければならない。  
「ちょっと待ってくださいっ! 起きましたからっ! 目覚めましたからっ!」  
「にょろ〜ん」  
「まってくげふっ……」  
 
 
   満開鶴屋  
 
 
 晩飯も食い終わり、さて、このあと残り少ない一日をどうやって潰すかと考えていたのだが、  
どうやら俺の周りには俺への配慮がかなり素晴らしく欠如しているらしく、家族内での俺の立場もパシリに近いものを感じる今日この頃。  
 なぜだろう? 古泉辺りに言わせればこれも神様であるらしい天上天下唯我独尊娘のせいだ、  
こんな内容を起きながらの寝言という妙技で披露してくれるだろうが生憎、俺は涼宮教信者ではないのでお決まりの定型文句で  
うまく受け流させていただくことにする。いくら暇だからとはいえ古泉のことを考えていた自分に少し鬱になりながらも目的の獲物は  
ゲットできたのでこの面倒くさいパシリもようやく終わりを迎えるであろう。そんな矢先、  
「あれっ、キョンくんじゃないかっ!」  
 後方より真っ暗な住宅街に早すぎる夏をお届けします、みたいな明るい声が俺に聞こえた。  
「あぁ、鶴屋さんじゃないですか。どうしたんですか? こんな時間に」  
 声の持ち主は鶴屋さんであった。分かってたけどね。  
「いや〜困ってたんだよっ! 道が分からなくてさっ」  
 いくら周りが住宅街だからといって迷子になるお年ではないだろうに。  
「どこに行きたいんですか」  
「みくるん家」  
 よし、お供しよう。そのままお泊りさせていただくとします。  
「で、住所は」  
「知らないんさっ」  
 またまたご冗談を……そんなんで見つかるはずがないだろうに。  
「本当なのさっ。みくるに住所訊いたんだけど忘れちゃってねっ。んで、電話しながら探すっかなぁ〜、  
なんて考えてたんだけどつながらないんだよ。そんで迷子ってわけっ」  
 ゲラゲラ笑いながらすべてを自白している上級生。なかなか深刻な状況でどうしたらそんなに明るく振舞えるのかね?   
今度秘訣を教えてもらいたいものだ。  
「教えられないから秘訣って言うにょろ〜」  
 大爆笑 どこがツボか未だに分からない。そもそもツボだらけのような気もしないでもないが。  
「じゃあとりあえず一度家に帰ったらどうですか」  
 ま、普通こんなもんだろ。しかし、一年経ってもまだ分かっていなかったらしい。フツウってなんですか?  
「それが出来たら苦労しないんだよっ。」  
 そんな予想外の言葉が返ってきた。孫さんもビックリもんだね。  
「何でですか?」  
「これには深い事情があるんだっ。教えてあげてもいいけど責任とってくれるのかいっ?」  
 下から俺を見上げながら笑顔でおっしゃった。間違いなく一年前なら躊躇するところだが、凄まじい経験値を手に入れ続けた俺はひるまない。  
うれしいかうれしくないかは微妙な自慢だが即座に返事をすることにする。  
 
「深い事情には精通してるんですよ。そもそも目の前で困っているのに見捨てられるほど人間落ちぶれちゃいませんしね」  
 それに鶴屋さんにはとてもお世話になっているしな。  
「そっかっ……」  
 先ほどと打って変わってだんまり鶴屋さん。間違ったこと言ったのかね?  
 
「……じゃあさ」  
 少しの硬直時間があったものの、まだ少し沈んでらっしゃる。  
「キョンくんの家に泊めてもらえないかい?」  
「……はい?」  
 なぜ? なんの前触れもなくこんなことを言われているのだろう。誰か分かる人はいませんか?   
替え玉として俺の非日常に参加させてやる特別サービスだ。  
「ダメかな?」  
 ダメも何もまだ理由を聞いていないのですが。  
「一言で言うと仕来りなんだよっ、鶴屋家の」  
 流石お金持ちのお家のお嬢様である。仕来りってそんなものがあるのか。カルチャーショックを受けているよ、現在進行形で。  
我が家にもあるのかね? 仕来り。  
「鶴屋家の頭首たるもの様々な状況において的確な判断が出来なければならない。  
そのため友人宅で半月間心身共に磨き上げよ、てわけさ」  
 なるほど、俺のちっぽけな脳みそでも大体把握出来てきたぞ。  
「んで、みくるの家にお世話になるにょろ〜、て約束したんだけど家分かんないし連絡取れないしめがっさ困ってたわけさっ」  
「それで何で家に帰れないんですか?」  
「それは、今日から半月間自分を磨いてくるっさっ! て出てきちゃったんだよっ」  
 本当にそう言って出てきたかは定かではない、というか本当だったらかなりまずい気もするが。てかそれより、  
「じゃあ家に帰れないじゃないです!? 今日はどうするんですか?」  
「だからキョンくんに頼んでるんだよっ! このとーりっ!」  
 さてどうしたものかね。まさかお使いの帰りにこんな珍事件に巻き込まれるとはノストラダムスも予知できなかっただろう。  
そんな現実逃避気味のモノローグを展開しつつ、鶴屋さんのつむじを眺めていた。さらさらの黒髪が街灯の光に照らされて  
より一層美しく見える。  
「……わかりましたよ、鶴屋さんにはお世話になっていることですし」  
 本当ならすぐにでも長門に連絡してどうにかしてもらいたい気持ちでいっぱいなのだが、長門には迷惑を掛けたくないと誓ってから  
まだ二ヶ月強である。気持ちだけでなく、行動に移さないといけないからな。これくらいなら俺にもどうにかできそうだ。  
「本当かいっ! キョン君のおかげで助かったさっ!」  
 そう言うと満面の笑みで答えてくれた。これは相当参ってたんだろうね、いつもの笑顔の三割り増しという素晴らしい笑顔を  
披露してくださった。鶴屋さんのローからハイになるまでを眺めていて、  
普段からどのくらい自分に嘘ついてがんばっていらっしゃるのだろうか?   
なんてことが頭を過ぎった。  
「じゃあ案内しておくれよっ! 流石に冷えてきちゃったしさっ」  
「そうですね、こっちですよ」  
 もうすぐ春休みなのだが夜はまだ冷え込む。そんな中俺の隣を元気良くつったかつったか歩いているお方はどのくらい外にいたのかね?   
そんなことを考えているとあることに気が付いた。  
「そういえば鶴屋さん荷物少なくないですか? それに制服だし」  
 半月泊り込むと言っているのに明らか荷物が少ない。  
「必要最小限以外は現地調達なのさっ!」  
 そう言って鶴屋さんは笑顔のまま走り出していた。見当違いの方向に。  
 やれやれ  
 
 あの後お使いに行って女の子を持ってきちゃったの? なんて言われたが事情を説明すると鶴屋の名前を知っているらしく、  
へいこらしていた。そんなに有名だったのかね? しかし鶴屋さんは、  
「居候は居候らしく扱って欲しい」  
 の言葉の通り、普通に接していた。というかすぐに打ち解けてしまっているのが鶴屋さんのすごいところなのだが。  
妹の事は言うまでもなく懐いていて、鶴屋さんを見つけると核弾頭のごとく凄まじい勢いで鶴屋さんに飛びついていた。  
そんなやり取りを見ていて時間も遅く、今日の疲れが出てきたのでさっさと寝ることにした。鶴屋さんも疲れているらしく、  
諸々の事情は明日説明するっさ、なんて言いながら寝ることにしたらしい。そんな鶴屋さんが  
「一緒に寝てくれないのかいっ? それじゃあ少し困るんさっ」  
 なんて言ったのをこっそり言い包めたのは二人だけの秘密であって欲しい。  
 
 そして冒頭に戻る。朝から鶴屋ダイブをみぞおち――みずおちとも言うんだっけかな――にくらいつつ、  
重い体を引きずりつつ朝食をいただくことにする。  
「キョンくんおはよーっ!」  
 朝から元気な鶴屋さんのごあいさつである。  
「おはようございます、鶴屋さん」  
「キョンくん、キョンくん、おはよー」  
「今日の朝ごはんは何かな?」  
「キョンくん、おはようは〜?」  
 お前には抜きだ。お前のせいで朝から重症だからな。そんなやり取りを見ていた鶴屋さんは、おもしれ〜、なんて言いながら  
腹を抱えて大笑い中である。そんな中食卓に着くといつもより豪勢な朝飯に気が付く。こんなところで見栄を張ってどうするのかね?   
いただきますを声高らかに宣言しつつ、食事を開始する。このさいグズル妹は気にしないことにする。  
しかし、違ったものが気になってしょうがない。  
「………………」  
 笑顔の鶴屋さんと緊張が隠しきれないマイマザー。そんな二つの視線と妹の発するBGMのトリプル攻撃による食事。  
正直、たまりません。  
「今日のご飯はどうかなっ?」  
 不意に鶴屋さんがそう尋ねてきた。どうかなと言われましてもね、俺にはグルメリポーターみたいなコメントでも期待しているのだろうか。  
「いつもより凝っていておいしいと思いますよ。まぁ鶴屋さんのお口に合うかどうかは分かりませんが」  
 次の瞬間そんな二人のハイタッチ。もう何が何だか分からなくなってきた。というかそろそろ機嫌を直したらどうだ妹よ。  
そんなことぐらいで拗ねてたら鶴屋さんみたいになれないぞ? まぁハードルが高すぎてくぐれる気もするが。  
「実は今日の朝ごはんはあたしが作ったんさっ! めがっさがんばったにょろ〜」  
 なるほど、どうりでやたら視線を感じると思ったわけだ。  
「さあさあ、もっとお食べっ!」  
 朝からテンションMAXなのだが今日一日持つのだろうか。たぶんハルヒと同じで体内永久機関があるのだろうから  
心配することはないだろうが。どちらかと言うとそんな二人と一日中一緒だと思われる自分の体力のほうが気になるくらいだ。  
 さて、どうしたものかね。  
 
「いってきまーすっ!」  
 そんな元気なあいさつをかまし我が家を後にする。まぁ言ったのは鶴屋さんなのは常識の範囲内だと思う。  
 ちなみに俺の相棒はお家でお留守番である。なんせ鶴屋さんとの登校なのでチャリは使用できないからな。  
 それを見越しての早起きだったらしく、いつもの慌ただしい登校と違いのんびりと優雅に春の訪れを感じつつ歩くことが出来ている。  
たまにはこんなまったりとした時間というものを堪能するのもいいかもしれん。そんなちょっとしたことで気分上々な俺の寂しい  
脳みそに視神経からの緊急連絡が入ってきた。  
「お、みくる〜、おはよ〜」  
「あ、鶴屋さん」  
 そんなことを考えている間にどうやったのか分からないが鶴屋さんは朝比奈さんの隣まで移動していた。本当にどうやったのかね?   
 ボソンジャンプでもしていたら少しぐらいなら驚くけどな。こんど朝比奈さんにボソンジャンプについて訊いてみるかな。  
禁則どころか知らないだろうけど。  
「おはようございます、朝比奈さん」  
「キョンくんもおはよう」  
 そんな朝から両手に花状態での登校が出来るのだからきっと今日一日はとても素晴らしいものになると言っても過言ではないのだが、  
俺の幸せを望まない我らの団長様は俺の幸せを感じ取ると天邪鬼もあまりの酷さに後ずさり間違いなしのとんでも要求を俺にしてくるに  
違いないであろう。まったく困ったもんだね。こんな時は後先考えず今を楽しむしかないよな。  
「キョンくんと鶴屋さんは何で一緒に登校してるんですか?」  
「それは昨日話したあれだよっ。みくるん家が分かんなかったからキョンくんの家にお世話になることにしたっさっ!」  
「えぇっ! あれ本当だったんですか? 冗談じゃなかったんですか?」  
 そんな思わず抱きしめたくなるような声を出しながらうろたえる朝比奈さん。  
 このまま我が家に連れ帰って俺専用のメイドさんになってもらいたいくらいだね。もちろん妹には指一本触れる許可も出さないし、  
谷口と国木田は一生我が家の敷居はまたがせんがな。  
「本当に大変だったよっ! 暗くなるまでみくるの家を探し回って、お腹もペコペコで、体は冷えきって、手足は動きにくくなってきて……」  
 その後もあることないことを散々羅列して朝比奈さんを  
「ひぇ〜」「ほぇ〜」「ふみゅ〜」  
 なんて言わせていたが可愛いので止めることが出来なかった。  
「そういえば鶴屋さん」  
「なんだいっ? 愛の告白かいっ?」  
 そんな大それたことを朝っぱらのこんな時間からするわけないじゃないですか。それより朝比奈さんが信じきってるじゃないですか。  
 ……冗談ですからね? 張本人はそんなことを言ってゲラゲラ笑っているだけだし。  
「朝比奈さんに会えたんだし、今日から朝比奈さんの家に泊まればいいじゃないですか」  
「それは無理なんだっ」  
 脊髄反射で会話って成立するんだな〜、そんなことを考えつつ、  
「何でですか?」  
「最初に泊まったお宅にずっとお世話にならないといけないんだよっ」  
 そんなこったろうと思ったけどね。このお方が自分から厄介ごとや面倒ごとを持ってきたことはないからな。と言うことは、  
「昨日からの二週間というと」  
「終業式前日までだねっ」  
 
 そんな少し絶望的な会話も昇降口あたりでのお別れにより自然消滅。とりあえず昨日までと同じで少しキツイ香辛料を混ぜたくらいの  
日常が待ち構えているのさ。そんな日常の退屈の八割を占めているであろう授業中と言えば、ハルヒによる俺の春休みぶっ潰し計画的な  
題名の似合う予定をさらりと発表し、どう思う? なんて訊いてはいるが聞いちゃいねぇといった状況に加え、  
教師どもによる意味不明な説明を延々と聞いていると睡魔との格闘が勃発。あっさり白旗を振ることにより俺の明日以降における  
活動戦力を維持するところまではうまくいくのだが、背後からの容赦ない攻撃により試合続行、結果判定勝ちをもぎ取り続ける毎日が辛い。  
あぁ辛い。そして本当の意味で心身ともに疲弊しきった俺は掃除当番であるハルヒを教室に残し、  
一目散に文芸部室に向かって駆け出していた。気持ちだけ。  
 
「長門」  
「分かっている」  
 5W1Hの説明なしに俺の言いたいことを理解してくれるこいつには頭が上がらない。確かに長門には頼りたくない、  
みたいなことを言ってはみたが気にならないと言えば嘘になる。そりゃ突然お金持ちの先輩が泊めてくれなんて  
言ってくる日には何かあってもおかしくないと思うだろ、普通。  
「彼女の発言に虚実は見当たらない」  
 さて、これはいつのことなのかね? 少し疑問に思う。  
「昨晩、あなたの家に彼女が潜入したとの情報を入手。情報統合思念体に確認を取ったところ彼女の家の仕来りが存在するのは事実」  
 いや、それは分かったのだがどこの発言について言っているんだ?  
「大丈夫」  
 何がだ?  
「あなたのプライバシーはわたしが守る」  
 とても力強く、長門の意思がヒシヒシと感じられるものだった。答えになってないけど。  
「情報統合思念体には不可能はない」  
 そうですね、もうなんでもありですね。  
 
 その後、朝比奈さんの登場により少し会話を挿んだ後、入室しようとした古泉と部室から退散させてもらう。  
「昨晩はどうでしたか?」  
「空いっぱいの星が綺麗だったよ」  
「星空のお話は今度僕の家で一晩中語り合うとして」  
 流しやがったよこいつ。てか古泉と一晩中話す内容など俺は持ち合わせていないがな。持ってても断るけど。  
 それに長門と一晩中星について話し合ったほうがためになると思うしな。俺らのような一般人では知ることの出来ない  
面白話でも披露してくれるであろうよ。  
「おや、機関の力を甘く見てもらっては困りますよ? 今すぐに国家機密クラスでも調べることが出来ますよ?」  
 すでに星空と関係ないところまで話が飛躍してしまっている。  
「もとに戻します。涼宮さんはこのことはご存知なんですか?」  
「いや、話してないな」  
 そもそもこんな話、誰にも話していないのだが、俺の周りにいるやつらはみんな知っている気がする。  
 なぜだろう、長門は保障してくれたが俺のプライバシーはどこに行ってしまったのかね? そろそろ帰ってきてもいいくらいだと思うんだが。  
「分かっていると思いますが涼宮さんにこの話はタブーです。仮にばれてしまったとしたら  
……良くてSOS団全員があなたの家にお泊りですかね」  
「おまえだけが進んで参加拒否してくれるなら喜んでばらしたいね」  
「それは無理なご相談ですね」  
 こいつのやたら絵になる笑顔を見ていると無性に腹が立ってくる。これはきっと授業中の睡眠時間がごっそり足りないからだと思うね。  
「どうぞ〜」  
 おや、愛しの大天使ミクルのエンジェルボイスが聞こえてきたぞ。これは全速力で入室せねば。  
「それに」  
 まだ話したりないのか? 俺の朝比奈さんが待ってくれているというのに。  
「もしそうなったら一番困るのは鶴屋さんですからね」  
 
 そんな意味深なコメントを残しつつ俺より先に部室へ入っていった。そりゃあ鶴屋さんが困るのは分かるがなぜ一番なんだ?   
 どう考えても俺だろ。そうさ、基本困り果てているのは俺であり、そこに長門、古泉が介入、どうにか問題解決、といった流れが普通である。  
 今回は最悪、ハルヒが騒ぐだけだろうし、古泉あたりの助言とフォローでどうにか乗り切れる話なのである。  
 部室に入ると古泉の今日は将棋でもどうですか、といった輝かしいほどの笑顔が目に付いた。そんな古泉を出来るだけ見ないように  
定位置に着き、いいだろう叩きのめしてやる、と心に誓っていた。あの笑顔を崩すためにどうするべきかを考えていると  
メイド服を素晴らしく着こなした朝比奈さんによるお茶が出された。よし、休憩だ。昨日の下校後からの疲れを癒さなければいけない。  
「ありがとうございます」  
 古泉に先を越されてしまった。本格的に疲れているようなので、しっかり体の芯から癒すべきだ。うん、旨い。  
 しかもただ美味しいだけでなく心の底から浄化されているような気分だぜ。今のこの気持ちを出来るだけ早く、正確に伝達しようとした矢先、  
 
「会議よ会議っ!」  
 ドカーン、と言った効果音が聞こえてきそうな勢いでハルヒ閣下のお出ましである。このままではありがとうございます、  
だけでなくお茶の感想も言えそうにない。これは今すぐにでも言わなければならないな。  
「こらぁ〜キョンっ! 団長様から目を離すとは何ごとよっ!」  
「俺がどこ向こうと俺の勝手だろうが」  
「甘いわよキョン」  
「何がだよ」  
「SOS団団長ともなると団員は目が合うと会釈は常識の範囲内よっ!」  
「そうかい、じゃあなおさら目は合わせられないな」  
 古泉あたりなら平気でやってそうで怖いが。  
 結局、感想すら言う機会がなかった。そんな中、春休みのSOS団の活動内容案が発表された。そもそもこれは会議のはずなので、  
みんなで話し合うべき内容であり、議長の一任ではいけないのである。俺が必死に休みを勝ち取ろうとするも、イエスマン古泉が  
常に賛成に一票、朝比奈さん、長門が棄権に一票。これでは絶対に勝てない。あぁ、俺の春休みはいったいどうなってしまうのかね。  
 そんな連敗街道まっしぐらな春休み会議は部活の前半で終わったので、その分のイライラを古泉相手に晴らすことにした。  
 全部の駒を取ってやるぜ。朝比奈印のお茶により、今の俺は授業中の十倍はキレると言っても過言ではない。  
 そんな朝比奈さんも読書に励んでいる。長門の読んでいるような文学的なものではないのだが。  
 今度朝比奈さんにお菓子の本でも勧めたら俺の為に作ってきてくれるのかね。そんな直接的なことは出来ないけど。  
 長門はいつもの様にどこの国で使われているか分からないようなものを読んでいる。本当に読んでいるのか、あの分厚い本を  
あんなにスピーディーにめくれるものなのか一生の疑問である。ハルヒはネットの中に入り込み新しい謎を探しているのだろう。  
 こいつにそんなことをさせておいたら本当に何か見つけ出しそうで怖いんだがね、こればかりは祈ることしか出来ないので困ったものだ。  
 そんな普段通りの活動が長門によって終わらされようとしたとき、  
「やっほ〜」  
 タイミングを計ったかのように鶴屋さんが登場した。  
「鶴屋さんっ! どうしたの?」  
 いつの間にか入り口まで来ていたハルヒとハイタッチ。今流行っているのだろうか。  
「一緒に帰ろうと思っただけなのさっ」  
 そう言いながら朝比奈さんにダイブ。俺も一緒に飛びつきたい。  
「キョン、鼻の下伸びてるわよ」  
 なんの前触れもなく急降下するハルヒの機嫌。何らかの過程が欲しいものだが。  
 
 学校からの帰り道、先頭のハルヒが隣の鶴屋さんに春休みの予定を誇らしげに発表している。心なしかさっきより  
ハードスケジュールな気もするがきっと疲れているのだろう。  
 そうこうしているうちにみんながバラけるところまで来た。  
「じゃあね〜」  
 もうすぐ一日が終わろうとしているのにどこにこんな元気が残っているのかね。両手をぶんぶん振りながらあいさつをしている。  
「あれ? 鶴屋さん何でそっちなの?」  
 目ざとくハルヒが食いついてきやがった。  
「用事があるんだよっ」  
 ちょろ〜んとねっ、なんて付け加えてすったかすったか歩き出していた。後ろ向きで手を振りながら。  
 まぁ転ぶ心配は日本沈没くらいありえないけどな。  
「そっか、じゃあまた明日」  
 あっちも負けじとぶんぶん両手を振っている。疲れ知らずの戦いが始まったら朝になってしまう気がする。  
「鶴屋さん、行きましょう」  
「そだねっ」  
 鶴屋さんの棄権でこの戦いは幕を閉じる形となった。  
 
 鶴屋さんは家に着くと凄まじい勢いで自室に駆け出していた。まぁ実際は妹の部屋と兼用なんだがな。  
 そんな妹がお出迎えにやってきて適当な会話を終わらせ、靴を脱ぎ終わるとすでに着替えた鶴屋さんが現れた。  
「鶴ちゃん早いね〜」  
 もう少し語彙を増やさないと後先困りそうな妹が心配なのだが、  
「どうしたんですか? そんなに慌てて」  
 いくら制服でいたくないからと言っても早すぎる。ベンジョンソンも真っ青だ。  
「これから夕飯のお手伝いをしなくちゃいけないのさっ」  
 そう言い終えるとすでに俺の目の前から姿を消していた。そんなに急いでいるなら先に帰っていればいいのに、  
 と考えまだ道がよく分かんないんだなと結論がでた。わざわざ言う事ではないが鶴屋さん参戦の晩飯はとても旨く、  
癖になりそうだった。その後、風呂の順番云々、食器の片付け云々の会話を終わらせ、妹とテレビのバラエティー番組で  
大はしゃぎしていた。さて、鶴屋さんは何時間フルパワーで活動しているのかね? そのうち訊いてみることにする。  
 そんなこんなで夜遅く、時刻は十一時を指していた。そろそろ眠るとするかな、なんて考えていると、  
「キョンくん、まだ起きてるかいっ?」  
 鶴屋さんが現れた。はてさて何の用なんだろうね、夜這いではないだろうし。  
「どうしたんですか? こんな時間に」  
「一緒に寝て欲しいんだよっ」  
 またですか……それなら妹がいたはずでしょ?  
「違うんだよっ、一人じゃ眠れないとかじゃなくてこれも仕来りなんだよ」  
 どんな仕来りだ。  
「友人宅に泊めてもらい、友人と寝食を共にせよってね」  
「マジですか」  
「そうなんだっ。まさか男の子の家に来るとは思ってなかったけどねっ」  
 そして楽しそうにゲラゲラ笑い出していた。この人は言ってる意味が分かっているのかという疑問が湧いてくる。  
「予定では今頃みくるの乳を鷲?みだったんだけどね」  
 よし、我が家にも仕来りがあったことを思い出した。早速朝比奈さんの家に行かなければ。  
「家が分からないから困ってたんだよっ」  
 大爆笑 夜遅いんだけどまあいいか。  
 その後もグズル鶴屋さんであったが流石にそれは何か色々まずそうなので本気で断り続けた。  
 別に監視されてるわけでもないし、多少の妥協くらい大丈夫であろうということでしぶしぶ、本当にしぶしぶ折れてくれた。  
 
 そんな鶴屋さんとの共同生活もついに最終日を迎えている。明日の朝、家を出たらそのまま鶴屋家に帰るそうだ。  
 そんな不思議な生活も日数的には長かったのだが大した事は起こらなかった。その辺は尺の関係で割愛させていただく。  
 しいて言えば事の真実を唯一知らないハルヒが俺と鶴屋さんを怪しがって尾行を始めたくらいかな。  
 俺からは完璧に見えないのだが、  
「ハルにゃんがついて来てるね〜」  
 その一言により始まる俺とハルヒの一進一退の攻防、電信柱、曲がり角、ゴミ箱、様々な心理戦を繰り広げつつ  
我が軍の全勝という華やかな結果に終わった。が、ハルヒはと言うとそのイライラを発散すべく、せっせと閉鎖空間を生産しているらしい。  
 またハルヒは直接関係ないかもしれんが、この辺一帯の桜の開花が著しく遅く、蕾のまま冷凍保存されているような状態らしい。  
 暖冬といった話はどこへ行ったのかね。  
 
 今までは妹が起こしに来ても少し粘っていたのだが、最近はすぐに援軍を呼ぶので俺としては困り果てている。  
 そんな生活とおさらば出来るのは大変ありがたいことに間違いないのだが、いざ鶴屋さんが居なくなると考えるとな。  
 何せあのお方は本当に一日中明るかった。そんな人が家から居なくなるとやはり寂しいものだ。  
 朝食を取りながらそんなことを考えていると、  
「キョンくん、今日ね、お別れパーティーやろうよ〜」  
 そうかそうか、良い提案だぞ。えらいえらい。  
「そいつはわるいね〜、楽しみにさせてもらうよっ」  
 鶴屋さんも満更ではなさそうなのでこの提案は可決された。そういえば鶴屋さんとの朝食もこれで最後である。  
 自分の家に寄ってからの登校、明日の朝は今日よりも早起きらしい。  
 どうせ学校で会えるのだから俺は睡眠時間の延長をチョイスすることにしている。  
 
「いってきまーすっ!」  
 ここ最近聞き慣れたいつものあいさつ。さぁ、学校に行くぞっ! といった意思表示のような元気の良い鶴屋さんの声。  
 道も完璧に覚えたらしく、今は俺を先導するようにスタスタと歩いている。中身の無い話を延々としながらの登校。  
 桜は花開かなくとも確実に目の前まで来ている春。生暖かく、ポカポカの陽射しが心地良い。  
 そんな鶴屋さんとの登校も今日で終わりである。なんだ、やたらセンチだな、おい。  
 
「じゃ〜ね〜」  
 昇降口でのお別れ。最初の頃はその大きな声に驚いている生徒が沢山いたのだが、流石に二週間となるとみんな慣れたらしい。  
 そんな登下校を毎日繰り返しているのにハルヒに気付かれないのは奇跡に近い。  
 まぁ奇跡なんて起こらないから奇跡なのであり、実際は気付かれているかもしれんがな。  
 教室に入ると折角春休み目前なのに日に日に機嫌が降下気味のハルヒが目に入った。  
「どうした? もうすぐ春休みなのに元気ないな」  
「うるさい」  
 なぜこんなに不機嫌なのだろう? 確実に俺のせいなんだろうけど。  
 そんなダークオーラを背後に感じつつ、半日しかない学校生活も最後のホームルームで終了した。  
「さぁキョンっ! 部活よ、部活っ!」  
 それは運動部の台詞であり、文科系の部活の者が発していい台詞ではない。そもそも部活にもなってないだろうが。  
「春休みの予定はビッシリ埋まっているの。その確認を今日のうちに終わらせないといけないのよ」  
 聞いちゃいねえよ、それより機嫌が少し直っているのは春休みのおかげだろうね。ありがとう春休み。  
 
 ハルヒのハルヒによるハルヒのための春休みの予定(確定版)が発表された。  
 さらに休みが減っている気がするが、触らぬ神に祟りなしの方針で俺はがんばることにした。  
 そんな健気な俺の意思表示が表ざたになることなく発表も終わり、朝比奈茶で心身ともに癒されつつ、  
古泉をぶっ潰して精神の安定を計ろうとしていた矢先、  
「ちわ〜」  
 元気良く鶴屋さんが現れた。というか毎日遊びに来ているのだが。そんでハルヒとハイタッチ。そろそろ飽きないのかね、それ。  
「キョン、あいさつに飽きるも飽きないもあるわけないじゃないの」  
「ハイタッチはあいさつではないぞ」  
 ハルヒが自分を正当化しようとあれこれ発言していたが俺は適当にツッコミを入れながら聞き流していた。  
 俺のことは疑うくせに他の人はまったく疑わないんだな、お前は。  
 俺はお前の中でどういった位置付けされているのか今度じっくりと問いただしてみたいね。  
 そう言えば鶴屋さん主演のお別れパーティーはどうなっているのかね?   
 慌しい朝――俺だけなんだろうが――はまともに話を聞くことすら出来ていないしな。  
 案外、楽しい毎日をありがとう、みたいな言葉だけで終えるなんてのもありそうだ。  
 しかし、ここはやはり豪勢な夕食と少しの花束なんて用意して鶴屋さんによるスピーチで終えるのが本命であろう。  
「鶴屋さんは今晩のこと何か聞いてますか?」  
 朝は忙しくて、なんて付け加えておく。  
「何のことだいっ? お姉さんには分からないな〜」  
「何ってパーティーのことですよ、聞いてなかったんですか?」  
 楽しそうに返事をしていたのはどこの誰だっけな、なんて考えていると、鶴屋さんの表情が次第に曇り始めるのが手に取るように分かった。  
 そして、遅まきながら気付くことになる。まずい、しかし時すでに遅し。  
「キョン、パーティーって何」  
 ハルヒの低音ボイスが恐ろしい、てかハルヒ自身が恐ろしい。  
 ここ最近のハルヒの不機嫌度を日に日に上昇させ続けた張本人である俺による爆弾発言である。  
 当然、今まで何かを探し求めて旅をする宗教信者のごとく答えを欲していた我らの団長様がこの好機を見逃すはずがなく、  
一気に俺の嘘で固めようとしていた城壁を目で崩し、まるで攻略寸前の裸の王様といった心境に陥っている。  
 まぁもともとこいつに嘘を吐いてもすぐにばれるんだがね。  
 
「いや、鶴屋さんとのお別れパーティーだ」  
「まだ卒業には早いわ、何のお別れよ」  
 ごもっとも、というかそのダークオーラがやばいね、それどこのRPG?  
「ここニ週間ほど鶴屋さんが家に泊まってい」  
「だから鶴屋さんと一緒に下校してたわけっ!?」  
 俺の精一杯の言い訳をあれこれ並べる前に、盛大に俺の声を掻き消し、発言の権利すら奪っていく団長様。  
 普通団長といわれる者ならばもっと団員への気遣いを考慮すべきである。もっともこれをしないからハルヒがハルヒである由縁なのだろう。  
「少し落ち着け、それに鶴屋さんも困ってしょうがなく」  
「これが落ち着いていられるわけがないでしょっ!!」  
 そんなに騒ぐな。お前が騒ぐと絶対に周りにいるやつらは幸せや平和の類に向かって歩を進めることはないんだからな。特に俺が。  
「あんた自分が何やったか分かってんのっ? いくら困っていたからって可愛くて綺麗な上級生との同棲生活という事実は変わらないのよ?   
それに困っていたのを逆手にとってやらしいことを要求しているに違いないわ。あんたなんか生きてる価値すらないわ、人間のゴミよっ!!」  
「ハルにゃん、これには」  
 俺は鶴屋さんを制止していた  
「本気で言っているのか」  
「とっ、当然でしょ。あたしはね、冗談とか大嫌いなの。それにたいした回数会ってないのに何親友気取ってんのかしら? そんな人間の  
クズを団員に持ってあたしは恥ずかしいわ。明後日から春休みだし一から人としての常識を骨の髄まで叩き込んであげるんだからっ!」  
「そうかい、とりあえず今日は帰らせてもらう」  
「ちょっと、団員が何かって」  
ガンッ!!  
「ふざけるのもいい加減にしろ」  
「えっ…………」  
「俺だってそりゃ世間体とか考えるさ。でもな、そんな世間体より大事なもんがあるだろ、目の前に困っている人がいたら助ける、  
これが人としての常識なんじゃないか? それにお前の本心も良く分かったしな、お前にそこまで言われて付き合う義理は俺にはない」  
「ちょっとま」  
バタンッ!  
 
 痛いね、慣れないことはするもんじゃないな。いつもの足取り軽く、登校と打って変わって軽やかに駆け抜けていく坂道も、  
今では一歩一歩が登山中みたいに重くなっていくのを感じる。時間が経ち、頭も冷え、いつもの冷めた自分が帰ってくる。  
 部室の壁を叩き、いつもはハルヒに注意しているのにドアを叩きつけるようにしてあの部屋から飛び出してきた。  
 痛いね、軽く内出血しているみたいだ。まったく何やってんだろうね、俺は。  
 朝比奈さんは今頃泣いているんだろうな、ハルヒに苛められてないと良いが。  
 長門は……何やってんだろうな、やっぱり読書でもしているのかね。案外、ハルヒに文句の一つでも言ってたら面白いんだが。  
 古泉は今頃戦闘開始だろうな、今晩は徹夜であろう。明日には礼を述べに言ってやるとするか。  
 鶴屋さんには悪いことをしたな。せっかくのパーティーを俺が台無しにしちまったんだからな。  
 それにハルヒ  
「おーい、キョンく〜んっ」  
 そこまで考えて後ろからの呼び声に振り返っていた。  
「鶴屋さん、どうしたんですかそんなに慌てて」  
 坂道を走った場合、上るのより下るほうが足に負担が掛かるんだっけな。  
「ごめよっ、あたしのせいでキョンくんが」  
「いえいえ、鶴屋さんは何にも悪くないですよ」  
 ハルヒがもう少し柔和に物事を考えられればいいだけさ。  
「その、SOS団やハルにゃんとの関係とかさっ」  
 神妙な面持ちでそう言い出した。まったく、何を心配しているのかね?  
「大丈夫ですよ、今日のは俺の恥ずかしい一人相撲ですからね。それにハルヒなら……不思議探索の奢りで許してくれますよ」  
 自分に素直すぎるんだよ、あいつは。まぁ本当に除団されていたら笑えないがな。  
 
「そうかいっ」  
 へへっ、とにんまり笑ってらっしゃる。さて、どこがツボだったんだろうね。  
「ハルにゃんが羨ましいねっ」  
 本当です、まったくその通りです。俺も後先考えずに大暴走してみたいもんだね。  
 そんでもって尻拭いはへんてこな機関とか、謎の宇宙人の親玉に任せて猪突猛進ライフを満喫してみたいね。  
 当然、麗しき未来人が付属で付いてくるのだ。ここ重要。これだけそろえてもまだ決定的に役不足なのは火を見るより明らかである。  
 そう、俺のポジションが空席のままなのである。まぁ自分を美化しているわけではないのだが、ハルヒの生活を送るにあたって  
絶対的に必要であり、もっとも重要で過酷な立場であると自負している。鶴屋さんには迷惑だろうし、谷口や国木田には荷が重いであろう。  
 よって、消去法でしょうがなく、かつどうにかやってのけそうなハルヒにしぶしぶ、その空席を埋めることを特別に許可してやる。  
 そんなくだらない妄想を展開していると、いつの間にか俺の前を鶴屋さんが歩いていて、すったかすったか軽やかに坂道を下っていた。  
先ほどまでの全身に覆いかぶさるような重圧はなくなり、今では今朝より少し風が出てきて暖冬ってなんだろう、なんて考える余裕すら  
 出てきていた。風になびく黒髪がえらく印象的で、きっと笑顔なんだろうなと思わせる歩きっぷりの鶴屋さん。  
 そんな上下に揺れる先輩を眺めながらいつまで経っても殺風景な景色がどうやって帳尻合わせをして夏を迎えるのか、なんて考えていた。  
 
 家に着く頃には普段通りの、授業よりは役に立つが人生を左右するほどの知識が備わるといったことにはならないであろう、  
どこにでもあるような世間話で会話に華を咲かせていた。  
「遊んで〜遊んで〜」  
 すでに玄関でスタンバっていた妹が唐突にそう言い放った。もうすぐ最高学年であるというのにこれで良いのかと  
少し引きこもりたくなってきた。俺はもう少しまともな六年生だったぞ、ほんのちょぴっと捻くれていたのは認めるが。  
「いいにょろ〜」  
 なんて元気よく返事してるし。なんかすみませんね、次に会うときまでにはもっと立派な妹になるようしっかり教育しておきますので。  
「妹ちゃんは立派に育ってるじゃないっか〜」  
 とケラケラ笑い、  
「キョンくんこそしゃきっとしなきゃ」  
 と誇らしげに宣言しやがった。覚えてろよ。  
 鶴屋さんとの楽しい生活も最終日を迎えており、妹なりに良い思い出作りの為にフルパワーで遊ぼう、といったいかにも  
小学生らしい発想でカモフラージュしているつもりらしいが、明らか台所方面への進路妨害を展開しつつ、鶴屋さんを急かしている。  
 俺が気付くんだから鋭い鶴屋さんなら一発だろうね。  
 てか妹の将来から女優業が消滅したのだが、これはいったい誰に似てしまったのかね。  
 そんな妹にしっかり返事をしつつ、お姉さんに任せるっさっ! みたいなアイコンタクトを送ってきた。  
 まぁ内容はこんなもんで意思の伝達に齟齬は生じていないようだった。長門の専売特許である頷きで返信しておくとする。  
 さて、一人台所で奮闘中に誰かさんを手伝ってやるとするか。この二週間迷惑掛けっぱなしだったし、  
小さな見栄とプライドくらい、守ってやるさ。それに主演女優も大健闘中だしな。  
 
 パーティーの内容はほとんど俺の予想通りだった。妹が鶴屋さんをエスコートしてきて、鶴屋さんが大げさに驚くもんだから  
妹がおおはしゃぎだった。花束はなく、代わりにクラッカーであった。クラッカーで始まる食事というのも悪くはないな。  
 大いに盛り上がった食事も終わり、今は食後のお茶を堪能しつつ、残ったクラッカーで遊んでいる。  
 あぁ、これを片付けるのは俺なんだろうな、なんて考える俺の気持ちを知ってか知らずかパンパン鳴らしまくる妹と鶴屋さんとマイマザー。  
 母親の時代にも流石にクラッカーはあっただろうに。  
 
 俺が風呂から出てきてもまだ遊んでるし。いったい家にはどれくらいクラッカーがあるんだろうね。  
 せっせせっせと後片付けをしているとエネルギー切れに陥っている妹が目に入ってきた。  
「ほら、寝るなら自分の部屋に行きなさい」  
「ふぁ〜〜い」  
 そんな年齢詐称気味な妹だが、本日のMVPであることには変わりない。明日あたり感謝の言葉を述べてやっても罰は当たらんさ。  
 そんな妹が発信源の就寝モードが我が家に漂い始めたので、さっさと自室に退散させていただく。そしてすぐさま携帯を確認、着信なし。  
 
 実は一つ懸案事項を抱えているのであった。古泉である。こういう日のあいつなら、どうも、で始まり、困ったものです、  
にどうにか続ける内容の電話があるはずである。しかし連絡なし。かなりの数の神人が出現しているんだろうな。  
 俺から連絡しても迷惑になるだけだろうし、明日感謝の気持ちを少々混ぜた礼の一つでも述べてやるさ。  
 粗品としてクラッカーを付けてやるとしよう。残ってたしな。忘れないうちに鞄に入れておくことにする。  
 まだ寝るには早く、やたら気分もハイなので、よし、勉強でもするかと意気込んで机に向かってみるも、明日は終業式であり授業がない。  
 しょうがなく英単語でも覚えてやるかとノートにシャーペンを走らせ、10個覚えたところで脳が異常事態を宣告し始めたので、  
あえなく断念するしかなかった。無念。椅子に座りながら空を見上げると雲が空を覆い、星どころか月の断片すら見つけられない。  
 いくらハイでも脳を酷使すれば夢の中の住人として手招きしてもらえるのであり、あっさりと俺は誘われるがまま、ベッドに飛び込んでいた。  
 そのまま全身の力を抜き、残るは無駄な雑念を脳から排除すれば仲間入り確定、といったところで、  
「………………」  
 誰かが入ってきた。鶴屋さんであろう。  
「キョンくんっ、まだ起きてるかなっ?」  
「残念ながらあなたのキョンくんはお休み中です」  
「おじゃましま〜すっ」  
 躊躇なく入室してきた。てか俺の返事は無視ですか?  
「どうしたんですか」  
「一緒に寝て欲しいんだよ」  
 またですか〜? ハルヒがあんなこと言ってたのに流石にそれはまずいですよ。  
 そう笑い飛ばしてやろうとした。が、  
「………………」  
 言葉が出なかった。明かりも消え、月も出ていない。闇に包まれたこの空間でその少女の言葉だけが響いていた。  
 暗くて見えるはずのない少女の目は鋭く、俺のすべてを見透かされているような気持ちになった。気を抜くと吸い込まれてしまいそうな目。  
 少女の意思が、覚悟がビリビリと伝わってくる。  
「いや〜、流石に仕来り完全無視はまずいにょろ〜」  
 いつもの鶴屋さんを振舞う少女。  
「だからさっ、お願いっ!」  
 目をぎゅっと瞑り、肩を震わせ、ありったけの勇気を込めた合掌。  
 大きく偉大に見える姿の欠片も感じられない、身長通りの、俺よりも小さく、華奢で、線の細い体。  
「……今日だけですからね」  
「ありがとっ」  
 そう言いながら少女は俺のベッドに飛び込んできた。  
あまいね、まったくあまいよ。  
「当然、腕枕でっ。めがっさ緊張するにょろ〜」  
 強引に腕を取り、腕枕の完成。これ近くないか? てか恥ずかしすぎないか、おい  
「………………」  
 長い間の沈黙。今日の疲れを考えるとそろそろ寝ていてもおかしくないんじゃないかという時間帯。  
 しかし、さっきの英単語により破壊された脳は正常に動いてくれる気はないらしく、目の前の少女を眺め続けることしか今は出来ないようだ。  
 
 
「あたしさ」  
 少女によって沈黙が破れる。  
「距離感が分からないんさっ」  
「距離感ですか?」  
 俺の腕の中で頷き、肯定を示す。  
「きみたちとあんまり仲良くしちゃダメなんだよ」  
 一言一言丁寧に、冷静を装い、出来るだけいつものような雰囲気で。  
「でもみくるのこと大好きだし、キョンくんのことも好きさっ。というかSOS団のことが大好きなんだっ!」  
 感情的になりつつも、自分の気持ちを間違って伝えないように。  
「だけどそうすると今日みたいなことになっちゃうんだよっ」  
 みんな俺より小さい体でなんてもん背負ってんだろうね。俺が冗談で世界は俺の双肩に掛かっている、なんて言ってたのが恥ずかしいよ。  
 長門にしろ朝比奈さんにしろ、そのへんでヘラヘラ笑いながら生活してるやつらなんかと比べ物にならないほど重いもん背負ってんだよな。  
 ハルヒも加えてやってもいい、古泉も今回は特別サービスで含んでおいてやるさ。もちろん、今、俺の腕の中で震えている少女も含めて。  
「ぜんぜん気にすることないじゃないですか」  
 少女の体が不意に揺れた。  
「今回俺に仕来りで困っているって話して楽になりましたよね? いつも鶴屋さんにはお世話になってますからいつでも相談に乗りますよ」  
 そりゃ山ほどの相談、悩み事となると俺一人ではキツイものがあるが、仲間がいるから大丈夫であろう。こら、そこ。人任せとか言うな。  
「でも、また」  
「SOS団はそれぐらいじゃ揺るぎませんよ」  
 まぁ実際どうなっているか分かったもんじゃないがな。  
「何か困ったことがあればすぐに飛んでいきますよ」  
 宇宙人や未来人ですら俺には話してくれている。それなのに一般人である少女が何もかも抱え込むのは不可能であろう。  
 よく今まで堪えてこれたものだ。  
「だから鶴屋さんは何も心配しなくてもいいんですよ」  
 こんな小さい体では支えきれないであろう。俺やハルヒ、長門や朝比奈さんに古泉を巻き込めばいい。  
 ついでに谷口や国木田も役に立つとは思えんが信頼に値する。  
「明日からまたよろしくお願いしますね」  
 そう言いながら俺は目の前の少女をそっと抱きしめてやった。  
 長く、よく手入れのされた黒髪の似合う、天真爛漫な、皆の太陽みたいな存在の少女。  
 
「むむっ!」  
 本気で眠りに落ちそうになっていると腕の中から声が聞こえてきた。  
「どうしたんですか」  
「まさか後輩に慰められるとは参ったねっ! こりゃ修行しなおすしかないっさっ!」  
 どんな修行をしているのか今度拝見させていただきたいね。場合によっては参加してもいいしな。  
 それこそ、鶴屋さんの秘密を暴け!! みたいなSOS団の活動内容が組まれる可能性が無きにしも非ずってか。  
 そう言い終えると鶴屋さんは満足したらしく夢の世界に旅立つ準備をせっせと進めていた。  
 さて俺も明日の修羅場のことを考えるとそろそろ寝たほうがよさそうだ。  
 そんな明日から始まるであろう春休みの憂鬱や、朝から晩までフルパワーの秘訣はこの快眠にあるんだな、なんて考えも、  
鶴屋さんのスヤスヤ眠る姿を眺めているともうどうでも良くなってくるね。  
 俺も少し遅れつつも夢の世界の住民として仲間に入れてもらうことにする。  
 
「キョンくん、起きて」  
 俺の快眠を邪魔するのは誰だ、どこぞのボス的な口調で妹に返事をしつつ、時間を確認。まだ時間的に余裕がある。  
 と言うか早すぎる。ここ最近の優雅な登校風景を思い出してみるもまだ早い。そう言えば予定を変更して鶴屋さ  
「任せなっ!」  
「げふっ……」  
 初日より勢いの乗った鶴屋さんが俺の返事を聞くことも躊躇することもなく俺の上に飛び込んできてから数分後、  
最後の食事を楽しみつつ、別れを悲しんでいる妹と母親に  
「そのうち遊びにくるっさっ」  
 と、お言葉をいただいた。励ましているのか、本当に我が家のことが気に入ってくれたのかは定かではないが、  
そんな鶴屋さんの気遣いがドツボにはまり、朝から大号泣の母。  
 俺が駄々こねる妹をスルーしていると優しくなだめる鶴屋さんが年上の貫禄を見せつけてくれた。  
 
「いってきまーすっ!」  
 おじゃましました お世話になりました さようなら でなく、いってきます   
と元気よく発進する鶴屋さん。まだ早いほうなので声を抑えていただきたいものだ。  
 
 いつもの分かれ道で  
「じゃあキョンくんっ、また後でね〜」  
 なんて大声でぶんぶん手を振ってらっしゃる。あまり迷惑になっていないことを祈るばかりである。久しぶりの一人での登校。  
 なんだか物寂しい気分になってきた。まぁ俺はウサギさんじゃあるまいし、学校に行けば休む暇のないような生活が  
待っているのだから今はこのまだ冷凍保存状態の殺風景な景色を堪能しつつ、最後くらい晴れ渡ってれば良いのにな、  
なんて年寄り染みた発想に少しため息を吐きつつ、中途半端な気分でえっちらおっちら長いハイキングコースを満喫していた。  
 
 昇降口から教室までの移動中に気が付いたが、朝練していない連中は流石にまだ家でだらけているに違いないと  
確信できるくらいの人の少なさ、を想像していたのだが、終業式と言うことなので生徒は案外廊下にも溢れていた。  
 俺は少人数の教室なんて入ったことがないしどうしようかな、なんて考えていたからありがたやありがたや。  
 で、いざ教室の前に気が付く。俺の教室だけ物音一つしない静けさを保っていた。  
 教室の前にいるクラスメイトの俺に対する目線と、教室から発生している何もかもを飲み込むであろう暗黒から  
何が起こっているのかは想像がつく。まったく朝一に登校してきて何をやっているのかね?   
 お決まりの相棒を呟きつつ、クラスメイトに目配せをし、戦場に乗り込んだ。  
 
「………………」  
 ずっと黒板を眺めていたであろう体制からこちらを睨み付けた。俺以外がドアを開けてしまったら脱兎のごとく  
駆け出すこと間違いなしの視線である。その重い空気の中を一歩一歩勇気を出してただいま行進中である。  
 自席に着き、鞄を置き、一息ついて振り返る。  
「あのな、ハル」  
「あたしが悪かったわっ!」  
 ハルヒに睨み付けられ、鼓膜が非常事態の鐘を鳴らし続ける状況に陥る。  
 あまりの声の大きさと、恐ろしい形相での謝罪、どちらも突然やってきたので言葉を忘れてしまった。  
 
「昨日あの後しばらくして鶴屋さんが部室を飛び出したのよ。その間みんな何一言喋らなかったわ、まるで時間が止まったかのように。  
そしたら突然みくるちゃんが泣きながら怒鳴りだしたのよ。そんで  
『涼宮さんっ! 酷すぎですっ! キョンくん何も悪いことしてないのに。あれじゃキョンくんが……キョンくんが……』  
て言いながらベーベー泣き喚いちゃって。有希は本も読まずにじっとあたしを眺めてくるし、古泉君も  
『流石に今のは言い過ぎですね』なんて言い出すもんだから本当はあたしは何にも悪くないのに悪者にされちゃってたまったもんじゃないわ。  
だからあの場をまとめるためにしょうがなく『明日あたしが誤るからそれまでキョンと連絡禁止』って言って解散したわけ。  
あたしは嘘とか冗談は大嫌いだからしょうがなくあんたに誤ってやったのよ」  
   
 そう一気に捲し立てるように言い放つと、ふんだ、とか言いながら窓の外を眺めている。  
 校庭は部活の朝練をしている生徒しか見えず、寒さしか伝わってこない風景がクラスメイトとの別れの寂しさに拍車を掛けている。  
 だが、そんな雰囲気に俺は負けない自信がある。  
 どうせ俺の後ろにはこいつが二年間延滞して住み着いているのであろう。  
 そして、俺の視界にはかったるそうに授業を受ける谷口と、対照的な国木田が嫌でも目に付くことだろうしな。  
「そうだな、お前は何も悪くないもんな。俺が悪かった。今度の不思議探索奢りで勘弁してくれ」  
 少しきょとんとしながらすぐにいつもの悪巧み顔に大変身である。  
 戦隊もののヒーローもゲームのラスボスもこの変身スピードには敵わないであろう。  
「まったく、使えない団員を持った団長の身になってもらいたいものね。今回は特別にそれで許してあげるわっ!」  
 悪顔から教室ではあまり見せない満面の笑みにすぐさまジョブチェンジ。  
 それと同時に教室での大音量を聞きつけ、暗黒も勇者キョンにより晴らされたので生徒たちがぞろぞろと入室してきた。  
 その中の阪中を筆頭にハルヒとの別れを惜しむような生徒がちらほら近づいてきたので便所に行くと  
デマを流して文芸部室に直行することにした。  
 
 
「長門」  
「うかつ」  
 俺の言いたいことを瞬時に理解してくれているであろう長門にまた感謝。していいのか少し不安になるような  
返事が返ってきたのはきっと俺の睡眠不足から来る生理的欲求のせいに違いない。  
「涼宮ハルヒの発言に虚実はない」  
 だろうね。と言うか目的は違うんだけどな。  
「あの時、わたしが涼宮ハルヒに意見しようと思い立った瞬間、朝比奈みくるの発言によりわたしの発言順位が遅らされた」  
 それは残念だったな。ん? と言うことは  
「朝比奈みくるが泣き出し、隙が出来たので涼宮ハルヒに言及しようとしたが古泉一樹による妨害により失敗。  
最終的には涼宮ハルヒが解散を宣告し、わたしには発言権が回ってこなかった」  
 そう言い終えると、俺にしか理解出来ないレベルの表情変化ではあったが、悲しみが表されていると思う。  
 が、そんな細かいことを俺は気にしないさ。  
「長門」  
「なに」  
「ありがとうな」  
 無言の頷き。長門流最上級の肯定を表す動作を確認して部室を後にする。  
 
 校長の名前を覚えることなく過ごした一年間の学習も終了し、岡部の号泣により解散となった一年五組ではあったが、  
そもそもこれは卒業式でなく終了式なので泣いているのは岡部だけである。  
 朝倉と言うクラスの柱を失って以来、誰一人リーダーシップを発揮することなく過ごしてきたこのクラスも、  
解散となると誰からともなく打ち上げなどの声が聞こえてくる。そんな話を耳にしているにもかかわらず、  
「あたし用事があるから先に行ってて」  
 なんて言い残し、砂塵を巻き上げるがごとく勢いに乗ってクラスを飛び出していた。そんなハルヒを見て話事態がなかったことになる  
と言う悲しい事態が発生しているわけだが、仲間内でひっそりと楽しんでいただきたい。どうせほとんど同じクラスであろうから心配ない。  
 古泉あたりが今頃機関の面々と意見交換などをしつつ、クラス作りをしている姿が目に浮かぶ。真実は分からないけどな。  
 俺もこれ以上ここにいてはまた遅刻がどうのなんて言いがかりから始まり、楽しそうに俺の財布から野口さんを略奪している姿が  
用意に想像できるのでそろそろ失礼させていただくとする。さらば五組のみんな!!   
 二年になってもハルヒは迷惑掛けっぱなしだと思うがその辺は覚悟しておいてくれ。  
 
 そんなこんなで部室のドアをノックし入室すると、そこにはいつものメンバーがすでにそろっていた。  
「キョンくん、あの、昨日、だから、えっと……」  
 なんておろおろ、わたわたしている完璧なまでにメイド服を着こなしている朝比奈さんがたぶん俺のことを心配してくださっての言葉であろう。  
「大丈夫ですよ、ハルヒなら不思議探索の奢りで許してくれましたからね」  
 そう言うと、  
「そうですかぁ」  
 なんて可愛らしい御声を発しながら安堵していた。  
「それに昨日は俺のためにありがとうございました」  
「たいしたことはしてませんよ〜」  
 にっこり笑顔でそう返事をしてくれた。幸せ。  
「今お茶の準備しますね〜」  
 そんな俺にとって大きな幸せを大事にして生きようと決意しつつ自席に腰を下ろす。  
「昨晩は大変でしたよ」  
 にっこり笑顔でそう話しかけてきた。げんなり。  
 
「昨日のあなたの発言から考えて僕たちは世界改変の恐れがあると危惧していました。その上確実に発生するであろう  
閉鎖空間での神人との戦闘も頭から離れず、気の休まる時間がありませんでした」  
 そうだろうと思ったよ。お疲れさん。  
「話はここで終わりではないんです。実際には改変も、閉鎖空間でのストレス発散も行われなかったのですよ。  
あの状況から考えると最低一つは発生すると踏んでましたから昨日は徹夜だった、というわけです」  
 そりゃ珍しい。俺はてっきり連絡ないのは神人のせいかと思っていたが。  
「涼宮さんの望みでしたからね、仮に僕が連絡を入れていたとします。そうすると  
今朝のあなたの涼宮さんに対する反応がかなり変わってしまいますからね」  
「聞いていたのか?」  
「いえ、しかしあなたとの付き合いも一年近くなりますからね、想像は出来ますよ。昨日の自分の振る舞いを反省し、  
深い謝罪とともに自ら進んで罰ゲームを受け、その後クラスメイトみんなの前で愛の言葉を羅列し、  
用意していた自分の名前だけ書いてある婚姻届をプレゼントする、と言ったところですかね?」  
 ここで冗談っぽく、よく分かったな、なんて言って古泉の反応を見るのも楽しそうだがここは冷静に  
「そもそも年齢が足りてないだろっ!」  
 と、突っ込んでおくことにした。お決まりのポーズを取りながら、そうでしたね、なんて言いやがったので感謝を述べることなく、  
結局出来なかった将棋の相手をしてやることにした。お前に俺の囲いが崩せるかな。  
「緊急会議の時間よっ!!」  
 本格的にドアの劣化が激しく、ここ最近の扱い自体良くないのでせめて朝比奈さんが卒業する前にしっかり直してやろうと今誓ってやった。  
「何について会議するんだよ」  
 どうせ話を聞くつもりはないであろうがな。  
「春休みの予定表をさっきコンピ研の部長に作らせたからまずこれを見なさい」  
 それで大慌てで教室を飛び出していたわけか。  
 あの部長もこんな日に無理やり部室に連れて行かれるなんてミジンコほども思っていなかっただろうね。どれどれ、  
「てっ! 俺の家でのお泊りってなんだ!」  
 ハルヒの俺の春休みジャックが本格化してきた。  
「いいじゃない、SOS団の活動内容だと春休みは足りないのよ」  
「だとしてもみんなの家を公平に回るべきだろ」  
 そうすれば少しは楽しい春休みになる可能性がちらちらと俺の目の前に  
「困ってるんだから泊めなさいっ!」  
 訂正、俺の目の前から遠のいていった。そう満面の笑みで言われては俺としては何も言えず、  
ただただハルヒの言葉に返事をするしかなかった。  
 いや、ここはやはり断固講義するべきか? なんて考えていると  
「やっほ〜」  
 なんの前触れもなく鶴屋さんの登場である。  
 
「鶴屋さん、どうしたの?」  
 またもやハイタッチ。いい加減にしてほしい。  
「いや〜、実はキョンくんに用事があるんだよっ! 借りてくよっ!」  
 そう言いながら俺の首根っこを捕まえてトンズラ。騒ぎ立てるハルヒの声が明日からの春休みの過酷っぷりを表している。  
 声がだんだん小さくなり、俺の気持ちが沈みっぱなしの状況にもかかわらず、せっせと歩く鶴屋さんにどうにか解放してもらい、  
今は自分の足で少し後ろを付いて行く。あぁ、明日の予定は不思議探索だったな。遅刻だけは避けよう。そう心に誓いながら昇降口を出た。  
 
「ところで用事って何ですか?」  
 流石に何にもないとそれこそハルヒが何を言い出すか分かったもんじゃないからな。  
「今からパーティーじゃないかっ、忘れていたのかいっ?」  
 はて、パーティーは昨日終わったし、時間遡行した覚えはないのだが。  
「初日に言ったじゃないかっ、鶴屋家の頭首たるもの様々な状況において的確な判断が出来なければならない。  
そのため友人宅で半月間心身共に磨き上げよ。そして最終日から二週間、友を鶴屋家で休養させるべし。  
てわけさっ。思い出したにょろ〜?」  
 なんだろう、記憶違いがあったぞ。  
「て言うか鶴屋さん、それ初耳ですよ」  
「そだっけ? まぁ細かいことは気にしない方針でいくよっ!」  
 そう言いながらすったかすったか坂道を下って行く。すでに的確な判断ができていなかった事実が浮き彫りになった。  
「そういや鶴屋家大集合だからよろしくねっ」  
「本気ですか? 俺鶴屋さんと寝てるんですけど」  
「大丈夫大丈夫」  
 まったく何が大丈夫なのか分かっているのかね、このお方は。  
 どこまでも続いているような雲ひとつない青空の下、淡いピンク色の波が押し寄せてくるような景色に彩られ、  
今の鶴屋さんの笑顔をどう比喩すべきか考えつつ、鶴屋さんの背中を眺めているとあることを思い出した。  
 
 クラッカーどうしよう  
 
 慣れないことはするもんじゃないな。これの使い道がなく、かさばるゴミとなっている。  
 まったく やれやれ だ。  
 
 

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